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*22 朝を意味する言葉

 感情の見えない瞳だと思った。

 聖騎士の証である白銀の甲冑を身にまとった女性は、わけもわからぬまま強引に割り込んだ私を見て、両目を眇めた。

 彼女の緋色の長い髪が揺れる。


 ……なんだろう? はじめて会ったはずなのに、どことなく懐かしい気がする。


 彼女の琥珀の瞳に不思議な心持になったが、首を振った。

 色合いが、ルークと似てるからだ……きっと。


「……聖女。丁度いいところにお帰りになられましたね。教皇様は、なにも言わずに大聖堂をお出になられたあなたに、大変嘆いておられましたよ」

「それはどうもすみません」


 感情がこもらない。

 双方とも。


「けれどなんなんです? 文句があるなら私に言えばいいでしょう? なぜ、リゼ……リーゼロッテにちょっかいかけるんですか。この子はなんの問題もおこしていないはずですが?」

「おこしていなくとも、おこす可能性のある者を放ってはおけません。その危険性がこのタイミングで高まった……。ゆえに、リーゼロッテ・ベルフォマ様、および他、危険性が高まったとされる重要人物を保護するよう教皇様より命がなされました。御心配には及びません。此度は、ベルナール・クレメンテ殿とは違い『保護』の名目ですから」


 どこが心配には及ばないだ。言い方が違うだけで、大聖堂に拘束されるのが目に見えているではないか。それに……。


「リーゼロッテ以外にも?」

「ノーマン家、ディーボルト家、ラングド家の該当者数名ですね。ノーマン家の方は、身分が身分ですので聖騎士がノーマン本家に派遣されることになりますが、他はガリオン大聖堂まで来ていただくことになるでしょう。……一人、保護が難しい方もいらっしゃいますが」


 ヒース様のことだろうな。

 教皇様は、なにが目的なんだ? 簡単に私を王都に帰したままにしたり、かといって暗殺者のような人を監視にあてていたり。

 私がヒース様と接触したことで、もう一度大聖堂に戻ってこさせようとしている。

 なんだか遠回りというか、回りくどい。


「準備もあるでしょう。一日お待ちいたします。教皇様は、ギルドメンバー全員でいらしてもかまわないとおっしゃっておりましたから、どうなさるかお決めになられるとよろしいでしょう」


 緋色の髪の女性聖騎士は、踵をかえすと颯爽と出て行った。

 後ろに控えていた他の聖騎士達もギルドを後にする。


「……はあ」


 最初に息を吐いたのは、サラさんだった。


「緊張したわね。さすがの迫力っていうか……」

「サラさん、すみません」


 私は慌ててサラさんに駆け寄った。


「これはもう誰が悪いとかじゃないでしょ。でもやっぱり教皇様は一筋縄じゃいかなそうね?」

「そうですね……」


 サラさんの後ろでリーゼロッテが俯いていた。両手がぎゅっとスカートを握ってしわになっている。


「リゼ……」


 なんて声をかけようか迷った。だが、顔をあげたリゼの表情を見て少しだけ驚いた。彼女がとても強い光を目に宿していたのだ。


「なんとなく、こうなるってわかってた。最近、ずっと私の中のあの人がざわついていたから。夢の世界で、彼女は嘆いて……半狂乱で私の首を絞める」


 リゼは白い自分の首元に手を添えた。


「私と入れ替わって、表に出て……復讐を願ってる。ずっと、幼いころから怖かった理由が今ならはっきりわかる。彼女の、私の中にいるあの人の望み」


 彼女はベルフォマ家を呪うことが目的じゃない。本当の狙いは、聖教会。女神。ベルフォマ家に降りかかる呪いの狂乱は、深い彼女の怒りからだ。

 彼女とようやく向き合いはじめて、リゼは彼女の本当の望みを垣間見た。


「私は私であることを譲れない。でも、彼女が復讐を止められないなら、いつか私は彼女の怒りに飲み込まれてしまう。なんらかの形で決着をつけなくちゃいけない……って、思う。だから」


 逃げたくない、とリーゼロッテは言った。




 -----------------------------------



「緋色……」


 ぽつりと、ルークはそうこぼした。

 その言葉に、レオルドはつられて空を見る。確かに現在は夕刻、もう少しで沈む頃合いだ。地平線は陽の光で真っ赤に燃えている。

 今日の仕事はそれぞれ別だったが、帰り道がたまたま重なったため、二人はギルドへの道を共に歩いていた。


「そういや、お前の髪の色に近いよな。赤い色だし……まあ、俺は朝焼けの方がお前っぽいと思うが」

「あー……知り合いに同じようなこと言われたことあるな。俺はこれからのぼる眩しい明るい赤だって」


 夕日の赤は、どちらかというと深く暗めの赤。どちらも一瞬、明るい緋色に見えるがルークの印象は朝焼けだと。


「うちのギルドに使われてる『暁』も、朝を意味する言葉だったなぁ確か」


 そういえば妙な偶然もあるもんだと、ルークは笑った。

 どうして毎日見るような夕日の色が、このときこんなにも気になったのか。


 二人が歩く帰り道のその先で、ざわめきが起きた。

 視線を向ければ、そこには列を綺麗になした騎士の一団がいた。王国の騎士ではない。白銀の甲冑にユニコーンの紋章が掲げられた旗。

 聖騎士だ。ルークは、彼らの装いに見覚えがある。ガリオン大聖堂で職務にあたる彼らを何度も見ていたのだから。

 先頭を歩いていたのは、珍しい女性の聖騎士だった。彼女の長い緋色の髪が、夕日と重なる。鋭い琥珀の瞳が一瞬だけこちらを見たが、なにごともなく過ぎ去っていった。


「なんだ? なんでこんなとこに聖騎士が……」

「……わからない、が」


 嫌な予感しかしなかった。

 レオルドもそう思ったのか、足早にギルドへと駆ける。

 ルークは一度だけ振り返った。緋色の聖騎士は、こちらを振り返ることはない。ルークもまた、再び振り返ることはなかった。




 ------------------------------------------------




 私達は一日で荷物をまとめた。

 一晩、ギルドメンバーで話し合った結果、リゼの強い決意もあって、私達は全員で再びガリオン大聖堂へ行くことを決めたのだ。

 リゼの決着、ベルナール様の真意、そして教皇様の企み。

 それらすべては、私達には避けて通れないものだと。

 事情のすべては話せなかったが、持っていけない荷物はライラさん達に預けることになった。ライラさん達がお店で使っている倉庫が別にあって、そこで預かると申し出てくれたのだ。

 なにがあるかわからない。

 帰ってこれる保証もなにもなかった。ギルドの賃貸の方も、次の月の分を前払いして、期限をすぎて戻らない場合は、契約更新なしとする話も通した。

 同じ建物に住むライラさん達や他の住民達に心配されたが、ちゃんと帰ってくるつもりだからと彼らに見送られて、私達はギルドを後にしたのだった。


「サラさんとシャーリーちゃんは……」

「いくぅーーーー!!」


 シャーリーちゃんが、レオルドに抱きついて離れなかったので連れて行くことにした。ただし、サラさんとシャーリーちゃんの二人は、ガリオン大聖堂のある山のふもとの町で待機だ。さすがに大聖堂まで連れて行けない。

 王都から出るときは、かなり駄々をこねたシャーリーちゃんだったが、さすがに麓に置いていくと言ったときは、ぐずりながらも頷いてくれた。

 そして私は、少し前に通った道を再び馬車で登っている。はっきり言って憂鬱だ。しかも馬車がわけられ、私はあの女性聖騎士と同席だった。他のメンバーは別の馬車だ。さすがに馬車の中では甲冑は脱いで軽装だが、有事のさいはすぐに戦いに出られるように備えている。

 緋色の髪は、太陽の光に反射するとキラキラと輝いて見える。

 ルークとはまるで髪質が違うが、やはり色合いが気になった。


「……なにか?」


 視線を感じたのか、彼女は訝し気に顔をあげた。


「いえ……ただ、色が似てるなって」

「それは……ああ、あの剣士の青年ですか」


 思い当たったのか、彼女はそう返した。リゼを迎えに来たときに二人は顔を合わせている。言葉を交わしたわけではないが、彼女も色は記憶に残ったのだろう。


「珍しくもない、赤い髪と琥珀の瞳です」

「そうですね……」


 でも、同じ色でも血筋によって似ていたり違ったりする。一口に赤といっても様々なのだ。だから似ていると感じるときは、たいていどこかで血が近かったりする。


「彼の出身は?」

「詳しくは知りません。彼自身、浮浪の孤児のようでしたので。でも、たぶん……どこかの貴族の血筋なんじゃないかという話はありましたね」


 推測を出ないもので、確証はないけれど。


「それでは、私はまったく関係ありませんね。貴族とは縁遠い家ですし、そもそもラディス王国の人間でもありませんから」


 ああ、そっか。大聖堂に務める聖騎士なら、大陸中から集まるだろう。


「でも、そうですね……彼と私の遠い祖先がどこかで近しいのかもしれません。今となっては意味のないものです」


 まったく興味がなさそうだ。

 まあ、遠い祖先が近いか同じかも、といわれてもピンとはこない。親戚でもないのだから、この話をしても無意味なものだろう。

 なんでかな。彼女との会話は冷えたものだし、楽しくなんてない。でも傍にいると居心地が悪いはずなのに、眠くなる。眠くなるということは、どこかで安心している。

 その理由が知りたくて、ルークに結び付けようとしたのかな、私。


 数日間、気を張り続けていたからだろうか。

 これから向かう場所が地獄のようなところと知りながら、私は馬車の揺れの中、どんどんとまどろんでいった。


「おやすみ……――――」


 名前が、聞き取れない。

 誰かに優しく頭を撫でられて、私は沈むように眠った。

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