*18 あと何回胃に穴を開ければ
「ヒース・ディーボルトとの面会手筈が整った」
私はギルドの扉を叩いた相手に対して、ぽかーんとしたアホ面を晒すという失態を演じてしまった。うちにくる騎士はいつも第一部隊の人か、ジュリアス様なので、すっかり油断していたのだ。ヒース・ディーボルトとの面会についてランディさんやリオさんに頼んでいたし、許可が出たのは大変喜ばしいことなのだが。
目の前の人物は、仏頂面で私を見下ろしていた。
金色の髪はサラサラで、前髪の半分は目にかからないように後ろに止めて揉み上げは耳の裏にかけ、落ちないように銀細工の髪留めでとめている。背丈はベルナール様より少しだけ低く、だが平均男性の身長よりは高めだろう。すらりとした体躯だが、しっかりと筋肉はついていそうで、さすが王国騎士団の隊長だなぁと思う。ベルナール様の隣に立っても遜色ないであろう美形の男は、一度司教様の部屋で会ったことがある。
「え、えっと……オルフェウス様がいらっしゃるとは思わず、失礼しました」
数秒間も間を開けて王国騎士団第二部隊隊長オルフェウス様を、不躾に見つめてしまった私は頭を下げた。
「そうだな……だが、あいつがいない以上、第一部隊の仕事も俺に回ってくる」
感情が死んだような表情も抑揚もない顔と声音で、溜息と共に言葉が紡がれる。よく見たら、彼の翡翠の瞳の下にはくまがあった。寝不足だろうか?
「俺の家はディーボルト家と交流があってね。ヒースとは一応昔馴染みでもある……仲良くはないが」
と、苦虫を噛み潰したような顔をした。話を聞く限りヒース様はかなり特異な人であり、自由であり、人の話を聞かない系の人だ。真面目そうな彼とは合わないのだろうなと感じる。
「八割以上、俺はやつがなにを言っているのか理解できなかったし、あいつも誰かに理解を求めようとはしなかったから、子供の頃からやつの行動は謎だったんだが……。一応信用はあったのか、連絡自体はマメにしてくれていてな。実家への生存報告が主なわけだが」
「そういえば、居住を常に変えている方だそうですね?」
「ああ、居場所を特定されるとまずいようなことをしてるんだろう。心配ではあるが、今では心配するだけ無駄だと思っているし、やつの行動をやつ以外の者ができるとも思えん」
彼の口から、はぁーーーーっと長いため息が零れる。
「今回の件も、俺が同行するならいいとヒースに言われてね。今どれだけ俺が忙しいかなど、あいつにはどうでもいいらしい」
し、死相が……オルフェウス様のすべて諦めきった笑顔から死相が!!
「第一部隊の連中は、仕事もできるし実力も高い……だが、なんか疲れるんだ……。俺はあのノリについていけないんだ……。彼らが時々なにを言っているのかもわからなくて……俺はあと何回胃に穴を開ければこの事態を切り抜けられるのだろうか」
今にも心労で死にそうだったので、私は少々強引に客間の椅子にオルフェウス様を座らせて、お茶と軽食を振舞ったのだった。
久しぶりだとぼやいた小休止。胃に優しいまともな食べ物を食べられてほっとしたと呟く彼の顔は、今にも天に召されそうだ。彼の魂がどこかに飛んでいく前に、リーナ、シャーリー、のんちゃん、猫ズの可愛い部隊を派遣し、この世にとどまらせようとしたら。
「――うっ……ぐすっ……ずっとここにいたい……」
涙を我慢しつつ鼻をすすりはじめてしまった。ベルナール様が連れて行かれてひと月がたとうとしており、彼の重圧は計り知れない。ベルナール様が規格外なだけで、まだ二十代半ばほどである彼が王国騎士団をすべて一人でまとめなくてはいけない現状、いくら有能でも限度がある。
そもそもオルフェウス様は、かなり繊細な人のようだ。
「ひすいいろの、おにーさん……いいこいいこです」
「げんきだしてね! シャーリーたちがいっぱいあそんであげるから」
子供達が空気を読んで励ましている。リーナはオルフェウス様のことを翡翠のお兄さんと呼ぶ。確かに目は翡翠色だけど、髪は金髪だから金色のお兄さんとかなのかなと思ったが、どうもリーナの目にはオーロラのような綺麗な翡翠のキラキラが見えるらしい。彼のオーラは綺麗に輝くほどのようなので、本当にいい人なんだろう。
「ありがとう、君達のおかげであと一か月は耐えられそうだ」
「む、無理はしないでくださいね……」
オルフェウス様、それもう疲れ果てすぎて、疲れを感じなくなったやつです。多少心労がとれたところで肉体は悲鳴をあげているはず。彼の為にもベルナール様の件は早く決着をつけたいところだ。その為にもヒース様に会う必要がある。
「ヒースに指定されたのは、郊外だ。馬車を用意してあるから、一緒にくるといい。料金は気にしなくていい、家で所持している馬車だから」
オルフェウス様も例にもれず貴族だ。侯爵家で、貴族の中でも格上の家だが彼は平民にも驕った態度はとらない。本来なら王宮騎士団へ入るはずだったが、本人の希望で王国騎士なのだとか。
馬車の中で、オルフェウス様は気まずくならない程度の空気を作り、世間話にも付き合ってくれた。表情が常に固い人ではあるが、人によく気を遣ってくれる人のようだ。だからこそ、胃に穴が開きやすいのかもしれないが。
建物が立ち並ぶ街並みから離れ、田園地帯を抜けていく。そろそろ王都とは呼べないくらいの場所まで来た。郊外の端っこにあるギルド大会が行われた会場からも、また少し離れていた。
「このあたりか」
オルフェウス様が降りたのは、森林が広がる場所だった。前にルークとスライム狩りをした場所に近い。森は明るく、ルークとスライム狩りしていた頃よりモンスターの姿は見えず、小動物がのんびりと暮らしている様子だ。
「えーっと……」
なにやらごっつい黒い箱のようなものを取り出して、オルフェウス様はそれを周囲にかざし始めた。
ぴぴ、ぴぴ。
そんな音が聞こえる。
「オルフェウス様、それは?」
「発信機、だそうだ。これで隠された特定のものを探し出せるとヒースに」
ぴぴぴぴぴぴぴ。
連続して音が鳴る。どうやらこの近くに目的のものがあるようだ。音を頼りに、しばらく探してみると茂みの中にとってのようなものを見つけた。草にカモフラージュされていたそれは床につけられた扉のようだった。
「まさか、この下に?」
「かもしれない。えっと、扉の開け方は……」
箱の一部はモニターになっており、そこに文字が映し出されている。こんな技術はギルド大会のときに見たきりで、そうそうお目にかかれるようなものではない。しかもかなり小型だ。
「解除装置が、この辺に……あった。それで、ここに認証パスワードを入力して」
端の小さな蓋を開けると数字が並んだボタンがあり、それを画面とにらめっこして確かめながら慎重にボタンを押していく。すると、音が鳴って。
「あ、開いた」
かちりと音が鳴り、扉が少し浮いた。オルフェウス様がとってを掴んで引き上げると扉は人一人が入れる程度の広さで開かれた。先は真っ暗だ。
「入口は滑り落ちていく仕組みだと言っていた。俺が先に行くから、呼んだら続いていくれ」
「はい」
言われた通り、オルフェウス様が先に降りていくのを見守って、彼の合図が下から聞こえてから思い切って滑り降りた。周囲が暗くて視界がきかないので、けっこう怖かったが滑り終わると視界は開け、別世界が広がっていた。
「こ、ここは……」
呆然と立ちすくんでしまった。なにもかもが目にしたことのないものばかりだ。降りてすぐの場所は廊下だと思われたが、その壁がどんな素材でできているのか見当もつかない。木でも土壁でもレンガでもない。それにいたるところから長い線がいくつも伸び、様々な色に一部が光ったりしていた。歩けば床もカツンカツンと高い音が鳴る。
「……相変わらず、未知の技術への探求心が強いんだな」
「未知の技術、ですか?」
「ああ、おそらくこの場所で使われているのは異世界の技術だろう。あいつはそういうのが昔から好き……というか異常に思えるほど執着しているからね。なにがどうしてこうなっているのか、俺はまったくわからないが」
周囲のモノに戸惑いながらも真っすぐに進んで行く。
そういえば、この壁と床に使われている素材……なにかはわからないけど、どっかで似たものを見たような……。
少し考えて、思い至った。そうだ、聖獣の森で子供達が囚われていたあの場所……ジャックが潜伏していたあの建物に似ている。あのときは、レオルドが解析してくれて、破壊できた。まさかあれも元々は異世界の技術で作られたものだった?
ヒース様に聞いたら、その辺の疑問も解けるんだろうか。素直にこちらの言葉を聞く人ではないかもしれないけど。
少し不安に思いながらもオルフェウス様と共に通路の端まで辿り着き、そして扉が開いた。
ひとりでに、横に――スライド!?
魔法の気配もまるでない、魔道具でもないその不思議な力に私はついていけるのか、さらに不安になった。




