〇30 陽にさらされたら溶けるのよ!
「言っておくけれど、私を連れ出したところで意味がないどころか、あなた達にとって害にしかなり得ないわ。私は伯爵の人形のようなもの、私は私の体を自由にできない。だからこそ、牢につながれていた方が良かったの。外に出る理由なんてない。死ぬまで闇の中。それが世の中のためなのよっ」
などとリーゼロッテ嬢は必死にまくし立てているが、塔の一階の出入り口にある柱にしがみついてセミのような恰好だ。
「大丈夫よお嬢様。世の中をあまりお知りじゃないようなので言葉を濁しながら伝えると、ツン美少女の罵りは世の中の五割くらいの人にとってはご褒美だから。怖くないよ~」
「嫌な世の中だわっ!」
リーゼロッテ嬢の鋭い突っ込み。おや、これは貴重だ。うちって実は天然ボケばっかりだからな。
ちらりと後ろを見るとルークとリーナが純粋な顔で首を傾げている。
「ほら、勇気を出して! 一歩を踏み出そう! お姉さんがついてるから!」
「いやぁー! 陽の下に出たら溶けるわ!」
「今太陽出てないから! そして人間は溶けないから!」
「私は! 私は、人間じゃないっ! 化け物なのよっ」
最上階の牢から連れ出すまではなんとかついてきたが、扉の外へ出ることは激しく拒否する。もはや半狂乱で泣いている。頑固な引きこもりとは少し違った反応だ。リーゼロッテ嬢は塔の化け物と呼ばれ、なぜか見た者のトラウマを蘇らせる不思議な力がある。その力を理由を私はまだ知らない。だが、見当はつく。ベルフォマ伯爵家に代々と言っていいほどつきまとう呪い。歴代の当主達を狂人に変えた恐ろしいこの地に根づく呪いだ。
リーゼロッテ嬢をみるに、彼女が狂っているとは思えない。おかしな力はあるが、普通のツン美少女だ。
……今、聖女としての力を発揮できないけど、見ることは可能だろうか?
意識を集中させて、彼女のステータスをのぞいてみた。
やはり本調子ではなく、色々と穴があるが簡単なものはみることができた。
物理 SSS
魔法 ---
へー、見た目に反して超物理特化型の能力なのかー。魔法の才はまったくないみたいだなー。
…………。
はああああああ!?
いや、いやいやいや!? 待て、私の目がおかしい!? いくら本調子じゃなくても数値がえらいことになってるんだけど!?
人間の才の限界は、Sまでといわれている。特別な方法を用いれば限界突破という能力向上ができることはできるけど。通常、限界突破を経て、ようやくS以上に極められる仕様なのだ、人間は。だけど限界突破でSSSを叩き出すには仙人にでもならないと……。
SSSは、通常示した数値が間違いでなければ明らかに人外であることを現す。もしくはなにかの強力な加護を得ているか。
え、えっと、他になにかみえるのは……。
動揺しながらも、他の項目もみれる部分を探した。
ステータス異常*狂化
……え? 嘘でしょ? リーゼロッテ嬢、この状態で狂化状態なの? 柱にへばりついて外にでたくないとわめいてはいるけど、気が狂っているようにはみえない。
ステータス異常2*スイッチ
もう一つ、異常状態があった。スイッチ? あまりみたことのない異常だが、確かなにかとなにかを切り替える異常状態だ。資料にあった例は、多重人格者による人格の交代。もしくは多数の性質の切り替え。などだ。
リーゼロッテ嬢には、なにがしかの多面性があり、今はスイッチオフ状態であるから狂気的な言動がみられないだけ、ということなのかもしれない。
強化効果*アルベナの祝福
アルベナの祝福?
異常状態の下に、みなれない効果があった。アルベナ、というのを知っている知識で素直に解釈すれば、古の悪魔である。なぜここでアルベナの名がでてくる?
ベルフォマ伯爵家にまとわりつく呪いは、この地に古くからあるものらしい。レオルドから簡単に聞いた話では、ラメラスの女神に敗れたアルベナの魂の一部がこの地に封じられている説があるとか。まさかその説が有力なのか? 私、まったくもって敬虔な信徒じゃないから聖典なんて斜め読みしかしてないし、聖教会に有利な言い伝えなんてあまり信じてない。でもまったくの作り話、というわけでもないのかもしれない。
しかし祝福、祝福かぁ。言葉は綺麗だけど、加護をあたえているアルベナの印象が悪いから良い効果に思えないんだよなぁ。
「ねえ、お嬢様。体を自由にできないって言ってたわね? それってもしかして自分をコントロールできない状態にスイッチが切り替わるってことなの?」
「……え? そ、そうよ。詳しく言っていないのに、よくわかるわね」
「多重人格とか?」
「似たようなものよ。私じゃないものに、私の体は操られる。本当の怪物の私が」
ぎゅっとリーゼロッテ嬢は、柱をきつく抱きしめた。
「スイッチの発動条件は?」
「よくわからないわ……。でも、伯爵は知っているみたい」
「ほう? だからラミリス伯爵が飼い主なわけね。一応心当たりは? なんでもないのに突然変わったりするの?」
「……たぶん違うわ。きっかけはある……と思う。思い出せるのは、場所と人……かしら。教会、神父様、シスター、女神像、女神信仰者--」
続いていく言葉には、共通点しかない。全部、聖教会がらみの場所と人か。
不思議なことに、このあたりの土地には教会と神父様はいても女神像はない。女神のまつわる信仰物を設置するとよくないことが起こるのが原因らしい。教会は、女神像をまつらなければセーフ、神父様などは教典を持ったり、祝詞をあげなければセーフ--みたいだ。
ここに来る前も、ルークが作った女神像は変な雷に木っ端みじんにされているので、笑い飛ばせない。
「はっきりとは言えない……けど、聖なるものに狂うのは、私が化け物だからよ。女神は光であり太陽。だから、私、きっと陽にさらされたら溶けるのよ!」
「溶けはしないと思うけどなぁ」
全部はみれてないけど、あくまで彼女の肉体は人間である。太陽で溶ける素材ではない。太陽で溶けるという状態異常もない。そもそも女神は光であり太陽とは聖教会が勝手に言ってるだけの一部の象徴でしかないのだ。
私には確信がある。彼女のスイッチは、聖教会に関するものにあるかもしれないが、聖なるものに対するものではない。
だって。
「お嬢様、大丈夫。聖なるもので反応してるわけじゃないわよ」
「なぜ言い切れるの」
「だって、私が聖なる人ですからね」
勇気づけようと笑顔でサムズアップしたのに、シンとしてしまった。
「おや? どうしましたか?」
「お前……それまったく説得力がねぇぞ」
「……やっぱり?」
いったい、誰がどうみたら私が聖女様にみえるんだろうね。言ってないからますますみえないよね。
「まさか、あなたシスターなの? 世も末だわ」
「酷い言いよう! でも、反論できない!」
スイッチが単語である可能性が捨てきれないので今は『聖女』とは名乗らない。シスターの単語は大丈夫なのか、リーゼロッテ嬢自身が口にしているから大丈夫なのか。判断材料が少なくて判断できない。
「そんなわけだから、なにで起爆するかわからない私を連れてはいけないでしょう?」
「うーん、さすがにちょいと悩みますけどねぇ。でも、私の考えは間違ってなかったというか」
「え?」
ルークが一番最初に気づいて剣を構えた。その反応にリーナがすぐに気がつき順応して、のんちゃんと共に臨戦態勢をとった。数人の足音が乱れなく鳴り、扉の外で止まる。扉は開いているので、外の様子は見ることが出来た。伯爵の私兵達が隊列を組んで集まっていた。この混乱の中、一糸乱れずに。その様子は背筋が冷えるくらい不気味だ。私兵達の顔には一切の感情はなく、虚ろな視線がどこともいえぬ虚空をみている。
あきらかに精神傀儡状態の人達だ。
「こいつらがここに来たってことは……」
「やっぱ伯爵は、切り札的にお嬢様を使おうとしていたみたいね! さあ、ルーク出番だぞ!」
「それはいいが、シアはどうするんだ?」
「もちろん、可愛い天使とツン美少女お嬢様を連れて、結婚式場に乱入してくるわ!」
今の私は戦力外通告中である。ルークの後ろをうろうろしていても邪魔なので二人を連れて離脱するのが一番いい。私兵は王国騎士よりかなり格下であるし、精神傀儡で体のリミットを外されていたとしても今のルークの敵じゃない。
「ちょ、ちょっと! まだ私を連れて行くつもりなの!?」
「そうですよー」
「うっかり起爆したらどうするのよ!?」
「そうですね。実は私のオモシロ魔法の中に美少女限定の永遠回廊というものがありまして。すべての能力を封じたうえでずっと鑑賞できるというものが」
「なんなのその変態仕様の魔法!?」
「オモシロだよね」
「犯罪臭しかしないわよっ」
本当コレ、使いどころがなくてね。私用で使ったらマジで犯罪だからね。でも危険物をいれておくにはかなり有用。美少女限定だけど、今回の対象は申し分なし。ちなみに万人に使えちゃうと本当に犯罪の温床になりかねない魔法なので習得には許可がいる。聖教会の。私は、司教様に申請して通っているので問題ない。
司教様が呆れた様子で「捕まるなよ、面倒だから」などとのたまいやがりました。犯罪おかすの前提なの? そこは悪いことはするなよ、っていう注意じゃないの?
「安全性確保のためにきっかけだけ施しとくね。万が一の時に発動できるようにしとく」
「ぐぅ……もう、仕方がないわね」
ラミリス伯爵は飼い主、とツンと言い放っていた彼女だが、いいように使われるのは不本意らしく、逃げるを選択してくれた。塔の中にいたら、素直に伯爵に従ったのかもしれないが、私が無理やり連れ出していたのでそっちに傾いたのだろう。
まあ、確かに利用しようとしている伯爵のところに連れて行くのは危険ではあるが、本当のところは伯爵に聞くしかないし、この状況でリーゼロッテ嬢をどこかに逃がすこともできない。なら、私が拘束できるようにしておいた方がまだいいだろう。
「おねーさんたち! のんちゃんにつかまってください。とびます!」
のんちゃんのぷにぷにぼでぃをつかむとふわりと宙に浮かんだ。さすがに三人は支えるのが大変なようでジタバタしながらも、のんちゃんはがんばって空を飛んだ。城は混乱状態だし、地上をいくよりはるかに早く行ける。一応、狙撃は警戒しながらも聖堂まで直行した。
念の為に裏口らへんの茂みに降りたが、様子をみてみると数人の私兵が倒れていた。おそらくは、レオルド達が突入した後なのだろう。私達も裏口から潜入することにした。見張りは軒並み倒されている。外傷はほとんどなく、うまく昏倒させたようだ。
身をひそめながら慎重に聖堂の中へと進んで行くと、先からパイプオルガンの音が聞こえてくる。これは、聖教会の聖歌だろうか。そっと聖堂の大広間へと顔を出すと、綺麗な装飾品が並べられた豪勢な大広間の中が見える。パイプオルガンは自動なのか、弾いている人物はおらず勝手にメロディを奏でている。
結婚式ならば、定番のウエディング曲があるが聖歌なのは何か理由があるのだろうか。
赤い絨毯で敷かれた道に白いウエディングドレスを着たサラさんがいた。綺麗な人だと思っていたが、おめかししているとさらに女神様みたいだ。三十半ばのはずだが、まったく年を感じさせない。立ち姿が真っすぐで綺麗なのは、体幹が鍛えられているからだろう。彼女の身のこなしは少しみただけでも、訓練を受けているレベルだと分かる。手首をちらりと見れば、特殊な腕輪が二組見えた。一つは、サラさんの力を抑えるものらしいが、もう一つはなんだろう? 最初に会った時にはつけていなかったものだ。
参列者はおらず、祭壇には六十代ほどの男が待つ。身なりからしてあの男がラミリス伯爵だろう。サラさんの隣には三十代ほどの男がいる。こちらは立ち位置からしてダミアンと思われる。あとは警備の私兵が数名というなんとも寂しい結婚式だ。誓いをたてる女神像もなく、誓いを聞き届ける神父様もいない。
二人がラミリス伯爵と思われる男の元まで行くと、男は箱を取り出した。中身はこちらからは見えにくいが、指輪のように見える。エンゲージリングか? にしても、ちょっと嫌な感じが……。
乱入のタイミングを待ちながら、周囲に注意をしていたが、隣でふらりとなにかが傾いだ。
「ちょ、お嬢様大丈夫?」
「……気分が悪いわ」
私の肩に不本意そうに寄りかかるのはリーゼロッテ嬢だった。白い肌だが、さらに血の気が引いて青白くなっている。聖教会にまつわるものがスイッチの条件になっている可能性があるけど、今のところその兆候はなかった。彼女の中がなにか変われば術をかけている私が気づく。しかしそれはなく、彼女の体調だけが急降下している。
私は彼女の背中を優しく撫でた。今ここで寝かせるわけにもいかないので、落ち着かせる意味も込めて背を撫でる。いつもなら聖女の力もあって癒しの効果もあるが、今はそれはないだろうがやらないよりマシだろう。
リーゼロッテ嬢は、触れられて一瞬びくりと震えたが文句は言わなかった。言えないほど体調が悪くなっただけだろうけど。
≪----≫
?
なんだろう、今なにか聞こえたような……。
≪セイナ--ルミヤコ--ノ--シンリャクシャ≫
え?
≪ユルセナイ--ナゼ--ワタシノ--イバショヲ--ウバウノカ≫
一瞬で目の前の光景が変わった。
枯れたむき出しの大地、黒い灰に覆われた空、赤く焼ける地平線、つんざくような女の泣き声。
ここはどこ!?
あまりにも現実味のない光景だ。すぐに現実でないと分かる。なら、これはなんなのか。誰が見せている光景か。
いつの間にか、目の前に真っ白な髪をした女が立っていた。赤い瞳をしている。一瞬、セラさんに見えたが違う女性だった。見入るほど美しい容貌だが、背筋がぞっとするほどの恨みがましい目をこちらへ向けていた。
その赤い両目から、溢れるほどの涙が零れる。
≪オマエダケハ、ユルサナイ≫
≪ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ≫
頭の中をけたたましい恨みの言葉が繰り返される。
その対象は、たぶん私じゃない。
私と間違えている。どうして?
それに、この特徴的な姿。彼女はアルベナ?
≪アイスルモノモ、イトシキモノモ、スベテヲウバイサル--アクマメ!≫
いやーー! たんま! ストップ!
人違いです! イタズラしすぎて、司教様に吊るしあげられたときに、悪い子は悪魔になんぞーって脅されたけど、私は悪魔じゃない--はず!
少なくとも見ず知らずのこの人に恨まれる覚えはまったくございません。
必死に抵抗すると同時に、現実に戻った。不思議そうな顔をしたリーナとリーゼロッテ嬢がいる。私の手はリーゼロッテ嬢の背から離れていた。もしかしたら彼女に触れたことによって見た悪夢だったのだろうか?
でも、今のアルベナと思われる女性はいったい誰?
「あ、なんでもないわ。うん、なんでも」
白昼夢、にしてはめちゃくちゃ怖かった。
得体の知れない恐怖に呼吸が乱れるが、のんびりはしていられない。
「サラーー!」
ガラスの割れる派手な音と共に、レオルドの救出作戦がはじまった。