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〇47 忘れてた!

 アレハンドル村の森から積み重なるように肩に重みを感じていた。それは、アレだ。言葉にしたくない見えないアレらのせいで、私の肩は徐々に重くなっていっていた。聖女の力が使えれば簡単に払えたが、今はそれができない。シリウスさんがほぼすべてを叩き出していたが、ここにきてシリウスさんの力が底をついたので、さっきから重みが実は半端なかったのだが……。

 重いくらいで、すぐにどうにかなるものでもなさそうだったので王都に戻ったら司教様になんとかしてもらおうと思っていた。だが、この指輪を手にしたとたんにそれらが全部消えたのだ。ついでに日々の家事仕事でダメージを受けていた腰の痛みもなくなった。


 なにこれ?

 一家に一つ、主婦御用達?

 ぜひ欲しい。


 仕組みはわからない。解析したいが、そういうスキルはないし、この場でそのスキルがあるとしたらアギ君だけど、ここからだと距離が遠いし、今まさにフィールド魔法解析中の彼の集中を途切れさせるわけにもいかない。触れて分かったが、もしかしたらこの指輪、指輪自体が禍々しいものではないのかもしれない。

 むしろ、悪いモノを吸い取る性質があるのでは?


 一筋の光を見出し、私はリーゼロッテの元へ走った。

 希望的観測すぎるけど、これしか方法はない。一か八か、最後まで諦めない。


「リゼ!」


 精神の中で戦うリゼの肉体は、うちなる戦いを思わせるように呻きながらも立っていた。外側からの接触に対応する余裕はなさそうで、呪いのせいで表にでている暴走人格の方は動きを止めている様子だ。それならばと、私は強化魔法で大事をとりながらリーゼロッテに近づき、その指に指輪をはめた。彼女の指は細い。サイズはあってない感じだが、指輪の方が大きいおかげですんなりと指に通った。


 すると指輪がひときわ強く禍々しい赤黒い光を放ち始めた。それは強さを増すごとに、リーゼロッテにまとわりつく瘴気を吸い上げているようだった。


「あ--あぁ……」


 苦悶の表情を浮かべていたリーゼロッテの顔は、徐々に血の気を取り戻し、わずかな時で元の美しい容貌に……いや、はじめて顔を合わせたときよりも、もっと輝かんばかりのものになっていた。


「ゆび……わ? 成功、した……の?」

「リゼ!? リゼ、元に戻った!? 私が分かる!?」


 空色の瞳に澄んだ光が宿った気がして、私は少し強めにリーゼロッテの肩をゆすった。


「わ、わかる! わかるわ! だからそんなに強くゆすらないでぇ!」


 がっくんがっくんと頭をふるはめになったリーゼロッテが必死に懇願したので、私はハッとして手を離した。


「の、呪いは?」

「……まだ、いるわ。血から消えたわけじゃないみたい。だけど、力は弱まってる……私、自分の意思で……呪いを抑え込めてる……」


 震える声でリーゼロッテは呟くように言った。ありえない、と思いつつもなんとかなったことに理解が追い付く前に感情が溢れているかのようだった。


「私、呪いに勝てたの?」

「うん! 勝利勝利! リゼすごいよ、本当になんとかなっちゃった!」

「……あ。----っ!」


 ぽたぽたとリーゼロッテの瞳から涙が零れた。

 ずっと怖かったもの。一生さいなまれて、己をうちから壊していくもの。

 絶対的な恐怖に、打ち勝つことができたこの瞬間は、彼女にとってどれだけ待ち焦がれたものだっただろう。


「解析完了! ぶっ壊すよ!」


 完全な呪いからの解放ではないが、一時的にでも彼女が自由の身になれたことに心の内が熱くなっていると、アギ君の声が響き、同時にクイーンのフィールドが破られた。

 ガラガラと空間が崩れれば、そこは元の聖堂だった。めちゃくちゃに破壊されているので、原形がもうほとんどないけど。


「残念だわ」


 クイーンは、至極気落ちした様子で言った。


「リゼならば、私を理解してくれると思っていたのに。同じになってくれると思ったのに」


 空に逃れたクイーンは、静かにリーゼロッテを見下ろした。逆にリーゼロッテは、決意を込めた強い瞳でクイーンを見上げる。


「私は、誰かになりたいわけじゃない。私は私。私とあなたが違う存在である以上、私はあなたにはなれないし、ならない。歩み寄るのと同じになるのは違うわ、メリル。私は、あなたに歩み寄りたかった。友達として」

「そうね。あなたは昔から優しかった。盲目の私を卑下したりしなかった。それはあなたが私に寄り添おうと歩み寄ってくれたから。でも、でもね……私はそれでは足りないの」


 クイーンの周囲に引き寄せられるかのように黒い瘴気が渦を巻く。


「同じになって、同じ場所まで堕ちて。私を理解して、私だけを見つめて。なにもかもを等しく、心の底から同じものを見つめ、感じられる存在になって欲しい」


 それはとても狂った欲望だった。

 この世に自分とすべてが同じものなど存在しない。たとえ同じ見た目のものが作れても、中身まで同じにはなれない。感じる心まで等しくはなれない。同じ親から生まれ、同じ環境で育っても、少しずつ価値観のズレが起きるように、同じものはありえない。

 それでもクイーンは、それを求める。


「おかしい? おかしいよね。でもそれを一度求めたら止まらなくなった。私の周りで一番近い存在だったお父様でも無理だった。だから----ちゃったの、悲しかったのに、それでも止まれなかった」


 残酷すぎる言葉は、私の耳の奥で規制がかかるように遮断された。無意識の自己防衛だったかもしれない。


「どうしようもなく狂ってしまった人間の終着点。それが魔人。真実なんて、どこにでもあってどこにもない。信仰も教えも、誰かが都合よく作り上げたものの上でしかない。違うものは排斥される運命。異教徒はどこへもいけない」


 クイーンは、流れるようにそう口にすると空に溶けるように消えていった。空はうっすらと陽の赤が差し込みはじめ、暁の来訪を告げていた。


「おわ……った?」


 長い戦いだった。だが、日の出と共に私達の長い一夜の戦いはクイーンが引いたことで幕引きとなった。いつの間にか黒騎士も姿を消し、周囲に敵の気配はない。


「はー、疲れた」


 緊張感が切れて、ルークがごろんと床に転がった。瓦礫だらけだが、なりふり構う余裕はないようだ。私も含めて全員が満身創痍なのだから仕方ない。

 あぁ、いや一人だけ平然と立っている人がいた、ソラさんだ。


「ああ、なんて美しい暁だろう。あの温かい光は次を指し示す(しるべ)か、いざゆかん眩き地平の果てへ」


 ぼろろんといつの間にか手にしたリュートを奏でながら、なにごともなかったかのように去っていくソラさんの背中に文句を言う元気は誰にもなかった。








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「ダミアーーーーン! ごめん! 忘れてた!」


 ひとしきりゴロゴロして体力をなんとか取り戻した頃、私達は一度、城の本館の方へ戻ってラミリス伯爵の家族の解放と自分達の手当てを進めようとしたのだが、そこでダミアンを忘れていることに気がついた。

 最初に思い出したのはサラさんだ。

 そういや、彼、一世一代の覚悟みたいに伯爵に立ち向かっていっていた。銃弾を受けていたし、かなりボロボロだったはずだ。早急な手当てが必要なのは彼だろう。私達は慌てて探した。そして瓦礫の中から無事に発見したのだった。


「し、死ぬかと思った……」

「よくやってくれたわダミアン! 私、あなたのこと勘違いしてたっ。辛くあたってごめんなさいねっ」

「いや……昔の僕を振り返れば、君にそういう態度をとられても仕方なかったしね……」


 ぐったりとしていたが、銃弾は体を貫通しており、しっかりと手当さえすれば命に別状はなさそうだ。ラミリス伯爵の方は、ダミアンがなんとか片をつけられたらしい。元々弱体化していたとはいえ、意外とやる男であった。

 ダミアンは最後に、瓦礫の中に残っていた伯爵が古くから身につけていたブローチを手にして、静かに祈りを捧げていた。

 ラミリス伯爵は、彼が物心つく以前より家族に興味がなかったらしい。その影響で母親にかなり甘やかされて育てられた。伯爵も表向きは子煩悩の振りをしていたらしい。それはここまで道筋を読んでの伯爵の息子を駒にする為の手段の一つだったのだと、今ならわかるとダミアンは苦笑していた。

 それでもずっと認められたかったらしい。

 最後までそれは、叶わなかったが。


「僕が更生できたのは、嫁に来てくれた彼女のおかげだからさ。いまさら昔の恋を引っ張り出して、馬鹿する気になんてなれないよ。妻によく似たできた息子もいるしね」


 城の一角に軟禁されていたダミアンの奥さんと息子さんも無事に解放された。確かに、ダミアンが言ったようにしっかりとした印象の夫人と息子さんだった。この後は色々大変そうだが、彼らならなんとかなるだろう。


「で、個人的に一番驚いたのはヴェルスさんなんだけど!」


 城へ戻って驚いたのは、ヴェルスさんがいたことだった。しかも全部わかっていたかのような段取りで、城で混乱していた使用人達をまとめあげ、傀儡と化していた兵士達の介抱もしていた。さらには、ラミリス伯爵がたくみに隠していた悪事の証拠なんかも、首を揃えてベルナール様達に提出したのである。


「最初っからこのつもりだ。あー、本当に大変だったぞ。今にも寝首をかきたい衝動を抑えながら、信頼を得て二十年も仕えたんだからな」


 それは人格も壊れそうなくらいの耐え忍ぶ日々だったらしい。村から裏切者呼ばわりされるのを分かっていて、周囲の人すべてを欺いてラミリス伯爵の城で仕えたヴェルスさん。彼は血が近しいがゆえに、サラさんが背負う運命も知っていたそうだ。


「別に直接聞かされたわけじゃない。だが、巫女の血が濃いからか、それとも俺におかしな力があったのか、未来視をよくしていたんだ」


 最初はそれが本当かどうかはわからなかった。だがそれは生々しいまでのリアルさで彼の夢に現れ続けたという。


「シア、あんたと出会った記憶もあるぞ。まあ、それはこの世界線の俺のじゃないけどな」

「は? それはどういう?」

「並行世界っていうのか、ありえたかもしれない世界線の中の別の時間軸でのできごと。それも俺は視えるらしい」


 どうもサンドリナさんのいたあの空間は、時間どころか別のありえたかもしれない軸にまで飛ぶらしい。だから私はあの屋敷で過去のレオルドやサラさん達に会ったのに、彼らは覚えていなかったのだ。


「……どの未来も、サラを失って俺が狂い死ぬような先のない未来視ばっかでまいってた。でも、ひとつだけ遠い軸で過去の俺はあんたと出会った。それがきっかけで、今までになかった先が現れた」


 だから、ヴェルスはそれにかけたという。

 過去の別世界で出会ったヴェルスは、どこか変わった力を持っているような気がしたがまさかそれほど特殊なものとは思わなかった。よく思い出してみれば、シリウスさんの力が表に出始めたのはヴェルスさんに捕まってすぐだ。どうもあの時、私は聖女の力というか魔力を使う為の手段を軽く封じられていたそうだ。なんというか、あの時から私は彼に助けられていたようだ。


「これで伯爵家の罪は暴けるな? 騎士」

「ああ、十分だ。といっても、罰を受けるべき者はすでにこの世にないが」


 ベルナール様は、苦々しく息を吐いた。それでも伯爵家は裁かれなくてはいけないだろう。それが領民を預かる家の責務だ。ダミアンはすべてを受け入れ、罪を償っていくと言っていた。


「ヴェルス、お前……」

「変な同情は向けるな。俺は俺の復讐を果たしたかっただけだし、サラを失うのも、自分が狂って死ぬ未来なんかもご免だっただけだ」


 ふんっ、とヴェルスさんはレオルドに背を向けた。


「つーか、俺はレオが元々昔から大嫌いだからな。村の人間とも合わなかったし、これからも好き勝手に生きるさ。先のない未来は、消えたしな」


 話を聞くところによると、ヴェルスさんはこのままラミリス伯爵家の私兵をまとめる管理官のままで落ち着くらしい。本当はさっさと旅にでも出る予定だったようだが、どうにも他の私兵に懐かれ、跡継ぎのダミアンもマシな人間ということで、しょうがないから残ることにしたようだ。

 まあ、彼も素直じゃないってことだな。




 こうして今回の長かった事件は終わった。

 たくさんの疑惑を残したまま。

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[一言] ようやく一段落ですねー。
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