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*3 似合わないことやらなくったっていい

 ランディさんの誘いでテイラー家にお邪魔した私。そこで私は、テイラー夫人であるセラさんと色々とお話をすることができた。気になる話も多く、特にシリウスさんの養父であるという『おじいさま』とはお会いしてみたいと思った。思いがけず、一人では会いにくいと思っていたおじいさまとの面会を取り計らってくれるというセラさんに、お願いしようとした矢先……。


「ベルナール様が聖教会に捕縛って――どういうこと?」


 駆け込んできたランディさんの言葉に頭の処理が追い付かない。セラさんも唖然としていたが、すぐに切り替えて夫であるイヴァース副団長に確認をとるために息子に指示を出した。ランディさんも一報だけで詳しいことを聞けていないらしく、とにかく正確な情報を得ようと動き出す。

 私は騎士団所属ではないから、個人的に騎士団関連の情報を入れることはよくない。ギルドと騎士団って縄張り争いが発生しやすい事情から、なかなかこういうことには慎重にならざるを得ないのだ。


「セラさん、すみませんが私はこれで失礼しますね。お話、ありがとうございました。おじいさまの件ものちほどできればと」

「ええ、こちらこそ招いておいてごめんなさい。ベルナール君の件は詳しいことがわかったら、差しさわりのない程度に伝えさせるから」


 私は礼をすると、早足にテイラー家を出た。ギルドへは馬車を使って戻る。ギルドを作ったばかりのころは、もったいなくて徒歩を中心に活動していたが仕事も入るようになったし、ギルド大会での資金もある。これはもろもろ費用に消えてはいるが、安定してある程度の収入が得られるようになったので贅沢にならない程度の使用なら許可を出していた。


 流れる景色の中、頭の中で思考がぐるぐる回る。

 聖教会における教義違反は様々なものがあるらしい。聖女としてそういうのも勉強したりはしたが、宗教関連のものは熱心でないのもあって、頭から抜け気味である。ラディス王国は、女神信仰の国。大陸では珍しくもない、広く信仰されているものだ。それゆえに聖教会の発言力や権限もかなり強いものがあり、一国の王でも反することはできないほどである。

 ……今ではその権限の強さを不審に思わないでもない。あまりに国々に干渉しすぎるほどの力。なのにそれに対してほとんどの国は反発もあまりせず受け入れている事実。聖教会の教義を一国に認めさせるための過程で、争いに発展した例は驚くほど少ない。その少ない例は北の帝国である。帝国は聖教会を断固として拒否したことで、大陸でも数少ない女神を信仰しない国となった。帝国には信仰がなく、宗教もない。身分も貴族制はなく、実力主義の社会だと聞く。そして魔術よりも機械技術が発展している。

 帝国では馬車はもう古く、機械仕掛けで動く『車』や『バイク』、大勢の人間を運べる『列車』があるそうだが、王国以外の記憶がない私には詳しくはわからない。


 とまあ、帝国はおいておいて王国において聖教会の権力は大きなものだといえる。このタイミングでベルナール様を捕縛することの意味。どんな教義違反だったのか、それ次第ではまた聖教会に疑問を抱かざるを得ないだろう。

 言い知れない不安を抱えながら、私はギルドへ戻った。







「きしおーじさまがさらわれたって、ほんとうなの!? たいへん、イケメンだからどこかのしふくをこやしたまるまるのおじさんに、いやがらせをうけたのよ! シャーリーそういうおはなし、たくさんしってるもの!」

「シャーリーちゃんおちつくです! きしおーじさまはつよいですから、ちょっとやそっとではやられないのですっ」


 ベルナール様の一大事に一番反応したのは幼いながらも立派な女子達だった。騎士王子様を救出し隊が結成されそう。シャーリーちゃんは、ベルナール様は好みじゃないと言っていたがイケメンが嫌いとは言ってないといわんばかりである。さすがである。


「その騎士様のことはよく知らないけど、悪い人には見えなかったわ。なにかの間違いじゃない?」


 サラさんが、夕食の準備を手伝ってくれながら話す。サラさんはさすが主婦の貫禄で、手際よくこなしてくれて大変助かっています。

 食卓には、私、ルーク、リーナ、レオルド、サラさん、シャーリーちゃんが集い、ギルドのメンバーが増えたことで必然的に賑やかになった。相変わらずリゼは引きこもりなのでなかなか部屋から出てくれないのが難点だが、それもジュリアス様などの協力もあって緩和されつつある。今、彼女がここにいないのは、夕食を並べ終わってから呼ぶスタイルになっているからである。


「私も詳しいことは聞けていなくって……」

「聖教会の教義ってどういうのがあるんだ? それって知らぬ間に触れちまってることあるのか?」


 教義の教の字も知らなそうなルークが不安げに問いかける。


「うーん、私も細かくは覚えてないけど国の法に触れなければ大抵教義にも触れないものばかりだったと思う。だから、本当になんでベルナール様が教義違反とされたのかわかんなくって」


 人のものを盗んではいけません。とか人を殺してはいけません。とか、普通にやっちゃいけないものが並んでいたはずだ。宗教関連の特殊なものも中には含まれているが、そういうと司教様なんて女神像を足蹴にしたりしてるし、聖典にコーヒーをぶちまけて汚いまま持ってたりするし、夜中に酒場で飲んでるし……あれ、なんであの人、司教様クビになんないんだろうな。その辺も疑問である。そもそも海賊あがりでもある人が司教様なのも本来ありえないんだ。


「強盗殺人は、悲しいながら起こるがその辺は騎士が出るし、普通教会は口出ししない。聖騎士が動いたということは、それなりに聖教会にとって一大事だったはずだが」


 この中で一番の知識人であるレオルドが唸る。

 心の中でモヤモヤを抱えながらも、私達はギルドとしてしばらく仕事をこなしていった。ランディさんから知らせが届いたのは、ベルナール様捕縛の報から四日後のことだった。





「お呼びだてしてすみません。でも、こちらにいらっしゃった方が都合がよかったので」


 ランディさんに呼ばれたのはベルナール様の実家であるクレメンテ子爵家だった。出迎えたのはランディさんと、そして。


「シアちゃんとはちゃんと話をしておきたくてね」

「子爵様……」


 少々やつれた様子のクレメンテ子爵だった。相変わらずの女性のような儚げな美貌だが、それがかげるほど心労が溜まっている様子である。

 クレメンテ子爵に通され、私、そして付き添いのレオルドが応接室に入る。難しい依頼だったりする場合も私はレオルドを連れて行くことが多い。年長者であり、知識人である彼は話し合いの場に必須ともいえる。見た目もいかついので隣にいるとなめられる確率が減るのもある。中身は喧嘩が苦手な温和な人だけどね。


「ベルナールが聖教会に『教義違反の疑い』で捕縛されたことは知っているね?」

「はい。急なことで驚きましたが……その、教義違反の中身をうかがっても?」

「……それなんけど、実は私も知らないんだ」

「え!? それはなぜ……」

「まだ疑いの段階だから、詳しい違反の中身は教えられないと」


 疑い? 確かに、疑いって話だった。でもベルナール様は、問答無用で捕縛されて連れて行かれたのだ。それならあまりに強行すぎないか?


「任意同行にするにも、疑いの中身が重いらしい。その重いという内容がわからないからこちらは納得いくわけないんだけど」


 はじめて見た、子爵の険しい顔。こうしてみると中性的な美貌の彼も『男性』なんだと思わせられる。


「ベルナールは王国騎士。それに第一部隊の隊長でもある。王に聖教会へ強く内容を問い合わせていただけるようお願いしたんだけど、却下された」

「……なるほど。やはり聖教会の権限は王国でもかなり上位にあるということですな」


 レオルドが確かめるように問うと子爵は頷いた。


「聖教会とは王国が誕生したときから常に傍にあったもの。どれだけの契約がなされているかは一介の臣下には知れぬことだけど……」


 吐くため息が深い。頼りの王様からは突っぱねられてしまった。これ以上は、正攻法でベルナール様を救い出す手段はない。この流れでは、今は疑いですんでいるが尋問の後に拘束、逮捕などもありえそうで怖い。それもなんだかわからない理由で。

 私も含めて、ベルナール様をよく知る人ならば誰もが思うだろう。なにがしかの理由で、彼は濡れ衣を着せられているのではないか? と。


「貴族の……家の主がギルドにこういう仕事を頼むのはよくないのだろうけど」


 そう一言告げた後、クレメンテ子爵は真っすぐなまなざしで私に言った。


「この弟の件、どうか詳しく調べてもらいたい。教義違反の内容、そしてなぜベルナールがそれに触れることになったのか……なんでもいい、情報が欲しい。そしてできることならば、あの子を救い出して欲しい」


 今にも彼自身が飛び出して行きそうな強い視線。だが、どれだけ強い意思があろうとも彼はクレメンテ子爵家当主であり、王国の貴族である。もし自分が動いて聖教会からお咎めを受ければ咎は己に留まらない。


 私は悩んだ。

 前回の件で、聖教会……女神そのものに違和感を覚えている。正直、ベルナール様の件も裏があるんじゃないかと疑っているのだ。だが、手を出すにはかなり危険でもある。聖教会は大陸をまたにかける組織なのだから。

 ちらりとレオルドに視線を送ると、彼もかなり悩んでいる様子だった。


「……俺の中で聖教会に対するイメージは、リゼの件でかなり覆っていると言ってもいいでしょう。盲目的に女神を信仰していたときとは違います。ですが相手が相手、慎重にならざるを得ない」

「もちろん、無理を強いるつもりはないです。断られるのは仕方のない話だとわかっていますから……それでも願わずにはいられないのです。私は……私はもう二度と弟を――」


 言葉に詰まるクレメンテ子爵に、私達はなにも言えない。私達だってできることなら調べたい。疑惑があることは確かなのだから。

 それにレオルドは気がつけないだろうが、もしかしたらクレメンテ子爵がかすれるように口にした弟とはベルナール様の方ではなくて……。


 私はレオルドと視線を合わせて、頷いた。


「一旦、この話はギルドに持ち帰ります。メンバー全員に関わることになるものですから」

「うん、そうだね。無茶を言ってすまない。断っても、君達になんの不利益もないと約束するよ」


 微笑んでくれたが、そのやつれた様子が痛々しい。彼は弟思いの優しい人だ。いつもベルナール様を可愛がっているのを目に見えてわかるくらいに。


 私とレオルドはギルドに一度戻るために屋敷を出ようと執事のロランスさんに連れられて行った玄関先で。


「え? ミレディアさん?」

「シアちゃん!?」


 なぜかミレディアさんと遭遇した。ランディさんが困ったように隣にいる。ランディさんは隅っこで大人しく話を聞いていて、私達より少し早く外に出たはずである。ミレディアさんは私服で、動きやすい恰好をし、大量の荷物を背負っていた。まるでこれから旅にでも出るかのような格好だ。


「ミーア? どうしたの、それ」


 後ろから驚いた声が聞こえた。振り返れば遅れて出てきたクレメンテ子爵だった。ミーアとはミレディアさんの愛称だろうか。ミレディアさんはベルナール様の幼馴染だと聞いているから子爵とも親しいのかもしれない。


「どうしたもこうしたもないです! ベル君が攫われたんですよ!? おちおち仕事もしてられないです!」

「まさか……助けに行くつもり?」

「もちろんです! 聖教会がなんぼのもんですか! ベル君が悪いことしたとも思えないですし、確かめるためにもいきますよっ」


 興奮しているからかいつもの甘ったるい喋り方ではない。表情も切羽詰まっている。


「ミーア」

「大人しくしてなさいとか、言わないですよね!? 昔みたいになんにもできない小娘じゃないんですよ! 知ってます!? 私もう二十五です! 王国騎士団第一部隊の副隊長です! おにーちゃんが全部一人で背負わなくたって、似合わないことやらなくったっていいんですよっ」


 事情は詳しくはない。だが、クレメンテ子爵家の醜聞は有名である。優しいこの人が、家族である両親にしたことも、鬼のような所業と言われた改革も。すべては、弟の……弟『達』のためだったということは想像に難くない。見た目と違って野生児で自由奔放であったという少年が収まるにはあまりに窮屈な当主という座。それを奪い去るようにして座ったのも全部。


「ミーア……ありがとう、君は昔から本当に真っすぐな子だね。だからこそベル君を頼みたかった……」

「頼んでおっけいです! じゃあ、行ってきま――」


 振り切るように行こうとしたミレディアさんだったが、いつの間にか回り込んだ子爵に荷物を叩き落とされてしまってたたらを踏んだ。


「うわっ!?」


 傾いだ彼女の体をしっかりと子爵は支えた。


「でもダメだよ、お嬢様。さすがにアルフォンテ伯爵に迷惑はかけられない。ずいぶんお世話になっているから」

「お父様にもなにかあったら絶縁してくださいと言ってます!」

「あの人が受け入れるわけないでしょう。なにかあったら絶対に大泣きするよ。子煩悩なんだから」

「うぅーー! 鍛えたのにいまだにおにーちゃんに勝てないぃーー!」

「そりゃあ、ベル君くらいは越えておかないと私には勝てないよ」


 ベルナール様はお兄さんにいつまでも勝てる気がしないと呟いていたことがあった。まっさかーと思っていた時期が私にもありました。この人、本当に強いです。しかも格闘系だと思われます。さすが隠れ野生児。


 ミレディアさんは子爵に引きずられるようにして屋敷に戻されてしまいました。なぜわざわざここを通ったのかなと思ったが、ミレディアさんの実家とここは隣同士だった。父親の目をかいくぐるためにこちらを通ったら父親よりも怖い人と遭遇してしまったのだ。

 ミレディアさんには合掌しておく。


「はあ……さすが副隊長、行動力あるなぁ」


 ランディさんは、どちらかというと冷静である。さすがに一報のときは焦っていたけど、行動は迅速冷静だったと思う。


「すみませんが俺はここで失礼しますね。副隊長がああだったということは、他の隊員達も同じようなことになっていないとはとても思えないので」


 確かに。第一部隊の人達とは面識がある。彼らは仕事ができるし、気のいい人ばかりだ。取り乱しまくってはいないにしてもなにかしかの行動を起こそうとはするかもしれない。だが立場の重い人ほど今動くのは得策ではないだろう。だがわかっていてもなにかやりたくなる、そういう人が多く、ベルナール様はそう思わせるには十分な人で、隊員の人達との信頼関係をそれなりに築いている。


 改めてベルナール様のことを考えた。

 初対面のときは、ただの綺麗なお人形のようだったあの人も、へんてこでも慕われる人になっている。


 私は揺られる馬車の中、視界に入った大聖堂を自然と険しい目で見つめてしまっていた。

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