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*14 ホラーじゃないよ……たぶん

 導かれた先にあったのは、茨に包まれた古い倉庫だった。白い薔薇の花があちこちに咲いている。そういえば、クレメンテ子爵本家も白い薔薇が多く植えられていた。家を象徴する花なのかもしれない。

 ただ、ここの薔薇は本家よりも少しくたびれているというか、瑞々しさが少ない気がする。それはここに満ちる異様な空気のせいかもしれない。


「ここは……こんなところに倉庫があったのか。気がつかなかったな」


 私を追いかけてきた子爵が首を傾げた。


「茨が扉を塞いでしまってますね」

「そうだね。この様子だとずいぶんと開けられていないと思うけど」


 しかし、『彼女』が無意味にここに誘ったとは思えない。子爵も『彼女』が見えなかったにしろ何かあると考えたのか、懐からナイフを取り出して茨を切った。

 解放された扉を開くと、埃っぽい匂いとかび臭さが鼻をつく。もう何年も開かれていなかったかのような感じで、ここに目的のものがあるとは思えなかった。

 ……別のものを見せたかったの?

 違和感をおぼえながらも、私は子爵と共に倉庫の中へと踏み込んで行った。

 中はそれなりに広く、いくつかの部屋に分かれていたがほとんどが空で棚やただの箱が置いてあるくらいのがらんどうだった。


 ギシ……。

 ギシ……。


「? なにか音が聞こえませんか?」


 静かだと思っていた倉庫の中、茨で封じられていたから先客がいるはずもない。なのに奥の方から軋むような物音が鳴っている。


「ご、ごごゴーストとか、い、いいいないですよね!?」

「そういう気配はしないけど……」


 確かに分かる方の私だが、ゴースト系の特有の肌寒さは感じない。子爵は弟と違ってそっち系もわかる方なのかな?

 違うと思っても不気味な物音は絶えず聞こえてくる。物理が効くならそんなに怖くないんだけど! と笑いそうになる膝に活をいれながら杖を握りしめた。

 ぶん殴る準備は万端である。

 おらこいや! と及び腰なのに険しくなっているであろう私の顔を見て、子爵が苦笑しつつも私をかばうように前に立ってくれた。

 イケメン。こんなお兄ちゃんが欲しい。見た目は超儚げ美人だけど。

 私が今までで出会ってきた人の中で、ジオさんと並ぶほどの安定感のある人物だ。姫様達の恋バナではあえてジオさんをあげさせてもらったが、他に候補があるとしたら子爵だった。だが、あげたら絶対においしい話にされそうなのでやめた。シリウスさんにするとファザコン扱いされるのでそれはまた別。

 それと子爵を話題に出すとベルナール様の話に飛び火する可能性が高すぎるので、危険な橋は渡らない。私の理想は、ほどほどの生活ができるレベルの稼ぎがある、角があまりたたない……というと語弊があるかもしれないが、本当に普通の人でいい。そんな人とありふれた幸せが共にできればいいなと思っている。いつかは出会うかもしれないし、もしかしたらそんな人と結婚して子供ができるかもしれない。

 そんないつか夢見た未来が、この先にあればいいなぁと思う。


 今はギルドがそんな夢と等しいようなものなので、自分を含めた皆の笑顔が守れればと思うけれど。レオルド一家を見てると、いい家族だなってちょっとうらやましくなるんだよね。自分の家族はまったく記憶にないし、記憶を手に入れるのが怖いとすら思える。


 子爵に守られながら、物音がする方へと進む。確認していないのは、この奥だけだ。静かに、できるかぎり音を立てないように注意しながら奥の部屋を子爵は覗き込んだ。そして、怪訝な顔をした。


「子爵様?」

「……なんとも不気味なことに……おじい様がいる」

「え?」


 確認のために私も部屋を覗き込んだ。そこには、ゆらゆらと揺れる椅子……ロッキングチェアに座っている老人がいた。すり切れたひざ掛けで下半身を覆った老人は、とても細く、骨だけしかないかのように枯れている。表情には精気がまるでなく、まるでミイラがそこにいるかのようだった。


「おじい様、なぜここに……」


 子爵は、母親に対するよりもいくぶんか優しい声で祖父に対して声をかけた。しかし、彼はなにも応えない。私達の存在に気がついていないかのようだ。


「……おじい様も、母上以上に精神を病んで自我がほとんど崩壊している状態なんだ。ただ、生きているだけ。見捨てることもできずに、父上は適当に医者をつけて治療はせず自然死を待っている状態だと言っていた。部屋からは出られないし、自らの意思ですでに行動できるような状態でもないはず……」


 しかも、ここは先ほどまで茨に覆われていたのだ。ここに来れる方がおかしい。


「と、とりあえずご老体ですし、お屋敷の方に……」


 ここはいくぶんか冷える。老人の体調はだ丈夫だろうかと、何度も医療現場に足を運んだことのある私は顔色や体温を確認しようと近づいて。


「……ああ、ああ……」


 細く、かすれた声が老人の口から発せられた。ようやく私に気がついたのだろうか? 子爵の祖父ならば先々代の当主のはず、一言ご挨拶はしなければと身を整えようとしたができなかった。


「ヨル、帰ってきてくれたんだね。すまない、本当に……私は愚かなことをした。許されないのは分かっているよ。だからずっと待っていたんだ。お前は私を殺しにくる。それを毎日待っていた。憑き物は去った、息子の中へ。私は消え去りたい、呪いに抗えずに大切な弟であるお前を殺めてしまった。私は知っている、お前は悪魔になったのだ」


 枯れ木のような手が私の頬を撫で、黒い髪をすくった。


「クレメンテ家の『本物』であったヨル。お前ならば、死しても悪魔となって復活できるだろう。ああ、早く『偽物』の私を消してくれ」


 すがるように私の両肩を掴んで俯く老人からは、あとからあとから涙が落ちて膝に落ちていく。

 懺悔のように聞こえた。早く、この世界からいなくなりたい。そんな思いが突き刺さってくる。老人のこの力、夢でも幻でもない。現実にここにいる。


「おじい様、落ち着いてください。彼女は、シアです。ヨルなどという人物ではない」


 子爵が間に入るが、老人は謝罪と断罪を望む言葉だけをブツブツと紡ぐだけで反応しない。


「子爵、ヨル……って?」

「わからない。おじい様の兄弟は何人かいるけど、その中にそのような名前の人物はいない」


 だが、老人は確かにヨルを弟だと言った。それにヨルという名前を最近私は耳にしている。セラさんの口から語られた人物。これは偶然なのだろうか?


 耳鳴りがした。

 瞬間、老人の涙が濡らしていたのは膝ではなく、ひとつの巻物であることに気がついた。いつの間に、そこにあったのだろうか。手にしてみると、それは思いのほか簡単に開かれた。


「これって……家系図?」

「本当だ。ずいぶん古いものみたいだけど……うん、クレメンテ家の家系図みたいだね」


 子爵が当てにしていたものより、もっと古い家系図らしい。かなり前の代の名前も多く連なっている。名前が多すぎて追いきれないので、まずは近いものから見ていく。順調に当主は長男が継いでいっていたようだが、十代前あたりで混線していた。理由はどうやら上の兄弟の死亡によるもの。黒い線で名前を消され、夭折と綴られている。

 そんな様子が何代も続いているのが伺えた。

 何代も当主となった者より上の兄弟は『夭折』だ。


 そんなことがありえるはずがない。おそらくは、その子を当主にするためになんらかの方法で死に追いやったのだろう。古い貴族にはそういう闇の部分もある。だが年代をみてもそれらは近代に近い。そのような手をとるような貴族はほとんどいなくなっているような世の中だったはずだ。

 それに気がついているだろう子爵は冷たい視線で家系図を追っていた。


「ここがおじい様の代だね」


 示された場所には、ソルという名があった。そして彼が当主となっている。上には兄弟はおらず、下の兄弟達も無事に生存し、それぞれ家を出ている記載があった。だが、その兄弟達の中にヨルという名はない。

 そこから次の代に移り、子爵達の父は長子で順当に当主を継いだようだ。そこから伸びるのは二つの線で、長子に子爵スィード、次男にベルナール様の名前が……。


「……え? ちょっと待ってください、これって」

「…………」


 ベルナール様の名前が消されている。黒い墨で線を引かれ、そこには『夭折』の文字が。


「ベルナールは、一度落命した……らしい。けど、今は生きている。これがいつ書かれたものかはわからないけど、死んだとされたときのままになっているのかな……」


 そして、当たり前のようにそこには愛人の子とはいえ、三番目の子として迎え入れた三男であるはずのリクの名はない。

 頭がこんがらがってきた。『彼女』は一体、どうしてここに私を……。

 彼女の真意を考えていると、ふいに家系図に変化が現れた。私はなにもしていない。そう、勝手に家系図に文字が増えていく。


 子爵の名が墨で潰され、潰されているベルナール様のところから線が伸びて……。


「ええっ!?」


 その先からおびただしい量の墨が溢れて床を濡らしていく。これは、ただの巻物じゃない!?


「シア、それを放して!」


 子爵の言葉に、私は咄嗟に巻物を投げた。巻物から瘴気のような黒い煙があがり、ガタガタと震える。そしてしばらくして動かなくなった。


 待って、ちょっと待って。ホラー展開すぎてついていけない!


「シア、落ち着いて。ホラーっぽいけど、ホラーじゃないよ……たぶん」


 子爵は、そっと巻物を手に取った。


「瘴気かと思ったけど、少し違うみたいだ。おそらく、魔道具……人為的に作られたものだ」

「へ?」


 子爵の言葉に顔をあげると、傍にいた老人がかき消えた。


「この魔道具、普通の魔道具じゃないね。とても強い力を感じる……意図的に誰かに作られ、意図的にクレメンテ家の家系を刻み……あるかもしれない未来をわかりやすく視覚させたというところか」

「あるかもしれないって……」


 子爵の名は墨で塗りつぶされ、ベルナール様は死亡表記のまま次に続くような線が綴られた。その先は…………。


「おじい様がここに現れたのは、魔道具による現象……だろうか」

「でも本当にここにいるかのように実体がありましたよ?」

「そう……だね」

「……ここにあったのも家系図ですけど、ベルナール様も家系図をみて、なにか気がつかれたと思うんです」

「そうだね。これは特殊なものみたいだけど、そもそもがいびつな家系図なのかもしれない。本家の方も……もしかしたら、ベルナールの表記は――」


 子爵の言葉は最後まで聞けなかった。彼は私を押し倒し、埃まみれの床に背中をしたたかに打った。文句はない。彼が理由もなくこんなことをするはずがないからだ。それに理由はすぐにわかった。鋭い刃が空気を切り、私がいた付近に突き刺さったのだから。


 ゆらりと現れたのは、黒い影。

 仮面をつけた黒装束の姿は、まさに『暗殺者』だった。


『その家系図、渡してもらおう』


 声が不自然に歪んでいる。地声ではなく、変声しているようだ。

 緊張感の中、私は子爵に助け起こされながら暗殺者と対峙した。


「あなたは……誰?」

『聞かぬ方がいい。聖女殿は殺せぬが、傷つけるなとは言われてはいないし、そちらの貴公子に生死のオーダーはない』


 短いが鋭い刃がかまえられる。スキのない身のこなし、相当な手練れだろう。震えるほどの殺気が、私にも刺さる。だが、子爵はひるまなかった。


「招待もなく、人様の敷地にそのような刃物をさげてくるなんて作法を知らないのか。礼儀を教えてあげよう。そして……色々と教えて欲しいね」


 子爵からはなたれるのは殺気ではなく凄まじい闘気。ベルナール様でさえ、勝てる気がしないとさえ言わしめたその実力を、私ははじめて目の当たりのすることになった。


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