〇27 誰かが悲劇にみまわれた
「上手くいって良かったですねぇ」
「そうだな」
ベルナールとミレディアはこっそりと部屋を出た。
レオルド達が騒ぎを起こす少し前、最終的なあがきの為に二人はとある人の元を訪れていた。本来ならばすぐに面会したい相手だったが、ラミリス伯爵の警戒が強く、こんなギリギリのタイミングになってしまった。だが、リスクを冒しただけの成果は得られた。
「そもそも少し考えてみても、おかしかったんですよねぇ。ラミリス伯爵は顔を見せるのに、他の親族の姿がみえないなんて」
二人はアルフォンテ伯爵家の人間としてここを訪れている。伯爵が対応するのは分かるが、夫人が出てこないのはおかしなことだった。もちろん二人ともそのことについてはすぐに疑問に思い、伯爵に尋ねたがはぐらかされたままだ。サラとの面会の方が楽だったくらいで、伯爵家の人間と伯爵以外に会えないなどあからさまにおかしかった。
「まさかダミアンにも会えないとは思わなかったからな……」
話題の中心人物でもあるラミリス伯爵の跡取り息子であるダミアン。一度は面会して、どういうつもりなのか話を聞こうと思っていたのだが、それすら叶わなかったのだ。ダミアンの妻と息子の姿もない。もしかしたらダミアンの妻とは話次第では協力を得られるかもしれないと思っていたが完全に当てが外れた結果になってしまった。
「サラさんのところには時々、訪れていたみたいですから城にはいると思うんですけどねぇ」
「少し調べただけでも、この城はとんだカラクリ屋敷だったからな」
壁が裏返って隠し通路とか、異世界の忍者の住まいみたいだ。
二人は暗い廊下を注意しながら進む。
時々、警備の人間の巡回はあったがおそらく精神傀儡だ。単純な隠形でもかわせる。ただ人数が多いので面倒だ。
二人が訪ねていたのはラミリス夫人が隠されていた部屋だった。二人の地道な情報収集が実を結んで夫人の居場所を確認できたのだ。思った通り、夫人は理不尽な軟禁に戸惑っており夫の行動にも不信感があるようで、彼女は身分を明かした二人に真相を解明して欲しいと鍵を託してくれた。
この鍵は地下の隠し通路に通じる鍵で、本来は城からの脱出に使われるものだが伯爵は頻繁にその地下に潜っているのだという。調べる価値はあるだろう。
しかし、そこに通じる通路を調べたがやはり警戒が強い。ミレディアが気がついたが、魔導式の罠がいくつも仕掛けられているようだった。そこで近々騒ぎを起こすであろうシア達を待つことにした。
そして数日後。
「……隊長、そろそろシアちゃん達--シアちゃんが主に暴れそうですけど体調の方は?」
「大丈夫だ。ぐっすり眠れたからな」
「ほぼほぼ気絶だったと思いますけど……」
「大丈夫だ。夢の中でシアのイタズラに対して反撃できる余裕ができている」
「大丈夫の基準がおかしぃ」
ミレディアは呆れつつも、幼馴染らしさが帰ってきつつあるのに安堵した。だが、不安がある。だって、彼は大丈夫と言いつつも頭を抱えているからだ。
「体調が原因じゃなければ、なんでさっきから頭抱えてるんですぅ?」
「いや……少々精神的に追い詰められていたとはいえ……今考えればトチ狂った手紙を出したな、と」
「あー、シアちゃんにイタズラし放題許可を出したことですねぇ。楽しいことになりそうでワクテカですよぉ」
「頭が痛い。今から胃も痛い」
「ちょっとぉ、ランディ君いないんですから胃に穴開けないでくださいよぉ」
「分かってる。俺も少し広い心を持とうと思う。空と海を思い出して度量を広げる」
「そうそう。隊長はちょっと(どころじゃなく)シアちゃんに対してママみたいに過保護なんですからぁ。毒親は嫌われますよぉ」
などと雑談してはいるが、すでに城は騒ぎが起こっている。あちこちから火の手があがり、侵入者の姿が目撃されていた。しかし火事は制御されているし、侵入者の特徴を聞く限りレオルド達らしい。その騒ぎに乗じて夫人から借りた鍵を使う為に移動していた。その間にも騒ぎは大きくなる。
「し、シアちゃんがいっぱいなんですけどぉ!?」
「なんか仕掛けといたんだろう。シアがなにもせずに帰るとは一ミリも思わない」
「さすがですねぇ。でもこれじゃ本物が混じってても分かんないですねぇ」
「そうか? なにひとつ同じ部分がないのに間違えようがないと思うが」
「顔……あー、ベル君には関係ないかぁ……」
入り組んだ城の中の一室、暖炉の奥に仕掛けられた隠し扉を探し当てる--ベルナールが。
「おい、自分で探そうとは思わないのか」
「だってぇ、暖炉の中とか炭だらけで汚れちゃうじゃないですかぁ」
「部下だろお前……別にいいが」
炭だらけになっても美しさを損なわないベルナールが、的確な場所を蹴ると穴が開いた。その奥に鍵の差し込み口がある。夫人から借りた鍵を使うとぴったり合う。そこから隠し地下通路へと降りた。夫人からは途中までの経路も教えてもらっているので他に隠し扉がないかどうかを注意深く探しながらも奥へと進んで行った。目論見通り、夫人も知らない隠し部屋を見つけることができた。扉の鍵は、申し訳ないがベルナールが力技でぶっ壊した。鍵開けスキルでは開けられないような仕組みだった為にこうなった。
部屋の中は色んな品で埋め尽くされ、倉庫のような装いだがそれらはカモフラージュだろう。品物に隠れた場所に、金庫を見つけることができた。
「開けられそうです?」
「まあ、なんとか……?」
「隊長?」
「いや、伯爵にしては鍵が簡単なような……」
警戒しつつも金庫の扉を開けると……。
ビチビチビチ。
「……ビチビチしてますねぇ」
「……ビチビチしてるな」
新鮮そうな生魚が金庫の中にみっちりとビチビチしていた。
しばらく唖然とその光景を眺めて、二人は同時に思い至った。
「これってたぶん絶対シアちゃ--ぎゃああああああ!」
ミレディアのミラクルボディの骨が軋んだ。ベルナールが無言で技をかけてきた。
「落ち着いてぇー! 色々苦労の果てに手に入れた鍵が無駄になったのは残念ですけどぉー!」
「落ち着いている。ああ、落ち着いているとも」
「ほら! 広い広い空と海を思いだしてぇーー!」
「俺に広い心は無理だったな」
「諦めが早いよぉー!」
理不尽な技をかけられながら、ミレディアはかすかに届いた声に気づいた。
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「はっ!」
私はなにかを感じて背後を振り返った。しかし、誰もいない。
「おねーさん、どーしたです?」
「んー、なにか聞こえたような……私のせいで誰かが悲劇にみまわれたような感じが……」
気のせいかな。
「シアのせいで誰かがとんでもない目にあうとか日常茶飯事だろ」
「そうだねー?」
「いたっ!? 痛い痛い!」
ごくごく当たり前みたいに言いやがるルークの足を踏んだ。
けど今、私は少々機嫌がいい。なにせ適当に掘った地下でいいものを見つけたからだ。
「ま、収穫はあったわ」
「そうだな。それがあればレオルドの借金はどうにかなりそうなだろ?」
そう。ラミリス伯爵の姑息な金稼ぎの汚いことが書かれた書類が見つかったのだ。裏組織に繋がる証拠もあるし、これでレオルドの借金問題はなんとかなりそうだ。今回のことでうちが脅されそうになってもコレがあれば立ち回りようがある。ただし、金で握り潰せる程度の悪事だ。裏組織の件も情報さえ提供すれば牢屋にぶち込まれることもない。
これ、本当今まで気にもしてなかったけどラディス王国で一番といってもいいほどの問題点だろう。貴族の権力が高すぎる。悲劇はいつでも貴族からはじまるという言葉があるくらいだ。王様も相当苦労されているんだろうな。
眠りの流行り病との関係性がはっきりすれば、大陸全土を掌握する聖教会の元で等しく裁くことができるのだが……。残念ながら、伯爵の今までの姑息な悪事しか証明できるものがなかった。それでもうちにとっては必要なものなんだけども。
「それじゃ、早くおっさん達かベルナール様達と合流を目指した方がいいよな?」
「そうね。こんな時だけど伯爵側は結婚式を強行するつもりみたいだし」
そんなことしてる場合じゃないと思うけど、なぜか伯爵はダミアンとサラさんの結婚を成し遂げようとしている。それになんの意味があるのか。そういえば、アレハンドル村は呪いの森のすぐ傍だ。そして伯爵は色々と難癖をつけて村を包囲したり圧力をかけたりして、村を操ろうとしている感じだった。
なんか目的があったのか?
「とりあえず結婚式に乱入して花嫁さんと手と手をとりあって逃走する青いやつをレオルドにやらせるまで私は帰らないわよ!」
「そんな事態はどうかと思うが、サラさんはおっさんの嫁さんだからな。今回は協力するぞ」
「りーな、しってます! すてんどがらすをけりやぶって、さっそうとおよめさんのおひめさまをきしさまがさらってしあわせなのです!」
リーナ、それは君が最近はまってる恋愛小説のやつかね?
アギ君がげっそりとした顔で、話をほとんど覚えてしまったと言っていたぞ。今やリーナはルークより本が読めるからなぁ。そして恋愛ものが大好物だ。女の子だねぇ。
さあて、じゃあレオルドにステンドガラスぶち破ってもらうための準備を進めようじゃないか。