*5 お酒とたばこはほどほどに
「司教様、なにか知りません?」
私はお煎餅をかじりながら司教様に聞いた。
ギルド会議では、満場一致で『調べたい』という意見だった。だけど危険性を考えると迂闊にマスターとしては仕事を受けるわけにはいかない。もうちょっと核心的な情報はないかなっと。それで考えついたのが、司教様に聞いてみよう、だった。
「いくら不真面目不良司教である俺でも、教皇関連のネタをやすやすと出すわけがない……ってわけでもねぇな」
「さすが司教様、不良の鑑」
司教様が煙管に手を出そうとしたので、叩いておいた。
司教様のストレス発散方法は、いつもならお酒なのだが上限突破すると吸いたくなるらしい。そういえば、私がシリウスさんのお墓参りしに行ったときは、たいてい吸っていた。私の目の前ではあまり吸わないように気を使ってはくれているようだが、現在の心労は見た目ではよくわからないが禿げあがるくらいのレベルのようだ。
「教皇に動きがあるときは、だいたい凶兆だ。ロクなことにならん」
「過去の例では、なにがあったんです?」
「色々、だな。お前がよく知ってることをあげりゃ、一番顕著なのはシリウスが死んだときだ」
私のお煎餅を食べる手が止まる。
「一連のはじまりは、まぁ……お前を無理やりこっちで引き取ったことからではある。嫌な予感しかしなかったからそうしたが、結果的に『こっちが負けた』」
「……」
なにも言えない。
『そうする』ことを決めたのは司教様達で、その結果最悪と言える形で終わったのも……司教様達の選択だ。でも、関わった人間からしたらあのときの行動を悔やむこともある。
「……なんとなく言及は避けてきましたけど、司教様は……あとシリウスさんは教皇様とは対立する立場――と考えていいんでしょうか」
「俺が教皇に対して従順だったことがあったかよ。どうにもならねぇ反吐がでる手をとられて、司教なんざやらされちゃいるが、『王都の司教を務める』とかいう意味のわからん契約しか果たしてねぇーよ」
……それが一番わかんないんだよなぁ。
どう考えてもこの男がまっとうな司教様になるわけがない。(意外にも住民の評判はいいらしいが)他の神官達を差し置いて、司教の座……しかも王都という国の中心地を任せる意味。
「あの……シリウスさん達が亡くなった正体不明の化け物の事件、もしかして教皇様が?」
「証拠はない。だがまあ、だろうなぁとは思ってる。そもそも俺をここに縛りつけた目的の一つがシリウスを始末することにあっただろうからな」
教皇様がシリウスさんの正体が悪魔だと知っていたのなら、ありえることだろう。どこまでが真実か、今となってはわからないが大昔から聖教会、女神と悪魔は敵対関係にある。
司教様とシリウスさんを大聖堂に縫い付けたはいいものの、思うようにシリウスさんを始末できず……おそらく最終的に、私を使った方法でシリウスさんを殺したんだ。
無意識に固く拳を握ってしまって手のひらに爪の跡が残った。
「シリウスのことは今は置いとけ。目下、俺らの胃痛の原因はやらかし騎士のことだろ」
「やらかし……たんです? 私、まだベルナール様が捕まった原因がわからないんですけど」
「あーあー、やらかしやがったよ。せっかく俺が逐一嘘情混ぜて報告してたっつーのに、あいつは真面目に自己申告しやがってよぉ」
すでに司教様の目の前には、空の酒ビンが五本ある。早いペースだが、酔わない男なので黙っておくがさっきから私は用意されていたお酒を少しずつ遠くに離している。煙管を禁じたので、お酒は目をつぶるが飲み過ぎはいけない。見た目が若作りなので忘れやすいが、この人もう四十代だ。健康に気をつけようね。
「俺も詳しいことは知らねぇーんだが、向こうはどうも前々からクレメンテ家、特にベルナールの野郎を気にしていた節があってな。個人的に調べたことがある。確証はねぇが、これかなっつーのは見つけた」
ぽいっと投げ出されたのは一冊の古びた本だった。手に取って装丁を見てみると古代語で『偉大なる七家』と読めるタイトルが書いてあった。中身を開いてみれば、ぎっちりと古代語で文字が綴られている。タイトルはギリギリ読めたが、さすがに専門家じゃないので中身の方はさっぱりだ。
「それ、前に通した禁書庫にあったやつ」
「ほぎゃあ!?」
持ち出していいんかコレ!?
「大聖堂の敷地内だからいいんじゃねぇ?」
テキトウーー!!
色んな意味でドキドキしてしまう。私まで捕まったらどうしてくれるんだ。
「これ、中身古代語ですけど読めたんですか?」
レオルド呼びます? と聞こうとしたら。
「読んだ読んだ。なんなら暗記した」
「……司教様って実は頭いいですよね」
性格をこっちに置いておけば、カッコイイ人なんだけどなー。残念だね。
「その本の後半、440ページを開いてみろ」
指示通り開いてみた。そこには一枚の挿絵と変わらず読めない古代語の羅列。
挿絵には、数人の人物が描かれており神々しい女性からなにかを授かっている様子が描かれている。
「やたら輝いてる女が女神、そしてその女神からなにかを受け取ってるのが偉大なる七家の家長だ」
左から、スーラント家、ノーマン家、ディーボルト家、ラングド家、アンガルス家、ベルフォマ家、そしてクレメンテ家。
「スーラント家は……王家? それにベルフォマ家とクレメンテ家は」
スーラント家は、ラディス王家の家名である。そしてベルフォマ家はリゼの家名。クレメンテ家はベルナール様の家名。
「遥か昔、ラディス王国が建国されるより以前、この地で悪魔を討った女神は、この地の有力家であった七つの家に『七つに裂いた悪魔の心臓を授けた』らしい。七家は裂かれてなお強い力を有する悪魔の心臓を使い、大きな力を得た。そしてもっとも強い力を示したスーラント家はラディス王国を建国し国主に、他六家は貴族を名乗る。それが王国の貴族制のはじまりだったようだな」
蔵書には、偉大なる七家の繁栄と衰退が書かれているそうだが、そもそも禁書だったとしても本として残っている以上、聖教会にとって危険なものは灰となっているはず。だからこれも真実と嘘の一端にすぎないだろうと司教様は言った。
「だが、おそらく偉大なる七家は存在しただろう。家系図も残り、血筋も続いている。でだ、注目したいのは『七つに裂いた悪魔の心臓』だ。これはたぶん、アルベナの魂を割ったもんだろう。女神は、理由はわからねぇがアルベナの魂の欠片をその七家に渡した。王家になったスーラント家は魂の欠片をどこかに封じた。他の家もそうだ。途中であまりに強すぎる力が怖くなったんだろう。アンガルス家が悪魔に魅入られて滅んだ、とかいう記述もあるしな」
長い年月を経て、ベルフォマ家も魂の欠片を解き放ってしまいリゼが苦しむことになっている。
「その話が本当だとすれば、リゼのベルフォマ家がたまたまその地の領主だったから、というわけではないんですね?」
「そもそもがアルベナの魂の欠片で繁栄した家、だったんだろうな。そしてアンガルス家の件もあり、先祖が悪魔として封印したが、目先の欲にくらんで解放、自滅だ。悪魔に魅入られたっつーのは、あながち間違いでもねぇな」
お酒がないことに気づいて司教様はちらっと私が遠くに追いやった酒瓶を見たが、諦めて目の前にある飴を口に入れた。そっと持参してきた野菜汁を出しておく。栄養満点だよ。
「リゼをみてると、アルベナの魂の欠片は危険物以外のなにものでもないと思うんですけど」
授けられた当初は人格の方は大丈夫だったんだろうか?
「女神がなにかしてたのか、その辺の時代では力ある遺物って感じだったみたいだな。だが、アンガルス家のこともある。おそらくはだんだんとのっとられていく感じだったんだろ。だから他の六家は封印した。だが、愚かな家はアンガルスやベルフォマだけじゃなかった。そりゃ人間だしな、代が変われば人も変わる。他の家は目立ったことはなかったが、クレメンテ家はことあるごとに問題を起こす家で有名だったらしい」
あー、それはちょっと聞いたかも。現クレメンテ子爵も大変だったそうだし。確か、醜聞方面で。
「調べれば調べるほど異常さを感じざるをえないほど、ある一つの問題が中心的に発生してやがるんだよ、クレメンテ家は」
「醜聞だって話は簡単に聞いてますけど」
「そうだな、浮気、愛人、隠し子、花街事件、色売買……と」
破廉恥ですね、はい。
「どれも珍しい話じゃねぇ。だが、発生回数が異常だ。代々必ずこの手の醜聞が発生するからクレメンテの血筋は裏では色狂い扱いされている面もある」
「うわぁ、なんて不名誉な……。クレメンテ子爵もベルナール様もその手の話は一切聞かないので不思議な気分ですけど」
どちらも絶世の美貌を持つが、女性関係は驚くほどすっきりしている。クレメンテ子爵はもうすぐ三十路らしい(まったく見えないけど)が、お付き合いをした女性は今までゼロ。花街に色目的で通ったことはなし。と潔癖すぎるほどである。ゆえに弟が気をもむ事態になっている。
シャーリーちゃんセンサーでは、実は心に決めた人がいるらしいが私視点ではその影も見当がつかないくらいである。
ま、まさか同性? 偏見はないけど、それなら大変そうだ。
対するベルナール様も二十五歳現在、お付き合い経験なしの人である。兄の嫁の世話を焼いてる余裕あるのか? というくらい自分を棚に上げている。花街遊びどころか、休暇でちゃんと休んでます? ってくらい休暇が休暇じゃない。私とのデートが充実した休日とかぬかしたこともあるので末期だ。(第二章閑話参照)
「逆にそれがちょっとおかしく思えたりもしている。どうしてここまでの連鎖が今、ここで止まったのか。先代、先々代からの流れを意図的に止めようとしてのことなのか。にしてもあまりにも潔癖すぎんだよなぁ、あの二人」
酒の席にもあんまり付き合わねぇと個人的な愚痴がでる。
「兄の方は、まあたぶん『意図的』だろーな。弟の方は……あっちこっち欠落したせいでその行動自体を起こせないのかもしれんが」
喉が渇いたのか飲み物を探す司教様に、私は笑顔で野菜汁をスライドさせた。しばし迷った後、飲んだ。渋い顔だった。
「ベルナール様の先天的な障害ですか……」
「一生もんじゃなく、徐々に治っているらしいがな。原因は今も不明らしい」
難しい顔で司教様は飲み干した野菜汁のグラスを見つめる。
「司教様? 苦かったです?」
「クソ苦ぇよ……。いや、そうじゃなく。あいつの障害が治癒しつつあることになんとなく引っ掛かりがある」
「え? 治るのはいいことだと思いますけど」
「治っていくタイミングが気になってる。最初は、兄の愛情。次は幼馴染との交流。次は……お前との出会いか」
私? それ今関係あります?
司教様は頭痛がするのか、ソファに身を預けて天井を仰いだ。
「なんとなくな……その経過が、シリウスと重なる。あいつも最初『なにも認識していない』様子だった。俺が何度も話しかけて、ようやく会話をした。そして両親に慈しまれて、村の友達ともなんとなく遊べるようになって、ああ『人間っぽくなったな』って思った」
その矢先に、暴走事件が起きた。
「あまりにも似てる。だから変な想像しちまうんだよ。ベルナールは別に悪魔じゃないはずだ。生まれははっきりしてる。だが、引っ掛かる。俺が調べたあいつが教皇に目をつけられた理由は、おそらくクレメンテ家に関係することだ。最近、妙にやつは実家の倉庫を調べてたそうだしな」
そういえば、前にクレメンテ家を訪れたとき、非番だったベルナール様はなにか探し物をしていた。子爵の話によれば、彼が捕縛されたのも探し物の途中だったというが。
「もしかして、探し物が見つかってしまった? それが教皇様にとって都合の悪いものだったんでしょうか」
「タイミングがヤバイからなぁ、見つけた瞬間に捕縛してることになるし。まあ、あいつならやりそうだが」
あいつ? 教皇様をあいつ扱いなのか司教様。
「クレメンテ家はある意味、ベルフォマ家と同じだ。もしかしたらベルフォマの娘のように血筋になにがしかの悪影響がでている可能性はある。ベルフォマ家以外の魂の欠片の封印場所は判然としねぇーが……」
まあとりあえず、と司教様はふところから一枚の封筒をとりだした。
「俺も招待されちまったからなー……いつもみたいにすっぽかしてもいいんだが――」
「司教様と一緒に行きたいなぁー!!」
全力で、力いっぱいお願いした。
お酒はしょうがないので、一本いいのを出してあげた。
依頼を受ける受けないどちらにせよ、教皇様の招待を断る理由がない。
行ってやろうじゃないの!
「それでは、ギルドに帰る前に抜き打ちしまーす」
バーンと扉を開いた。司教様の私室の扉を。
「おい、待てまたか!?」
司教様が慌てたが、待ったなし。
「あーー! もう、やっぱり片付けできてない! 服は脱いだら洗濯籠に入れてくださいって毎回言ってるじゃないですか! 忘れないようにベッドわきに籠置いてるのに!」
「うるせぇ! 昨日まではやってたんだよ!」
「同じ言い訳は通じませんからね! 知ってますよ、ロウィスさんが時々片付けてること。ロウィスさんはあくまで補佐でお母さんでもお嫁さんでもないんですからね、部屋の片づけで煩わせちゃダメですよ」
脱ぎっぱなしの衣服を籠に入れていく。下着もあったがまったく気にしない。なれてます。シリウスさんも同じような感じだったもんね。ルークはちゃんとしている方ではあるが、普通に私が掃除に入るので男子のパンツに動揺する乙女心はとっくの昔に旅に出た。
「ベッドの下に大量の脱いだ靴下詰め込んでるとか、いつも通りすぎて笑えます!」
あらゆる場所に、脱いだものを隠していることがあるのでそれも発掘。
「じゃあ、洗濯してから帰りますね。あと、一週間分のご飯も作り置きして冷蔵室に入れておいたのでどうぞ。ちゃんと偏りのない食事をとるんですよ。お酒とたばこはほどほどに。失礼しました」
司教様のうめき声が聞こえたような気がしたが、ダッシュで逃げた。
昔から司教様のことは怖い。でもその怖いの原因がわかった今、与えられる威圧と恐怖感をかわすすべができあがってきた。
一応父親の兄なので、姪っ子が伯父さんを心配してもいいだろう。
ついでに評判が良かったので、ご飯の作り置きは他の神官さん達の分も追加で作った。神官さんのほとんどが未婚で自炊だからね。ロウィスさんがとても喜んでくれたので満足です。




