〇37 馬鹿になれ
レオルドはとても賢い少年だった。
村で一番どころではなく、地方学術試験にトップで合格するほどだった。必然的に、こんな狭い場所で腐るにはもったいない頭脳だと、村の大人達はレオルドに期待を寄せ、貧乏だったバーンズ家にレオルドへ支援する為に寄付もして、レオルドは王都の王立学校へ通うことになった。
もちろん、村から通うことはできないので王都で一人暮らしをすることになる。一人暮らしといっても寮があって、一番ランクの低い安い寮に住むことが決まった。
サラさん達には寂しがられながらも、逃げるようにレオルドは王都へ向かうことになった。一人、離れたところで不機嫌そうに見送っていたヴェルスさんが印象的だった。
そういえば、彼はどうなったんだろう。私達が色々と策を弄してヴェルスさんをまいた状態だが、どうも変な感じが残っている。違和感というか、あっさりしすぎているというか。私の聖女の力を封じたのはシリウスさんだったようだが、タイミング的にはヴェルスさんに捕まったあたりだ。過去の、世界線が少し違うと思われる世界で出会った子供ヴェルスさんは、色々と呪いについても感づいていた様子で、未来の自分について不安に思っていた節がある。
「……ヴェルス……そういや、この辺のときは記憶が曖昧なのもあるがヴェルスがいつも以上に冷たかった気がするな」
「そうね……。昔からなんていうか大人ぶってたところがあって、いつも通りくらいにしか思ってなかったけど、今改めて彼をみると本当はもっと先のことをみていたのかもしれないわね」
過去の光景を見ながら、レオルドとサラさんが口を開いた。
「ヴェルスは私の母方のいとこだから、私の次に巫女の血が濃いのはヴェルスだった。もし、レオに巫女の力を肩代わりさせられるだけの魔力がなかったら、きっと生贄はヴェルスだったでしょうね」
「そうだろうな。といっても、あいつも魔力が決して低いわけじゃない。俺ですら見えないものも、あいつは時折見ていた気がする。なにも言わなかっただけで」
二人に沈鬱な空気が流れる。
今となっては後の祭りではあるが、きっと彼は彼で抱えていたものがあったのだろう。口も態度もよろしくない子供だったが、気遣いやでもあった。一歩後ろに引いて、サラさん達の安全を常に守っていたのは彼だ。
「タイミング的にもね、ヴェルスがラミリス伯爵のところへ行ったのもレオが旅立ってすぐだったの。村の人やヴェルスのご両親も大反対したけど、頑として譲らずに。私なんか感情的になって、裏切者って叫んだもの。すでにあの頃からラミリス伯爵の評判は底辺だったし、村にも色々と嫌がらせはあったから」
ヴェルスさんは、なぜレオルドと同じようなタイミングでラミリス伯爵のところへ行ったのか。彼が自ら語らない限り、この場でその答えは出ない。
レオルドは村を出てから徐々に精霊などに関する記憶を自然に失っていき、どうしてサラさんと会ってはいけないのか疑問に思いつつも、忘れたサラさんのお母さんとの約束を守り続けた。だから、故郷に戻ることはなかったし、遊びに行きたいというサラさんの手紙も色々と理由をつけて断っていた。
そして事件は起き、ダミアンに求婚されたサラさんがレオルドの下宿先へ突撃して--という形で再会を果たすことになったわけだ。
場面は変わり、今より半分くらいの筋肉の厚さしかない細身のレオルドが研究室のようなところで力なく項垂れていた。白衣を着た姿は研究者にしか見えない。いや、実際レオルドは王立きっての魔術研究の一人者のような存在になっていた。
「バーンズ先生? 今日は非番でしたよね?」
「ああ……うん、そうなんだけど」
歯切れの悪いレオルドに同僚らしき青年が苦笑した。
「例の押しかけ女房?」
ゴンッとレオルドは額を机にぶつけた。
「羨ましい限りだけどなぁ、ちょっと見ましたけど美人だったし」
「サラはすごい美人で気立てもよくて優しくて、大陸一素晴らしい人なんだが」
「え? なんですか惚気ですか、死にますか?」
「お願い殺さないで、そういうんじゃないんだよ。本当そういうんじゃないから気が重い」
青年は一つため息をついて、ファイルでこつんとレオルドの頭を叩いた。
「そう思っているのは、『そう思いたいのは』先生の方だけだと思います」
レオルドは顔を伏せたまま、頭をあげなかった。
しばらくして、ようやく研究室を出てレオルドが向かったのは。
「よう、レオ! どうした、体を動かしたくなったか!? 歓迎するぞー!」
バカでかい音量で喋り、力の限りレオルドの細い背中をバンバン叩いたのは、バルザンさんだった。この頃には、二人は知り合っていて健康の為にバルザンさんのジムに時々顔を出している様子だった。レオルドはしばらく無心に体を動かしていたが、その様子を心配そうな顔で見ていたバルザンさんに外に呼び出された。
「どうしたレオルド、景気の悪そうな顔しやがって。んな腐った気合で筋肉に語りかけても返事はもらえねぇーぞ!」
「筋肉は喋りませんし、喋るツールもないです。よって筋肉の言葉が分かるというのは気のせいで、暗示かなにかの一種かと--」
「ごちゃごちゃ未開の地の言葉を使うな、わからん!」
「普通に大陸の言葉ですよ……」
昔のレオルドは今よりもっとごちゃごちゃと言うタイプだったようだ。今では普通に筋肉との会話に成功したとか言ってるのにね。
相性が悪いようにみえて、ごちゃごちゃ考えるタイプのレオルドと、まったく考えない本能の塊みたいなバルザンさんは意外に気が合う様子で、同僚には相談しにくいこともバルザンさんにはできる様子だった。できるというか、バルザンさんが土足で踏み込んでくるので言わざるを得ない感じにもみえるけど。
それでもレオルドはむしろ、踏み込んでもらえてありがたいという感じだった。ごちゃごちゃタイプは一回、壁をぶっ壊すくらいがちょうどいいんだよ。案外、簡単に解決したりするんだから。難しく考えているのは当人だけのときが多いんだよね、ごちゃごちゃタイプは。
ここでいう、ごちゃごちゃタイプとはベルナール様のことです。あの人、結構面倒くさいからね!
「自分でもよくわからないんです。彼女のことは好きなはずなのに、傍にこられると困る。同棲状態になっている現状も、恋人でもないのにおかしな話ではあるんですが、それ以上にどこかとても後ろめたくて、怖いくらいの罪悪感を感じるんです。彼女に幸せになって欲しいのに、自分で幸せにすることは恐ろしい。罪のように感じるんです。まるで、俺にはそうする資格はないみたいに」
この時、レオルドはすっかりサラさんの母親とのことも、精霊界でのことも忘れている。それでもどこかに残った残滓が、彼を不安にさせたのだろう。レオルドは元々、細かなものに気がつく質でみえざるものの気配も若干わかる。それは巫女の血がわずかながらに入っていて、魔力が高かったせいだろう。
気がつかなくてもいいものに気がついてしまう。その先に待っている、後戻りできないもののことを先回りして気がついてしまう。
レオルドの言葉を静かに聞いていたバルザンさんは、うーんと唸って腕を組んだ。
「あれだな! まりっじぶるーってやつだ! 姪っ子がなってた!」
「覚えたての言葉を意味もわからず披露する子供ですか。違いますよ、そもそも結婚とかそういう具体的な話すらないですよ」
「そうかぁ? そもそもなんでもないのに、その後のことをごちゃごちゃ考えて不安になったり嫌になったりすんのは同じだろ。ようは、なるようになると考えられない心境というやつだ」
レオルドはその言葉にちょっと思考を巡らせた様子で、しばらく考え込んだ。
「俺みたいな行き当たりばったり野郎の言葉じゃ、まったく重みがねぇーけどよ。人間ってやつぁ、考えれば考えるほどなんにもできなくなる生き物なんだぜ。知恵が高いのは確かにいい。危険も回避できるし、無駄な傷をつくらない。だが、全部を回避してるとどこにもいきあたらなくなるときがある。なんにもあたらない。痛くも悲しくもない。そして喜びも幸せもない」
バルザンさんは、比較的優しくレオルドの背中を叩いた。
「ちょっと馬鹿になれ、レオ。お前にはそれくらいがちょうどいい」
「馬鹿になれって……」
意味が分からないと、レオルドが首を振る。
「これは俺の持論だけどよぉ、そもそもなにかをするのに資格ってのは存在しねぇと思うんだよな。これは才能と同じようなもんでよ、目的地にたどり着く為のスキップ機能でしかねぇーと思うわけだ。確かにそれがありゃ楽だし、不安になる時間も短いよな。目的地が近けりゃ、辿り着けねぇかもと悩むこともない。けどよ結局、なにかをやり遂げるときに必要なのは資格でも才能でもねぇ。根性と筋肉だ」
「筋肉は聞かなかったことにします」
「いや、筋肉はすごいぞ。なんでもできるから」
筋肉教の敬虔な信者、バルザンさんは力説する。
「筋肉ってのはそもそも信念と根性で作り上げるもんだ。だから筋肉と語り合えるやつぁ、ゴールまで辿りつける」
「……根性論を真っ向否定する気はないですけど、無理なものは無理ってことはあります。魔力がなければ魔法が使えないのと同じように」
「ああ、そういやお前、魔導士になろうとしたんだっけか?」
「ええ、杖が爆発して才能のなさが露呈し諦めましたが」
それは武器に適性がないだけで、魔法の才は高いんだよね。この辺は罠だったな。私は、というか聖女の力が人の才を見分けることができるのだが、これにも実は穴はある。努力した先の最高値をみることができる力なわけだが、これは『めちゃめちゃがんばった』最終地点である。才がなければ、『そこまでしかいけない』というわけでは本当はない。
「なんだ諦めたのか? 今も魔導書とか古代書とか読んでんのに」
「趣味の範囲です」
「まぁ、魔法関係は俺はさっぱりだからわからんが。俺は才がねぇといわれた斧の技術ランクをSまであげた経験があるぞ」
「え!? バルザンさん、斧の才なかったんですか!?」
レオルドが驚いて声をあげた。
才と才能、という単語を私は使い分けているが意味的には同じようなものではあるけど、才は数値化した能力を示すもので、才能は才の最高地点に到達するまでの経験値を現しているような感じだ。才能が高ければ才の最高数値へ到達するスピードがそれだけ早くなるという基準である。
人は進化する生き物である。そして誰にも予想できない奇跡を起こせる生き物である。神様の気まぐれともいわれるが、人が起こす奇跡は神様や女神は関与していない--らしい。これは司教様が言っていただけのことなので本当かどうかはわからないけど。
人が進化や奇跡を起こす存在である以上、才は変化する可能性がある。バルザンさんはきっと、才を変化させた人なのだろう。才の変化はそれこそ奇跡みたいな確率だが、絶対に起こらないということはないのだ。
「でも人様に稽古をつけられるだけの技術を身につけた。ほーら、今ごちゃごちゃ考えるのが馬鹿みたいになってくるだろ?」
「それはバルザンさんみたいな、選ばれた人だからできることじゃ--」
「はぁ? 俺が? 選ばれた? ばっか言うな、なにかに選ばれてんのはどっちかってーとレオの方だろ。さいきかんぺつ? みたいな鬼のような頭脳とか」
「才気煥発のことですかね……」
「つーか選ばれし人間とかいるのかね」
「勇者とか、聖女とか……」
「それはつまり、女神と聖剣の指名だろ。聖剣も女神の所有物だし、結局は女神の意思だな。意思がある以上、思惑もあると俺は思うぜ。勇者と聖女は魔王を倒す為のものだ。魔王を倒すのに都合のいい人間に称号と任を与える。それだけな。できそうな人間にやらせる。選ばれしというより、任命。仕事と一緒」
言いえて妙な言い回しにレオルドは絶句した。
「奇跡は選ばれて起こるんじゃねぇ、奇跡は人が自らの意思で起こす。起きねぇ時ももちろんあるだろ、奇跡は極限貫いたときのおまけみたいなもんだからな。ざっぱに言っちまえば、目的地にたどり着くのに奇跡だって必須じゃねぇーの、最後は信念、根性、そして筋肉だぁ!!」
「なんかちょっと納得しかけたけど、最後で台無しになった……」
納得しきれないレオルドだったが、それからずっとバルザンさんの言葉を考え続け、そして最終的にサラさんと一緒になった。
「こんなこともあったな……」
現在のレオルドが懐かしそうに目を細めた。サラさんもこのあたりの自分を思い出したのか、若干苦笑していたけど。
「確かにちょっと馬鹿になったら幸せになった。その先に忘れていた問題が山積みにされるとどこかでわかっていたが……このあとにな、バルザンさんからもう一つ言われたことがあったんだ。結婚式の後だったかな、やっぱり不安だと言ったら」
『レオ、幸せってなんだと思う?』
『え?』
『衣食住の充実、深い愛情、願いの成就、色々あんだろうけどな。じゃあ逆に不幸ってなんだ? 幸せの反対か? 俺は昔、戦争でなにもかも失った子供に会ったことがある。家もなく、家族も目の前で殺され、食べるものも満足にない。明日にも不安しかない。俺はその子を可哀想に思った。不幸だと思った。だからちょっと今自分にできる施しみたいなのをした。そしたらようそのガキ、馬鹿にすんなと怒ったんだよ。自分には寄せ集めだが友達がいて、食べ物だって種を見つけたから作れるし、家も不格好だがもう少しで完成する。それのどこが不幸だってな』
「幸せと不幸は結局のところ、自分がどう感じるかだと。裕福な貴族でも幸せを感じられないやつがいるように、自分がそう思い感じるからそうなるのだと。だから」
『幸せを自分と家族が感じられるように、いつも心に留め置くといいぜ。なぁに、レオは俺なんかよりよっぽどすげぇんだからよ!』
「なるようになるんだよ幸せってのはな~って、本当に軽い口調で言ってたな」
「さ、さすがバルザンさん。なにも考えてないようで色々と深い……のか?」
「まあたぶんあの人、本当に自分が思ってるようなことを口にしただけだと思うけどな。あの頃の俺にはすごく新鮮だった」
例えばルーク。
幼い頃に道端に捨てられ、長くストリートチルドレンとして過ごした。ゴミを漁り、壁の向こう側を羨ましく思いながら生き抜いてきた。けれど彼が不幸と感じていたかというと少し違う様子だった。自分の境遇を確かに不幸な生い立ちだと思ってはいるようだったけど、俺は恵まれている方だと思っていたようだった。幸せ、は感じなかったかもしれないが、不幸な生い立ちだからといってどん底じゃない。自分をどん底に突き落とさなかった。それは彼の芯の強い部分だろう。
例えば勇者クレフト。
実はルークとクレフトは境遇が似通っている。二人から詳しく聞いたわけではないが、両方とも愛人の子供だったらしい。ルークは捨てられ、クレフトは地方貴族だった親の恥の埋め合わせで貴族の片親に引き取られた。衣食住の安定しないルークと衣食住は保証されていたクレフト。だが、歪んだのはクレフトの方だった。
最終的にクレフトは家族を恨み、復讐に燃えた。
ギルド大会では、己の不幸を嘆き、どうして認められなかったのかと怒りを滲ませた。
捨てられた方が良かったのか、それはわからない。
例えばリーナ。
リーナははたから見ればあまりいい状態とはいえなかった。母親は己の不幸に身をよじり、不安定な精神を安定させるのにリーナを痛めつけていた。
けれどリーナは自分を不幸と思ったことはおそらくなかっただろう。お母さんがいれば、幸せ。あの子は常々そう言っていたのだから。それしかなかったから、そうするしかなかったからそうなったのか。それもあるだろうが、リーナは今を知っても、それでも母親への愛情を欠かしたことはない。
リーナは不幸な環境下で小さな幸せを見つけるのが得意な子だった。
ただ、それだけなのだ。
例えば----私。
私はどうだっただろう。不幸な境遇だとは思ってはいた。ただ、自分がどうしようもなく不幸だと感じたら『終わり』だとどこかで思っていたのかもしれない。私はリーナのように小さな幸せを見つけて幸福を感じることはできないし、ルークのように真っすぐな強い芯があるわけでもない。
普通に恐ろしく、きっとちょっと道が違えばクレフトみたいになっていただろう。
私を救ったのはシリウスさんだ。あの人は言ってくれた。
『誕生日をしようか。シア、いつがいい? --ライラノールの花が好き? じゃあ、春のはじめにしようか。--え? どうして誕生日をするのかって? だって』
だって、誕生日は君がこの世界に生まれてきたことを祝福する大事な日だから。生まれてきてありがとうと、伝える日だからだよ。
誕生日を知らなかった私に、誕生日を教え、与えてくれた人。私はこのとき、ようやく自分が幸せなのだと気づいた。生まれの不幸なんてどっかにいった。だって、一人でも私が生まれてきたことを祝福してくれる人がいるのだから。どうして自分が不幸だなどと言えるだろうか。
「幸せは、奇跡は自分で起こす……」
「ああ、忘れてたわけじゃないがあの人の記憶が蘇らせてくれた。サラ、お前だって諦めちゃいないだろ?」
「ええ、ええ! だてに単身、避けられ続けていた片思い相手の下宿先に突撃して押しかけ女房やってないわ!」
そんだけ行動力と根性あったら、目的地に辿り着けるだろう--バルザンさんの言葉を借りるなら、それがサラさんにとっての筋肉みたいなもんだ。
記憶がひと段落して、私達は火の王のもとに戻った。
「どうだ、思い出したか?」
「ああ」
「俺は帰る為に、サラの幸せを見届ける為に火の王と契約した。最後はここに帰るように約束した」
「そうだ。お前は目的を果たした。やり方はどうであれ、故郷に帰還し、幸せを見届け--」
「てねぇーからな、火の王。まだ俺にはサラを老後まで泣かせないことと、娘の成長、今から考えるのは嫌だが結婚とか、孫とか色々見届けてないんだ」
「……ふむ? 人の子の幸せの見届けは数があるのだな?」
「そうだ」
「どのくらいかかる?」
「ざっと五十年くらい」
「そうか、五十年か」
サラさんの幸せを他人として見届けるなら、もう終わっているだろう。だがレオルドは家族で夫で、まだまだ見届けが終わったとはいえない。精霊である火の王には少し難しいところだろうが、理解しようとする姿勢はあるようだ。もっと見届けたいというレオルドの言葉をわがままだととらえられたら終わりだったが、火の王はレオルドを気に入っているからか否定的な姿勢はなかった。
そうか、五十年か。が、とても軽く聞こえた。
「五十年くらいなら待つか。俺には人でいう明日来る、みたいなもんだからな」
「おいおい火の王、大事な問題が残ってんだろ。おっさんの命の刻限問題はどうすんだ!」
大人しくしていたカピバラ様が鼻息荒く言った。
「問題ない--わけではないが、レオは自分の問題を自分で解決しようとしている」
「え?」
レオルドは覚えがない様子で首を傾げた。
「来い、チビども」
「なー!」
「なうー!」
呼ばれて飛び出てラムとリリ。
「この子らは、俺がレオに与えた炎から生まれた精霊だ。つまりは俺の眷属なわけだが、精霊の誕生には二通りのパターンがある。自然の恵みから自然発生するもの、俺がこれだがもう一つ、それは人の願いから生まれるものだ」
強すぎる人の願いや思いは、時として精霊を生み出すという。生まれた精霊は力を得るまでその人間の中に留まり、そして形になるとその人間の思いに応えて姿を現す。ラムとリリは、幸せを諦めないレオルドが無意識に誕生させた精霊だったのだ。レオルドが騙されて多額の借金を負い、精神がやられまくったのを心配し、早めに姿を現した為に人の姿をとれず子猫の姿になったようだ。
「レオ、この子らを育てよ。そして立派な精霊にし、己が命を守るがいい」
「火の王……」
「そして、大陸で往生した後、ここへ帰れ。約束、違えることは許さん」
なんとも優しい許さんをいただいた。
火の王は少し寂しそうだったが、それ以上はレオルドに言葉をかけることはなくサラさんを見た。
「女、お前は俺の愛し子のつがいだ。気を使ってやろう。おまけに教えておくが、お前達がラムとリリと名付けた我が眷属は、つがいの思いも受けている。つまり、その子らはお前達二人で生み育んだものである」
だから二体、対にある。
「娘と同じように愛情かけて育てます!」
サラさんの言葉に火の王は優しく笑った。
「ふふ、だから人の子は嫌いじゃない。つがいも往生した後はここへ来てもいいぞ。扱き使ってやろう」
「意地悪なお舅さんの匂いがするけど、どんとこいだわ!」
さすがサラさん、ブレない。
「時間切れだ! 問題も一応は片付いたか!?」
「ああ、ありがとうな聖獣様」
「ふふん! もっと褒めろー」
「クサイ獣、さっさと大陸へ戻れ」
「クサくねぇーからぁぁ!!」
火の王に喧嘩を売りそうになったカピバラ様を引っ張り、私はリンクの逆を辿った。
戻ったら、いよいよラミリス伯爵との決戦だ。
「レオ、お前に炎の祝福を授けておこう」
「だああああ! だから精霊が人間になんかするときは代償がかかるって言ってんだろ! 過保護か! 親が精霊だとただの毒親だぞ!」
「溺愛のなにが悪い。祝福は火のベルをゴンゴンするだけだ。エールだ。俺だって可愛がりたいんだ、孫は可愛いのだろう? 水鏡で見たぞ、レオに似ていたからきっと可愛いだろう。もうまとめて面倒みたい」
「もはや老害!!」
「あれ? シャーリーはサラ似じゃないか?」
「俺にはわかる。あの子はレオ似だ。中身はなにもかも似ているだろう。だから祝福する。お前達三人まとめてな」
ゴーンゴーンと鐘の音が響き渡る。
「ああクソッ、あの老害め本当に祝福しやがったな」
「ねえ、カピバラ様。祝福って私あまり聞いたことがないんだけど」
「祝福は本当にレアだな。加護や契約とは違って直接的に劇的な力が与えられるわけじゃないが、火の王の鐘は人の活力をあげる。まあ、がんばれがんばれ~みたいな?」
「それもやっぱり代償あるの?」
「あるぜ、祝福を受けた人間は与えた精霊を身近に感じ続けることになる」
ん? それってどういうこと?
「精霊の存在を感じるってのは普通の人間にとってはストレスだ。無意識だった場合は、徐々に衰弱していくことになる」
「そもそも認識している精霊だったら?」
「--あー、うぅん……単純にうっとうしい?」
うっとうしいだけなら大丈夫じゃないかな。火の王、わりと最初からレオルドにはうっとうしい感じだったし。通常運転な気がする。
火の王も寂しがりだなぁ。
私達は火の王の祝福の鐘を聞きながら、大陸へと戻って行った。