*16 定時乙!(sideランディ)
「ヒース・ディーボルト殿……ですか?」
俺は聞きなれない名に、先輩達に聞き返してしまった。
第一部隊が使っている王国騎士団の詰め所の一室。王城の端の一画にあるそこでは、せわしなく働く騎士達の姿がある。王都の巡回もしているが、ほとんどの時間は意外と机仕事の方が多かったりするものだ。
第一部隊の隊長、ベルナール様が理由不明の捕縛を聖教会から受け、連れて行かれてしまってからは仕事は滞るばかりでてんてこ舞いである。現在、体制は第二部隊の隊長を務めるオルフェウス様が第一部隊も引き受ける形でまとまっているが、数日でオルフェウス様の健康がすごい速さで損なわれているのは目に見えていた。
……あの人、うちの隊長と違って素直で超真面目だからなぁ。
とんでもなく不器用ともいう。剣の実力も高く、座学の成績もいい。天才型のベルナール様とは違い、すさまじいまでの秀才型努力家である。ベルナール様も努力を怠る人ではないが、努力のできる天才型と比べられればどうしても他は追い付けないものだ。
平等ではないが、こればかりはどうしようもない。
オルフェウス様もそれはわかっていて、今でもベルナール様をライバル視し、血反吐を吐く勢いでその上をいく努力をし続けるのだから、素直にすごい人だと思う。
だが、このままこの体制が続くとオルフェウス様が死んでしまう気がした。そもそもベルナール様の仕事をまるごと一人に押し付けるのが間違っている。第一部隊が総出で休日返上してまで業務を行っているが、通常騎士の業務に加えての隊長格の仕事まで降ってくるのだ……さすがに全員ボロボロである。
他の隊長格に仕事を振り分けたいところではあるのだが、色々と理由をつけられて断られている。
まあ、それもそうだろう。王国騎士団はそのほとんどが貴族出身、もちろん実力で相応の地位を与えられている者が半数以上だが、中には身分によって隊長を与えられている者もいる。そんな人間にベルナール様が行っていた仕事を頼むのも酷だろう。下手に失敗されても困る。
「ああ、ランディは知らないんだな。うちには一人、幽霊騎士がいてな」
そんなこんなで、人手が足りねぇと呻く第一部隊で『そういえば』と、一人の人物の名があがったのだった。
「隊長が第一部隊に配属されたときに、部隊編成が行われただろ? そんときにほとんど騎士団に顔を出さない奴を第一部隊に隊長自ら選んで入れたんだ。そいつの名がヒース・ディーボルト」
「ランディは編成後、時間が経ってから配属になったから知らないのは当たり前だったな。他にも知らねぇやついるだろ」
「だなぁ……つーか、俺達も知っているっていうか名前しか知らんぜ? なにせまったく顔出さねぇーから」
仕事が忙しすぎて名前だけ在籍する幽霊のような存在の手も借りたい、ということらしい。だが、その『幽霊』の姿を見た者は誰もいない。
「ディーボルト、というと伯爵家の方ですよね?」
「お、よく知ってんね。そうそう、例にもれず貴族だよ」
「顔を出さないということは、仕事をしていないってことですよね? よくあの隊長が在籍させてますね……」
貴族だからと贔屓するような人なら、第一部隊にもボンボン貴族、またの名を給料泥棒がいてもおかしくないが、隊長が部隊編成した後はそういう連中は一掃されてしまった。オルフェウス様が全部彼らの不満を押し込んで引き取って面倒をみているのだから頭が下がる。
「なんでもすごい能力の持ち主らしいよ? 詳しくは知らんけど、裏情報のリーク元は大抵彼かららしいって話。どっからとってくんだってくらい、正確な情報だっつーんで重宝してたみたい」
へぇーっと相づちを打っておく。
どんなにすごい人であろうと、ここに来て仕事を手伝ってくれないなら意味はまったくない。無駄なおしゃべりである。先輩達もわかってはいるが、無駄な話もしないと疲れで倒れそうだ。
「ヒース君なら、副隊長権限で呼び出しましたぁ~」
山のような書類の中から、美しい女性が出てきた。うちの副隊長ミレディアである。徹夜はしているが、それしきで彼女の美貌は崩れない。元気がないように見えるのは、幼馴染が大変なことになっているからである。見た目は派手な女性だが、面倒見はいいし、どちらかというと姉御肌である。
「一人だけ部屋にひきこもっているなんて、なんてことでしょうねぇ~。騎士団に在籍してるんだから、ちょっとはこっちの仕事もしろってのよねぇ~。『給料分は働いてる』『働き方改革希望』『りもーとは世界を救う』とかごちゃごちゃ言いやがってましたが? だから? 職権乱用でもなんでも引き倒して連れてきますわぁ~」
……やさぐれている。
長い年月の間、出勤を拒んでいるところを考えると当人はそうとう対人が苦手なんだろう。リゼさんも似た感じであったし、無理やりに呼び出すのは酷かとも思うが、この状況で出てきてくれないのも困りものだ。
できるだけ、優しく接しよう。
俺は、幽霊さんを迎える為にお茶とお菓子の準備をはじめた。
ヒース・ディーボルトは、渋々とやって来た。
長い間のひきこもり、騎士団に在籍しながらほとんど顔を出さないと言われたその男は、背が高め……だが少々猫背のせいであまり高く見えない。色白で、不健康そうな面立ちだが不細工ではなく、目鼻立ちは整っている方だ。やせ型の研究者……それが彼の見た目の印象だった。
どうあがいても騎士には見えないな……。
剣を握らせたらそのまま落としてしまいそうだ。腕も細いし。
「吾輩を呼び出すとはいい度胸ではないか、小娘」
「ああん? 誰が小娘ですってぇ~? 年下だろうがヲタク小僧ぉ!」
おたく……ってなんだろう?
とりあえず、副隊長の心のささくれが酷くなっている。優しく出迎えようと思ったが、副隊長の手酷い言葉のパンチが唸ってもヒース殿は怯まなかった。それどころかふてぶてしい態度が増していく。
「なんと面倒くさい。職場に顔を出すことになんの意味が? 与えられた以上の仕事をこなし、多方面からの無茶ぶりにも応える吾輩の働きぶり……知らんわけではあるまい!」
「知ってるけどぉ? でもそれとこれとは話が別なのよねぇ。騎士団が大変なときくらい手を貸すとかないわけぇ!?」
「はん! なにかやって欲しいことがあるなら依頼すればいいではないか!」
「書類系は基本城外持ち出し禁止なのよぉ! あとお金を要求するなぁ!」
「残業手当もらってなにが悪い!?」
喧嘩が勃発しそうだ。
二人が殴り合いになったら、ヒース殿が真っ先にボコボコになりそうではらはらする。
ヒース殿の言い分もわからなくはない。……基本、騎士って真面目に働くとブラックなんだよな。基本給は他の職に比べて断然高額ではあるんだけれども。けどすべての派生労働に手当てを払っていたら国が破産するレベルになる。それを理解したうえで、国民の為に職務を全うするのが騎士である。
ヒース殿はぶーぶー文句を言いつつも、副隊長という権力には勝てないのか机仕事を手伝ってくれた。
「ちっ、手作業で情報を精査するなど無駄極まりない。PCの外付け媒体ならば、これほどの紙を無駄に消費せずかつコンパクトに収まるというのに」
「ぴーしー……?」
「とーしろーは引っ込んでおれ、こっちのことである」
とーしろー?
「ランディくん、あの根暗ヲタはほっといていいわよぉ~。言ってる意味なんか八割わかんないしぃ」
聞くだけ無駄らしい。単語の説明もまずされないようだ。
「でも能力だけは確かよぉ~、腹立つけど。王国では珍しい機械工学家だからねぇ~」
「きかいこうがく?」
「機械技術ねぇ~、そういうのは帝国が最先端なんだけど、どういうわけかあの男、情報規制がバリバリ厳しい帝国の情報抜き取って独学でものにしたみたいよぉ?」
そ、それって色々まずいのでは?
帝国が独占している技術は、あらゆる軍事戦略に紐づいている。それを手にしていることが帝国側にバレたら命がいくつあっても足りやしない。
「あ、もしかしてだからこそのひきこもり……?」
「かもねぇ~。あいつ実家には、あんま寄り付かないみたいだし、居場所を転々としてて呼び出すの苦労したんだからぁ」
わけのわからない事ばかりを呟きながらも、ヒース殿は恐ろしい速さで書類を処理していく。処理能力は副隊長にも並ぶかもしれない。これだけの能力があるのならば、確かに幽霊とされても在籍が許されるはずである。
「――ああ!!」
「なぁに、うっさいわねぇ!?」
「小娘、今何時だ!?」
「小娘って言うなぁ! 十七時だけどぉ!?」
「定時乙! 帰宅!」
……騎士団は、定時十七時じゃないが。
「アニメが! アニメがはじまってしまうっ、リアルタイム視聴はヲタクの使命!!」
「はやっ!?」
来た時とは比べ物にならない速さで帰り支度を済ませ、副隊長がなにか言う前に風のように去った。
「あ、あにめ……って?」
「帝国で放映されている動く漫画、らしいぜ。噂くらいしか聞いたことねぇけど」
「漫画ってどうやって動かすんだろうな? パラパラ漫画なら見たことあるが」
「てれびってのがあっちでは開発されてて、そこにあるかのような映像がうつるとかなんとか」
北の大国、帝国。情報規制が厳しく、技術の漏洩には目を光らせる国。ゆえに、発達している機械技術について隣国の王国でも知られることはほとんどない。モニターに魔法で映像を転送する術はあるが、それともまた違った技術のはずだ。なにせ、魔力を必要としないのだから。
「えぇーっと、じゃあヒース殿ってどうやってあにめとやらの視聴を?」
「なんか、でんぱってやつをぼうじゅ? してるらしいな」
よ、よく生きてるな……あの人。
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「シアちゃん、そのいわくつきの家系図だけど。家系図の中身の方じゃなくて、そもそもの魔道具の方を調べるのなら、『ディーボルト家』を頼るといいと思う」
エルフレドさんからの情報に、私はひとつ思い出した。
『ディーボルト家』それは、悪魔の心臓をわけた七家の一つであることを。




