*17 立ち向かう
「……情報量が凄すぎた」
私は今、目の前に積まれた書類の山にぽかーんとしている。
エルフレドさんからの情報で、あのいわくつきとかいう魔道具を調べてもらおうと考えていたのだが、エルフレドさんから出た名は貴族で、しかも悪魔の心臓をわけた七つの家の一つであることを知った。それならばとディーボルト家も含め、他の七家の情報も得ておいた方がいいんじゃないかなって。
そこで頼ったのが、第一部隊の人達だ。王国騎士団はほとんどの人が貴族である。貴族のことは貴族に聞くべし。そして私が気軽に……と言っていいのかわからないが、そのような質問ができるのは第一部隊の人達くらいしかいない。クレメンテ子爵も考えたが、タイミングよく第一部隊の人と会えたのでそのときに、私に教えられる程度の情報を貰えないかと頼んだのだ。
で、ランディさんが持ってきてくれたのは大量の紙束だった……。
「シアさんの頼みだと、副隊長含めて先輩達が張り切ったんです……」
ランディさんもやれやれと肩をすくめる。第一部隊の人達は、世話好きというか私のことをよくかまってくれていたので、気のいい人が多い。忙しいと聞いていたがかなり張り切ってしまったようだ。まさかここまでの情報をいただけるとは思わず。
「時間をとらせてしまって、申し訳ないです」
「いや、リストにあった貴族の調べはすぐについたんですよ。隠されているような家じゃないですし」
大量の資料の中からランディさんが抜粋して渡してくれる。
【スーラント家】
ラディス王国の民ならば誰もが知る王家の名。現国王陛下は、前国王の次男。跡継ぎは兄が指名されていたらしいが戦死した為、玉座が転がり込んだ。優しい人だが一国の王には向いていない、そんな王様である。お妃様は小国のお姫様でガッチガチの箱入り娘……ゆえに、この二人が国を治めはじめた頃はかなり国が荒れた。ルークや私の世代に孤児が多いのはそういう理由だ。
現在は、宰相や第一王子ライオネル殿下によって政治は安定し、外交面では第二王子のフェルディナンド殿下の手腕もあり大きな争いには発展していない。三つ子の姫様達が管理する情報機関『黄金の星姫』もおそらくは内外と活躍していることだろう。
【ベルフォマ家】
伯爵家。王都には邸を構えず、地方の一画を統治し長く治めていた一族。長い歴史の中、当主は夭折することが多く、狂気に侵されて死んでいく。多くの者が恐れ、呪われた一族だと嫌厭したという。現在、ベルフォマ本家はリーゼロッテのみを残し、土地を治めるのは分家であるラミリス家に任されている。
【クレメンテ家】
子爵家。王都に邸を構える。先祖代々から眉目秀麗な人間が生まれやすい。人心を掌握する術に長け、他をコントロールする地位に就くことが多い。昔から色事に関する醜聞が絶えず、兄弟間での血みどろの争いが起こりやすかったという歴史がある。この家にはタブーが多くあるとされるが、クレメンテ家に深くかかわった人間のほとんどが現在生き残っていない為、なにがタブーとなって秘匿されたかは調査することが難しくなっている。
ここまでは、私も知っているような内容だ。本題はここから。
【アンガルス家】
子爵家。百年ほど前に滅んだ。理由は定かではないが、当時の当主が乱心し、身内をすべて殺してしまったからだと伝えられる。この家に仕えていた生き残りの話によると、当主は化け物となり果て奥様や坊ちゃん方を食らってしまったのだという。化け物となったといわれた当主がどうなったかは現在も分からず、一族の亡骸は郊外の墓地にひっそりと埋葬されている。
【ノーマン家】
公爵家。スーラント王家の分家筋にあたる家。現在は国王の補佐役などを務め、有事の際は王となることのできる血筋である。長い歴史の中で、互いの血を混ぜ続けてきており常にいとこと同等の血筋の近さを保ち続けている。ノーマン家は知略に優れた者を多く輩出しており、政治面において重役についていることが多い。
【ラングド家】
伯爵家。代々女系の一族であり、女性が当主を務める珍しい貴族。ラングド家の祖は元々、南西にある小国ノーラの血をひいているらしく、強い魔力を持って生まれる女児が多い。その為、当主は魔力の高い女性をたてるようだ。長いときをラディス王国で過ごし、ラディス王国の血を取り入れ続けているにも関わらず容姿や女児の出生率の異様な高さなどノーラの特徴を長く残し続けている。
【ディーボルト家】
伯爵家。古くから商家として栄える貴族。賢しく強欲、とも揶揄される。伯爵家でありながら手広い商売により、そこらの格上の貴族よりも多くの財を所有する。私腹を肥やす親玉にふさわしく、多くの当主は太り気味である。あくどい商売も多いが、法の穴をかいくぐる知恵があり相当厄介な家である。
一通り七家の情報を読んで、私はため息をついた。
「やはり、昔から問題のある家がちらほらありますね」
「そうですね。特に目立って悪名高いのはクレメンテ家とディーボルト家でしょうか」
ですよねぇ。
クレメンテ家の方は、現当主がしっかりしているので問題はないが彼のご両親の内実を垣間見ただけでも具合が悪くなりそうだった。
「蒼天の刃のギルドマスター、エルフレドさんからクレメンテ別邸で見つけた家系図……の魔道具の解析をディーボルト家に依頼するといいって言われたんですけど、一気に頭が痛くなりました」
「ああ……そういえばディーボルト家は商家の顔が強いですけど、魔道具の職人を輩出することもありますし、お抱えの腕のいい魔道具職人もいますからね」
「ディーボルト家のつなぎは、第一部隊からできるとも言われたんですけども。第一部隊にディーボルト家ゆかりの方が?」
あー……となぜか歯切れの悪そうな顔でランディさんが唸った。
「いるにはいるんですが、まったく顔を出さない人で、たぶんあんまり他人の話を聞かない人で……」
つまりは繋ぐには面倒な人なんですね。
「それにあの人、本家とは距離を置いているらしいので取り次ぎができるのかも……」
「あ、それは問題ないぞ?」
ランディさんと一緒に資料を届けてくれた第一部隊の人、名前はリオさん。本名ではないらしいが、本名は自分で覚えるのも面倒で、呼ぶには不便だからリオでいい、と言われた。
「あいつ、魔道具解析の第一人者だし、自分で開発もするし、修理も改造もお手の物。勝手に魔道具が魔改造されて副団長の雷が落ちたときもあったしなぁ」
「えぇ……」
副団長、もとい実の父親の雷と聞いて反射的にランディさんが震えてしまう。
「ディーボルト本家に話を持ってくより、あいつに持ってった方が早いだろ」
「……ヒース殿、受けますかね?」
「受けるだろ。あいつは魔道具に関してはマニアだ。漫画とかそっち方面はオタクだが」
若干漂う、エリー姫様と同種の香り。
「その魔道具に関しての話はこっちから奴に通しとく。早めに連絡するからちょっと待っててもらっていいか?」
その言葉に私は、よろしくお願いしますと頭を下げたのだった。
「……お姉様」
ランディさん達が帰って、資料と改めてにらめっこしていると、おずおずと声がかかった。騎士二人を前にしり込みして部屋から出て来なかったリゼが、柱の横からちょっとだけ顔を出している。
「どうしたの? 夜ご飯はまだだし、ギルド会議もご飯のお茶のときのつもりだけど」
「……私もその資料、見てもいい?」
リゼの真剣なまなざしの先には、私がもらった資料の束がある。リゼなんかは当事者だ。己の中にある呪いや一族についてなど、たくさん知りたいと思っても無理はない。いや、本当はきちんと知るべきなんだろう、重く苦しいものだと遠ざけたりせずに。
リゼは少しずつだけど、強くなっているのだから。
私はリゼを招き寄せて、彼女は隣に座った。
「ベルフォマだけじゃないのね。お姉様は七家と言っていたけど……」
「前日のギルド会議のときに少しだけ触れたけど、私も司教様から聞いた話で詳しいわけじゃないの」
だから色々と調べている最中だと告げた。
「……もしも、もしもその話がアルベナと呪いに繋がっていて、女神が関わっているのだとしたら……私は」
少しだけ手が震えている。
大それたことを考えていると、たぶんリゼ自身もわかっているんだろう。それでも彼女は言葉を止めなかった。強い決意の言葉を。
「女神が相手だろうとなんだろうと、立ち向かう」
私が、私であるために。




