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〇34 愛ゆえに

「ダメですよ、ルーク君。戦闘中に武器を落としちゃ」


 そう言って、私の顔で笑いながらシリウスさんがルークに落とした剣を拾って渡した。

 さきほど意気込んだ、どこの裏路地の不良だといわんばかりのドスの効き具合だったが、ころりとオモテ面を切り替える様は、さすが私の養父おとうさんである。


「え? あ、どうも……えーと……シア、じゃねぇーよな?」


 ルークはあからさまに混乱状態だが、私の中身が私じゃないことには気づいたようだ。


「違いますよ。どうもはじめまして、シアの養父のシリウスです。子供の頃は闇ギルド所属、若い頃は海賊副頭、三十半ばで司教補佐の神官に転職し、名誉殉職してからは可愛い娘の守護霊をやっております。よろしくね」

「人生の履歴がおかしいんっすけど!?」


 こうやって聞くと、シリウスさんて生まれながらに波乱万丈なんだな。


「得意の戦闘スタイルは格闘です。拳でぶん殴るのも蹴り飛ばすのも両方いけます。愛用の武器は釘バットなんですが、ここにあるわけないので冷凍魚で殴りますね」

「……シアの手が凍傷するのでは?」


 ベルナール様がちらりとこちらを見た。少し睨んでいるようにも見えたが、どちらかというと緊張しているように感じる。司教様と話しているときと同じような顔だ。


「大丈夫ですよ。私の霊体がシアの体を膜のように覆っている状態なので、多少の無理ができます。本当はぶっ壊れてもいい人形あたりに憑依した方が使い捨てできていいんですけどね。今回は、安易にシアの体を離れられないので」


 その言葉にルークは首を傾げたが、ベルナール様は眉を寄せた。


「シアの様子がおかしかったのは、あなたのしわざか?」

「あ、そういや守護霊がどうのとおっさん達が言ってたな?」

「よかれと思ってやったのに、娘にも怒られるし、将来有望そうなアギ君にも怒られるし、リーナちゃんには視線で訴えられるしで、おじさんとても胸が痛いです」


 胸が痛いと言いながら笑顔。痛んでないな、絶対痛んでないな! これはどちらかというと子供達にかまわれて若干嬉しくなっちゃった面倒くさいお父さんだな!


 などとわちゃわちゃやっておりますが、ただ今戦闘中です。全員戦いながらくっちゃべっております。怪物伯爵の動きがなぜかにぶり、前に人形達しかいないから余裕があるのだろうが、後ろのレオルド達が冷や冷やしている。距離が少し開いているため、私の様子がおかしいことは察せられるだろうが、なにがおこっているかはわからないだろう。


「ルーク君は、私と一緒に戦おうか。君はとても強くなったけれど戦闘経験が浅いからね。ベルナール君はぼっちでいいよねー?」

「--いいですよ、ぼっちで」

「ルーク君、おいでおいで」


 中身が違うとわかっているとはいえ、私の姿と声でおいでおいでされるルークは少し戸惑い気味だ。ちらりとベルナール様を窺う様は、どちらのご主人様についていけばいいのか迷う犬みたいで可哀想である。

 というかベルナール様がわかりやすく不機嫌なのだ。最近、彼はルークをまるで弟みたいに可愛がってる節があるからな……。あと、わざとシリウスさんがそういう態度をとっているのにも原因がある。あの人、結構からかって楽しむところがあるんだよ。さすが私の養父おとうさんだよ。


「……なんだろうな。絶対に中身が違うはずなのに、シアと会話しているのと同じような感覚に陥ってストレスを発散したくなるのに、中身が父親だから甘やかすこともびびらすこともできない。もう一つ司教様と同じオーラがあって逆に俺が怖いし、どうしたらいいんだろうか。さすがに禿げそうだ」

「あはははは。君なら禿げてもモテそうだよね、騎士王子様」


 ベルナール様をちっとも心配してなさそうなシリウスさんが冷凍魚をぶんぶん振り回す。ルークの死角を狙ってきた敵を的確に殴りつけていく。連携ははじめてのはずだが、ルークの動きを見事に読むところはさすがに歴戦の戦士感あるし、そもそもルークについては私の後ろから見てたんだろうからある程度は予測できるのだろう。

 でもおそらくシリウスさんは、自分で言っていた通り一騎当千タイプなんだろうと思う。連携して一緒に戦うタイプに感じられないんだよね。もしくはペア。さらっと聞いた生い立ちでも、義兄である司教様との二人旅が長かったようだし、洗練されたのはそっちなんだろう。


『オノレ アルベナ ガ ノロイダケ デモ イマイマシイトイウノニ』


「私も好きでアルベナなわけじゃないんだが。アルベナもその呪いも私にだって忌々しいものだからね。愛し子達を傷つけるすべてのモノを私は滅ぼさなければならない。私はアルベナでありながら、兄さんの弟という一人の人間。己の愛のためならば、私は死んでも女神に抗おう」


 死したシリウスさんが守護霊になっている時点で有言実行されてるのがすごい。

 シリウスさんは、背後で奮戦するレオルドを見た。


「愛は勝つ。三十と少しの人の生で得た、無二の言葉だ。アルベナに愛はない。必要ない。女神にもまた、愛はない。必要ない。けれど人には愛がある」


 シリウスさんは嬉しそうに言った。


 兄弟愛が、己の暴走を止め。

 親愛が、人との縁を繋ぎ。

 親子愛が、最後に己を人間たらしめた。


「人間は、愛ゆえに過ちを犯すが、それもまた愛で乗り越えられるようにできている。私はそれがとても愛おしい。ほら、言うだろう? 自分にないものはとても綺麗にみえるあれだよ。どうしても、私は継ぎ接ぎになりがちだからね。伯爵、あなたは元々人間だろう?」


『アイ デ ハラハ ミタサレナイ アイ デ カネ ハ フエナイ』


「だからいらなかったんだね、伯爵。いいな、羨ましい。最初からあるとちっぽけにみえるよね。それよりも欲しいものがたくさんあるようになって目移りする。だから簡単に捨てられる。私は欲しかったのに。それが、死ぬほど欲しかったのに」


 シリウスさんの振るった冷凍魚が、伯爵の周囲にあった木材を木っ端みじんにした。ぽっかりと暗くなった空が見える。


「伯爵、あなたがなにを捨てたのか思い知らせてあげよう。--望んでオレと同じ場所まで堕ちたアンタに、一枚壁の向こう側で昔を羨ましがる資格はもうねぇからなぁ!」


 その悲痛とも聞こえる叫びに、ルークは歯を食いしばった。たぶん、ルークが一番シリウスさんのこの言葉を理解できるんだろう。ルークもまた欲しがりやさんだから。


(さて、シア。そこでのんびりしているのも暇でしょう? ギルドのリーダーとして、仲間を見届けてあげなさい)


 見届ける?


(そう。愛ゆえに、罪ではじまりを迎えてしまった二人を、見届けてあげなさい)


 それはどういう意味--。

 問いかける前に、私の意識はレオルドのところまで飛ばされていた。シリウスさんが器用。レオルドは必死にサラさんを瘴気から助け出そうとしていた。敵は大多数がルーク達のところへ集っているので、こちらは打ち漏らしなどを処理していくだけでいい。第一部隊副隊長のミレディアさんもさすが、剣の腕前は高い。軽そうな見た目だけど、しっかり仕事をしてくれていた。


「サラ、大丈夫だからな! 絶対、助けるから」

「レオ……」


 瘴気に満たされたサラさんは、力なく膝をついている。表情は俯いていて見えないが、瘴気で苦しいというよりはどこか泣きそうな声音だった。


「ごめんね……」

「サラが謝る必要ないだろ。全部俺が悪いんだ。俺があんなヘマしなかったら、サラは村に戻らなかったしこんなことになってなかったんだ!」

「……違う、違うの。本当は予感してた、レオがあんなことにならなくてもこうなってたって。いつか、バチがあたる、因果応報の報いを受ける」

「? サラ、意味が分からないんだが」

「けじめ、つけなきゃって思った。私は幸せで、レオがいて、シャーリーがいる。だから、諦めたくないから。--レオ、私の懺悔を聞いてくれる?」


 ここ、聖堂だからぴったりだよね。と、少し苦笑した顔をサラさんが上げた。


「昔々、あるところに--呪いに人生を台無しにされた巫女がいました」


 この土地は呪われている。

 女神が立ち入ることもできない、恐ろしい地。

 けれど、欲深い貴族はその土地でも欲しがった。たくさんの人が死んだ。わけもわからない、おかしな現象で。

 だから、貴族はその場所に巫女を呼んだ。祈祷師、とでもいうのだろうか。呪い師とも呼ばれていた血筋の巫女。魔導士とは毛色の違う術を使う巫女は、呪われた地に彷徨うものを見た。

 巫女は恐ろしかった。けれど、力ある貴族には逆らえなかった。巫女は、何も知らない旅人などをこの地に呼び込んで村を作った。

 巫女は村人が怯えないように、自身の素性を隠して結婚し、子をもうけた。そして代々、隠された巫女としての役目を子に継いでいった。

 巫女のおかげで、表向きは平和を保っていた村だが、呪いの力はすさまじく巫女の命をすり減らし、巫女は次の巫女が生まれるとほどなくして亡くなった。


 そんなことが何代も続いたあるとき。

 何代目かの巫女が、次の巫女を生んだ。

 巫女は我が子を見て、泣いた。この子は自分と同じように大好きだった母親をすぐに失うのだ。そして自分もこの可愛い我が子と共に生を歩めない。

 巫女は悲しかった。誰よりも子を愛していた。

 愛していたゆえに、はじまりの罪を生んだ。


 巫女は、我が子の代わりに巫女を他の赤子に押し付けた。本来ならば無理のあることだったが、代を重ねたことで村の子孫達にはわずかばかりに前々の巫女の血が入っていた。子供達の中で、我が子と生まれ月が近く、巫女を継げるだけの魔力がある者。

 一人だけ、存在した。

 存在してしまった。

 巫女は、その条件を満たしてしまった哀れな赤子に巫女を無理やり継承させた。

 そしてその子は、地獄のような幼き日々を過ごすことになる。


 愛されるたびに、その子は泣いた。

 愛されて心が病む。

 いびつな継承を受けたその子は、代償に虚弱体質となった。未知なる病のように、薬は一切効かない。歩くこともままならない体。

 愛されても、愛されても釣り合いがとれない。

 一人の子の人生を地獄に変えた巫女は、娘を可愛がった。

 娘が巫女にならなくてよかったと、微笑んだ。

 娘は、なにも知らぬまま、健康そのものに育った。


 生贄にされた子は、男の子だった。

 巫女は代々、女性である。性別も違う、血の濃さもない生贄の少年。歳を経るごとに歪みは大きくなる。

 巫女は心配になった。

 楔が完成する前に、いびつな形で生贄が死ねば、娘に悪いことが起こるかもしれない。

 巫女は考えた。考えて、考えて--とんでもないことを思いついた。

 そして巫女は生贄の少年を呼び出して、捨てた。


 生贄の少年は、行方不明になった。彼の優しい両親が血眼で探した。でもどこを探しても見つからなかった。それはそうだろう、巫女が生贄の少年を捨てた場所は--精霊界だったのだから。

 生贄の少年は精霊界をさ迷った。

 ただの人間が、行くことも帰ることもできない異郷の地。

 しかし、奇跡かのごとく、しばらくしてから生贄の少年は戻ってきた。

 今までのことが嘘だったかのように、生贄の少年の体は丈夫になっていき……そして、反対に巫女は衰弱して命を落とした。


 巫女は最後に、娘に打ち明けた。


『大丈夫。私が死んでも、継承はそのまま。可愛いあなたは死ぬことはない。大丈夫よ、幸せになってね--サラ』



 それは優しく、愛おしく----永遠に解かれぬ呪いのようでした。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「一騎当千」は「ワンマンアーミー」や「千人切り」のような、異名や称号みたいなモンというか 自称しちゃうのはカッコ悪いし、タイプも変だと思う 自称やタイプとしてなら「一匹狼」が適当じゃ…
[一言] シリウスさん霊体なのに無双する(笑)
[一言] んん?シャーリーは大丈夫なんだろうか? 呪いに生魚って効くのかなあ(悩)
2020/06/17 07:19 退会済み
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