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*9 懐かしい

「うーん……」

「どうした? 窓際に突っ立って」


 私が割り当てられた部屋の窓際で突っ立って唸っているとルークが声をかけてきた。

 現在、滞在二日目の昼過ぎ。簡素な昼食を終えてルークはしばらく情報収集のために聖堂内を回っていた。司教様も今は単独行動中で、彼がなにをしているかは知らない。協力は一応してはいるが、同行をお願いしたのみでギルドとしての協力をとりつけているわけではないので、司教様の行動をすべて把握はできない。


「フクロウ便が届いてたから、確認をね」

「フクロウ便? 誰からだ?」

「……とある筋からの情報をちょっとね」


 相手は王都にいるマリー姫様だ。黄金の星姫のまとめ役であるマリー姫様と交渉し、色々と聖教会関連の情報を回してもらっている。ギルドを立ち上げたばかりの頃では手の出せない金額だったが、ここ一年で急成長を遂げた我がギルドは、なんとか情報を買うだけのお金を回せるようになった。といっても、何回も使っていたらさすがに破産する額だけども。今回ばかりはケチってはいられない。

 明確な名を出さない私に、ルークは首を傾げたが追及してこなかった。そうするべきじゃないと思ったんだろう。それに手紙を届けに来たフクロウが普通のフクロウ便のフクロウとは少し毛色が違うことも気がついたはずだ。

 黄金の星姫が連絡手段として使うフクロウ便は、特別な能力を持つフクロウらしく、手紙を確実に届け先に持って行ってくれる。動物を使った連絡手段の欠点は動物が途中で迷子になることである。訓練された優秀なフクロウでも通常のフクロウ便はその一割が行方知れずとなる。届け先が遠距離になればなるほど確実性が失われるものだ。急ぎではないなら運び屋に任せるのが一番確実な手段といえるだろう。

 だがこうして特殊な話を挟む場合は、やはりフクロウ便が一番手っ取り早い。フクロウになにかあった場合、フクロウが預かる荷物はすべて灰になる魔道具が仕込まれているので、中身を調べられる危険性が少ないのだ。


『聖教会各所に、特に動きはなし。例年通りの降臨祭の動きとなっている。ただし、気になる点が一つ。聖騎士の各所警備が厳重になっている。降臨祭を訪れる要人の警護のためとしてはいるが、それでも目につく程度には警備に注がれる人数が多く感じられる』


 聖教会の動向について、なにか新しい動きがないかどうか確認していたのだが、ラディス王国含め各国、各所の聖教会に気に留めるような変化は起こっていないらしい。

 だけど、このガリオン大聖堂だけは警備が厳重になっている……か。

 これは外敵から身を守るため……ではなく、私達を外に出さないためである可能性があるな。もしくはベルナール様の脱走阻止目的の可能性も。それともここになにか不穏な影でもあるのだろうか?


「ねえ、ルーク。ベルナール様がどこにいるか見当ついた?」

「ああ、たぶんあそこだ」


 ルークは部屋の窓の外を指さした。ここからでも見える高い塔がある。外壁はとっかかりがなく、窓も小さく少ない。なるほど、誰かを閉じ込めるにはうってつけな塔である。


「聞き耳立ててると聖騎士以外のやつは結構うかつでさ。ベルナール様っぽい人の話もいくつか聞けた。それでアタリはつけたんだが、塔にはさすがに警備が多くて近づけなかったな」


 ふむ。やはり警備にさいている人数が情報通り多いようだ。最も多いのが大聖堂を囲む外壁周辺のようだが。

 考えを巡らせようとしていると、部屋がノックされた。


「聖女様、教皇様がぜひ二人でお会いしたいと」

「……あー、いたたた、お腹がぁ」


 腹痛でごまかしておく。

 教皇様から情報を得たいのは山々だが、二人きりは怖い。怖すぎる。切り込むにしてもまだカードが足りない。


「昨日も誘いがあったよな……」

「そうね、向こうは二人で話したいことがあるみたいだけど」


 背筋が寒くなる。

 教皇様は、怖い顔をしたわけではないし、怖いことを言ったわけでもない。けれど私の芯の底の部分から溢れてくるようなこの冷たい恐怖感はなんだろうか。

 目を閉じると瞼の裏にあの一番古い記憶が写る。顔も覚えていない女。鬼の形相の女となぜかそんな言葉で覚えている女。


『生きて』


 希望のようにも聞こえる言葉なのに、突き刺さるほど痛ましい気持ちになるのはなぜなのか。

 頭が痛い。

 教皇様を前にすると、どうしようもなく不安と恐怖にかられて気分が悪くなる。


「シア、大丈夫か? 顔色悪いぞ」

「んー……司教様から貰った薬、今日も飲むか」


 ただの魔力アタリならいいんだけど。

 必要になるかもしれなくても、どうしても教皇様と会うのは嫌だった。





「シア」


 だが、いくら逃げ回っても彼女から逃れることはできなかったようだ。なにせここは、彼女のホームなのだから。

 私は嫌な予感を感じつつも振り返った。呼び止めたのは穏やかな表情で佇む教皇様だった。ここに来て四日。ルークと手分けしながら情報収集とベルナール様との接触を試みたがうまくいかなかった。神官はともかく聖騎士のガードが固すぎる。

 そんな中、毎日教皇様から面会のお誘いがあったわけだが色々な理由をつけて断ってきた。しびれをきらしてあちらから直接接触しに来てしまったようだ。


「ふふ、今日は元気そうね?」

「……あはは……」


 中途半端な笑いしかでない。

 仮病はバレているだろう。私達が色々と探りをいれていることにも気づいているはず。私が降臨祭の招待を受けたのも、ベルナール様が絡んでいることだって。だがそちらの方面はずっと放っておかれっぱなしだった。肝心かなめのベルナール様には会えていないが、私達に行動の制限はほとんどかけられていなかったのだから。

 泳がせておいても大丈夫ってことなのか。それ程までに自信があるのか。


 教皇様自ら来られては断ることもできず、私は覚悟を決めて彼女の招待に応じた。

 通されたのは美しい庭園だった。個室でなかったことに少し安堵する。


「そう緊張しないで。私はただ、あなたとお茶がしたいだけなの」


 朗らかに微笑む教皇様は、普通の女性だ。容姿は特に特徴もなく民衆に紛れたら見つけられない程度に平凡。所作は洗練されているから見る人が見れば高貴な方だと感じ取れるだろう。教皇様というからものすごいオーラがばーっと放たれているものだと勝手に思っていたが、そこまでではない。

 だけど、それでも……息がし辛い。今すぐにでもここから逃げ出したいくらいには。


 教皇様が用意してくれたのは、木の実のパイと紅茶だった。

 パイからは果実の甘い匂いが、紅茶からは嗅ぎなれた匂いがした。中に何か入っていないとは限らないので、色々と対策を施してから口をつけた。結果的に変なものは入っていなかったようだ。


 紅茶、慣れた匂いだったので親しんで飲んでいたものだと思ったが実際飲んでみたらいつもの紅茶と違う味がした。


「どう?」

「あ、はい、おいしいです。なんだかほっとします」


 私の感想に教皇様は嬉しそうに微笑んだ。


「口にあったみたいで良かったわ。それね、帝国産のお茶なの」

「帝国、ですか」

「ええ、帝国に聖教会はないけどお茶くらいならなんとか手に入れることができるから。私、この紅茶が一番好きなの」


 帝国産のお茶。ますます過去に飲んだ覚えはない。ラディス王国にいれば自然と帝国産のものは排除されるから触れる機会もないはずだ。

 味……というよりも、匂い……そう、匂いの方に懐かしさを感じる。

 私、どこでこれを嗅いだ?


「シアは、飲み物はなにが好き?」

「え、えっと……よく飲むのはコーヒーでしょうか。読書するときとか、すっきりするので」


 興味深そうにするので、好みのメーカーを答えるとなぜか彼女はとても嬉しそうに笑った。


「そう、どこかで聞いたことがあるメーカーだと思ったら……そう」

「あの、なにか?」

「気にしないで、少し懐かしいと思っただけなの」

「懐かしい、ですか?」

「ずっと昔、彼が好んで飲んでいたコーヒーと同じだったから」


 くすくすと笑う彼女は、懐かしむように目を細める。少しだけ緊張が和らいだ気がした。


「パイも遠慮せずに食べてちょうだい。シアは甘いものが好きだとレヴィオスに聞いたの」


 司教様は教皇様を嫌っているようだが、教皇様はどうなのだろう。対面したときは、バチバチしていた気がするが、私の好みの情報交換をするくらいには話はするようだ。

 すすめられてしまったのでパイもいただく。

 さきほどから甘い匂いを漂わせていたので、ものすごく食べてみたかった。警戒を解いてはいけないが、この場で私をどうこうするつもりはなさそうなので、パイくらいはいいだろう。

 木の実のパイは、大陸の各地で栽培される木の実で作るパイなのでケーキ屋さんではよく見かけるパイである。けれど味付けや作り方が各所で異なることも多く、バリエーションにとんだパイでもある。


「……」


 パイを口にして、私は言葉を失った。


「どうしたの? 口に合わなかったかしら?」


 パイを食べて黙ってしまった私に、教皇様は首を傾げた。


「いえ、おいしい……です」


 味が悪かったわけじゃない。いや、味はとてもおいしかった。スイーツ好きの私ならば、これ全部食べてしまいたいくらいには、好きだった。

 でも一つ、腑に落ちないことがある。

 木の実のパイは、バリエーションにとんでいると言った。それこそ家庭の味とも同じで、作る人間によって差異があるくらいだ。母親から子へ受け継がれる伝統的な味を持つ家庭すらある。家庭でよく作られるおやつ。

 私は木の実のパイをいくつか食べてきた。お店のものや、普通の個人が作ったもの様々。けれど同じ味は一つとしてなかった。少しずつ差異がある。普通は。同じレシピを再現しない限り、同じにならない。


 ……私の、作った……パイと同じ味……?


 料理は昔から好きで、孤児院時代はそれは仕事だったけれど、あまり料理が苦だと思ったことはない。少ない材料でいかにおいしく、満たされる料理を作るかが子供の頃の挑戦だった。最低な環境の孤児院だったが、そんな場所でもひとときの甘い時間があった。木の実のパイは、子供達にとって最高のおやつ。レシピは詳しく知らなかった。原型を教えてもらって、それを自分なりにアレンジするのがこのパイの作り方だ。私は試行錯誤して、一番おいしいと思えるパイを作った。それはずっと私の中にあって、私だけの木の実のパイのレシピだったはずだ。


 偶然、味が重なっただけ?


 家庭の数だけ味の違いある木の実のパイ。偶然、違う場所で同じ味に辿りつくこともあるだろう。気にしすぎだ。


「あなたがそれを食べていると思い出すわ。昔はよく作っていたのだけど、食べさせる人もいなくなってしまったから、久しぶりに作ってみたの。うまくいっていたみたいでよかったわ」


 ニコニコと微笑む教皇様。


「あの……このパイ……」

「レシピを知りたい? 教えてもいいのだけど、これは伝統的な味らしいの。母親から大事に受け継がれてきたその家だけの味」


 手に持ったフォークが震える。

 私は孤児だ。

 親の顔を知らない。記憶がまったくない。でも私が孤児院にきたのは、リーナよりも少し小さいくらいだったはず。赤ん坊でもないのに、どうしてそれ以前の記憶がまったくないのだろうか。


 懐かしい帝国の紅茶の匂い。

 自分と同じ味をした木の実のパイ。


「大事な大事なこのレシピ。『特別』に彼女から教えてもらったレシピ。だからね? 私はずっと願っていたわ。きっと今なら私はシアを家族として幸せにできると思うの。受け継がれてきた『家庭』の味を伝えられる」


 彼女は戸惑う私の手を両手で包み込んだ。

 囁くように、誘うように、彼女は言った。


「ねえ、今度こそ私の娘になって」



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