〇48 記憶から抹消しろ!
「あの、司教様に仕事の報告をしに来たのですが……」
「ああシアさん、お待ちしておりました。司教様でしたら墓地の方においでですよ」
穏やかに微笑みながら、訪問の対応をしてくれたのは司教様の補佐であるロウィス神官だ。まだ二十代のお若い方だが、有能でシリウスさんの後を継いで司教様の補佐になった人だった。わけあって尋常ならざる威圧感を持つ司教様に、なんとかくらいつけるのは彼くらいで司教様にとっても貴重な存在なのだろう。
後から知った話だが、彼は四年前に私の世話役として傍についていた少女神官、メアの兄なのだそうだ。私の勝手な行動のせいで死んだも同然である妹の--敵と思われても仕方のない私だが、ロウィス神官は私を恨んだりしなかった。今でも大聖堂に来たばかりのときと同じように、親身になって接してくれている。
ロウィス神官に言われた通り、私は墓地へ入った。ぱっと見回しても司教様の姿は見えないが、どこにいるかは検討がついている。迷いない足取りで、少し奥まった場所へと進んで行った。
予想通り、司教様はそこにいた。
「司教様、ただいま戻りました」
「おう、ご苦労だったな」
到着の挨拶に司教様は振り返りもせず適当に返事をした。
司教様の前には、大きな墓石がある。ここには身元のわからない者や、帰るべき場所がない人間が多く葬られている場所で、そのほとんどは神官関係者だ。神官は、伴侶を持たないことも多いために独り身で入る墓に困ることがあるのだ。
……シリウスさんもここに眠っている。当時、私は成人していなかったし養子でもある為にリフィーノ家としての墓を持てなかったのだ。シリウスさんにリフィーノ姓を与えた人は、王国人ではないそうでご存命らしいがその人を頼ることもできなかった。私にとってはお祖父さんみたいな人にあたるので、一度はお目にかかりたいとは思っているけれど。
「単刀直入に聞きますけど、司教様--シリウスさんの存在を知ってましたよね?」
「知ってた。俺の場合、見えるからな。だが、やつはもうすでに故人でやれることはたかが知れてる。たとえ『アルベナ』だったとしてもな」
やはり、司教様は全部知っている。シリウスさんが私の守護霊としてついていることも、シリウスさんの正体も。そりゃあそうだろうな、義兄弟としてずっと生活していたんだから。そのことについて司教様を責めるのは筋違いとは思いながらも、少し棘のある口調になってしまう。
「司教様は今回の件について、どれほど予想がついていたのでしょう? 瘴気関連を疑って、聖女である私を派遣されましたが……あの土地の異常性を聖教会が知らなかったとも思えないのですが」
そもそも教会はあっても女神像が存在しなかったというあの地方。昔から、教会関連で災いが起こっていたらしい。それをまったく知らなかったとは思えない。
「予想は、九割方だな。あとは確信を得るだけだった」
「……」
思った通りの歯に衣を着せぬ返答に私は押し黙った。期待はしていなかったが、この人は私が死ぬかもしれないことも念頭にいれて送り出していたのだ。
「……聖女の代えはきかないのでは?」
「人材が少ないのは確かだが、絶対じゃねぇ。教皇が命じれば、応じざるを得ねぇしな」
「今回の件はもしや……」
「教皇からの直接的な依頼--いや、命令だった」
聖教会からの依頼。それは最初から司教様がそう言っていた。だが、教皇様自らが命令を下すのは珍しい形だ。聖教会には教皇様の元に十三人の枢機卿がいる。大陸全土を管理する彼らは、それぞれ担当する土地に異常が起きた場合、その区画の教会に依頼を出すのが普通である。教皇様が命を下したのだとしたらそれは相当重要な案件だったはずだ。
「……シリウスさんから聞きました。私が、本当は教皇様の養子になる予定だったのだと」
そう言うと、司教様はこちらを向き直った。めちゃくちゃ渋い顔をしていた。
「詳しくは分かりませんが、司教様は私をここにとどめておきたかったんですよね? 教皇様のところへ行くのはなにがしかの不都合があったから」
「不都合つうか……まあ、ちょっとした意趣返しのつもりではあったんだが」
「それは、司教様が司教様をやっていることと関係が?」
昔から司教様はことあるごとにぼやいていた。
自分が司教をやっているのは、『女神にはめられたからだ』と。
だが、そのことについては司教様はこちらを睨むだけで言葉は返さなかった。
「顛末の報告を。余計なことは、しゃべるつもりはねぇ」
びしゃりと、司教様は墓石に向かって液体をかけた。
ふわりと漂った香りは、酒の匂いだった。
「結果的に、今回の事件の黒幕は魔人でした。以前遭遇した魔人ジャックはいませんでしたが、新たにクイーンと黒騎士……エースと名乗る二体の魔人と遭遇しました」
「クイーンとエースか、まるでトランプみたいな名前だな。十中八九、偽名なんだろうが」
「でしょうね。クイーンの方は、サフィリス伯のご令嬢メリル・サフィリスであることが判明してますし」
「クイーンはギルド大会のときに現れたようだな。俺はジャックとしか交戦しなかったが……。黒騎士エースは、イヴァースが廃砦で遭遇したと聞いている」
「はい。少なくとも魔人は複数人おり、連携していると思われます。これは今まで聞いてきた魔人に関する情報と食い違うところが多いですね」
私のとげとげしい口調に司教様はため息をついた。
「俺が全部知ってた前提で突っ込むのはやめろ」
「違うんですかぁ?」
「……半分」
「へー半分ですか? ふぅーん?」
「--っち、小娘が……どんどん養父に似てきやがる」
態度でチクチクしてくる私に、司教様が不満をもらした。
「今回の重要参考人となりそうだったラミリス伯爵は、怪物化による自滅によって死亡。クイーンとエースは逃亡。傀儡となっていた兵士は全員自我を取り戻しましたが、操られていた前後のことは記憶にありませんでした。魂によって動いていた人形も地上にいたものはすべて停止し、リーナの霊視によれば魂は元の主に戻ったようだと」
「多方面の報告によると、大方の人間が意識を取り戻したようだな。だが」
「はい。ことがすべて終わっても、眠りから目覚めなかったものもいるようです」
ベックさんに確認をとったところ、顔がはっきりしていた人形の魂の主が目覚めていないようだった。ベックさんも顔がはっきりしていた人形の一つだったから、あのとき助けられなかったらベックさんも目覚めなかったかもしれない。
アギ君によれば、クイーンは強い魂を探していたらしく、それに選ばれたものの魂が帰ってこなかった可能性が高い。サンドリナさんの屋敷には行こうと思っても行ける場所ではないし、再調査は必要とはいえ、今すぐになんとかなる問題ではなかった。
「万事解決とはいかなかったが、多くの人間は救われた。いったんは、ここで依頼完了とする」
「わかりました。……それと、調査中に気になったものがいくつかあったので一応司教様に確認しておきたいんですけど」
「なんだ。返答に困るもんは答えねぇーぞ」
「それでいいです。……あのこれはサフィリス伯爵の書斎を調べていた時に見たのですが、サフィリス伯爵は悪魔について調べていたようでした。そこで大きな樹に絡みつく蛇の紋章と≪邪神教≫、そしてマレビトという単語がでてきたんです。これは一体……」
司教様は、少し考えたそぶりを見せてから私を墓地の端にある女神像のもとまで連れてきた。ここになにがあるのだろうと首を傾げると、司教様はなにか仕掛けを動かし、女神像の足もとに階段が現れた。
「黙ってついてこい」
問答無用の様子に、少し背筋に寒気を感じながらも私は司教様について階段を降りて行った。
地下は薄暗く、ひんやりとしている。明かりは司教様の魔法によって灯され、視界は悪いが足元はあぶなげなく歩ける。少し廊下を歩いた後、ひとつの部屋に辿り着いた。ここにも仕掛けがあるようで、私にはちょっとわからない仕掛けを司教様は解除し、部屋へと入った。
「ここは……」
いくつもの蔵書が、びっちりと高い天井まで揃えられた本棚にはまっていた。書庫はとても広く、司教様とはぐれたら一生ここから出られないと思われるような迷路のような場所だった。
「教会で禁止されたような禁書とか、まあ世間にだすにゃ聖教会にとって困るもんがここにはつまってる」
「え……それ、私に見せていいんですか?」
「いいんじゃね。ダメとは言われてねぇし。そもそもお前が一人、蔵書持ち出したとしても聖騎士に葬り去られるだけだろうしな」
さらっと脅された。
聖騎士とは、聖教会に所属する騎士団のことだ。大陸各地から有能な人材が揃えられ、その実力は大陸有数の騎士団に勝るとも劣らぬと言われる。
「お前が見た樹と蛇の紋章は、これだろ」
「--あ!」
司教様が本棚から抜き取った一冊の本。それに描かれていたのは紛れもなくあの紋章だった。
「それが≪邪神教≫の紋章だ。反教会を掲げる阿呆どもは、邪神教を名乗ることが多いがそいつらとホンモノは違う。まあ、繋がっていることも多いからまったく別物ってわけでもないが、ほとんどはホンモノのいいように使われてポイ捨てされてるな。チビの母親が関わってた密売組織みてぇに」
「はあ!?」
司教様相手に素っ頓狂な声が出てしまった。
どうして今、そこでリーナの母親の話がでてくるの?
「元を辿ると、その密売組織も邪神教モドキの連中が率いてたんだよ。取り扱ってた品の一つに現在じゃ製造不可能な薬物が混ざってた時点で怪しかったが。そいつを横流ししてたのが、ホンモノの邪神教の連中だ」
まさか、そう繋がってくるなんて。
でも確かにポラ村の事件の後、ベルナール様が教えてくれていた。リーナの母親達が扱っていたという危険な魔合薬、それを作れる技術があるのは深層の--『魔族』に連なるものだけであると。魔族と魔人は同じような意味合いで使われてきたけど……。
「チビの母親を暗殺したのは、黒騎士エース。きなくせぇよなぁ……悪魔や邪神教を調べてたサフィリス伯の娘が魔人に変貌し、伯は死亡している。書斎を調べるにゃ、歪みまくった空間を上手く渡り歩いて辿り着くしかすべはない」
言い知れない不安に手が震える。
「司教様、ホンモノの邪神教って……」
「さあな、聖教会でも正体を掴みきれちゃいないようだ。ただまあ、なんとなく見当はついてる。魔人の連中やラミリス伯が口にしていた名で、もう確定したようなもんだが」
「え?」
司教様は、邪神教の紋章が描かれたページの一部を指示した。
「モドキどもも、口にすれば災いが訪れるとして絶対に口にしない名。だが、そんなのはただの迷信だ。名を口にしたところでどうってこともない。邪神教が崇める、真なる主。その名は----ノアだ」
ノア。
確かに、ラミリス伯爵も『我が主』としてその名をあげていた。
クイーンも、口にしていたはずだ。
「それじゃあ……ホンモノって」
「魔人どものことだろうな」
しれっと言う司教様が信じられない。
それでは魔人の定義が崩れる。魔人は、魔王の配下で人間に災いをもたらすもの。魔王の命に従うモノ。魔王領よりいでて、大陸を侵略するモノ。
だがそれは以前よりの事件で崩れ始めている。そもそもジャックは魔王領ではなくすでに国に侵入しており、メリル……クイーンに至っては元人間。魔王が、まったく関係ないのだ。
「司教様、私ずっと……疑問にも思ったことがなかったことがあります」
「……」
「聖女の使命とは、勇者の使命とは……魔王を倒し、大陸に平和をもたらすこと。では--そもそも、魔王とはなんなのですか……?」
司教様は答えなかった。ただひとこと。
「考えすぎると死んじまうからやめとけ」
「……」
今はときじゃないと言われた気がした。質問攻めにしてやりたいが、そうすれば双方危険なフラグが立つ気がして、深呼吸して気持ちを落ち着けた。
「邪神教とやらが魔人達のことだとして、彼らの目的はわかっているのですか?」
「そいつは本当に知らん」
「……それでは最後に、マレビトの意味についてですけど」
「その単語を知ってるやつは意外に多いぞ。神官関係者ならな」
「そうなんですか?」
「公にはされてないが、いわゆる異世界人のことだ。外から訪れし稀なる人って意味でな」
なるほど、それでマレビトか。
「もっと詳しく言うと俺と、お前もマレビトにあたる」
「へぇー……えぇぇぇ!? 私ですか!? 異世界人に覚えは……」
ない、が。己の実の親を知らないのだから、異世界人の血筋じゃないという根拠はない。
「でも、異世界人の血を持っていても、片親が現地人だったり異世界人同士の親でも子が異世界人のままということはないですよね?」
「そうだな。空気に混じるというか、大陸の魔力にあたることで異世界で生まれたわけじゃない異世界人から生まれた子は、ほぼ現地人と同じになる」
「私、異世界で生まれたってことはないような……そうだとしても、司教様がそれを知っているのがおかしいのでは?」
「たまーにな、生まれるんだよ。隔世遺伝で、異世界の特性を持ったまま生まれる子供が。そいつらの特徴が黒髪だ」
「黒髪って……東方の血筋なんじゃ?」
「たいていがそうだな。だが中に混じって異世界人として隔世遺伝する者がいる。そいつらをまとめて覚醒者とも呼ぶが、俺とお前がそれにあたる。どっかに異世界人と混じった祖先がいるんだろ。覚醒者もまたマレビトと呼ばれるんだ」
驚愕の事実。
私、ずっとこの黒髪は東方の血筋だからだと思っていた。司教様も……。
「あの、じゃあイヴァース副団長も?」
「いや、あいつは東方の血筋だ。覚醒者じゃない」
「あ、ではソラさんは? 異世界人の息子さんでしたよね?」
「間違いなく、マレビトだろうな。相当血が濃いタイプの」
司教様はもう一冊の本を取り出して、開いた。
「マレビトは、現地人には使えない……強力なスキルを使えることが多い。異世界語で例えるなら『チート』つうやつだな。お前、俺がなんで人より強いと思う? シリウスの、アルベナの眼を移植してなお、なんで生きてると思う」
「……マレビトとしての能力?」
「ご名答。個人差はあるが、俺は異常なまでにその力の恩恵を受けていると言っていいだろうな」
私は頭の中でごちゃごちゃと絡まる疑問と疑惑に、心が砕けそうだ。
頭がパンクして真っ白になるとはこのことだろうか。
「王都でも、お前らがあっちでドンパチしている間に騎士団が読んでいた不穏な動きがあった。王都防衛が効いて、大ごとにはならなかったが……どうやら王都で動いていたのはジャックだったみたいだな。おそらく、もう一人いただろうが」
「まだ……ほかに魔人が?」
「どんだけいるかはまだわからんが、そういうことだろうな。ベルナールの代わりに王国騎士団を率いていたオルフェウスの話じゃ、そいつはジョーカーを名乗ったそうだが」
「……ジョーカーですか」
やはりトランプになぞらえた偽名なのだろうか。
「王都での騎士団の足止め、各地の陽動。なかなかうまく立ち回るじゃねぇーか。教皇どもも二の足を踏むくらいだしな」
「あの……司教様、私--」
「考えるな。余計なことをするな」
強く、言われた。
今回の件で、あらゆることに疑問と疑念を抱いた私に。
抱いてしまった、私に。
「代わりに、アルベナの依り代のことはお前に任せてもいい」
「アルベナの依り代……リーゼロッテのことですか?」
「あの指輪、機能はもうわかってんだろ」
あの指輪のおかげで、リーゼロッテの暴走はおさまった。今後、彼女をどうするか皆で検討して、一応身内としてダミアン夫妻が預かる流れになっていたのだが、リーゼロッテがなんだかそわそわしていたので、突っ込んで聞いてみたら……どうも、リーゼロッテは私についていきたそうだったのだ。
捨てられた子犬みたいな目で見られたら、後ろ髪が引かれ過ぎて王都に戻れない。かといって聖女である私のそばは一番危険。色々と考え、検討し……辿り着いたのが『司教様なんとかして!』だった。
教会は大丈夫そうだったが、大聖堂や司教様は刺激にならないか心配だったが、大聖堂に若干拒否反応はあったものの暴走はせず、司教様に至ってはリーゼロッテ平然としておりました。
「こんな邪悪な人が司教様!? 魔王じゃなくて!?」
「うるせぇツン小娘。その様子じゃ、アルベナの方は問題なさそうじゃねぇーか」
ツン小娘と悪態をつくわりに、威圧耐性のあるリーゼロッテのことはそれなりに気に入った様子だった。ここまでアルベナの呪いを抑えるとは、いったいどういう指輪なのか。リーゼロッテの協力を得て、指輪は魔導士協会の協会長であり、宮廷魔導士長である魔導の第一人者フォウン様に調査をゆだねた。
「うーむ、すみずみまで調べさせてもらったが……どうも、わしらの使う現在の魔導技術とはまったく違ったもので作られた品のようじゃ。素材や作り方は一向にわからんが、効果としてあらゆる負の要素を吸い取り続ける力があるようでの。お嬢さんの呪いとやらも、一定間隔で吸い取りお嬢さんの身に返らんようになっておるようじゃ」
そのおかげでスイッチも反応せず、リーゼロッテは指輪をつけている限り暴走しないことが判明した。司教様に見守ってもらいながら私の聖女としての力を戻したが、リーゼロッテは驚愕するだけで暴走したりしなかった。
「あなたが聖女!? 世も末!」
「わかるー、それすごくわかるー」
適当に相づちをうつ、私の余裕をみよ。
そんなこんなで、リーゼロッテことリゼはめでたくギルド入りとなったのだった。リゼのことで聖教会からなんかあるかと冷や冷やしていたのだが、そのあたりは司教様がなんとか丸め込むようである。
ならば、私はできるかぎり聖教会を刺激しすぎないようにしなくてはならない。
できるかぎり……ね。
「司教様、あの……私がマレビトだとして、私にはなにか……」
「さあな。個人差があるっつったろ、まあ一応お前、他人より聖魔法の上達が早かったな。そういうことだ」
司教様やソラさんみたいに、バーンっとわかりやすいチートとかあれば、また違ったんだろうけど。ないならないで、なんとかしていくしかないよね。
「司教様……シリウスさんと、また……話せますかね?」
「知らねぇーよ。そもそもあいつはもう死んでんだ。話せるほうがおかしいだろ」
あれからシリウスさんの声は聞こえない。あのとき、力を使い過ぎたせいだろうか。ずっと守られてきたことが今になって実感できている。
だって、シリウスさんが感じられなくなった後。
私はそっと、司教様の袖を掴んだ。
「……あー……あー……クソ、めんどくせぇ」
「そう言わないでくださいよぉぉ! 私、ずーーーーっとここまで我慢してたんですよ!? ひとりでトイレにも行って、眠るときに枕元に立たれても必死で無視してたんですよ!? 成長したでしょぉぉぉ!?」
「うるせぇ! しがみつくんじゃねぇ!」
「だずげて司教様ーー! 怖いよぉぉーー!」
緊張感をここまで保たせ、全部が終わるまで我慢していた私を大陸全土の人に褒めていただきたい。
シリウスさんの加護が薄れたか、消えたかしたせいで今まで平気だったアレらのとりつかれかたが尋常じゃなくなった。知らない人のアレが夜中にすぅーっと枕元に立たれた日にゃ、私は気絶したかったよ! できればリゼの指輪借りたいくらいだったよ!
リーナにも手にあまる数だったから、下手に処理できなかったし。
とってとって!
この背後のアレら全部とってーー!
はっきりとは見えないけど、気配は感じちゃうんだよー!
秘密の書庫でぎゃーぎゃー騒ぐことになり、司教様のゲンコツと雷が落ちたわけだが私はそれどころじゃなかった。
司教様の方が、あったかいの私は知ってるので。
めちゃくちゃ文句は言われましたが、司教様は全部アレをぶっとばしてくださり、一時的な守護もくれました。おいしい差し入れもってくんで、それで勘弁してください。
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「ずいぶんと賑やかでしたね」
「あーーー疲れた。いくつになってもガキかあの小娘。補佐君、お茶」
「はいはい」
司教レヴィオスは、補佐であるロウィス神官にお茶を淹れてもらって一息ついた。ロウィスの淹れる茶は美味い。シリウスは昔から料理下手で、武に関すること以外はてんでポンコツだった。だから以前はお湯を入れるだけのものを使っていたが、ロウィスは器用な方だったので茶葉で淹れてもらっている。
ロウィスは、悪態をつきながらもいつものようにシアに世話を焼くレヴィオスを眺めて微笑ましく思っていた。彼がこの大聖堂に務めてすでに十年。前の司教の代からここにいた彼は、司教の交代とシアがやってきたあの日のことをはっきりと覚えていた。
あまりにも異例の経歴を持つ男の配属。補佐として共にやってきたシリウス神官。仕えてみてロウィスは明確に感じたものだ。この二人は、女神に仕えるべき人ではないのだと。それは他の人間も同じように感じていた。だが、ロウィスは他の者のように二人を排斥するようなことはしなかった。ただ、この二人には女神に仕えるより他に、彼らにしかできない役割が別にあるように感じていたのだ。
それがなんであるか、なんとなく察せられたのがシアとの出会いだった。
シアとの出会いが、二人を変えたような気がしている。
一番変化が顕著だったのは、シリウス神官だった。あの人は、ずっと怖い人だった。ある意味、司教レヴィオスよりも何倍も。だが、彼女がすべてを変えた。
彼女と出会うことが分岐点であり、彼女との関わりこそが彼らの彼らとしての役割だったのではないかと。誰かの命ではなく、彼ら自身のための。
とっつきにくい印象のあった司教レヴィオスが、徹夜で名前のなかった彼女の名前を考えていたのは本当に意外であったが、ロウィスははじめてそのとき、レヴィオスに微笑ましさを感じたものだった。
人としてどこか歪な印象のあったシリウス神官も、人の親になっていく。
だからこそ、その温かな日々が唐突に終わりを告げたのは……ロウィスにとっても人生の転換点といってもよかった。その日、ロウィスは大事な妹を失った。戸惑いもしたし、なぜと混乱した。しかし、大聖堂に戻ったシアを見て、彼女の中に確かに息づく妹の気配を感じた。
守ったのだ。妹は、大事な存在を。だからロウィスは、シアを責めなかった。無念にも散ったシリウス神官の代わり……など務められようもないが、それでも少しでも彼女の力になればと思った。それこそが妹も望んだものだと感じられた。
「しかし、そうしていますと思い出しますね」
「あ? なにが」
「ほら、昔シアさんが来たばかりのころに、大聖堂にたむろする霊が怖いと司教様に泣きついて」
「思い出したくもねぇーんだが」
「ふふ……一晩中抱っこして、小説を朗読していた姿は今でも微笑ましい思い出に--」
「忘れろ! 一切合切、記憶から抹消しろ!」
それは無理なお話です。そう、ロウィスは微笑んだ。
あの人は、変わった。少しだけ。それがわかるロウィスだからこそ。
「無理は、しないでくださいね……司教様」
その言葉に、レヴィオスはただ目を伏せた。
――第三章・大陸の呪い編――完。




