☆13 シーツ被ってた方が目立つ
深い闇に誘われているような感覚に襲われる。これは聖女としての警告みたいなものなんだろう。
どうする?
中がどうなっているか分からない状態で飛び込むのは危険だ。忍び込む方法はないこともないんだけど……。
そうやって悩んでいると、ルークが忍び足で奥の扉へ向かい始める。
「ルーク? 危ないわよ」
「中にはまだ入らない、ただ人数を調べてくるだけだ」
「人数? 調べられるの?」
見た所、その建物には黒い扉しかなく窓のようなものは高い所に少しあるくらいだ。どうあがいても届かない。だがルークは自信ありげに頷いた。
「裏ストリートでは浮浪者を取り締まる騎士や身売り目的の人身売買人が来る。そいつらの足音を聞きわけるのにいつも神経すり減らしてたら身に付いた技能だ……大丈夫、確実に人数当てる」
なるほど、確かに浮浪者はそういう手合いには敏感でなければ生き残れない。だてに十数年浮浪者をやっているわけではないようだ。
ルークは静かに扉の前まで行くとそっと耳をそばだてた。
一階にいればいいが、それ以上だと聞きづらい。彼がどのくらいの範囲まで聞き分けられるのか分からないので祈るような心地でリーナと共に待つ。
しばらくすると確信を得たのかルークが戻ってきた。
「中にいるのは五人。四人が男で一人が女だ。全員成人済みだろう、一人180cm以上の筋肉質な男がいるな。後は細身じゃねぇかな」
「そこまで分かるの!?」
かなり細かいところまで聞き分けてきたようだ。なかなかの技能に感心する。
「扉には鍵がかかってるが、俺なら開けられる」
「鍵開け技術もあるのね……」
「浮浪者だから色んな特技ねぇーと死ぬんだよ。で、どうするシア?」
五人……五人か。
ギリギリ行けるかもしれないが、直接的な攻撃力を持つのはルークのみ。支援は私が出来るけど、どうしてもリーナから目を離しがちになる。彼女とお母さんを会わせるにはリーナを連れていかなきゃいけないし……。
突入するか、リーナのお母さんが出てくるのを待つか……。安全なのは後者だけど。
「! シア、騎士が来る」
「隠れて」
近くのゴミ箱に身を隠すと、数人の騎士が走って来た。
「この辺りか?」
「ああ、確かな情報だ。やつらを一網打尽にするにはアジトを見つけないとな」
「探すぞ、一刻も早く連中を叩き出せ!」
騎士達の会話に、私はベルナールとの話を思い出した。
今、王都は外国からの密売人達のせいで物騒だという。彼らがこの近くを探しているという事は、その密売人達がいるかもしれないということ。
そしてそれはもしかしたら……。
騎士に先を越されたら、リーナとお母さんが話す時間がないかもしれない。
やるしかないか。
「ルーク、リーナ、聞いて。これから建物に突入するわ」
「そうか、でもどうする? このまま入ってもすぐに捕まるぞ。俺の剣の腕はまだまだだし、さすがに一人で五人の相手は無理だ」
「そうね、でも一対一なら問題ないでしょう?」
「え?」
「考えがあるわ。とりあえずシーツかなにか布を探さないと」
私の言葉に疑問符をいっぱい頭の上に浮かべた二人をよそに私は丁度良い汚れたシーツを見つけた。汚いけどまあ、いいでしょう。
「はい、集まった集まった」
二人を手招きし私を挟むようにして集めると頭の上からシーツを被った。まるで大きなシーツおばけみたいだ。視界が開けるように三人分の目の所に穴をあける。
「はーい、出発。息を合わせてね。シーツから体がはみ出ると見つかっちゃうから」
「いやいや!? シーツ被ってた方が目立つじゃねぇーか!?」
「大丈夫よ。聖魔法にはこんな魔法もあるの。隠蔽!」
「うお!?」
魔法を唱えると、見事に私達の姿が消えた。
「す、すげぇ……ほんとに見えねぇ。あ、シア、リーナ、いるか?」
「いるわよー」
「いるですー」
もさもさ動く。だが隣に気配をまったく感じない。
「なんか変な感じだ。感覚は鋭い方だが、お前らのことがぜんぜん感知できねぇ」
「そりゃそうね。気配も隠蔽したから」
「え!? そんなこともできるのか!?」
「熟練の聖魔法使いなら可能……たぶん?」
私の場合は魔法に加えて聖女の力も発動しているからかなり強化されているのだ。互いの気配が掴めないので手を握り合って進んでいくことにした。
「声も一応、隠蔽してるけど、あまり大声は出さないようにね」
「分かった」
「はいです」
頷き合うとルークを先頭にして、私達は黒い扉に向かって進んだ。
慎重に扉に近づくと、ルークは懐から針金を取り出し、鍵穴に差し込んで何度か針金を動かすと。
カチリ、と音がなる。
「よし、開いたぞ……ん、近くに人はいないみたいだ」
「じゃあ、行きましょう」
そっと扉を開けて中に入る。
中は窓が高い位置にしかなく小さい為、外の明かりが入らなくて薄暗い。足元に気をつけながら進んでいくと、奥の方に明かりの漏れる部屋があった。人の気配も感じるので近づいて様子を窺う。
中を覗き込むと二人の男がトランプをしている。二人とも体型は細身で歳は3、40代ほど。着ている物と雰囲気から察するに商人のように思える。
一応、『見て』みたが武術に精通はしていないようだ。
ルークでも十分足りるだろうが、ここはあまり物音をたてずに終わらせよう。
「母の声、母の腕、母のぬくもりを思い出せ。眠れ眠れ、静かに、深く眠れ――スリープ」
呪文を唱えると。
「あ、あれ……なんか急に眠く――」
「おい? どうした……え? ――なんだ、すごく……眠い――」
バタバタとテーブルに顔を伏せて倒れ込む男達。
よし、成功だ。スリープは時々、耐性のある人間もいるから注意しなければならないのだが、今回は問題なかったようだ。
「魔法ってすげぇよな。俺も使いたい」
「うーん、残念だけどルークには適性ないかな」
「そっか……」
「……リーナもまほうつかえたらな……」
ぽそりとリーナが呟いた。魔法は誰しもが一度は憧れるものだが適性を持つ人間は極めて稀である。でもリーナに可能性がないわけじゃない。見てみよう。
剣の才 F→F
拳の才 F→F
弓の才 F→F
魔法の才 F→F
人柄 SSS
うーん、多くの武器種も魔法の才もない……か。残念ながらリーナは魔法使いにはなれないようだ。だけどさすがの大天使、人柄は最高ランクである。可愛い。そのままでいて。
私が今見ているのは簡易のステータスだからもっと深くまで見れば様々な才能を見つけることは可能だけどそれにはかなり力を使うので今は止めておく。リーナにもきっと、リーナにしかできないことがあるはず。
眠らせた男達をその辺にあったロープで縛りあげると、奥の扉を開ける。その先は階段になっていた。
「どうやら残り三人はこの上だな」
ぎゅっと手を握るリーナの手に力が籠る。緊張しているんだろう。
相手は残り三人、うち一人はリーナのお母さんだと予想できる。
なんとか話だけでもできればいいんだけど。
私はリーナの小さな手を優しく握る。応えるようにリーナの手は私の手を握り返して来た。
さあ、行こう。
正念場だ。