*11 なんか帰ってきたって感じだな
「ただいまああぁぁぁぁぁーーーー!!」
雄たけびに似た帰宅を告げる言葉と共に私はギルドの扉を破壊しそうなほど強く開けた。
「「「おかえりなさあああーーーーい!」」」
「ごふっ」
天使のタックル一回目。
「ごふっ」
おしゃま天使のタックル二回目。
「ごふっ」
ひきこもり天使のタックル三回目。
ぐふっの三段活用が腹に入った。だが、幸せ。
『今日、帰る』
という短い手紙をフクロウ便でギルドに送っていたので、私達の帰宅はみんな知っていたはずだ。夜になってしまったし、三人とも今か今かと待っていたのだろう。鼻をくすぐるいい匂いが漂っているところをみるに、夕食を待っていてくれたのだと思う。
ギルドが恋しくて恋しくて馬車が止まってから、駆け足で二階へ駆け上がり、興奮のまま帰った私に、その熱量を上回るわがギルドの天使達、リーナ、シャーリー、リーゼロッテが出迎えてくれたのだった。三人に抱きつかれてバランスを崩し、床に転がることになったが幸せ過ぎて顔がニヤける。
ガリオン大聖堂での日々は、精神的にもかなり地獄だったので。
「あー……なんか帰ってきたって感じだな」
遅れてギルドに到着したルークが苦笑いだ。彼は両手いっぱいに荷物を持ち、背中にも荷物を背負っている。二人分の旅用荷物だ。馬車から荷物を引き取らずに単身飛び込んでしまったので、ルークは下で御者に運賃を払いながら荷物を引き取っていたのだろう。
すまん。気が急いた。
「シアちゃん、ルーク君、お帰りなさい」
「おう、無事に帰ったか」
部屋の奥からレオルドとサラさんが出てきた。手にはお皿や鍋がある。
「ちょっと奮発してごちそうを用意したの。疲れたでしょう、二人ともいらっしゃい。シャーリー達も手を洗ってね」
はーい。とみんなで元気よく返事をして、手を洗ってから席に着いた。ギルドの帳簿はサラさんに任せていて、やりくりも私より上手だったのでお願いしている。マスターとしてチェックは欠かしてないが、なかなかのやり手だ。
サラさんが用意してくれたごちそうは、本当に美味しそうでさきほどまで空腹を忘れていたのだが、一気にお腹が空いてしまった。
久しぶりのギルド団欒を楽しんで、いっぱいおしゃべりしたいと子供達にせがまれてしまったので、個室ではなくリビングを片付けて布団を敷き、雑魚寝でパジャマパーティーとなった。パジャマパーティーは男子禁制なのでレオルドとルークは申し訳ないが部屋に送って、女性陣だけで楽しんだのでした。
そんな楽しい一夜のあと。
私には、クレメンテ子爵の依頼をどうするかを決める重要な仕事が残っていた。色々と考えると、私と教皇様にはなにか繋がりがあるようだ。だが、関わりすぎると落とし穴がありそうで怖い。ギルドのためにも危険な山には手を出さないのが賢明だ。ただでさえ、不気味なほどに聖教会側は人心操作がたくみなのだ。
でも、ギルドのみんなの心は一つだ。ベルナール様を助けたいと、そう思っている。彼がなにか法に触れるような悪いことをしたと誰も思わない。調べれば調べるほど、聖教会の黒い部分が見え隠れする。
もう一度、クレメンテ子爵に会おう。司教様から預かった鍵がどこの鍵が知っているかもしれない。
そこで、私は子爵にアポをとって再び屋敷へと赴いたのだった。
「この鍵……おそらく、地下倉庫に保管してある重要書類を収める箱のものだと思う」
案内されて通されたのは、屋敷の地下にある倉庫ですぐに使うことはないようなものが置いてある。値打ちものも多そうだが、目移りしている心の余裕はなかった。
「倉庫の一番奥に保管されている。……偶然かな、確かベル君が捕まった時に探していた場所はここだったはず」
関連性はありそうだ。
「……あれ?」
目当ての箱を取り出して、鍵をあてがった子爵は首を傾げた。
「あわないな……」
何度か差し込もうとしたが鍵があわず、入らなかった。すると、鍵はさらさらと塵になり霧散する。
「あ、もしかしてこれ」
「うん、本物の鍵じゃなくて魔力で作られた模造品みたいだね。ベル君は、魔導士になれるほどの魔力はないけど、なんていうか小細工的なのは得意というか。昔から工作が好きなんだよね。本人あんまり気づいてないみたいだけど」
そういえば彼の部屋にはそれ系の本が置いてあったっけ。私に贈った魔力石のペンダント(呪い付き)もお手製だったし。
「あの、この箱にはなにが入っているんですか?」
「クレメンテ家にまつわる重要な書類とか、かな。といっても古いものばかりだから新しいのは私の部屋にあるんだけど」
それでも見られるとあまりよろしくない貴族の黒歴史があるらしく、箱には鍵がかけられているのだそうだ。
「ベルナール様がわざわざこの箱に誘導した意味は……」
「聖教会が今回、ベル君を捕縛したのは家にまつわること――ということかな。うちはあまりにも叩いて出る埃が大きすぎるからね」
予想していた部分もあったのか、少し納得したように子爵は目を伏せた。
「家には本当に面倒をかけさせられる。もう放っておいて欲しいんだけど……まだ掃除が足りないのかな」
普段聞かないような低い声に、少し背筋が震える。子爵は優しい人だ。だが、やるときはやるし、非道な手段を使った相手には、非道な手段で返すこともできる人だ。そうでなければ貴族の長はやっていられない。
「……?」
少し違和感を覚えて、子爵が持っていた箱に触れてみた。
「あ!」
私の魔力に反応するように、箱から文字が浮かび上がる。同時に胸のあたりに熱さを感じてみてみると、ベルナール様から贈られたペンダントが淡く光っていた。
『クレメンテ家は、悪魔の心臓から連なる家系である。その中におそらく本物の――』
すべてを綴ることができなかったのか、文章は途中で終わっている。
「これは……?」
司教様から禁書の中身を教えられたときに少しかじった部分がある。悪魔の心臓、おそらくは分割された魂によって繁栄した七つの家。あれの禁書の中身が本当ならば、クレメンテ家はその一つであったはず。
「悪魔に連なる家系……というのは、私が子爵家を継いだときに父上から伝えられた。父上もただの伝承としか思っていなかったが、伝えるのが伝統であるらしいよ。でもこれは、長になる者にしか知らされないはずで、ベル君が知るはずがないんだけど」
なぜベルナール様はこれを残したんだろう?
「家系について気になる文を残したということは、クレメンテ家の家系図にヒントがあるんでしょうか?」
「そうかもしれない。でも、この屋敷にあるのは家系図の写しだけなんだ。本書は父上がまだ持っている。引き継いでまだ数年程度で、すべてを引き継ぎ終えていなくてね」
写しでも今見られるかなと写しを探したが……。
「おかしいな。写しの家系図は特に厳重に箱におさめられてはいなかったはずなんだけど」
前に目にしたときは、棚の上の方にそれなりに綺麗にしてしまっていたらしい。だが、それが影も形もない。
「でも、ここになにかあった跡はありますね」
「うん、もしかしたら誰かに持ち去られたのかな?」
だとしたら最近ここに踏み込んだ聖騎士があやしい。もしもそうなら、クレメンテ家の家系図は写しでも今見られると困ると思われるものと判断できる。
「けど、本書の方は父上の屋敷を訪ねれば見れるはずだ。あちらに聖騎士が訪ねた話は聞かないし」
「ぜひ、本書の方を拝見したいです」
そこに重要な手掛かりがありそうだ。そう判断すると、子爵も頷いた。すぐに手配してくれた馬車に乗って、私と子爵は、前クレメンテ子爵を訪ねる為に郊外の屋敷へ向かったのだった。




