表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

113/276

〇32 涙ひっこめてください

「べ、べべベルナールしゃま!?」

「やあ、シア。愉快に大ピンチだったな」

「ぜんぜんゆきゃいじゃありましぇんよ!?」


 ん? あれ?


「らしくなく瘴気アタリしたらしいな。聖女の力はどうしたんだ? まさか消えたのか?」


 私は首を振る。消えたわけではないはずだ。ただ、私の中の奥底に押し込められている状態、というのが妥当な説明だろう。押し込めている犯人だろう『彼』が、なぜこんなことをするのか分からないのだが。


「想定内の中でも最悪級の状態で、聖女の力に頼れないのは痛いが……」


 ベルナール様は私を抱えたまま、もぞもぞと起き上がろうとしていた怪物伯爵になにかを投擲して、もう一回床に沈めた。よく見たら投擲したのは、お魚さんだった。

 え? それどこから出したの?

 抱き抱えられているからベルナール様とは至近距離だが、特に生臭さは感じない。

 視線が合った。なぜかすごい微笑まれた。


 --走馬灯が見えそうなのはなんでだ。なんで怒ってるんだこの人。


「シア、リーナ! 無事か!?」


 一人孤独に別の事で戦慄していると、大扉をバーンと勢いよく開けてルークが飛び込んできた。あの包囲網を抜けて駆け付けたにしては早いが、彼の今の実力を考えると不可能じゃない。本当に強くなったんだなぁ。なんて感心している余裕は残念ながら少なかった。

 ルークは一度、私とベルナール様の姿を視界にいれたが、なにごともなかったかのようにリーナのところへ走った。


「るぅーくぅーー!」


 あからさまにこっちに関わると面倒そうと思ったのが丸わかりだ。ルークは最近、私をベルナール様に放り投げて楽するようになってきている。前はもうちょっとベルナール様に対して警戒心があったところもあったのに。一緒に稽古していることもあるようなので、仲良くなったのかもしれないが私の砦みたいな人材が消えたのは非常に痛い。

 お姉さん(私の方が年下だけど)は悲しいよ!


 心の中でさめざめと泣いていると、ベルナール様は早足でリーナ達が隠れているところまで行った。


「リーナちゃん、シアを頼めるかな?」

「はいです!」


 と、私を丁寧に床におろした。残念ながら瘴気アタリした私は立つこともできず座り込むしかない。聖女になるまで瘴気が立ち込める場所に行ったことはないし、聖女になってからはどんなに濃い瘴気の中でも平気だったので、瘴気アタリしたのははじめてだ。なかなかキツイ。


「ルーク、行けるか?」

「大丈夫っす」


 ベルナール様とルークが並んで立って、私達に背を向ける。二人とも背が高いから見上げるのは大変だが、この二人が並ぶともはや無敵みたいに感じてしまうのはなんでだろう。二人とも強いのは知ってるけど、もしかしたら相性がいいのかもしれない。


「騎士団としては、伯爵は生け捕りにしたいところだが--」


 ベルナール様が剣を構える。立派な剣だ。王国騎士団の隊長になったときに王家から賜る特別な剣だと聞いている。ベルナール様カラーの澄んだ空色の装飾も美しい。


「加減なんかしてたら、こっちが死にそうっすね」


 ルークもまた剣を構えた。ベルナール様の剣はどちらかというと刀身が細めだが、ルークの剣は大剣だ。ベルナール様の戦い方は知っている。軽い身のこなしで、素早い剣技を使うのが得意である。対するルークは一撃一撃が重い、攻撃力重視の戦い方である。そもそもルークはあまり体格的にも身軽じゃないから、重心をかけて強い一撃を出す方が効率がいいのだろう。


「おねーさんは、こっから援護するからねぇ~」


 いつの間にかミレディアさんもサラさんを守るようにレオルド達と一緒にいた。レオルド達も遠距離攻撃で二人を援護する心づもりのようだ。レオルド、アギ君は魔法が使えるし、キャリーさんとベックさんも銃を所持している。二人にあたらないように気をつければ全員が援護に回れる配置だ。惜しくも前線に防御型がいないのが、不安材料ではある。

 私の支援魔法が使えたら--!


 歯がゆく思いながらも、リーナとリーゼロッテ嬢に介抱されながら、怪物となり果てた伯爵との戦いがはじまった。

 ベルナール様は隊長だけあって、自分だけではなく周りの動きを見ることにも長けている。うまい具合にルークと連携をとり、伯爵を追い詰めていっていた。ルークもルークで結構無茶な指示にも的確に動いてしっかりと自分の仕事をしていく。

 ダメージはかなりはいっていっているはずだ。だが、怪物伯爵はなんど倒れても起き上がり向かってくる。体力がまるで無尽蔵に回復していっている感じだった。


「たぶん供給源がどっかにある! この城、妙な魔導の仕掛けがいっぱいあったし、時間なくてそっちの方は調べ終わってないからっ」


 確かに、魔法の感知装置やらなにやら、この城には仕掛けが多い。精神傀儡(ツリー)を動かすものもどこかにあるはずだし、そう考えると魔力の供給元がどこかにあっても不思議ではない。それに裏で糸を引いていると思われるメリル嬢もまだ姿を見せていないのだ。


「俺一人なら離脱しても大丈夫だよね!?」

「ああ! アギ、頼んだ!」


 魔法で援護していたアギ君が一時抜け、聖堂を出ていく。一人で行かせるには不安だが、二人抜けられるほど怪物伯爵は弱くない。

 ああ、もう! 私ってば本当役立たずのお荷物だ。ここまでの半生においてこんなに役立たずになったことはない。歯がゆすぎて、暴れ出したい。

 どうして、なにも教えてくれないのだろう。

 応えられないのか、それともそれを受け取る能力が私にないからなのか。


 私は拳を固く握りしめた。

 そして、そっとリーナの手をとった。


「りーにゃ」

「にゃ?」


 呂律が回らなくて、猫みたいな語尾になったらリーナも猫みたいな返事になった。私と違ってかわゆい。


「しゅごれーしゃんと、おひゃなししたい」

「しゅごれーさんと、ですか?」


 ちらりとリーナは私の背後を見た。その辺にいるらしい。

 私の守護霊が誰なのか、もう見当はついている。すでに亡くなっている人だし、へたに接触に成功して後に尾を引くような感じになるのが嫌だったので、話をしたいとかそういうことは考えないようにしていた。姿や声なんか見えたり聞こえたりした日には、泣いてしまう自信がある。

 だが今は、そうなっても絶対に泣かないだろう。


 仲間の危機なんだから。


 だから、私は。


「……やって、みるです」


 私の決意を瞳に感じたのか、リーナは力強く頷いて、ぎゅっと両手で私の手を包んだ。両目を閉じて、祈るように精神を集中させていく。

 そうすると、私の視界がゆらゆらと揺れていく感覚がはじまった。そこから吸い込まれるように精神が別の場所へと導かれて行く。

 普通の目では見えないなにかが、私の横をすり抜けて、私を目的の場所まで連れて行く。


 気がつくと、私は一本の大きな木の根元に座っていた。ここには覚えがある。少し視界を動かせば、後ろの方には、サン・マリアベージュ大聖堂があった。王都の--司教様がいるあの大聖堂だ。

 そして--彼も、確かにそこにいた。


「--シア」


 優しい声は、記憶と違えることなく、静かにそよぐ風のように耳に響いた。

 振り返れば、胸が震えるほどの懐かしい姿で『彼』は、そこに立っていた。


「お久しぶり……と言った方がいいですか? --シリウスさん」

「……そうだね。久しぶりだ……」


 銀や白髪とは少し違う、灰色に近い長い髪を一つの三つ編みにまとめて前に流した髪型。右目は黄金、左目は黒に近い紫。彼の左目には、光がない。昔に、色々あって光を失ったのだと聞いている。完全に見えないわけではないらしいが、視界が半分だから少し不便だと言っていたのを思い出す。

 シリウスさんは、見慣れた神官のローブ姿でゆっくりとこちらに歩み寄った。そして静かに私を見ると、嬉しそうに微笑んだ。


「大きくなったね」

「そうですか? 確かに四年前と比べたら背は少し伸びましたけど」

「四年は長いよ。男の子は体格がすごく変わるけど、女の子は面差しが変わる。……私はいつもシアの背中しか見れないから、ようやく……顔を見られた。鏡越しじゃなく、こうして向かい合って--」


 言いながらもシリウスさんの右目から、涙が溢れだして頬を濡らす。左目から涙が出ないのは、光を失った弊害だろうか。


「女の子は目をはなすと、すぐに大人になってしまうね。寂しいけど嬉しいな……」


 なんて涙ながらに声を震わすものだから、うっかり私も泣き出してしまいたくなってしまう。だが、私がここにきたのは、大好きな亡き人と感動の再会をするためではない。


「シリウスさん、涙ひっこめてください。私も流れそうな鼻水を必死にすすってるんですから。わざわざリーナに無理言ってここまで引っ張って来てもらった理由は、分かってますよね?」


 わざとちょっとキツメの声音で言った。じゃないと、決壊する、鼻水が。


「分かっているよ。なぜ、私がシアから聖女の力を封じているか……だね」


 私は頷いた。


「第一に、私はシアをなによりも一番に考えている。それだけは間違いないことだよ」


 う、うん。

 なんとなくだけど悟ってはいる。自分もたいがいファザコンだと思うが--シリウスさんはその上をいく親バカな気がしてならない。それはそれで、嬉しいんだけど……時折厄介なことになる。


「そこから導かれる答えは一つ。聖女の力を今返すと、今以上の惨事になるからだ」

「それはどういうことなんですか?」

「シアも知っているだろう。この土地は、古の時代から呪われている。アルベナによって……アルベナの一族を虐殺し、大陸を奪い取った侵略者ラメラスへの怒りで」


 --手に入れた情報をまとめれば、呪いに関わっているのはアルベナであろうと想像がつく。でも、アルベナの一族を虐殺? 侵略者ラメラスってどういうこと? ラメラスは大陸を悪魔(アルベナ)から救った戦女神じゃないってこと?

 聖教会の神話を頭から信じていたわけじゃないが、女神ラメラスの在り方のすべてをひっくり返すような想像はしていなかった。


「聖女、すなわちラメラスの力の器。アルベナにとっては、どちらでも関係なく、仇敵として牙をむくのは想像に難くない。邪神の連中もいるのに、アルベナの怒りをいたずらに呼び起こすのは、早急な破滅を導く--なにより、シアが危険なんだよ」


 それは……普通なら、ありえない妄想話だと一蹴されてしまいそうな言い分だ。少なくとも女神ラメラスを主神と祀るラディス王国の民は、そうするだろう。それだけ信仰は根強い。私も、信じるには色々と難しいところがあるが、なんといってもそう訴えるのがシリウスさんであることと、そして……リーゼロッテ嬢に触れたときに見えた幻影。私を誰かに間違えていたあの女性は、アルベナだったのではないだろうか。そして間違えた相手はラメラスだったのでは。

 一つ一つが、そうであると仮定するとはまってしまう。

 私達が祈りを捧げる女神は、私を聖女に指名した女神は----本当に、神話に語られる慈悲と慈愛の女神様なのだろうか?


「シア、君がどうしてあのとき、私達に保護される形になったのか、知らないだろう?」

「え? そういえば、そうですね……」


 私のいたあの孤児院が、あまりよくないことに手を染めていたことは後から知った。おそらくは、私の引き取り先も、あまりよろしくないところだったのではないか。そう、ただ単純に思っていた。


「シアの引き取り先は、聖教会の総本山。教皇様の娘として迎え入れられるはずだったんだ」

「えぇ!?」


 四年後の真実に、思いがけず驚いてしまった。えーっと、聖教会の教皇様って代々女性が務めるらしいから正確には女教皇様なんだけど、ずっと女性だから聖教会では普通に教皇様って呼ぶらしい。教皇様は生涯独身らしいし、養子を得ることは特に禁じられていなかったはずだ。聖女に選ばれた娘を養子として迎えること自体はおかしいことじゃないけれど。


「それを知った兄さんが、直前で止めた。『山を越えるには厄介な暴徒がいるから危険だ』として。まさか私が暴徒役やるとは思わなかったけどね」

「あ、あのそれってなにが問題だったんですか? 私としてはシリウスさんと出会えたのでその過去に文句はないんですけど」

「そうだね。本当なら問題ないはずだし、シアにとってはとてもいい話だ。表向きは」


 女神の話を聞いた後だと、嫌な予感しかしないな。


「教皇は、女神ラメラスの使徒。(しもべ)に過ぎない。その下にある聖教騎士団もね。女神は万人に優しい存在じゃない。目的のためには手段を選ばない。それは兄さんが証明している」

「司教様が?」

「シアも聞いたことがあるだろう。兄さんは女神にはめられて司教をやっていると」


 そういえば、時折そうぶつくさ文句を言いながらこぼしていた。


「一つ、ゾッとする話をしてあげよう。シア、昔から聖女と勇者が婚約関係にあることは知っているね」

「えぇ、それが原因で文字通り殴り合いまで発展しましたよ」


 ギルド大会、決勝をご覧ください。


「でもそれが果たされた例が少ないことは?」

「----そう……ですね」


 聖女と勇者は婚約関係にある。それは国同士が、時代の英雄を欲しがって血を繋げようと躍起になった結果生まれたものだ。だが、それが果たされた例は少ない……ある者は、呪いであるとか、神がそれを望んでいないのだとか、聖女と勇者の婚姻に関して恐ろしく思う者も存在はしていたが因習は変わらなかった。変わるほどの熱量にはならなかった。

 婚姻が果たされないのはなぜか? それは単純に、どちらか、または両方が早々に死亡するからだ。そして圧倒的に死亡率が高いのは--。


「歴代の聖女は、なぜか長生きしない。長生きどころか、魔王を倒す直後にはほとんどが命を落としている。うまく結婚し、子供ができた例もあるが--すべて成長する前に子供は死亡している」


 ゾッとした。その話は確かに知識としてあった。だが深く考えたことはあまりない。自分は大丈夫、などと軽く考えてしまっている。どうして誰も深くそこに突っ込まないのか。


「誰もが深く疑問に感じない。感じられない。それは君達が、女神の加護の元に生まれた生命だからだ。女神はすべての生き物の母なる存在。母親には誰もが逆らえない。そうできている」


 これもまた、ゾッとする話だ。

 でも、ならばなぜ、シリウスさんはこんな話ができるのか? シリウスさんだってこの世界の生命だった。この話が本当なら、シリウスさんだって気づくことができないはずだ。もちろん司教様も。

 私の考えていることが分かったのか、シリウスさんは少々歪んだ顔で苦笑した。


「私はね、違うんだよ。私は----アルベナだから」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] かみかみシアさんかわいい。 そしてベルナールも遂に生魚を武器と認識…細身の剣を使うなら冷凍サンマなどしっくりきそう。
2020/06/03 13:03 退会済み
管理
[一言] うわー。シリウスさんとお話してるよ!(笑) まぁ確かに主人公置き去りは寂しいよねww
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ