〇29 ハートを盗みに
「さて、では引きこもりのお嬢様を連れ出す作戦を開始します」
「え? 急に?」
サラさんがいるであろう聖堂とは反対方向に走りながらしゃべる。リーナは足が遅いのでルークがおんぶしている。のんちゃんは、器用にルークの頭の上にくっついていた。
「癒着が気になんのよ。レオルドの方はマペット君に必要機材運んでもらったし、我々はギリギリセーフで飛び込めばレオルドのステンドガラスぶち破りお邪魔しまーす、お嫁さんさらってさよーならが見れるから。急げ急げ、再放送はないぞルーク君!」
「……いや、別に見なくてもいいけど……。本当におっさんやんのかなソレ」
確信なんてないけど、意外とレオルドならやる気がする。毎日毎日、サラさんからの手紙をそわそわしながら待っていた姿を間近で見ていた身としては、本当に愛に溢れてるんだなぁと感じられた。私は、春で十九になった成人だけど恋愛とか深い崖の向こう側みたいなもんだし、親も知らない。身近なラブラブ夫婦は、雑貨屋のライラさん夫婦くらいだったけど、レオルドがサラさんを愛しているのははたから見ても明らかだ。
うーん、リーナをお子様だと言えないくらいそういう恋愛事は小説の中でしか知らんのよね。
デートといえば、ベルナール様の背筋も凍る説教メニューだしな……。あ、一回めちゃくちゃ甘やかされた回があったな。今でも謎だけど。でもあれは別に恋人同士のもんじゃないし、途中からルークがうろちょろしてたみたいだし、やっぱりわからん。ホントあの人、どういう気持ちで私に薔薇の花束とか贈ってきてるんだろうか。なんの前触れもなく、ギルドを花まみれにしないで欲しいんだけど。
その後、絶対に家に来る暇もないくせにわざわざ顔出して私の反応確かめてくるから、愉快犯だろうとは思うけどね。
そういや、一回クレーム入れに行ったらミレディアさんに笑顔で「隊長、友達いないからねぇ~」と返されたので、ちょっとは遊び相手になってあげようと思いました。(感想文風)
ベルナール様、超モテるけど友達という友達の存在を感じたことがない。毎日、毎時間、なにがしか仕事してるし、非番の日も司教様に扱き使われてるし、気がついたらルークを攫って稽古してるし、遊びに行かないんですか? って聞いたら、おめかしされて市中引き回しの刑みたいな目にあった。
ベルナール様、跡継ぎじゃないけど貴族で家を出ても男爵位は持っている。ラディス王国の貴族制で、跡継ぎ以外の子供が独立し家を出るともれなく男爵位(男爵家の場合は準男爵)という身分をいただける。位は国に返還して、一般市民にもなれるし、功績とお金があればもう一つ上の身分は買える。婚姻を利用してもっと高い位にも行ける。という制度だ。まあ、貴族が増え過ぎても困るので一定の功績と貴族税が払えないともれなく位剥奪だから素直に返還する人が多いみたい。ベルナール様は、兄であるクレメンテ子爵が結婚したら家を出て位を返還、騎士爵をいただく予定だそうだ。騎士爵は男爵位より下の貴族身分最下位で一代しか得られない位なので、なんかもったいない気もするが、男爵位を返還すると保証金がでるそうなのでどちらにせよ職もあるしお金にはまったく困らないだろう。
しかし謎に働き過ぎていて若干心配である。兄の嫁の世話してる場合じゃないだろう、あなたもう二十五歳でしょうが。まあ、十九歳の私も人のこと言えないけどね!
「しかし、どうやって塔の……えっと、リーゼロッテ嬢を救い出すんだ?」
「救う--はちょっと違うけどね。本人引きこもりたいみたいだったし。でもそれお姉さん許さない。あんな美少女が箱の中で一生過ごすなんて、世に損害しかもたらさない」
「あ、働かないやつは生きる資格ないとかそういうカチカチの理由じゃねぇーのな」
「別に、働けない理由は人それぞれだしね。無意味に働かない人は知らんけど、そこになにか理由があるなら援助はせんと。私、こうみえましても神官職--じゃないけどそれに近い称号を持ってますので」
「ああ……シア、肩書聖女という女神の過ちか」
「ルーク君、言いたいことは分かるが私だって傷つくハートはあるんだよ? それに世の中には、元大海賊、肩書司教様という女神の錯乱というのがあってだね--」
走りながらリーナをおんぶしている為に両手がふさがっているルークの頬をツンツンする。
「しかし、そう考えると世の中、不可能なことはないような気がしてくるな……」
「前向きだねぇ。お姉さん、そういうの大好きだよ」
「俺の方が年上だって」
「ルークが結婚したら、私が代表してお嫁さんにうちの息子をよろしくという役目をやってもよろしい?」
「ぜってぇ、嫌だ」
ものすごい渋い顔をされてしまった。なんでー、お嫁さんと仲良くしたいのにー。私、きっといい姑になるよ?
レオルドとサラさんのことから、流れがなぜかおかしい方向にいっている。聖堂やら再婚やらなんやらで今まで話題にでないようなことがでたからか、各々の考えが噴出している。ギルド一、女子なリーナもそういう話題は大好きなわけで。
「りーながおよめさんのときは、ふたりにおねがいしてもいーです?」
「「ダメ! まだ早い!」」
素早いギルドの兄妹(ルークと私)が仲良くハモる。
「リーナ、いいですか。好きな人ができたらまっさきにお姉さんに報告です。そいつを十分に調べ書類審査を通ったら五つの試練をクリアし、私を倒せたら許すから」
「シアの試練を越えたら最終で俺が決闘するからな。勝つまで相手してやるよ」
「みゅぅ……りーな、いまとてもききをおぼえているです……」
「りーなちゃんがけっこんできないぴんちですのー!」
二人がぷるぷる震えているが、私とルークの鬼の形相が止まらない。リーナがお嫁にいくなんて考えられませんね。いや、その時が来たら送り出すけど、めちゃくちゃ旦那さん突きそうだわ私。いい姑になるんだろう私!
リーナのことで精神が高ぶりながらも塔の前までたどり着いた。精神傀儡の見張りもいない。結局、精神傀儡を操り、あちこちに魔導の仕掛けを施した相手は分かっていない。なんとなくメリルさんなんじゃないかとは思ってるけど。彼女こそが一番呪いに近く、この件の核心にいるような気がするのだ。
彼女のことを知った時、邪神教なる集団のこともあったし--すごーく嫌な予感はしている。一番の知識人であるレオルドとまだきっちりと話し合っていないので知らないことも多いから、穴あきだらけだけどヤバそうなのは確かだ。
それに今、私って聖魔法使えないし、マイナー魔法はかなりトリッキーな使い方しかできないからなぁ。戦力だけでいったら、今はリーナの方が上なくらいだ。
「それで作戦だけど、のんちゃんの飛行モードで私を最上階の窓まで運んでくれないかな?」
「いいですけど、このとう、おくじょうなさそうです?」
「いいのいいの、窓までいければ。リーナとルークは悪いけど階段ダッシュで駆けあがってちょうだい。ルーク、日頃の鍛錬の成果をみせなさい」
「まあ、階段千段駆け上がりなんて騎士団での合同訓練で何回かクリアしてるから、大丈夫だが」
「階段千段とかやべぇな騎士団」
「第一部隊と一緒した時は、うさぎ跳びでやらされたぞ。ベルナール様がめちゃ笑顔で鬼みたいだった。でもさすがに精鋭だけあって騎士隊員全員楽しそうだったけどな」
第一部隊はマゾしかいないのかな。ギルドのある地区を担当してくれてるの実はベルナール様の部下さん達なんだけど、なぜか女装してたり、肉壁になってたりと仕事内容が不明なことしてるんだよ。すごく気のいい人達で、凄腕なのは確かだけど変人が多い印象。隊長がアレだと部下もアレだということなのか。
「のんちゃん、ばたふらいもーど!」
「あいあいー!」
ぱっくんちょと魔石を食べてのんちゃんの背に羽がはえる。のんちゃんに背中を吸着してもらい、ふわりと宙に浮いた。
「ごめんね、のんちゃん。リーナよりかなり重いけど大丈夫?」
「だいじょうぶですの~。るーくにいちゃんよりひゃくばいかるいの~」
ルークとリーナを同時に運んでいた時はかなり苦しそうだったが、私一人分なら平気なようで安心。可愛い羽根をパタパタと動かして、私はひょいっと塔の最上階の窓に辿り着いた。窓は中が見えない色つきのすりガラスで、ステンドグラスみたいに綺麗なデザインだ。ちょっとコツコツと拳で感触を確かめてみる。なかなか堅そうだが、割れないほどではなさそうだ。細い窓だが、私の体型ならいける。
--ここでまな板を想像した人は、生魚の刑ですよっと。
「しあねーちゃん、ここからどうするですの?」
「一度ね~、やってみたかったのよね~」
「?」
マイナーかつ使いどころはどこなのかわからない魔法の呪文を唱える。唱え終えれば私の体はまばゆい光に包まれた。
「まぶしいですのー」
「のんちゃん、このまま離して!」
「だいじょうぶですの!?」
「ええ、行くわよ!」
合図と共にのんちゃんの吸着力がなくなり、私は宙に浮く。落下の勢いと風の力で窓ガラスを蹴破った。
ガシャーン!
盛大な破壊音が鳴り響き、ガラスの破片が散る中を私はひらりと部屋の中に着地した。私が纏うのは物語の中でしか語られないような派手な赤い紳士服。ふわふわのファーがついたマントが揺れる。顔には容姿を隠せていないスケスケの目の部分しか覆われていない仮面がつけてあった。
名付けて、『怪盗紳士ごっこ』。記憶させた衣装をユニークスキルと一緒に再現する魔法なのだが、構造がかなり難しく製作者が設定したこの一項目『怪盗紳士』しか設定できないという不良魔法でもある。アギ君レベルだったら新しい項目の設定もできそうだが、使いどころが難しく他の研究より優先するものかといったらそうじゃないので、こんな残念な結果になっている。怪盗紳士のユニークスキルはただ一つ、屋内への侵入における窓ぶちやぶりにおいて、怪我をしない。以上!
「……なんなの?」
「私は謎の怪盗紳士。引きこもりのお宝、美しいご令嬢のハートをげっちゅ--」
「シア! どうした!? すごい音したぞ!?」
「……」
ルークの到着が早いよ!
変な無言の空気が漂った。
「……で、謎の怪盗紳士シアさんが私になんの用?」
「ハートを盗みに」
「その小芝居はいいわ。盗めるハートもないもの、残念ね」
私は変身を解いた。なんかもう予想した通り、取りつく島もない。ツン美少女。デレのスイッチはどこだろう。選択肢ミスったら詰むやつだコレ。
*ここにいても意味はない。あなたは外にでるべき。外は怖くないよ。
→*私と一緒に逃避行しないかレディ。
「嫌よ」
*大丈夫、私は聖女なの。聖教会なら相談もできる。
→*美少女のスマイル一つください。
「私の笑顔はタダじゃないの」
*あなたを悩ませる怪物も聖女ならなんとかできる可能性があるのよ。
→*美少女の膝枕って素晴らしいよね
「知りません」
おっかしいなー、好感度がまったく上がった気がしないなぁ。
「シア、お前ゲームクリアできないタイプだな」
「え? なに? ルークが美少女口説き落としてくれんの?」
「無理だ。女子と話すの苦手なんだよ俺」
「え? 私は?」
「……え?」
え? じゃねぇーわ。初対面からそんな話しづらそうにはしてなかったじゃん!
「--ふっ」
「おや?」
私とルークのやりとりがツボに入ったのか、リーゼロッテ嬢が両手で顔を覆って小刻みに震えていらっしゃる。
「美少女のスマイルを手に入れた!」
「そ、そんなつもりじゃ--」
指摘するとリーゼロッテ嬢は、わたわたと慌てだした。若干照れているのか白い肌の頬が赤い。可愛い。美少女。
「ルーク、リーナ! 入場!」
牢の鉄棒を叩いて、入ってこい命令。
「ちょっと、勝手に入室許可を出さないで! そもそもこの牢には一応鍵が--」
「かかってるな。頑丈そうだし、ピッキングは無理か。二人とも下がってろ」
ルークが剣を構え、振るうとすぱっと綺麗に鉄棒が切れてルークでも入れる穴が開く。
「わー、おにーさんすごいです!」
「老師達に鍛えられてるからな」
剣を鞘に納める姿も様になっている。
「リーゼロッテお嬢様、さあ私達と一緒に外にでましょうか!」
お嬢様は手ごわい引きこもり。それは重々承知。でもさっきの一件で私は閃いた。
私達なら、できる。
~~~十五分後~~~
「ひぃっ、ふぅっ--くっ」
リーゼロッテ嬢の呼吸があやしい。でもやめない。
「そういやルーク、あなたあの後、どこ行ってたのよ」
「どこってベルナール様に連行されて屋敷に。なんか言われんのかと思ったら、新しい鞘くれてさ。ご褒美とか言われたんだ」
「で、なんでそのとき私は身元引受人として強制呼び出しされなきゃならんの?」
「いや、だってあんな高そうな鞘もらってそのまま帰れるか? お茶だされて一人で震えてイケメン二人とおしゃべりとか無理無理。俺のコミュ力の低さをなめるな」
「私だってあんな顔面王国トップファイブ兄弟に挟まれて生きていられるほどタフじゃないっての!」
「ひぃあはははっ! も、もうダメっ! 無理ぃっ!」
私達は、普段の会話を繰り広げているだけである。しかし、お嬢様には未知の体験なのか、それとも元々彼女が笑い上戸の部分があったのか、そこは付き合いが浅すぎてわからない。
だが。
「ぎんのおねーさん、たのしいです?」
「げほっ! 呼吸、呼吸させてお願いっ! あははははははっ」
塔の美しき化け物、リーゼロッテ・ベフォルマ。私達の普段の会話ショーにより、無事陥落。
しばらくの休憩後、呼吸を取り戻したリーゼロッテ嬢はむすっとした顔をした。
「もう、もう--なんなのよ。変な話ばかりするし、あなたよくみたらあのときの変なメイド……。それにそこの二人も私が怖くないのかしら?」
そういえば、二人ともアギ君みたいに怖がっていない。彼女は見る人にトラウマ級の姿を見せる--らしいのだが。
「いや? すごい美少女だと思うぞ」
「ぎんいろきらきらです」
二人にはトラウマ的なものがないのか。それとも純粋盾が発動しているのか。原因はわからないが、二人に怖がられないことでリーゼロッテ嬢は少しほっとした表情をしていた。




