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*6 お待たせいたしました

 私は今、馬車に乗っている。

 お尻が少し痛い。ラディス王国から、目的地であるガリオン大聖堂まで転送陣を使っても五日はかかる距離で、方角的には王国より西、国境を越えすでに王国外になっている。

 元勇者との旅で国外に出たことは何度かあったが、ほとんどは国内での活動でそこを足場に隣接する魔王領へと攻略を進めていた。なので魔王領とは反対側になる西側の国には行ったことがなかった。

 大陸地図を眺める機会はなかったが、ギルドのランクがCを越えれば国外での仕事も認可がおり、こなすこともあり得るだろう。いい機会だと思って地図を広げた。

 ラディス王国はこうしてみると他の国より少し小さめで、中小国と言えるだろう。弱小国ではないにしろ、外交で下手をすると大国に容易く潰される程度には中小国だ。一番の脅威ともいえる大国が北の隣国である帝国、リドレア。大陸でも北方に位置しており、それより北には人は住めないとされている。大陸で一番広大な土地を支配しているが、そのほとんどは人が住むには厳しい極寒の気候で人口はラディス王国の二倍程度とされている。機械技術が進み、帝都では車と呼ばれる馬車に変わるものが存在し、不毛の土地を安全に渡るための列車も国の端々まで通っているそうだ。しかし技術を国外に出さないようにするためか、その機構や動力などは秘匿され、資料もろくに出回っていないためにその絵姿しか見たことがない。

 鉄の塊が動くとか、どういう原理なんだろう。特殊な魔法かな?

 情報規制もとにかく厳しいので気軽に旅行に行ける国ではない。入出国がとにかく煩雑で難しく、普通なら許可書があれば一日で審査が通るところを帝国では正規の許可書があっても五日待たされるほどらしい。ゆえに旅行者もほぼおらず、閉鎖的な国柄もあって色々な噂の絶えない国でもあった。

 ラディス王国からずっと南に行くと、砂の大国サンドルがある。険しい山脈を越えた先にあるサンドルは長い間、大陸中部の国から知られておらず国交もなかったために独自の文化を築いた大国だ。言葉も違うのでサンドル人と話すにはトラブ語を習得する必要がある。彼らの扱う魔法もまた独特で、レオルドが非常に興味を抱いているようだった。なんでも筋肉魔法に近いものがあるらしいのだ。機会があったら訪ねてみたい国である。多少はラディス王国とも国交があり、十数年前までは王位争いで内戦が多い国だったが現在は安定しているようだ。

 他にも大小さまざまな国があるが、個人的に気になるのは南西にある小国ノーラ王国。代々女王が国を治める珍しい国で、精霊王の血筋である巫女が女王を務めるらしい。半精霊である女王はその不思議な力で国土を覆い他国の脅威から国を守っているそうだ。真偽のほどは不明だが、現代女王はすでに齢百を超えてなお若々しく美しい姿のままなのだとか。国が不思議な力で守られていることは事実らしく、本当に神秘という言葉がぴったりな国である。


 と、他の国に思考を飛ばしている場合じゃないか。

 確認しないといけないのは、聖教会の総本山であるガリオン大聖堂だ。ガリオン大聖堂はリドレア帝国とイヴリース王国の丁度間にある山脈、リントヴルムの中腹にある。横たわる竜とも言われるリントヴルムは呼び名の通り、巨大な竜が横たわったような山脈の形をしており、それがリドレアとイヴリースの国境ともなっているが、その境目である中腹周辺は聖教会の領地となっていた。

 ガリオン大聖堂は、それ一つが小さな町になっており聖教会関係者やその家族が暮らしている。広さは王都の四分の一程度。地方都市より少し小さいくらいだ。

 私はそこで行われる降臨祭に教皇様から直々にご招待をいただいた。

 ベルナール様の件もあって、子爵からの依頼をまだ受けると決めたわけではないが偵察という意味で、一度司教様と共に教皇様の誘いに乗ることにしたのだ。

 同行者は、ルークと司教様。この面子にしたのは、レオルドとリーナだと感覚が鋭すぎて影響を受けやすいからだ。これは司教様からのアドバイスで、ガリオン大聖堂は大陸中の魔力脈、すなわち魔力元素が生み出される地脈が集まるために、知らず知らずのうちに敏感な人間は魔障に触れやすくなり、下手をすると最悪、悪魔アルベナ病を発症する恐れもあるらしい。

 ガリオン大聖堂の神官達などは、霊水などと称した特製の薬を服用することで魔障の影響を抑えているようだ。なのでメンバーで一番そういうのに鈍感なルークを同行者に選んだ。リゼはもうなにもかも危なすぎて連れて行けない。

 私と司教様も鋭い方だが、私には女神の加護が、司教様も対処法を心得ている。



 そうしてガタガタ揺られること五日。

 私達はついにガリオン大聖堂に辿り着いたのだった。


 大聖堂はすでに降臨祭を祝う為の準備を終えており、そこかしこに飾り付けがされていた。普通の街のお祭りのように飲んで騒いでという雰囲気はなく、大聖堂らしく厳かな感じだ。屋台はあったが数は少なく活気というものはない。とても静かな清廉とした空気が流れる町だった。


「信者でもない限り、まったくもって楽しめないお祭りね」

「一日中、女神への祈りで費やされる祭りだ。これほどつまらん祭りは見たことがねぇーよ。だから毎年無視しまくってる」


 祈りなんざ、毎日毎日やってんだろうに、と司教様が呆れ顔だが、真剣に女神に祈ったことがなさそうな司教様は一分くらいは司教様としての職務を全うしてもいいと思います。女神に思うところがあるらしい司教様は女神への尊敬はないんだろうなとも思うけど。


 私達が大聖堂までの道を確かめながら歩いていると。


「……なんか、視線が熱い気がする」


 やたらと視線を感じて周囲を見ると、彼らは目が合う前にこうべをたれてくる。視線をそちらによこしているうちは、一向に頭をあげない。


「司教様ってガリオン大聖堂でも偉い人なんです?」

「まさか。権限があるのは王都のサンマリアベージュだけだ。ガリオンにいるのは、敬虔な信者だけ。女神の手足となって働くのが至上の喜びのへんた――大変厳粛な大神官の集まりだ」


 様々な国に派遣されている立場である司教は、ガリオン大聖堂に務める神官達より位は少しばかり下になるらしい。しかし司教様のガリオンにいる大神官達への印象がかなり辛らつだ。

 それもそうか。彼らもまた、シリウスさん殺しの容疑者、または協力者のようなものだ。


「じゃあ誰に頭下げてるんだろ?」

「ルークなわけがないだろ。聖女の立場は教皇の次ともいわれるしな」


 マジか。そこまで高い立場とは思わなかった。じゃあ、この朝一の大手マーケットで繰り広げられがちな、いらっしゃいませ攻撃の集中砲火を受けていたのは私だったのか!

 あれ、私としては面白いからいいんだけど、リゼなんかははじめてくらったとき。


『陰キャになんてことするのこの人達引きこもりにキツすぎる攻撃ほんきで殺しにきてるやだやだ帰りたいもうすでに帰りたい部屋にこもってゲームしたい』


 と、とんでもない早口で聞き取りづらい声音で言いつのっていたので可哀想だった。ごめんね、朝も早いしもう連れて行かないから泣かないで、状態でした。

 頭をたれる集団の間、綺麗に開かれた道を行く。


 ……空気が、綺麗すぎて気持ち悪い。

 まるでいっさいの汚れを許さないかのような潔癖な雰囲気に、私の背筋は冷えた。




 大神官達によるいらっしゃいませ攻撃を抜けると、重厚感たっぷりな巨大で立派な建造物が聳え立つ門に辿り着いた。どうやらここがガリオン大聖堂、本堂の入口のようだ。門番として白銀の甲冑を纏った人物が立っていた。肩のあたりにユニコーンの紋章がついている。


「聖騎士だな。やつらが教皇の番犬だ」


 非戦闘時だからか、兜は外しており素顔が見えるが彼らの感情を窺うことはできなかった。一切の感情を排したような徹底的な無。だが操られているような奇妙な気配はなく、彼らは感情をコントロールし、任務についているときはそれ以外のことを考えないようにしているようだった。

 徹底している。

 少しの動きの乱れもない。くるくると同じ動きを一糸乱れず繰り返す装置かなにかみたいだ。

 彼らに招待状を見せると、一人が案内について大聖堂へと導く。

 門から大聖堂の外扉まで少し距離があり、その道を進んで行く道中。すれ違う大神官達はみんな立ち止まり頭を下げていく。

 庭が綺麗だなーとかのんきに考えられる雰囲気は微塵もなかった。


 大きな扉が、重い音を響かせながら開かれる。中には町の中以上に人がいて、美しいパイプオルガンの調べが奏でられている。降臨祭だからか、それとも普通にミサの時間だったのか。静謐な祈りを捧げる大神官達が並んでいる。


 その横を通り抜ける。

 私は少しだけ耳を塞いだ。耳から入って脳をかきゆらすような音楽。調べは美しいはずなのに、どうも心を不安にさせる。ソラさんが言っていたっけ、音楽は時に人を操ると。隣をみればルークがきょとんとしている。鈍感なのが今はとても羨ましい。司教様はしかめっ面していた。


「こちらで少しお待ちください」


 客室に通された私達は、ようやくプチ解放された。聖騎士が出ていくと、どっと疲れがきてふかふかのソファに行儀悪くどさっと座ってしまう。


「やだー、堅苦しい。ここにいたら肩こりが酷くなっちゃう。もうなんか頭も痛い気がする」

「じゃあこれ飲んどけ、一応。肩こりは知らんが頭痛は魔障の影響があるかもしれねぇからな」


 小瓶から錠剤をもらって飲んだ。

 レモン味。


「んー……」

「どうしたの? ルーク、難しい顔して」


 ルークは鈍感なのもあって緊張疲れはないようでソファは私と司教様に譲って立っている。そんな彼は聖騎士が出て行ったドアを見つめていた。


「……なあ、シア覚えてるか? シャーリーやエティシャさんを密かに監視してたやつら」

「ああ、そういえばそんなのがいたわね」


 シャーリーちゃん達が王都へ危機を知らせに来た時、二人についていた正体不明の人物達。私達がレオルドを追って発つと、片方がこちらへついてきたのだった。しかしいつの間にかいなくなっており、一応気になってダミアンに確認をとったが、彼は知らないようだ。ラミリス伯爵が独自に雇っていたのか、彼らの正体はわからずじまいだったのだが。


「ちょっと似てるなと。雰囲気? 気配っつーかなんか……はっきり言えないけど」

「まさか聖騎士が? でもならどうしてシャーリーちゃん達を監視したりするの?」

「それはわかんねぇーけど」


 でもルークのこういう勘は結構当たる。理由はわからないが、もしあの監視者が聖教会の人間だったとしたら、あれもなにがしか教会が絡んでいたといえるかもしれない。

 ますます教皇様の動向が気になるところだ。


「お待たせいたしました」


 出されたお茶に警戒しながら待っていると、扉の先から穏やかな女性の声が聞こえてきた。一気に緊張感が増す。ドキドキと嫌な方で汗をかきながら扉へ注目する。

 声音と同じようにゆっくりと開かれた扉から入ってきたのは、想像していた通りの、まさしく聖職者といった雰囲気を纏った女性だった。

 白い衣に黄金の長い髪を垂らした、翡翠の瞳の女性。容姿は普通と言わざるを得ないほど平凡な顔立ちであったが、そのたたずまいは洗練されており、所作の一つ一つが優雅である。


「遠路はるばる、ようこそいらっしゃいました。わたくしが、このガリオン大聖堂を守護する教皇、アリスティアです」


 尖ったところの一つもない優しく穏やかな声音。

 だが私はその声を直に聞いたとき。

 その素顔を正面からとらえたとき。

 言い知れない震えが心臓から伝わった気がした。


 息ができない。

 この恐怖はどこからやってくる?


 脳裏によぎるのは、最果ての記憶。

 一番最初の記憶。



『――生きて。――生きて。どれほど辛くても、死にたくても――生きて』



 その声が、あの声が。

 鬼のような形相の、そう単語で記憶した女の見えない顔。



 なぜ?

 なぜ……ここで……。



 教皇アリスティアは、青ざめた私の顔を見て、慈愛を称えた笑顔を浮かべた。


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