☆12 いつか闇討ちにあって死ぬだろう
「悪いけど約束があるんです。ここは私の顔を立てて、見逃してくれないでしょうか?」
お願いと手を合わせて拝むと、ベルナールはしばらくじっとこちらを見ていたがやがて。
「事情は分からないがまあ、君のことだから問題はないか……。しかし近頃物騒だからな、いくら力があるとはいえ不用意なことはしないようにな」
「ありがとうございます、ベルナール様」
ベルナールとは王宮にいた頃の知り合いだ。一年前はまだただの平騎士だったがどうやら隊長まで出世したようだ。王宮騎士団は確か、七つの部隊に分かれていたはず。その隊の中で一番強い人が隊長になる習わしがあるから彼は24歳という若さで隊一番となったわけだ。前々から凄い人だとは思っていたが想像以上だった。
しかしそんな思い出に浸っている余裕はない。彼の言葉に引っ掛かりを覚えて聞き返していた。
「王都、最近物騒なんですか?」
「そうだ。どうも王都内に密売人が流れ込んでいるらしい。そのせいで界隈が物騒になっているんだ」
「ああ、だから騎士の巡回が多いんですね?」
変だとは思ったのだ。
まさかそんな事態が裏で動いているとは思わなかった。そういえば副団長もかなり忙しくしていたような。
「お前達に関わりはないだろうが、一応気を付けておくんだぞ?」
「はい、ありがとうございますベルナール様」
王宮に戻るというベルナールはいったん私に背を向けたがもう一度、振り返った。
「そういえば、シア……聖女を解雇されたって?」
「え? ええ、そうです。やっぱり知っていたのですね」
「もちろん。君の元護衛としては君の旅の動向は気になるところではあったからな。詳しく聞きたいのは山々だが、まあ大方予想はできている」
カチリ……と、彼は剣の柄に手を当てた。
そしてにっこりと美貌の笑顔を浮かべる。
「あのクズ勇者、いつか闇討ちにあって死ぬだろう……じゃあな」
なんか、恐ろしい予言を残して帰っていきおった。
南無南無。
私が拝んでいるとひょっこりとリーナが顔を出してベルナールの去っていった方向を見詰めた。なんだか目がきらきらしている。
「あのひとはおーじさまですか!?」
「残念、騎士様です」
「そうなのですか!? でもすごかったです、ぎんいろできんいろで、ぴっかぴかのきらきらでした!」
大天使、大興奮。
そうかそうか、子供とはいえリーナも女の子、王子様とかに憧れたりするんだな。確かにベルナールは銀色のさらさらの髪に青い瞳の精巧な人形かと思うほど整えられた美貌の青年だ。もちろん女性からの人気は怖いほど高い。さっきから周囲の視線も強かったのだが、彼がいなくなった途端に散った。さすがのイケメンである。
彼が私の護衛を務めていた時期は、乙女達の嫉妬の嵐で恐ろしかったな。返り討ちにしたけど。
「それじゃ、騎士に気を付けて捜査を再開……ルーク?」
なぜかルークが後ろで泣いていた。
「どうしたの!? お腹でも壊した!?」
「シア……」
「なに!? 薬!? トイレ!?」
「……服」
「は?」
がしっと勢いよく肩を掴まれた。近づいた顔がすごく可哀想なくらい落ち込んでいる。
「とりあえず身綺麗にしたい! ぼさぼさの髪もなんとかしたい!」
「落ち着いてルーク! それはちゃんとやらせてあげるからっ」
一体全体ルークはどうしたというのだ。
意味が分からず目を白黒とさせていると。彼は消沈しきった声音で呟いた。
「かっこいいは……強い」
「いや!? かっこよさと強さは比例しないから! ベルナール様が規格外なだけだから!」
どうやらルークはベルナールのイケメンオーラに当てられたらしい。まあ、二日前まで浮浪者やってたんだから赤い髪はぼさぼさだし、背が高くてもひょろひょろだし、服はぼろぼろ……かっこよさとは程遠い。あまり気にはならなかったけど、本人が気にするなら早急に整えてあげよう。
でも今は。
「ルーク、気落ちしているのは分かったけど今はリーナの用事が先決よ?」
ルークははっと顔を上げ、そうだったと頷いた。
「ごめんリーナ、すぐに再開しよう」
「おにーさんは、いーこいーこです! きしおーじさまにまけてません!」
「うう、ありがとうリーナ」
ぎゅーっと抱きしめる姿はまるで年の離れた兄妹のようだ。
仲良しでよろしい。
そしてリーナの中でベルナールは騎士王子様となったようだ。
ひと騒動ありながらも捜索を再開した私達は、商店街で調査を行ったが有力な情報を得られず、夕刻になった為、今日はここまでと区切りをつけてギルドに戻ることにした。
「明日はもっと範囲を広げてみましょう。リーナ、明日もいっぱい歩くけど大丈夫?」
「はい、だいじょうぶです」
夕飯の買い物に出てきた主婦でさらに賑わいを増した商店街から出るまで、背の高いルークを先頭にして人混みを掻き分け、私ははぐれないようにとリーナと手を繋いでいた。商店街を出て閑静な住宅街近くまで来ると役目を終えたルークがリーナの隣に来た。するとリーナがなにか言いたそうにルークを見上げる。
「なんだ?」
視線に気が付いたルークが聞くと、リーナは恥ずかしそうに俯いておずおずと左手をあげた。
「あの、てをつないでもいーですか?」
「? 別にいいけど」
あげられた小さな手をとると、リーナは嬉しそうに私達の間でぴょんぴょんした。
「あのあの、じつはとてもゆめだったのです。こうしてまんなかでてをつないでぴょんとするのが」
ああ、と私はルークと視線を交わして笑った。
街中で時折見かける親子の姿が思い出される。子供が両親の間で手を繋いで楽しそうにぴょんぴょんしているのだ。リーナはそれを見たんだろう。
「もっと高く飛ばしてやるぞ? それ」
「きゃー、きゃーたかいですー!」
ルークが背の高さを利用してリーナを高く飛ばした。楽しそうにするリーナの笑顔が眩しい。父親は知らないと言っていたからこういったこともなかったのだろうな。
夕闇迫る帰りのひととき、私達は楽しく笑い合い、長い影法師と遊んだりしながらギルドへ帰ったのだった。
次の日の朝。
私が起き出す頃には、リーナはもう起きていた。準備万端で、気合十分なリーナを存分に可愛がりながら一緒に朝食の準備をしてルークを待ち、賑やかな朝食を経て私達は捜索二日目を開始した。
今日は商店街よりさらに進んだ職人街まで足を広げた。職人街は商店街で品物を卸すため、沢山のものを作っている職人が集まる工場区画だ。商人もまた職人と交渉する為に多くの人が通っている場所でもある。その為、商人用の宿泊施設もあるくらいだ。
リーナのお母さんがここを通ったかは分からないが、商店街からも近いし可能性はある。
それに職人街は廃工場なども点在していて浮浪者のたまり場みたいになっているところもあるらしい。
隠れる場所も多くあるのでちょっと身が黒い人なんかが集まりやすいのだ。というルーク情報である。
しばらく職人街で頭の固い職人相手に手こずりながらも探し続けてまた日が傾きかけた時だった。
リーナはぱっと私の手を離すと、路地裏の方にすっとんで行く。
「リーナ!? ちょっと、待ちなさい!」
文字通り転がるように走ったリーナは、途中で転び足を止める。そこに追いついた私達は、リーナを起こしてあげてヒールをかけると彼女を落ち着かせるように言った。
「どうしたのリーナ、一人で行ったら危ないでしょう?」
「――さんが」
「え?」
「おかーさんがいました!!」
リーナが指示した先は、薄暗い路地裏。
その一番奥には、重厚な黒い扉が立ち塞がっていた。




