〇閑話*乙女達の王都観光
昏睡事件から約二週間が経ち、私達もいつもの日常へと戻りつつ――なかった。
「リゼぇ~~~~、王都に来てもう二週間経つよ? そろそろおてんとうさまにその可愛い顔を見せようね? ね?」
「いいです。私、夜行性だから。おひさまのもとに出たら溶けるから、お部屋万歳」
ギルドに引きこもりの娘が増えました。
昏睡事件の裏側で、密かに苦しんでいた一族『呪われたベルフォマ家』の最後の生き残りである、リーゼロッテ・ベルフォマ。彼女は魔人達から授かったとされる黒紅の指輪を装備することで、呪いを抑えることに成功し、こうして鬼門である聖女の私と共に王都へやってきた。理由は、ギルド『暁の獅子』に入るため。本当なら、一応身内となるラミリス伯爵家にお預かりとなるはずだったのだが私達が発つ直前に、リーゼロッテが捨てられた子犬みたいな目でみてきたので勧誘したのだ。
彼女からしてみれば、最初で最後の友人に出会えたようなものだったのかもしれない。親友だと思っていたメリルとの顛末を考えると、寂しく不安に思うのは当然かもしれなかった。といっても、聖女である私の傍にいることは大きな危険であることは間違いないのだけど、指輪を宮廷魔導士達に調べてもらった結果、製造過程は分からないものの、身に危険が起こるものでもないらしいということがわかり、指輪を装備している限り呪いも表にでることはないようで、ならばとギルド入りが決定した。
といっても危険は危険なので、一応騎士の監視下にはある。ぴったり張り付くタイプの監視ではなくて、巡回シフトの騎士の方々が離れたところで順次監視、という感じらしく管理は私にほとんどゆだねられている。ジュリアス様からは、ボタンひとつで即座に騎士を呼び出せる呼び出しボタンを持たされているので、緊急事態のときはこれを押すことで近場の騎士に繋がるようになっている。
意図的かどうかは知らないけど、実はうちのギルドがある区画ってベルナール様の第一部隊の人達が巡回しているポイントなんだよね。知り合いも多いから、どちらかというと気楽である。第一部隊の隊員だけあって、練度はかなり高いしね。他にも知り合いのギルドとも連携しており、なにかあったときは助け合う協定も結んであって、私が頻繁に勉強させてもらいにいっているお料理教室の先生でもあるギルド蒼天の刃マスター、エルフレドさんなどはかなり気にかけてくれていた。
アギ君が戻って来たときは、泣きながら無事を喜んでてアギ君にうざがられていたのが微笑ましい。
今回の事件解決に伴って、私達のギルドとしての評価もあがり順調にランクDに昇格した。蒼天の刃もアギ君の活躍や本体の王都での貢献もあって、同時にD昇格した。
「リゼおねーちゃん、おへやでまだカメさんごっこしてるの?」
「シャーリーちゃぁん、お助けぇ」
「しょーがないおねーちゃんね。いいわ、シャーリーがひとはだぬいであげる! リーナもきて」
「あいあいさです」
栗色のポニーテールを元気に揺らして言うのは、レオルドの娘であるシャーリーちゃんだ。シャーリーちゃんは事件後、レオルドの借金がチャラになったことで家族で一緒に暮らすことができるようになった。しかし、レオルドの懐はまだそれほど温かくなく十分な資金が蓄えられるまでギルド暮らしが決定した。リゼに加え、サラさんもギルドに正式加入してくれて、戦力的には魔人との戦いで十二分に実力を発揮していたから問題ないのだが、小さいシャーリーちゃんを一人ギルドに残すこともできず、ちょうど受付もいなかったのでサラさんに受付事務全般をお願いすることになったのだ。
シャーリーちゃんとしては、リーナよりひとつお姉さんだからと、自分がギルドの仕事ができないことにむくれもしたのだが、戦えない事実をちゃんと受け止めて自分の貢献方法を模索しはじめている。さすが、レオルドの娘だけあって頭がいい。
将来に期待して、聖女の力で才をのぞいた結果。
魔法の才 F→S
お茶吹いた。
めっちゃレオルドの娘だよ。血を感じるよ。マジかよ。
あとで入門魔導書を買ってあげようと、財布の中身を確認しました。
属性別でもみてみたけど、火の王の加護を受けているためか火属性特化型になりそうな予感である。他の属性も軒並み資質は高いので、攻撃系魔導士としていつか名をはせそう。
格闘の才 F→S
これは……どういうことだよ。
サラさんの血も濃いな。
格闘型魔導士とか見たことも聞いたこともないです。普通は、物理と魔法はどちらかに傾くんだけどな……。
シャーリーちゃんは、血筋の関係もあって昔のレオルドのように体が弱かったらしいのだが、火の王のおかげで血による衰弱から免れ、最近は丈夫になってきているようだ。はじめて顔を合わせたときは、緊急事態だったのでしおらしい姿しか見なかったが、本来はかなり活発な性格らしく、少し後ろに控え気味なリーナをぐいぐい引っ張ってくれるお姉さん力を発揮している。
「リゼおねーちゃん! あーそぼ!」
扉をばーんと遠慮なく開けて、シャーリーちゃんが中に入ると布団を頭からかぶって亀みたいになっているリゼから布団をはぎとった。
「いやぁー溶けるー!」
「にんげんは、かんたんにとけません! おねーちゃん、シャーリーたちとあそびましょ!」
「遊んであげるから! ボードゲームくらいならできるから!」
「シャーリーはおそとであそびたいです。ねー、リーナもおそとであそびたいよねー?」
「あそびたいです。おそとであそびたいです」
「お、お人形遊びも楽しいわよ……?」
リゼは子供達二人を追い出したりしない。だが、やはり長年の引きこもり。お部屋遊びを提案する。二人は顔を見合わせてから。
「シャーリー、おそとであそびたい。ダメ?」
「りーなも、おそとがいいです。だめです?」
「――うっ!」
可愛い幼女二人からのキラキラうるうるおねだり。
リゼに百億万のダメージ! 効果は抜群だ! 私にも効果は抜群だ!
うっかり騎士呼び出しボタンを押してしまった。
『シアちゃん? どったのー? まさかもうヤバイベント発生?』
「可愛いんです。うちの子達が」
『あ、そりゃ通常運転っすね。報告あんがと。でもあんま間違って押さないでね~』
王国騎士以上の騎士って貴族の割合が高くて、近寄りがたい人が多いのだが第一部隊の人達はエリート貴族も多いながらフレンドリーな方がほとんどという異質な部隊である。ベルナール様が隊長になって部隊が再編制されたらしいが、その影響だろう。もともとの鼻持ちならないタイプのエリート貴族騎士は軒並み第二部隊のオルフェウス様が引き取ったそうだ。うまがあわなかったんだろうな。ベルナール様、貴族にしてはかなりそれっぽい感じがしない人だから。オルフェウス様の心労はお察しである。
「おでかけー!」
「おでかけですー!」
うきうきで二人が部屋からでてくると、観念したリゼがふらふらと部屋から出た。
「リゼ、おそよう。十時だけどなに食べる?」
「…………あったかいお茶」
「はいはい、オムライスね。ケチャップでねこちゃん描いてあげるね」
「なんで食べたいものわかるのよ!」
顔を見たら、なんとなく?
リゼってば、見た目は大人っぽいけどお子様舌なんだよね。
お子様たちが早くお外で遊びたがっているので、ちゃちゃっと作ってしまう。リゼを外に出す口実かと思ってたけど、二人とも本当にリゼと外で遊びたかったらしい。まあ、シャーリーちゃんは王都慣れしてないし、リーナも新しい仲間ともっと仲良くなりたいんだろう。
「……なにこれ?」
「ねこちゃんですけど?」
ケチャップで描かれた力作のねこちゃんにリゼの顔が曇っている。
「ばけも――」
「ねこちゃんですけど?」
リゼは無言で、私の描いたねこちゃんをフォークでぐちゃっと潰した。
「シアちゃーん! 遊びましょー!」
リゼの遅い朝食が終わり、さあ外へ遊びに行こうかとピクニックの準備を進めているとジュリアス様が訪問してきた。恰好を見るに非番らしい。ちなみにルークとレオルドは個人で仕事中で、私達は数日の暇をいただいているのである。ギルド自体も今日は依頼の受付はお休みで扉にもクローズの札がかかっている。受付事務担当のサラさんは、今日は一階の雑貨屋店主であるライラさんのところへお茶しに行っているはずだ。サラさんとライラさん、気が合うようで年代は少し違うが意気投合してかなり仲良しなのである。
ジュリアス様が遊び目的で来たということは、私の休日を誰かに聞いたのだろう。
「ジュリアス様、おはようございます」
「おはよう、シアちゃん。リーナちゃんも今日も可愛いわね! ――ああ! それでそっちの子達が新しいギルドメンバーね? やだぁーー、なんでこうみんな可愛いのかしら! おめかししがいがあるわ」
うきうきなジュリアス様の背後に大きなトランクがあることに気がついた。
あ、あれは……いつぞやのおめかしセットなのでは!
ジュリアス様の遊び、イコール着せ替え人形なところがあるからなぁ。彼はセンスがいいので、あれなことにはならないんだけど精神が少々もっていかれる。
私はそっとジュリアス様の背後を確認した。またあのパターンだったらどうしようと思って。
「あら、残念。今回はベルナール君はいないわよ」
「残念ってなんですか、安心ですよいなくて」
「でも彼、今日は休みだったはずだから邸にいるんじゃないかしら。これはうんとおめかしして突撃しないと!」
「ご遠慮させていただきます」
バスケットにお弁当箱をいくつか詰め込んだ。
「もしかして、これからお出かけの予定だった?」
「はい、王都初心者の二人を連れて王都観光もかねてピクニックにでもと」
「それってあたしがついていっても邪魔じゃないかしら?」
「私はいいですけど……」
ちらっと後ろを見た。ジュリアス様は王都生まれの王都育ちで地理に詳しいし、持ち前の女子力(?)で女性が好きそうなお店は網羅している。二人の案内役としてもうってつけではある。
シャーリーちゃんとリーナは問題なさそうで、シャーリーちゃんの方は、オネェ口調の男性が珍しいのか興味津々という感じでこちらを見ていた。
問題なのはリゼである。口が思いっきりへの字だ。人見知りだからなぁ。
「あなたがリーゼロッテちゃん? はじめまして、ごあいさつが遅れてごめんなさいね。あたし、王宮近衛騎士のジュリアス・マクベルよ。よろしくね」
「……リーゼロッテ・ベルフォマ……」
口がへの字。
少し思ってはいたが、リゼは男性が少々苦手なようだ。ルークとレオルドにはもう慣れたようだけど基本、男性が苦手なように感じている。ジュリアス様もなんとなく察したのか、いつもよりも増しで女性っぽい仕草でリゼに対応した。ジュリアス様は細身で美人系のオネェ様なので女性よりにしてもそれほど気持ち悪い感じにならないのが不思議である。
「リゼちゃんって呼んでいい?」
「……お好きなように、どうぞ」
あ、ちょっとへの口が緩んだ。
「あたしもついていってもいい? リゼちゃんやシャーリーちゃんとも仲良くなりたいし、いいお店いっぱい紹介するから、ね?」
「べ、べべ、別に私に聞かれても。みんながいいなら、いいのではないでしょうか」
ちらちらとこちらをうかがってくる様子のリゼがおもしろ可愛い。
「シャーリーちゃんもいいかな?」
「もちろんよ! なんだかたのしそう!」
リーナもうんうんしているので問題なし。その反応にジュリアス様は笑顔で言った。
「それじゃ、乙女達の王都観光出発しましょうか!」
もちろん、ちょっとおめかししてね。と自分の趣味をふんだんに発揮しつつ、私達は『乙女達の王都観光』へ出発することになったのだった。
一人、乙女じゃない人がいるがそこは突っ込んではいけないのだ。
「と、とけ、溶ける……」
「帽子かぶってるから、溶けないわよ。あんまり顔が見られなくないってジュリアス様に散々注文つけたでしょ」
「うぅ……」
ジュリアス様は美しい容姿を生かす方向でリゼをおめかししたがったのだが、リゼが絶対に注目を浴びたくないとお忍びスタイルを希望したので、顔が見えにくい帽子をかぶったいい感じのお嬢様になった。白いワンピースとひらひらフリルが可愛い衣装だ。足もともヒールが若干あるサンダルで、そろそろ夏もせまっている季節にちょうどいい装いである。
シャーリーちゃんも活発な太陽みたいな印象で、動き回っても問題ないように短パンにシューズというボーイッシュな衣装だけど、女子らしいポイントも抑えたものになっている。リーナはふりふりドレスで、動き回るには向かないがもともとがおとなしめな子なので、落ち着いたお嬢様衣装である。
私はというと。
「さあ、お嬢様方、へんな男が近づかぬうちに行きましょう。大丈夫、護衛はします」
「シアおねーちゃんは、どうしてわざわざメイドさんなのー?」
気に入ったからですね! なかなか堂に入っているでしょう!
ジュリアスさんががっかりしててもいいもんね。
ちなみにジュリアスさんは貴婦人のおでかけスタイルです。どうみても女装です。その辺の本物の貴婦人に負けず劣らぬ素晴らしい貴婦人女装です。ぱっと見だと、どこかの小貴族の一家お出かけに見える。
ジュリアスママと娘三人とメイドさん。
ママの体格が若干いいけど、長身のママと考えればそう見えなくもない。
ジュリアスママの案内で、商店街の質や値段の手ごろなお店をいくつか紹介してもらったり、おいしいおすすめスイーツショップや、穴場の遊びスポットなど色々と教えてもらえた。移動には贅沢にも馬車を使って、運賃はジュリアス様が出してくれた。馬車で移動した方が、時間効率はもちろんいいし、たくさんの場所を回れるからと気を使ってくれたのだ。
気を使うといえば、ジュリアス様はさりげなく人混みからリゼを守っていた。リゼは他人との接触を怖がっているし、人酔いもしやすい。それを瞬時に悟って行動するジュリアス様、さすが騎士様。オネェ口調でも中身はかっこいい男性である。
「あー、楽しんだ楽しんだ!」
王都内を楽しみつくした私達は馬車で郊外まで出て、見晴らしのいい丘でピクニックセットを広げた。時間は午後三時。ティータイムの時間だ。王都で少し食べ歩きもしたが、遅いご飯だったリゼ以外の子供達はもうちょっとがっつり食べたい腹の空きようだろう。
「楽しんでもらえてなによりだわ。でも疲れてない? 足とか痛かったらすぐに言うのよ?」
ジュリアスママが、甲斐甲斐しく聞いてくる。私は体力自慢だからこれくらい平気だ。リーナも色々と経験を経て体力もだいぶついてきたのか、平気そうな顔である。シャーリーちゃんは若干疲れ気味だが、子供だからかパワフルで、足も特に痛みはなさそう。歩きやすいシューズであるのも助かっているかもしれない。
リゼは……。
「……」
への字口。
どうやら引きこもりっ子には辛いものがあったらしい。
「リゼちゃん、足は大丈夫? サンダルだし、靴擦れとかしてないかしら?」
「……そっちは大丈夫です。いいサンダルみたいで、クッションも柔らかいですし……」
ということは、ただの体力不足だな。休憩すれば大丈夫だろう。
「はちみつにつけた薬草茶があるの。よかったら飲んでみて、疲れに効くから」
ジュリアス様も別にお茶を用意していたようだ。リゼが引きこもりっ子だと聞いて、急いで用意したに違いない。そしてお子様舌であることも伝えてあるので、買い物途中ではちみつ買ったんだろうな。移動中にこっそり漬け込んでたのか? いつの間にやらの早わざである。
リゼは渡された薬草茶をじーっと見詰めてから、意を決して飲んだ。薬草茶は苦いものだから、そもそも苦手なのかも。一気に飲んだリゼだったが。
「…………おいしい」
「よかった。まだあるから、お好きにどうぞ」
「シャーリーものみたーい」
リゼがおいしいと言ったからか、見守っていたシャーリーちゃんも薬草茶を飲んだ。味は好評のようだ。
私も甘い薬草茶をいただきながら、のんびりとその光景を眺めた。
リゼは、はじめて会ったときのようなただ綺麗なお人形のような顔でもなく、覚めた冷たい顔でもなく、少々緊張しつつも周囲に溶け込めているようだ。王都に来たばかりの頃は、本当に部屋からすら出てきてくれなくて引きこもりっ子の親の苦労を身に染みて感じていたけど、どうにかなって良かった。せっかくあの場所から出たのだから、リゼにはもっと外を知って欲しい。楽しんで欲しい。
「あの、ジュリアス様。ありがとうございます」
「あら、どうしたのやぶからぼうに」
リゼを連れて子供達がお花詰みで冠を作りに少し離れたところで私はジュリアス様に声をかけた。
「今回、お出かけのことは知らなかったにしろ、ついてきたいとおっしゃったのはリゼのため……ですよね?」
「ふふ……別にあたしも一緒に行きたかったからよ?」
「それでも、すごく助かったので。私だけだったら、もっと時間がかかったでしょうし」
塔から出せたとしても、ギルド入りを望んでくれたとしても、リゼの人見知りや引きこもり癖を直すのは相当苦労するはずだ。でも今日は、ジュリアス様のおかげでかなりすんなりとリゼと外で遊べている。
「こういうのもなれというか……やり方があるものだから。個人差はあるにしても、ね。リゼちゃんは、外に出たいという願望はあるのだから、それをどうやって導いてあげるか。無理のない範囲で、がんばるにはどうしたらいいか。考えることはいっぱいだけど、達成すると胸がいっぱいになるわよね。あの子の笑顔を見ていると」
花冠の作り方は知っているのか、意外と器用に子供達に花冠を作ってあげているリゼは微笑んでいる。あのとき、絶望に泣きそうになっていた顔とはまるで別人だ。それをとても嬉しく思う。
「セラさんもね、そうだったから」
「セラさん? って、もしかしてイヴァース副団長の奥様の?」
「そう。あたし、平民出身だから地方騎士見習いから騎士団入りしたんだけど、その頃からの知り合いなのよね。セラさんも悪魔病で苦しんで、人前に出るのはとても苦心していたから」
そうか、だからリゼへの対応も的確だったのか。前例があったのだ。セラさんとは少し話しただけだったけど、人見知りという雰囲気は感じなかった。それはジュリアス様や副団長達のおかげなのかもしれない。
「セラさんも昔は男性が苦手で……ふふ、そう考えるとリゼちゃんはセラさんに似ているのかもね。なんとなく懐かしくなっちゃったから」
懐かしさを滲ませるその横顔は、嬉しそうに見えてどこか寂しそうだった。
なんでだろう?
「あ、もしかしてジュリアス様がオネェ口調になったのって――」
言いかけて、ジュリアス様に人差し指で口を封じられた。
「秘密」
にこにこと微笑んでいる。
どうやらセラさんのためだったようだ。
ジュリアス様が地方騎士見習いだったときに知り合ったってことは、十代半ばのことかな。ジュリアス様が今、三十六歳。副団長が四十二歳で……セラさんっていくつなんだろう? あの綺麗な見た目からだと年齢不詳だ。ジュリアス様が、セラ『さん』って呼んでいるしおそらく年上。副団長も平民上がりだから、地方騎士から上り詰めたはずなので関係性から考えて当時、ジュリアス様の上官だったのは副団長だろう。セラさん関係で司教様達も含めてなにか色々あった様子だったので、そのあたりからの知り合いだったのかな。
そう考えると、妙な想像ができあがってしまう。
ジュリアス様がオネェ口調を続けているのも、三十六まで独身なのも……まさか――ね?
ふとそんな想像をしてしまって、彼を見ると少し驚いたような顔をして、苦笑してから。
「それも秘密」
これは……墓までもっていかねば、と薬草茶を一気飲みした。
「なぜ、最後に行きつくのはここなのか……」
「俺の邸を地獄みたいに言うのはよしてくれ」
ジュリアス様が寄り道したいというのでついてきてみれば、そこはクレメンテ子爵家だった。出迎えてくれたのは非番のベルナール様と、ジュリアス様と約束していたというクレメンテ子爵、スィード様だった。
「きしおーじさま、ししゃくさま、こんにちはです」
「こんにちは、リーナちゃん。ようこそ、クレメンテ子爵家へ。そちらはシャーリーちゃんとリーゼロッテさんかな?」
リーナの挨拶にスィード様が丁寧に返事をした。リゼはベルナール様とは面識があるが、スィード様とは初対面であるし、シャーリーちゃんに至っては二人とも顔を見るのははじめてのはずだ。面白いほど二人ともかっちんこっちんだった。
わかるよー、超美形二人に並ばれると心持ち死ぬよね。私としては地獄と同じようなもんだよ、色んな意味で。
スィード様は執事のロランスさんに頼んでお茶とお菓子を用意してくれてから、ジュリアス様を連れて執務室へと行ってしまった。私達はロランスさんのおもてなしを受けながら待機である。いつもならベルナール様もお暇ならもてなしてくれるが、今回は非番なのにそれほど暇はない様子で部屋に戻ってしまった。リゼはほっとしていたが、シャーリーちゃんは少し残念そうである。
「ようせいみたいにきれいなししゃくさまも、かっこいいきしおーじさまもいっちゃった……」
「ほう、シャーリーちゃんはイケメン好きかね?」
「すきー。かおがいいにこしたことはないとおもうもん。もちろんけっこんするなら、けいざいりょくとせいかくも、しんさしなくちゃだけど」
現実思考なおませさんがいる。可愛い。
「シャーリーちゃんは、どんなタイプがいいんだい?」
「パパみたいなひと!」
レオルド、泣いていいぞ。
女の子にはそういう時期があるそうだが、もっと大人になったらパパは邪険にされがちとも聞くしね。今のうち、娘とラブラブするがいいさ。
「だからね、シャーリーがねらいめとおもってるのは、アギおにーちゃんなんだよね」
「ぶほぉっ!!」
唐突な告白に私はせっかくのおいしいケーキを吹き出してしまった。もったいない。
「みためはぜんぜんちがうけど、なかみはパパっぽいところあるし、あたまよくてけんきゅうかいはつでもせいかがあって、けいざいめんはクリアしてるの。せいかくもわるくないし、ちょっとけんきゅうねっしんでおふろとかごはんをわすれるけど、パパもそんなとこあるから、ごあいきょーだよね。そして、かおもわるくない!」
た、確かに。よく考えなくてもアギ君は将来絶対いい男だよね。有望株なのは間違いなしだし。
ちらりと横のリーナを見た。
……石のように固まっている。
「あー、でもほら! もっといい人いるかもよ! ベルナール様とか!? 騎士王子様!」
適当に引き合いに出す。便利な騎士王子様。
しかしシャーリーちゃんからの旗色は思いのほか悪かった。
「うーん、こういったらなんだけどシャーリーのこのみじゃないのよね。それいぜんに、きしおーじさま……すきになったらぜったいくろうするタイプだとおもうの」
「え、あ、そう……か。顔もいいし、貴族で騎士だから相当モテるしねぇ」
「そーいうのもあるけど、もっとべつ。シャーリー、あんなにむしゅうのひと、はじめてあったの」
「むしゅう?」
「においがね、ないの。シャーリー、みんなのにおいがわかるんだけど、それでどんなかんじなのかそーぞーするんだけど……きしおーじさまは、まったくなくて――ちょっとこわいくらい」
そういえばシャーリーちゃんは、特殊な匂いを嗅ぐことができる能力があった。リーナでいうオーラが見えるみたいなのと同じような感じで。
ベルナール様が無臭か。まあ、ラミリス伯爵戦でお魚をイケメン補正で消臭してたから……とかいう冗談を言うとこじゃないかな。どういうことなんだろう。たまたまそういう特性というだけだろうか?
「じゃ、じゃあ子爵様は!?」
変な流れになりそうだったので切り替えた。
「ししゃくさまは、すごくいいひとだとおもう。けっこんしたらぜったいしあわせにしてくれるひとね。シャーリーがこどもじゃなかったら、ねらってたかも」
「おお! すばらしい旗色。子爵様、まだ独身だよー? 恋人情報もないし」
年の差は置いておく。
「うーん、でもね。においじょうほうだと、ししゃくさま……こころにきめたひとがいるみたいなのよね。ざんねんだけど、シャーリーじゃどうさくせんをねってもまけいくさだわ」
「ぶほぉっ!!」
本日二回目の噴射。執事ロランスさんのすかさずのフォロー。申し訳ない。
「な、ななな、なんだってーー!?」
「なんだと!?」
誰かの声と重なった。
上を向けば二階からベルナール様が顔を出していた。
「シャーリーちゃん、詳しく!」
ベルナール様が前のめりです。兄の好きな人情報が入っていなかったのか、ベルナール様は走って降りてきた。お兄ちゃんっ子め。
「しゃ、シャーリーもしらないわよ!? すくなくとも、シャーリーはあったことのないひとだとおもう」
「そ、そうか……。兄上、あれだけ色々と縁談を組んでも適当に流すだけでやきもきしていたが、まさかすでにそのような人が……い、いったいどこの誰。なぜ、俺に言ってくれないんだ……」
弟さんがダメージを受けてますよ、お兄様。
しかし、ベルナール様が兄の嫁の世話を甲斐甲斐しくしているのは本人も周知の事実だというのに、あの弟思いの優しいスィード様が黙っているような相手とはどういう人なんだろう? なにか知られると問題がある人なんだろうか。
ちらっと事情を一番知っていそうな執事ロランスさんに視線を向けた。ベルナール様も同じように考え至ったのかロランスさんを見ている。
「ごほっ、ごほんっ。わ、わたくしめからはなんとも……」
知ってんなこれ。
強烈なジト目かベルナール様から放たれたが、老執事ロランス、主の秘密は死んでも守りきる覚悟で不動。
ベルナール様は深く息を吐いた。とんでもなく疲れているご様子。よく見れば、あちこち黒いすす汚れがついている。
「そういえばベルナール様、非番と聞きましたけどなにをしてるんですか?」
「ん? ああ……少し、探し物をな」
いつもなら多少の用があっても、私をからかいにくる意地の悪さをみせる彼が珍しい。かなり重要な探し物なのだろうか。
彼の部屋のある二階を見上げた。一度だけ、ベルナール様の部屋に入ったことがある。記憶から消したい思い出ではあるけど……少し気になった。忘れたくても、忘れられない。あの隠されるようにしてあった、知らない黒髪と赤い瞳の……スィード様やベルナール様に似た容姿の美しい少年の写真が。
聞くことはできないだろう。重すぎる事情しか、想像つかない。
「……くんくん」
シャーリーちゃんが、なぜか鼻をくんくんさせた。
「どうしたの?」
「うすいけど、しらないにおいがあるの。ここのひとじゃないにおい。むかし、むかしのにおい?」
ベルナール様が少し顔を曇らせた。
「たぶん、父上と母上のものだろう。兄上が子爵を継いでから家から追い出し――別邸に移ったからな」
クレメンテ家のお家騒動は貴族の間では有名な話らしい。私は詳しくは知らないが、醜聞のたえない前クレメンテ子爵から奪うようにしてスィード様が子爵を継ぎ、両親を追い出したとか。あの優しいスィード様からは想像できないが、かなりの強硬手段で追い落とした様は周囲の貴族が震えあがったほどだったという。
「んー? おとなのにおいじゃないとおもう。こども? シャーリーやリーナとおなじくらいの」
ベルナール様の動きが止まった。少し青ざめたその顔を見て、私は絶対に聞いてはいけないことを知ってしまったのだと確信した。
「……きっと、いとこか使用人の子供の誰かだろう。それこそ……何人もいる」
「うーん、そっか。ししゃくさまとにたにおいだったから、もうひとりおとうとがいるのかとおもったの。きしおーじさまも、なんとなくおにーちゃんっぽいから」
ベルナール様はなにも言わず、タオルで手を拭いてからシャーリーの頭を撫でた。
「邸を探検でもするか?」
「するーー!」
シャーリーを抱っこして歩き始めたベルナール様は、なにかを誤魔化した感じだった。ロランスさんもなにも言わない。たぶん、長年この家に仕えるこの執事は知っているのだろう。
リーナもなにか感じ取ったのかいつもより大人しい。リゼに至ってはまったく言葉を発せずに、もくもくとケーキを食べていた。会話に自ら参加するのも苦手だから、事情がありそうな会話もあって手持ちぶさたになったのだろう。ごめんね。
それから三十分後、執務室から二人がでてくると異様な雰囲気に二人とも首をかしげて。ベルナール様はわざとらしくせき込みながらも。
「あ、兄上……あの、なにか俺に言わなくてはいけないことがあるんじゃないのか?」
「え? なに? 特にないと思うけどな?」
本当にわかってない感じで返事をするスィード様に、ベルナール様は頭を抱えた。
踏み込んではいけない領域が、すぐそこにあった。でも、今が幸せならば突っ込んでかきまわすことなんてない。
ジュリアス様は不思議そうにしながらも、付き合わせてごめんねとお土産にクレープをおごってくれて私達はギルドへと戻ったのだった。
その夜、私はふと目が覚めて、星が綺麗そうだったのであったかいお茶を持って屋上へあがった。夜は一階の階段が封鎖されるので、建物の住人以外の人間が屋上へ行くことはできないのであまり危険もない。
屋上はひとりじめのはずだったのだが、そこには予想外にも先客がいた。
「おやおやリゼ、眠れない?」
「……夜行性って言ったじゃない」
「そうだったね」
とはいえ、昼間はけっこう歩き回ったので疲れはあるはず。体力のない引きこもりっ子だし。でもそれでもすんなり眠れない日もある。
「……楽しかった?」
「……うん」
横に並んで星を見上げる。問いに、リゼは素直に答えてくれた。
「外は……まだ怖いけど。だけど、今日は楽しかった……興奮して、寝れないくらいに」
「それは良かった。無理やりだったかなぁってちょっと心配だったし」
リゼは隣でちょっともじもじしている。なにか言いたいことでもあるようだ。
「私、外はがんばって出たいと思う……けど。あの、でも、私――アウトドアよりインドア派で、これは外が嫌だからとかじゃなくて、もう性格的にインドアの方が好きなの」
「うんうん。それは人それぞれだよね。たまにピクニックとかご近所さんとかとバーベキューとかは、気が向いたらでいいからね」
「……うん」
少しほっとした様子でリゼは頷いた。
「それで……あの……もう一つ……」
もごもごと、言いよどむリゼ。言うのに勇気がいるのかと私は静かにお茶をすすりながら待った。
たっぷり時間をかけて、星がゆっくり動いていく間、リゼは勇気を振り絞った。
「リーナちゃんは、あなたのことおねーさんって呼んでるわよね」
「そうだね」
「シャーリーちゃんも、あなたのことおねーちゃんって呼んでるわよね」
「? そうだね」
もじもじリーゼロッテ。
そーいえば私、リゼに名前とかで呼ばれたことがないな。あなたとかそういう感じでしか。ルークのことは、ルークさん。レオルドのことはレオルドさん。サラさんのことはサラさん。と呼んでいるのを聞いた。でも私はまだだ。まだなのだ。
ちょっとした期待をしつつ、もっと待ってみた。
リゼ、再びたっぷり時間を使った後。
「お、おおおおおおお」
お?
「お、お姉様と呼んでもいいかしら!?」
「ぶほぉっ!!」
今日何回目かな、吹きこぼしたの。
美少女からの強烈な一撃に、撃沈しそう。
お姉様!?
「ごほっ、ごほっ!」
「や、やっぱりダメなのね……。私じゃ、リーナちゃん達みたいには」
「そ、そうじゃなっ、ごふぉっ。す、素晴らしい響きにあやうく昇天……め、召される。召されてしまう」
「? 召されるの? つまりどういうこと?」
「ごほぉっ、つまりお姉様呼びは喜んでお願い申し上げますっ」
その返事に、リゼは嬉しそうに頬を染めて笑った。
「ふつつか者ですが、どうぞよろしくお姉様」
その輝かんばかりの笑顔に、私は召された。いい夢見れそうです。
ふつつか者の挨拶に、以前のリーナも思い出した。そういやシャーリーちゃんもそんな感じの挨拶かまして可愛いと撫でまわしたのだ。ふつつか者挨拶が私の界隈で流行っているぞ。
もうまとめて私の嫁にくればいいんだーー!




