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〇39 五分でいける(sideアギ)

 一方その頃、アギは一人、城を奔走していた。

 ラミリス伯爵になにがしかの魔力の供給がなされている以上、あれを倒すことはできない。だからアギは、その装置かなにかを破壊し、供給を止める為にありかを探していた。


(潜入した時に、魔法感知器は見つけてるけど、それ以外のものは見てない。けど、傀儡(ツリー)がいる以上、命令を下す為の中継器の役割を担う魔道具はあるはずだ)


 それならばと、アギはすぐさま地上から空中へと飛びあがった。風の魔導士であるアギは、地上より空中の方が楽だったりする。地上には、人形達が徘徊しており進むにも空中が都合がいいこともあるが魔力を伝える中継器は、広範囲にその信号を送る為に高い場所に設置されていることがほとんどである。

 人形達に、遠距離攻撃を行うすべはないようなので、あくまで注意は怠らずに空から本格的に探索を開始した。


(それにしても、最初の混乱が嘘みたいに使用人達の避難が迅速だ。もう人形以外、見当たらないし、傀儡(ツリー)も聖堂に入ってきた連中以外は、すべて停止してる。伯爵の私兵は、ヴェルスがアレハンドル村にすべてを集結させていた。姉ちゃん達がまいてきたみたいだけど、こっちに戻ってくる気配はない)


 それは少し妙な話だ。

 ただの一般雇われ兵とはいえ、主人の身の安全を守るのが仕事である。伯爵の命令に従っていたヴェルスは、すぐさま城に戻ってきていてもいいはずだが。


(そもそも今回の話は、聖教会からの依頼で各地で眠ったまま起きない人間が出現する原因を突き止め解決する為に、被害が多いこの地へ姉ちゃん達が派遣された。騎士団は、なにかタレコミがあって王都の警戒を緩められずに残っている。エティシャさん達には得体の知れない見張りが付き、姉ちゃん達が発つと一人、こっちについてきた。そしていつの間にかいなくなってた)


 見張りが消えたのは、ちょうど変な吟遊詩人みたいな男、ソラと出会った時だった。つかみどころのない人物だったが、なんの意味もなくあそこにいるには違和感が残る人だった。


(まあ、あの人は今はこっちに置いておいて。結局、被害者の魂は人形に封じられていた。なんの目的でそんなことをしていたのかは不明だが、ラミリス伯爵が一枚かんでいるのは確実だろうな。姉ちゃんからそれほど詳しく聞いたわけじゃないけど、絶対メリルさん怪しいし)


 彼女はなにを思って、潜入していたシア達に声をかけたのだろうか。


(俺はあの時、リーゼロッテさんとメリルさんに似通ったなにかを感じてた。姉ちゃんは特になにも思わなかったみたいだけど……血筋が近いのは確かなんだろう。けど、もっと根本っていうか奥深くの場所っていうか、本当なら似るはずのないものが--同じものがあるような気がしてる)


 気にし出したら解明するまで徹底的に調べたい質のアギ。今はそれじゃないかもと思いつつも残しておくのもモヤモヤする。


(結局、レオおじさんの空白の七日間についてもすごーく気になるしなぁ。本当に大丈夫かな……うっかり変なのに気に入られてて、ぽっくり逝かないよな?)


 実際そうなりかけていたことを今のアギは知らない。

 妙に引っ掛かりを覚えて、それがどうしても気になってたまらない場合、見落としてはいけないものである可能性が高いことをアギはなんとなく知っていた。


(嫌な方の勘って俺、すごいあたるんだよな。考えるなんてそれどころじゃないってのに)


 今重要なのは、伯爵を倒す為のすべを見つけることだ。考えながら探すことはできるが、集中が足りなくて見逃すのは避けたい。


(もうちょい考えたいことの優先順位を絞って決めよう。まず、ヴェルスの方はほっといてもいい気がする。気にはなるけど、背筋がむずむずする感じじゃない。背後をつかれないようにだけしてればいいと思う。……やっぱ一番注意しないといけないのは、メリルさんだよな)


 ほぼほぼ黒であるメリルは、あれ以来姿を見ていない。この局面で彼女はどこにいるのだろうか。伯爵と手を結んでいるのだとして、伯爵の加勢に来ないし、特に伯爵の方もメリルが姿を見せないことについての言及はない。


(ただの利害の一致だとしたら、メリルさんはメリルさんで別の目的があるってことだ。伯爵はサラさんを使ってアルベナの呪いをなんとかする術を得ていたようだから、伯爵の目的は最初からアルベナの呪いだ。アルベナの呪いを解除または自由にする為に必要なのはサラさんと魔道具くらい。魂を奪って、人形に移しかえる意味はない。ならこっちがメリルさんの目的であった可能性が高い)


 魂の移し替えなんて今の魔法で扱えるものではない。どう考えても古代魔術で禁忌に触れるものだろう。禁忌魔術を使った例をアギはシアから聞いていた。


(魔人。姉ちゃん達が以前関わったっていう子供を攫って化け物に変えていたジャックとかいう魔人が、禁忌魔術を使用していた。なら今回も、そうメリルさん自身が魔人の可能性がある--というか、それしか考えらんない。でもそれだと一つ疑問が残る)


 魔人は、魔王の配下として存在しているのだと知識として知っていた。魔王が復活しているのだといわれる魔王領に魔人が暮らしている。魔王領に隣接するクウェイス領で、その存在が確認されていたはずだ。

 魔人は、魔人。魔王より作られし者。

 そういうものだったはず。だが、メリルはサフィリス伯爵の娘であることが確認されている。彼女は人間だったはずなのだ。けれど年齢と姿にずれが見られ、人ではないものに変質している可能性があった。それともメリルという姿は偽物で、別のなにかがメリルに化けているのか。

 もしもあのメリルが本物で、人間が魔人に変わったとしたら?


(女神の件といい、なにが真実なのか分かんなくなる)


 溜息を吐きながらも、ひらりと屋根に着地した。中継地点とするなら高い場所、そして中心地であることが鉄板である。鉄板通りなら、このあたりに隠してある可能性が高い。

 アギは神経を集中させて、魔力の流れを探った。


(ここに来た時は、人が多すぎたうえに俺の魔力も充満させて姉ちゃん増殖作戦に加担したからできなかったけど……)


 避難が早かったおかげで、シンと静まり返った空間で魔力の流れを追えるようになった。


「そこだっ」


 アギの風が刃のように屋根の一部を薙ぐ。鋭く切り裂かれた屋根の一部が落ち、その中からは青白く光る不気味な魔道具が現れた。両手で抱えるほどの大きなダイヤ型の魔石に複雑な呪文がめぐらされ、明々と輝いている。


「うわ、めんどくさいやつだ」


 力技で壊そうとすると、大爆発するタイプのものであるとみた。

 複雑怪奇に張り巡らされた術式は、短時間で解除するのは困難である。


「クソめんどい仕様のやつだけど--うん、大丈夫五分でいける」


 天才魔導士に解けない術式はない。できないとしたらはるか昔に失われた古代魔術くらいだ。


(魔人が使うタイプの古代魔術形式だったらって心配だったけど、これには使われてないみたいだ)


 もし古代魔術だった場合、その仕組みを理解するのに時間をとられる。アギならば仕組みを理解し、解除までこぎつけられたかもしれないが、時間がかかることは確かである。


(中継器を止めれば傀儡は止まる。魔力の流れから考えて、これ自体が伯爵の魔力をチャージする役割もになってるだろう。わかんないのは、重要なはずのそれが結界なしで隠してあることだ)


 アギは魔道具を解除しながら器用に思考を巡らせる。


(俺の予想でしかないけど、伯爵の背後にいた魔導士はメリルさんだろう。メリルさんには別に目的があって利害が一致してたから伯爵と一部協力していた。でも伯爵をしっかり守る気はなくて、かなり扱いは雑な気がする。伯爵の方は上手く行こうがいくまいがメリルさんにとってはどうでもいいことかもしれない。俺達はつい、伯爵に目がいきがちだったけど、本当に危険なのはメリルさんの方かもしれない。彼女の目的次第では、伯爵よりもより厄介な方向にいきかねな----)


「勘のいい子は嫌い」

「うわっ!?」


 鞭のようなしなったものに打たれかけたアギは咄嗟に空中に飛んだ。


「うふふ、こんばんは。また会えたわね、可愛い『マリアお嬢様』」


 いつの間にか、屋根の上に一人の少女が佇んでいた。

 漆黒の長い髪は、足元まで伸びて広がり、赤い薔薇の髪飾りには触れたら刺さりそうなトゲがある。色白な美しい肌を覆うのは黒いドレスで、佇まいは気品に溢れた美しいご令嬢だ。だがその顔は少々異様だった。黒い革製の目隠しが両目を覆い、彼女の視界は閉ざされている。

 以前、出会った時とはまるで姿が違うが、アギははっきりと理解した。


「……メリルさん」

「ふふ、正解。あんなに可愛かったのに、マリアはやめてしまったの?」

「趣味じゃないんで」


 アギは冷静に答えながらも背筋に冷や汗をかきながら頭を回していた。


(来るかもとは思ってたけど、よりによってこっちか!)


 魔人かもしれない者を一人で相手にするには分が悪い。能力が高いとはいえ、一対一で戦える相手では決してないのだ。


(っても、魔道具の解除は中途半端で終わってない。このまま逃げても伯爵に殺されて終わり! ここで立ち向かっても俺が死んで終わり! 笑えるくらい大ピンチだ)


 一人で探索しに行くには危険だと最初から分かっていた。だが、アギ以外にあの場を離れられる人間はいなかったのだ。どうあがいてもここに辿り着いてしまう。


「別に怖がらなくてもいいわ。私、あなたを殺そうとは思っていないもの。どっかの誰かと違って面倒だからって適当に殺したりしない。私が殺すのはそう--誰よりも私が愛する者だけだから」


 優しそうな声で、闇が深そうな言葉にアギはゾッとした。


「じゃ、じゃあ、メリルさんはここになんの用? なにもないなら俺、魔道具解除したいんだけど」

「用はあるわ。伯爵については私、正直どうでもいいのだけど、ノアのお願いだから聞いてあげているだけだし」


(ノア? ノアって誰?)


 疑問とどこかで聞いた覚えのある名に思考を巡らせようとしたが。


「私ね、あなたの魂が欲しいの。大丈夫、死なないわ。ただちょっと高性能な魂が入用なだけ」


 なにかを考える前に、アギの目の前は真っ暗に閉ざされた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 魂って…死なないって言われても何か嫌ですね(笑)
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