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*20 世界は優しくなどない

「その話……どこで聞いたのだ?」


 ヒース様の驚いて見開かれた瞳は、すっと訝し気に細められた。オルフェウス様は、話に先ほどからついていけていない様子だが、黙ってなりゆきを見守っている。


「司教様から、禁書の話をされたんです。すべてが真実でないにしても、いくつかは本当であるだろうと……。女神が大昔、この国が建国されるより前、この土地に根付き力をつけてきていた七つの家に悪魔の魂を分割して授けたと」

「……司教……吾輩は会ったことはないが、なかなか興味深い経歴の男であったな。本来の人格を考えるとありえぬ座につく者だ。そして狙いすましたかのような、普通の司教では知りえぬ情報を得ている……か。面倒でも一度会っておけばよかったか」


 ブツブツとヒース様は独り言を連ねていく。


「ヒース様、私の目的は王国騎士団第一部隊の隊長、ベルナール・クレメンテ様の疑いを晴らし、解放してもらうことです。そのために、なんでもいいのです……情報をいただけないでしょうか?」


 値踏みするような視線がヒース様から送られる。情報を提供するに値する人間なのか、考えているのだろう。


「お前……覚醒者だな?」


 その言葉に、私は瞬いた。ここでそういわれるとは思わなかったのだ。


「え、えっと、はい。司教様にそう教えられましたが」

「どこの血の者だ? 出身は?」

「わかりません。私、孤児なので……」


 ヒース様は少し悩んだそぶりをした後に、立ち上がって部屋の隅に置いてあったゴツゴツとした金属が集まった機械と呼ばれるものを操作した。瞬く間に、周囲にいい匂いが広がる。これは……。


「これがなんだかわかるか?」

「嗅いだ覚えがあります。教皇様のところで……帝国産の紅茶、ですよね?」

「いかにも。お前がこの香りを知ったのはいつだ? 教皇のところへ行ったときか?」

「……いいえ。なぜかはわかりませんが、酷く懐かしい気持ちになったんです。教皇様のところで出されたときに、はじめてのはずなのにはじめてではない感覚がありました」


 ヒース様は紅茶を私に差し出した。素直に受けとっておく。


「その紅茶、帝国でしか栽培されていない特殊なものだ」

「そうらしい、ですね」


 だから教皇様は暗に、私が帝国出身であるとほのめかした。


「そしてその元となる種は、異世界『日本』よりもたらされた」


 手が、震えた。


「覚醒者にも血の種類がある。現在確認されている異世界は複数存在する、すべての覚醒者は黒い色に染まるが、どの異世界出身かで能力や細かい部分が変化するそうだ。他、覚醒者に共通することとして、血のふるさとである世界に由来するものに、強く惹かれる性質がある。見たことも聞いたこともないもの、匂い、味、それに出会ったとき、とても懐かしい心地を覚える」


 王都にも、日本の文化が強く残される区画がある。赤い鳥居、祭りばやし、神仏、浴衣、着物、花火……。私は小さい頃からそういうのが好きだった。なんだか安心したからだ。でも、それに深い意味があるとは思わなかった。


「圧倒的に日本からの召喚者が多いゆえ、ほとんどの覚醒者が日本由来ではあるが……。吾輩は珍しいルーンの血を持つ覚醒者である」

「あっ!」


 真っ黒ではないが、確かにヒース様の髪や目の色味は黒に近い。


「吾輩の高位能力(チートスキル)は、電脳系に強くてな。ゆえにこうしてこの世界では未知なる技術を使い動いているわけだ」


 覚醒者ゆえ、幼いころから気づいたことがある、とヒース様は彼が持つ重要な情報を教えてくれた。


「吾輩には三つの血が混ざっている」

「三つ、ですか?」

「そうだ。一つはこの大陸、この国のもの。もう一つは異世界ルーンのもの。そうしてもう一つが、始祖なる悪魔の血だ。覚醒者となった折、吾輩の血は異世界ルーンが一番強くなり、浸食してくる悪魔の血はそこで抑え込めることとなった」

「それは……ヒース様が、ディーボルト家の血に継がれていたアルベナの魂を身に保有されていたのですか?」

「ああ、覚醒者となる前はかなり悩まされたな。ディーボルトに潜む悪魔はどうやら『強欲の化身』のようでな、多くの先祖は金に妄執したようだ。それは我が父をみれば一目瞭然であろう。吾輩は少しずれて、知識欲にすべてを持っていかれていたが」


 その異常なまでの知識欲に悩まされながらも、多くの情報を手に入れた。その中には異世界の知識や技術もあり、それに触発されるようにルーンの血が覚醒した、というのが彼の経緯のようだ。


「覚醒者としてのチートもあり、知識欲の高さもそれに拍車をかけ、普段ならば手に入ることはなかっただろう情報もこの手にできた。その中でとても興味深いものがある。聖教会が発表している大陸の歴史のほとんどが嘘である、と」


 ほとんどが、嘘。

 レオルドの件で、聖教会に対する疑念は強くなっていた。教皇様に会って、さらに加速した。歴史なんて嘘だらけなのかもしれない。戦に負ければ、勝ったものの都合よく作り変えらるなんてよくあることだ。だが、どこからが嘘か?


 私の問いたいことがわかったのか、ヒース様は教えてくれた。


「最初からだ。この大陸がうまれたところから、女神が降り立つ神話から、もう嘘だ」


 大陸には、一つの平和に暮らす種族がいたそうだ。

 彼らはつつましく生活を営んでいた。数は少なかった。彼らは動物と共に生きる生命体。姿形こそバラバラで、男性体、女性体があったが繁殖能力はなく、細胞を分列させることで数を増やすことができた。ゆえに彼らは、今の人間のような感情的なものは少なかったらしい。

 自らの死を悟るとき、分裂を行い数を補う。そのように種を絶やさず続いていた。そんな種族の長こそが、始祖なるアルベナ。彼女は永遠のときを生き、血と肉体をわけた種を、子供のように慈しみ見守っていた。彼女こそ、大陸において神のような存在だった。

 だがあるとき、空から光が降り立った。美しい女性の姿をした存在は、自らを女神と名乗った。


 そして、女神はアルベナの種をすべて屠った。


 なぜか?


 女神の目的は、自らが運んだ新たな種を芽生えさえ、繁栄させるためだ。

 だから、元々暮らしていた種が邪魔だったのだ。


 嘆き悲しむアルベナを女神は七つに裂いた。大陸の神にも等しい始祖を女神は簡単には滅ぼせなかった。だからこそ七つに分割し、大陸にそれなりに根付いた運んだ種に与え、裁きの日を選定した。


「という話が、帝国では主流だということがわかってな。まるで違うだろう?」


 なかなかに衝撃的な話だった。でも、リゼに触れた時に見た幻影や、今までのことを思い返すとこちらの話の方がつじつまが合う気がした。


「伝承は語り部によってさまざまな形になる。だが、スキルを使って調べまくった結果、帝国に伝わるこの話が一番真実に近いのではないかと結論に至った。そもそも、帝国という国は建国時より聖教会との一切のかかわりを断っている。外交もかなり限定的だ。外からしたら謎多き国である」


 ラディス王国とは昔からいざこざが絶えないお隣さんだが、帝国の事を詳しく知っている人間などほとんどいないだろう。それだけ情報規制が厳しい。


「もし、本気でお前がクレメンテを救出しようというのなら、その正当性を認めさせようというのなら……帝国入りする必要があるかもしれんな」

「て、帝国……に」


 確かに聖教会の裏をとるには、帝国が一番なのかもしれない。ラディス王国はもちろん、多くの国と強い結びつきのある聖教会。それを相手にし、ベルナール様の釈放を求めるには今のカードでは弱すぎるのだ。情報はあっても、物的証拠などはないし……。


「……よくわからん話、というか……俺が聞いてよかった話だったのかというか」


 オルフェウス様が狼狽えている。熱心な信者ではなくとも、教会に通う人は多い。信仰する女神が、聖教会が裏ばかりだという話を聞かされれば、動揺もするだろう。


「いらぬ情報だというのなら、忘れればいい。嘘か真実かをはっきりとさせていいことなど、なにもないことの方が多いものだ。吾輩はこの特性ゆえ、知りたがるがな」


 それでその者の人生がうまくまわるのならば、いらんことをするべきではない。とヒース様は冷めてしまったコーヒーを飲んだ。


「革命とは、多くの者にとっては迷惑でしかなし。変わらぬまま生きられる者ならば、革命する者など人殺しにすぎん。だが、変わらなければ死ぬ者ならば、革命は起こさねばならん。そういうもんだ。生きるために進むのだ。世界は優しくなどない、平等でもない、やらねば死ぬのならばやるしかない」


 その言葉が重く心に響く。

 私の望みを、ベルナール様を助けるという目的を達成するには、暗にそれくらいのことが必要なのだと。


 あまりにも重すぎて、あれほど懐かしいと感じられた帝国の紅茶の味がまったくしなかった。


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