表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

156/276

*25 こころがないみたい(sideリーゼロッテ)

「へんなかんじが……するです」

「のー」


 ぷるぷると震えるのんを抱きしめて、リーナがあたりをそわそわと見回していた。

 シアが教皇と共に行ってしまった後、レオルドとルークはリーゼロッテを支えながらリーナも連れて、以前割り当てられたのと同じ部屋を訪れていた。

 あれから二週間ほどたっているが、今も司教が使っているらしく……。


「汚い……な。人の事言えんが」


 レオルドがぼそりと呟いた。

 ルークは片付けられる方だが、レオルドは本に夢中になるととっちらかるタイプである。司教は、普通に掃除ができない、いややらないタイプだ。

 脱いだら脱ぎっぱなしの典型的なダメ人間の部屋に変わっていた。

 案内してくれた神官によれば、またここを使っていいとのことだ。今回は人数が多いので、男女二部屋に分かれる。

 ルークは掃除しねぇーとなぁと頭をかきながら、とりあえず行動を開始して、リーナとリーゼロッテは隣の部屋へ確認に行った。レオルドは部屋にいない司教を探すのと、大聖堂内の探索をするために、各々散ることとなった。


 リーナがそわそわし始めたのは、女子部屋に割り当てられた部屋に入ったころからだった。


「リーナちゃん? どうかした?」


 具合の悪さを引きずったままの白い顔で、リーゼロッテは聞いた。


「えーっと……いっぱいふわふわしているのは、おうとのだいせーどーとおなじなのですが」


 視線があちこちに飛ぶ。

 どうやらリーゼロッテには見えないものをリーナは見ているらしい。霊感能力の高い子であるから、様々な見えざるものがわかるのだろう。


「みんな……とてもいーこ、っていうんでしょうか。おとなしくて、こわくなくて」


 ぎゅーっと抱きしめられたのんが、変形していく。言葉通りにとれば、悪いあれこれはいないと言っている。ならば、特に気に留める必要はないのではないだろうか?


「でもでも、おかしいんです。まるで、こころがないみたいです。みんな、もともとはにんげんだったのに。わすれてしまったみたいで……」


 リーナには、負の感情があるものよりも、なにもないことの方が不思議で怖い様子だ。

 リーゼロッテは腕をさすった。気温は決して低くはない。だが、ガリオン大聖堂に入ったときから、ずっと寒い。それは己の中にいるアルベナの影響だろうとも思ったが、それ以上に相容れない生理的に受け付けないなにかがあるように感じた。

 落ち着かない。

 リーナもリーゼロッテも、そう思った。



 しばらく時間がたった。

 時計を確かめれば、シアと別れ部屋に入ってから三時間は経過している。


「おねーさん、おそいですね」


 ぷにぷにと、のんをてもちぶたさに突いているリーナは居心地が悪そうだ。ちらちらとしきりに時計を気にしている。なんとも言い難い不安が漂うこの場所で、早くシアの顔を見て少しでも安心感を得たいのだろう。その気持ちはリーゼロッテにも十分にわかった。

 というか。


「お姉様、お姉様、お姉様……」


 呪文のように繰り返すリーゼロッテの口から紡がれる言葉は、もはや呪いがかかりそうなほどである。リーナよりも年上のお姉さんなのだからと、リーゼロッテは我慢していたし、リーナの不安を少しでも和らげようと童話を読んだりしていたが、逆にリーナに気遣われる結果となった。

 リーゼロッテは自分がとても情けなくなった。

 奮い立たせようとするのに、どこからともなく現れる圧迫感が息苦しく不安にさせる。ここにいるだけで、どうしようもない絶望感を味わうのだ。

 震えが止まらなくなる。

 たまらなく怖い。


 コンコン。

 扉を叩く音が聞こえた。それだけでリーゼロッテの肩が跳ねる。


「はいでーす!」


 ノックに返事をしたのはリーナだった。

 許可を得て扉を開いて顔をのぞかせたのはルークだ。


「リゼ、体調はどうだ?」

「……よくはない……わ」


 リーゼロッテの顔は青白いままだ。倒れるほどではないが、軽快に動けるほどでもない。


「司教様もまだ戻ってこないし、おっさんも出てったきりなんだよな。……シアは?」

「まだなのです」

「のぉー」


 しょんぼりとしたリーナととろけるのん。とろけるのんは、しょんぼりの表現なのだろうか。


「……うっし、迎えに行くか」

「え!?」

「みゅ!?」


 二人の目が輝いたのを見て、ルークがやれやれと頬をかいた。


「二人とも待ちきれなさそうだしな。リゼは教皇様と鉢合わせない方がいいだろうから、状況見ながらだけど。どっちにしろ司教様もみつけねぇーと」


 行動して迷惑になるかもしれないと動けなかったようで、ルークの提案は二人とも願ったりなものだった。


「だが、二人とも体調が悪くなったらすぐに言えよ。シアが見つからなくても部屋に戻るからな」


 ギルドメンバーの中でルークが唯一≪にぶい≫人間だ。大聖堂内でも体調に変化はなく、リゼやリーナが感じる圧迫感や、言い知れない不安感なども起こらない。普通に動ける今は希少な体質の持ち主だ。

 リーゼロッテとリーナは、互いに顔を見合わせて頷いた。


「無理はしないから、お姉様を迎えに行きましょう」

「りーなも、ちゃんというのでつれてってくださいです!」


 二人の言葉を聞いてルークは頷いた。





 大聖堂の中を歩く。

 咎められないので、ある程度自由に動き回れそうだ。祭りは終盤で前よりも外部の人間が多そうで、彼らの対応に忙しいというのもありそうだが。


「ベルナール様が捕らわれてる塔……へは行けなさそうだな」


 塔へ近づくための通路は、今回は厳重に聖騎士によって守られていた。簡単には接触できなさそうだ。


「シアはこっちじゃないだろうし、いるとしたらまだ教皇様の塔の近くかな」

「……」


 ルークがすぐに諦めて踵をかえそうとしたが、リーゼロッテが固まっているのを見て首を傾げた。


「リゼ?」

「……あの騎士王子様、前にお会いしたときは……なにも感じなかったのに」


 彼女の視線の先、そのずっと奥にはベルナールが捕らわれている塔がある。目には見えないが、確かにこの先に。


「アルベナが騒ぐの、私の中のアルベナが……まるで一つに戻ろうとしているみた――」


 最後まで喋ることができなかった。

 唐突に響いた耳鳴りに、リーゼロッテは頭を抱える。

 激しい頭痛に眩暈を起こしながらも、脳裏になにかが写り込んだ。


 これは……アルベナ……?

 それと、誰? 男の人?


 それは二人が仲睦まじそうに寄り添う光景だった。

 美しい星空と桃色の花びら……ライラノールだろうか。


 そしてまた唐突に映像が乱れて消える。

 見えるのはもう闇だけだった。


「リゼ!? 大丈夫か!?」

「りぜおねーさん!?」


 二人に支えられ、揺さぶられてリーゼロッテはハッと意識を現実に戻した。

 今のはなんだったのだろう?

 リーゼロッテはゆっくりと(かぶり)を振った。


「大丈夫……少し頭痛がしただけ」

「部屋に戻るか?」

「ううん、今は逆に……なんだかすっきりしてる」


 ルークに支えられてリーゼロッテは姿勢を正した。

 リーゼロッテは思い出す。自分がいつも見ていたのは、アルベナの激しい怒りと悲しみと憎しみの感情だ。美しい顔が崩れるほどの激高。あんな幸せそうな彼女の姿を見たことがなかった。


「あの人の……クレメンテ家の中にいるアルベナは……」


 一体、どんな魂の欠片なのだろうか。

 リーゼロッテは、なぜか痛んだ胸元の服をぎゅっと握った。





「聖女様ですか? 彼女でしたら、厨房の方に」


 三人がシアとレオルド、おまけで司教を探していると情報が手に入ったのはシアの方だった。どうやら少し前に教皇とのお茶会は終わったらしい。

 なぜ部屋に来ないのだろうかと首を傾げながらも教えられた通り厨房へ行くと。


「うらああああああ!!」


 バンバンバン!!


 激しい物音をたてながら、鬼のような顔で生地を棒で叩きつけているシアの姿に三人は慄くのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] よかった、かわっとらん…。 いやそう簡単に変わらないよな、頑固だもの。 [気になる点] 女神とは? 繰り返し蘇る魔王とは? 女神のお告げが聞こえない“黒い”聖女とは? [一言] 女神の試練…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ