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*2 お母さん心配で心配で

 ライオネル殿下に頭を悩まされる話をされてから、私は色々と今後のことを思案しつつ回廊を歩いていた。王族の居住区こそ、あまり立ち入りはしなかったがその手前に私が以前お世話になっていた部屋がある。そしてそのほど近くにある庭園は、数少ない憩いの場所でもあった。

 そのそばを通ると、自然と足が向く。今では王城には用事があるときにしか入れない。だからここを訪れられるのもその数少ない機会だけだ。そう思うと、足は吸い込まれるようにそこへ行ってしまう。奥へと向かえば、懐かしい東屋があった。ここは私のお気に入りの場所で、王族がくつろげるようなスペースもあり、好きに使っていいと許可は得ていたので、ふかふかのクッションの上に座って本を読んでいたものだ。


 ……あのころは、まだシリウスさんを喪ってから時間があまりたっていなくて、辛さから大聖堂を出たのはいいものの、今度は逆に司教様がいない時間を寂しく思えてしまった。あんな人でもいなければいないで物足りなかったのかもしれない。なんだかんだいって面倒見は実は良かったから。

 聖女修業の中で、ふと空いた時間は胸にぽっかりと空洞を作った。だから、物語を読みふけっていれば気がまぎれると思っていたのだ。結局あまり効果はなかったけれど。あまり他人に迷惑をかけないようにと、お世話係を担当する人には大人しいふりをしていた。でも、あの人が……ベルナール様が私のお世話係、護衛につき始めてから私は態度を変えた。

 私は昔から他人の顔色を窺うのが病的に上手い。なにを求められているのか、かなり正確に判断できるという過去の経験から育ってしまったスキル。それがベルナール様にはまったく通用しなかった。それは司教様にも通じるが、彼の場合まったくといっていいほど求められるものがなかった。少しでもなんでもいいから感情的なものが見れれば、彼という中身が判断できるかもしれないと、はじめて対面したときに水を頭からかぶせてやるという暴挙に出た。普通の人なら驚いたり、怒ったりするだろう。だが、彼はまったく反応をみせなかった。『驚いた』とは口にしていたが、もしかしたら少しはそうだったかもしれないが明らかになんの感情もみられなかったのだ。これならば怒ってくれたほうが良かった。

 あのときは、どうやってこの人と付き合っていこうかと内心途方にくれたものだ。それは司教様以上に感じられた。司教様は明らかに間違えると超絶不機嫌になっていたが、ベルナール様はそれもまったくない。まるでお人形さんと一緒にいるみたいだと思った。人間離れした美しい容姿も相まって。

 だからだろうか、元々そういう気があったとはいえ私のイタズラは彼に対してだけはかなりエスカレートしていった。どれなら反応がでるのか、挑戦したかった。イタズラの申し子としては、このままスルーされるのはそれはそれで腹立たしい。


 なんどもそんなことを繰り返しては無感情スルーされる日々。けどあるとき、私はイタズラの仕掛けで大失敗したのだが、そのときにはじめてベルナール様が笑った顔を見た。いつも穏やかな顔はしていたが、あれは絶対に仮面である。誰かの笑顔を参考にして作ったような仮面だ。今にしてみれば、参考にしたのはお兄さんであるクレメンテ子爵だっただろう。受け答えも当時は知らなかったが明らかにお兄さんを模倣していた。

 接するたびに、感情表現がちぐはぐでおかしな人だとは思っていた。それは今でも続いている。だけど明らかにただの兄の模倣ではなくなった瞬間を知っていた。あれは他人の対応にヘマしたときのことだ。上手く避けていたのに、ベルナール様の親衛隊(勝手に作ったらしい)とかいう令嬢達に囲まれてしまったのだ。底辺からやってきた私からすればご令嬢達の甲高いさえずりなんか堪えるものはなにもないのだが、ちょっと態度がまずかった。ちょっとばかり引っ掛かれてしまったのだが、野良にゃんこを相手にするよりはかなりマシな傷だった……のだが、いつの間にかベルナール様が乱入していて私は流れでベルナール様に恐ろしい説教を受けることになった。

 このときに強制連行されたデートという名の説教コースは今でもトラウマ級である。

 でもこのときからだったはずだ、彼が『兄の模倣』を止めたのは。

 ちぐはぐでも。デコボコでも。彼は彼として、今自分がなにをしたいのかで行動するようになった気がする。人付き合いの面では、多少は模倣を通しているが少なくとも付き合いの長い人間には『我』ができた。その後、すぐに私は勇者と旅に出てしまったからそれからどういう経験を経たのかはわらかないが、再会したときには、最初に出会った頃の印象とはかなり変わったと思う。


 ――まあ、変な人なのは今でも変わらんけど。


 東屋のソファーを見る。もう気軽にくつろげないその場所。恥ずかしながら思い出す。ベルナール様は何度か私との約束をすっぽかした。一回目は、待てた。だけど二回目は怖かった。あの人、遅刻の言い訳や詫びの仕方が一緒だったのだ……シリウスさんと。最初は似てるなんて思わなかった。だが、だんだんと一緒に過ごすうちにそう思うようになってしまった。シリウスさんもとんでもなく感情表現がちぐはぐな人だった。その原因はすでに知った。彼は人間ではなくアルベナだったからだ。アルベナはまともな感情を持っていたのは始祖だけだったという。だからシリウスさんは人間というものを理解するのにかなり苦労したそうだ。

 色々と似ていた。顔は全然違う。けど似てた。内面的な部分が、私に対するものが。まだ、時間が足りなかった。シリウスさんと死別したことを受け入れる時間が。二回目の遅刻、シリウスさんは帰らなかった。だから遅くなってもやってきたベルナール様に対して泣いてしまった。ずっと我慢してたのに、止まらなかった。泣いている子供に対する対応も、まるでシリウスさんと一緒だった。

 そういえば、伯爵との戦いで少しだけ私の体を借りたシリウスさんとベルナール様は会話したんだった。その二人をみれば、なんで似てるとか思ったのかなってくらい反応が違ったけど。


 懐かしさに浸りながらぼーっとしていると。


「シアさーん!」


 呼ばれて振り返った。振り返った先にいたのは、ベルナール様の部下でイヴァース副団長の息子さんであるランディさんだ。彼とは個人的に会話をしたことがないが、一応知り合いではある。余所行きの顔をしつつ、彼に答えた。


「ランディさん、お仕事ですか?」

「ええ、まあ……。午後から非番なのでこれから帰ろうと思っていたんですけど」


 ちらりとランディさんは自分の背後を見た。私もつられてみると。


「久しぶりですね、シアちゃん。元気にしていましたか?」


 イケメンがいた。リンス王子をもう少し大人にした感じの、バリバリ王子様な物腰穏やかそうな笑顔を浮かべる男性。それもそのはず、この方は本物の王子様である。


「フェルディナンド殿下!? 戻っていらしたんですね」

「うん。外遊もひとまず終わってね。兄上に報告がてら、可愛い妹達にお土産とか渡そうと思って」


 あ、もしかしてランディさんが両手に持っている荷物はフェルディナンド殿下のお土産だろうか。


「ごめんねランディ、ほとんどはエリー用のお土産の漫画だから重いでしょう?」

「いえ、このくらいは」


 といいつつ額に汗が流れているので、かなり重そうだ。


「やっぱりそっちは私が持とう。エリーがとても欲しがっていた漫画でね、自分で運んで手渡したいんだ。あの子が嬉しそうにしている姿を見るのが一番の楽しみだからさ」


 言いながら軽やかに荷物を攫う姿はお見事である。騎士として鍛練しているランディさんもあっけにとられる素早さ。フェルディナンド殿下は、リンス王子と一緒で鍛練しているタイプの王子様なのだろう。ライオネル殿下は机仕事特化だが、フェルディナンド殿下は外国に出向いていることもあって自衛手段はきっちりしていると思われる。


「城を出たシアちゃんがここにいるのは珍しいね? もしかして兄上に呼び出されていじめられでもしたかな?」

「いじめ……というわけでは」


 ないが結構凹んではいる。事実を突きつけられただけだけども。


「兄上は相変わらずだね。だからこそ信頼してるけど。報告あげるの面倒だなぁ、絶対に口論に付き合わされるもの。私はそれより妹達とのんびりお茶でもしたいんだけど」


 やれやれと首を振るフェルディナンド殿下に、あれ? と思った。

 外国での報告を『ライオネル殿下』にあげるの? 王様じゃなくて? もしくは、宰相でもなく? そんな考えが顔にでていたのか、フェルディナンド殿下は苦笑した。


「うーん、シアちゃんも感じてはいると思うけど、父上はお世辞にも有能な王とはいえないからね。まさしくお飾り。国を動かしているのは議会と宰相、最終決定は父上という構造ではあるんだけど、実質そのすべてを円滑に回しているのは兄上なんだよね」


 だから誰よりも先に報告をするんだそうだ。もちろんそのあとに宰相と議会に回し、最後に王様にわかりやすくまとめたものを届けるのだそう。

 確かに、王様は人は良いが政治を回すには少々……いや、かなり不安だ。もともと王様は王様になる予定がなかった人らしい。兄がいて、その人が王様になる予定だったが戦で亡くなり転がり落ちた玉座が今の王様に落ちてきた……。お妃様も他国の箱入り姫で、言っちゃあなんだが頭お花畑な人なのである。金銭感覚もおかしくて、昔はかなり散財してしまった困った人だった。実際、会って話したこともあるが無知で超絶箱入りだが、いたって穏やかな人だった。一時期、国が荒れた際は悪女とまで噂された人だけど、本人はただただ無知というある意味一番厄介な方である。

 その悪人ではない二人だが、国をまとめるにはまったく向いていない二人の王国時代はなかなか内外ともに荒れたらしい。それに終止符を打ったのが長男として誕生していたライオネル殿下だった。彼は幼いころから才覚を現し、徐々に国を内部から立て直した。

 だからこそ、今の国のためにすべてを捧げる王子様になった。捧げなければ、すべてが終わるからだ。


「兄上は頭が固すぎると思うんだ。だからこそ柔軟な私が外国を回っているわけだけどね。報告と一緒にエリーが絶賛している薄い本を紹介しようかな。恋愛ものなのになぜか男性しかでてこないんだけど」


 それはおやめになったほうが!!

 と、突っ込めたらよかったな。ライオネル殿下の反応が怖い。


「兄上への報告をそうそうに切り上げて、妹達と遊んで末っ子と手合わせでもしようかな。夜は親友殿と夕食……ああ、そういえばこちらも珍しくソラがいたんだった。会うのが楽しみだね」


 ニコニコしながらこのあとの予定を並べるフェルディナンド殿下。あ、悟った。この人、確信犯だわ。薄い本でお兄さん撃退して妹達と遊ぶ気満々だわこの人。穏やかそうな顔して、実は私この人が一番王家で怖い人だと思っている。

 ちなみにフェルディナンド殿下の親友殿はクレメンテ子爵のことだ。フェルディナンド殿下、クレメンテ子爵、そしてソラさんが仲良し三人組らしい。この中でまともなのクレメンテ子爵しかいないが、それもそのはず、クレメンテ子爵だけがこの二人を制御できるのでその位置に収まっただけなのだ。クレメンテ子爵はそれはそれで『面白いから』ですませているので彼は本当に大物である。


 ライオネル殿下のところへ行くフェルディナンド殿下を見送っていると、ランディさんにそっと耳打ちされた。


「すみません、あのこのあと用事ありますか?」

「いえ? 特には」

「でしたら、ぜひうちにいらしてください。母があなたにとても会いたがっていて」


 ランディさんの母? というとセラさんのことか。

 会議のときにちょっと見かけただけだったけど……。会いたがっているというのなら断ることもない。急ぎの用事もなかったし、個人的に気になる方だったので私は頷いた。





 フェルディナンド殿下のお土産を渡す手伝いをしてから待ち合わせの場所に急いできてくれたランディさんと一緒に私はテイラー家にお邪魔することになった。イヴァース副団長は王宮騎士で副団長という身分だが、出身は平民であるため貴族街に家はない。といっても平民としてはいい暮らしをしているいわゆる高級住宅街にテイラー家のお屋敷はあった。生粋の貴族であるベルナール様の実家よりひと回り小さいがそれでも立派な家である。お手伝いさんが数人いて、食事や掃除、庭の手入れなどをしてくれているようだ。

 ランディさんに案内されて通された庭は綺麗な花がいっぱい咲いていた。そこでのんびりとくつろいでいたのは、司教様のところで見たままの美しい女性だった。白髪の長い髪に、赤い瞳。背筋がぞわっとするほどのあやしい美しさだが、彼女自身はおちゃめな人だろうと思われる。あの時の助け舟のような行動はちょっと肝が冷えたが、彼女にしかできない方法で和ませてくれた。


「あら? あらあら! ランディったらうまくいったのね! 昔から女の子に声をかけるのは苦手だったからお母さん心配していたのよ」


 がくっとランディさんがよろけた。


「母さん……家に招待してって言ったのは母さんでしょうが。用事があれば声くらいかけられるって」

「えー、だってランディってば成人したのに彼女のひとりも連れてこないからお母さん心配で心配で」


 ランディさんと並ぶと本当に親子なのか疑わしいほどに年の差がわからない。ぶーぶー言っているさまは、年若い娘のようにも見える。姉弟といっても疑われないだろう。副団長が隣にいたら、ある意味犯罪的ななにかを連想されそうである。


「シアちゃん、突然招いてしまってごめんなさいね。セラ・テイラーです」

「シア・リフィーノです。ご招待ありがとうございます。あなたのことは、あの結構気になっていまして……」

「ふふ、そうよね。レヴィちゃんやシー君とは昔からの仲だもの。昔話もいーっぱいしたいわね」


 ニコニコのセラさん。

 えーっと、レヴィちゃんは司教様のことだろう。会議のときにもそう呼んでいた。では、シー君とは? まさかシリウスさんか?


 つもる話もたくさんなの、とセラさんに押し切られてちょうど昼時であることもありご飯を一緒にいただくことになった。庭でのんびりと食卓。ピクニック気分である。

 そこでセラさんのことを少し教えてもらえた。彼女はもともと王国の人間ではなく外国人で、貴族の身分だったらしいが、十三歳の時に悪魔(アルベナ)病を発症。宗教的概念が強かった祖国で彼女は悪魔として処刑されそうになり、巻き添えで家族が処刑された場面を見て魔力が暴走、国を一つ消滅させた。その事実は今でも伏せられており、一夜にして消えた謎の国として大陸の不思議に載っていたりする。

 セラさんは茫然自失で彷徨い、そして当時地方騎士見習いだったイヴァース副団長に助けられた。彼はセラさんを聖教会に預けた。悪魔病は当時、まだそれほどきちんとした認識をされておらず、セラさんの故郷のように病に陥った者を不当に扱う例が少なくなかった。そこで聖教会が悪魔病患者を治療する施設を作った。セラさんは一時的にその施設である森深い集落で世話になることになった。


「過ごした期間は一年くらいかしら。治療なんて名ばかり、悪魔病に治療薬はないわ。だから死ぬまでの間、穏やかに過ごせる施設といった方が正しいわね。悪魔病は別名魔力枯渇症。体内に流れる魔力が病によって暴走し膨張放出を繰り返すことで体内の魔力が枯れていく病。発する魔力が強いけれど流れを抑えられない恐ろしい病。ゆえに強大な魔法を扱えるけれど、寿命はせいぜい十八程度といわれているの」


 若くして亡くなっていく患者達。けれど故郷を結果的に滅ぼしてしまったセラさんは、早く死にたかったという。それでも自害しなかったのは、イヴァース副団長からひとつ約束をもらったからだった。


『俺は君を助けた。君がもし、俺に対して少しでも感謝の意があるのなら一年生きてくれ。一年後、もう一度君に会いに来る』


 イヴァース副団長は、セラさんが死にたがっているのに気がついていたんだろう。そんな約束をしたそうだ。セラさんは、悪魔病になってはじめて優しさをくれた彼に感謝していたという。だから一年耐えた。一年後、再び彼に会うのを待ちわびた。


「そんな一年の生活でも、私は集落の人達と接することでゆっくりと固くなった心が解けていっていたの。死はまぬがれない、でも一生懸命生きている。だから私も、死が訪れるまで待とうと思えるようになった」


 聞けば聞くほど過酷な病である。人の理解は得られず、悪魔のような姿を恐れられ、迫害され……最後に待つのは確実な死だ。それも生きられる刻限はだいたい十八まで。

 なら、どうしてセラさんは……。

 疑問もあったが、それよりもセラさんは違う話題をふってきた。


「それでね、ひとつシアちゃんに直接聞きたいことがあるの」

「なんでしょう?」

「前に魔人と出会ったと聞いたわ。確か、ポラ村の事件だったかしら。アルベナのような容姿をした魔人が現れたと」


 ジャックのことだろうか。私は頷いた。するとセラさんは見た印象や、容姿について細かく聞いてきたので、思い出せるだけ思い出して伝えた。絵で伝えようと思ったけど、せっかく書いた似顔絵はあまり見てもらえなかった。


「……聞けば聞くほど思い出してしまうわね。あの子を」

「ジャックに似ている子がいたんですか?」

「ええ、集落で一緒に過ごした子なんだけど。名前は確か……ヨルだったかしら」


 セラさんより少しだけ年下だったという少年ヨル。その子がジャックと容姿が似ているらしい。


「でも聞いた外見年齢とあの子の年が合わないわね。奇跡的に生きていたとしてもあの子は三十後半のはずだし」


 見た目的にジャックは二十代くらいだ。セラさんみたいに年齢不詳だと困るけど。それに魔人に外見年齢が当てはまるかあやしい。クイーンだって見た目年齢と実年齢はまったく違うはずだ。


「その子がジャックと同一人物かはわかりません。でも、ジャックが本名とは思えませんし……正直、確かなことはなにも言えませんけど」

「いいのよ、そうね……こんな情報じゃなにも。それにあの集落もあのとき……」

「セラさん?」

「あ、うん。ごめんなさい、なんでもないの。あの子のことは――私のような奇跡がなんども起こるわけもない。もう死んでいる確率の方が高いのよね……」


 悲しそうに微笑むセラさんの顔が痛々しい。ヨル、という少年は変り者だったらしいがあのジャックの冷酷さを考えると別人であれと思ってしまう。


「あ、そうだそうだ! しめっぽい話はこれでおしまいにしましょう。あなたに伝えたいのは別のことだったの」


 ごそごそとわきに置いてあったバックからなにかをとりだす。


「じゃーん! レヴィちゃんとシー君の可愛い写真!」


 それは少し古めかしい写真だった。今より写真魔術は発達していなかったであろう時代にとられたもの。そこには二人の子供が写っていた。一人は黒髪のベルナール様ばりに美少年な男の子。もう一人は、薄灰色の髪のポニーテールの女の子。


「?」


 待ってぇ、どこにも司教様とシリウスさんいませんけどー!?


「黒髪の超絶美少年がレヴィちゃんでポニテの可愛い子がシー君ね」

「げっほぉっ」


 飲んだお茶が喉に詰まった。


「可愛いよわよねぇ。あの二人もこのくらいのときはとーっても可愛かったのね」


 げふんげふん。シリウスさんに至っては、女の子なんですが。子供のときは背も低いし体格も細いから仕方ないのか? 司教様はなんで美少年やめたんだよ! これならベルナール様を越えられたぞ!?(混乱中)


「レヴィちゃんは、シー君の眼の影響で印象操作されちゃってるけど今でもよくみるとすごーく美人さんよ?」


 威圧感すごすぎてしっかりとは見られないんだよね。パッとした見た目がもうアルベナの眼の影響で怖いとしか思えなくなっているんだろう。司教様は写真に写りたがらないから滅多にないが、以前リーナの七五三のときにとった写真は残っている。じっくり見てみようか。


「シー君はもう女の子にしか見えないよね。私も初対面のときは女の子だと思ってたからあやうく殺されちゃうところだったな」


 うふふ、と微笑んでいるが言っていることが物騒である。

 でも待って、ここに写っている二人はかなり幼い。司教様が十二歳前後でシリウスさんはリーナくらいだ。年齢を考えるとセラさんと出会うのはもっと後のはずだ。


「その写真ね、二人のおじいさまからいただいたの」

「おじいさま?」

「レヴィちゃんのご両親はその……亡くなっているのは知っているかしら?」


 私は頷いた。シリウスさんと同調したときに少しだけ垣間見た。司教様のご両親はシリウスさんが暴走したときに止めようとして亡くなったはずだ。


「シー君は引き取り子だったし、二人とも身寄りがいなくなってしまったのだけど……そのあとにシー君を養子として引き取った方がいるの。それがおじいさま」


 司教様はガードナー家に誇りを持っていた。だから身寄りがなくなっても誰の養子にもならなかったが、シリウスさんは両親を殺してしまった罪悪感からガードナー家を名乗れなくなっていた。それで縁あってシリウスさんを養子にした人がいた。それがおじいさまらしい。


「そのおじいさまこそ、シー君にリフィーノ姓を与えた人よ。そしてシアちゃんにとってはおじいちゃんにあたる人ね」

「……えっと、一応おじいさんがいることは話には聞いてはいましたが」


 聞いていただけで実際に会ったことはないし、どういう人なのかも、どこにいるのかも知らない。シリウスさんが亡くなった今、私が一人会いに行くのも憚られて……興味はあったのだが、気軽に司教様に所在を聞けるような感じではなかったのだ。それにシリウスさんと親子だったのはほんの半年足らずだ。おじいさんだって急に孫を名乗る人間が来たら戸惑うだろう。

 それにシリウスさんが共同墓地に入った時点で、おじいさんは王国の人ではないのは確定で、王国に居住を持っていない可能性が高い。シリウスさんは『身寄りがない』『入る墓がない』とされたのだから。


「お察しの通り、おじいさまは王国の人間ではないの。でもね、おじいさまは王国にいるのよ」

「え? そうなんですか? なら、どうして……」


 養子であるはずのシリウスさんを迎えにこなかったのだろうか。お墓を作ってあげなかったのだろうか。

 セラさんは少し迷って、でも静かに教えてくれた。


「おじいさまは、帝国人なの。だから王国に定住はできない。一定期間なら滞在可能だけど、王国民にはなれないのよ。結婚相手が王国民で定住するなら申請すれば王国民になることはできるんだけど……」


 帝国との溝は深い。長年いがみ合っている国同士である。帝国人の出入国審査も他の国に比べると厳しいと聞く。実際身近に元帝国人がいる。ライラさんだ。ライラさんは王国の民芸品に興味を持って職人になるべく王国入りしたらしい。多くの困難を乗り越えて念願の職人になって王国民のエドさんと結婚した。そして王国に定住して王国民になっている。それでも元帝国人だと知られると商売に影響が出るくらいだという。

 帝国人が王国に墓を作ることはできない。シリウスさんは神官で身元は聖教会預かりとなっていた。だから聖教会の敷地内ならば墓に埋められる。遺体はなかったからそっと帝国の地にシリウスさんの墓を作ることはできただろうけど……。


「おじいさまはきっと、シー君をレヴィちゃんから離したくなかったのね。色々あったけど兄弟仲良しだったもの。『家族』を引き離すなんて、あのおじいさまはしないわ」


 だから、おじいさまは帝国人でありながら、苦労するとわかりきっていながら王国に滞在申請を更新しながら生活しつづけている。

 聞けば聞くほど会いたくなってくるが、やっぱり一人で会いに行くのは怖い。司教様にお願いするのも……。


「……あのねシアちゃん。シアちゃんさえよければ、おじいさまのところへ……イヴァースと一緒に行ってはどうかしら?」

「え? 副団長と……?」

「私、イヴァース、ジュリちゃん、レヴィちゃん、シー君、そして今は騎士団を止めてしまったジオ君。昔から縁あって一緒にいた期間もそれなりに長かったから」

「ジュリちゃん……はジュリアス様? あ、あのジオさんってもしかして天馬の?」


 セラさんは頷いた。そうだったのか、有能な人だとは思っていたが元騎士団の人だったのか!


「私達もおじいさまにはお世話になったの。今でも時々手紙が届くし、イヴァースやジオ君なんかは足しげく飲みに通っているしね」

「飲みに?」

「おじいさま、今は知る人ぞ知るバーの――」


 セラさんの言葉の途中で、慌ただしい足音が聞こえてきた。そして飛び込んできたのはランディさんだった。


「母さん! シアさん!」

「もうランディったら、お話の途中」

「大変なんだ!!」


 血相を変えたランディさんが私達に伝えたのは――――


 ベルナール様が聖教会に捕縛されたという衝撃の内容だった。

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