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〇25 アレに勝てるのは、もはや魔王しかいない

「さて、さっそく作戦行動を開始する為に、まず村の安全を確保するアギ君の魔道具を設置しに来たわけだけど……これはなに?」

「見りゃわかんだろ、女神像だ」


 当たり前のようにルークが答えた。

 それは分かる。王都の大聖堂のものと違うけどおおむねラメラスの女神を象ったものだと分かるデザインだ。すごく彫りが綺麗で石を切り出したのとは違う、木の味がでている素晴らしい木彫りの女神像だった。

 しかし、私が今言いたいことはこの女神像のすばらしさではない。


「三日前、私が拘束される前にはなかったわよね?」

「なかったね」


 アギ君がなにやら空間魔法で取り出した、両手で抱えるほどの大きめな装置を組み立てながら答える。


「いつの間にできたの!? こんな立派な女神像! 納入されたの!? こんな時に村長が!?」


 アレハンドル村は裕福な村じゃないが、村長は他の町などにも伝手のあるやり手の村長らしい。なのでサラさんが連れ去られる前までは、そこそこ余裕があって村の人達と助け合いながら村の生活向上に努める良村長と評判だ。

 ここには教会らしい教会もない。時折、巡回の神父が立ち寄って子供達に勉強を教えることがあるそうだが、そこは小さな倉庫をその時だけ改装して使うそうなので用意の必要もないのだ。といってもラディス王国民である以上、一定の女神信仰はしていると思うので村長が村の為にラメラスの女神像を発注してもおかしくはない。おかしくはないけど、この女神像三日の間で現れたのだ。しかも目立つ広場の真ん中。気づかないはずがない。

 考えられるのは、ずっと前に村長が女神像を発注していて、このタイミングで納入されたか。しかしそれだと疑問が残る。今、この村は伯爵の私兵達……ヴェルスが率いる兵と人形で包囲されているのだ。外からこの村に女神像を持ってくるのは難しい状況なのである。


「村長じゃねぇよ。俺が勝手に作ったんだ」

「作った!?」


 ルークがアギ君の魔道具の組み立てを手伝おうとして一部を損壊し怒られながら答える。


「こんな状況だろ? 村の連中すごい不安だろうなって……でも俺って治療ができるわけじゃないし、ソラさんみたいに演奏とかで癒せないし、頭悪くていい案も思いつかなくて。そしたら、廃材が積み上がってんの見て、あぁアレならできっかなって」

「それで女神像を彫刻したの!? 三日で!?」

「正確には計画とデザインで一日使ったから一日半で作った」


 ルークがアギ君に戦力外通告を出されて、トボトボと撤退しつつ答える。


「いやぁ、ルーク殿にこのような才能があったとは。失礼ながら見た目からはまったくわかりませんなぁ」


 村の様子を見て回っていた村長が、しみじみと言った。

 ……確かに、ルークは手先が器用でギルドの古くなっていた家具なんかも補修修繕したり、新しく廃材から作ったりと、ギルドの仕事の裏でコツコツとやる大工仕事には定評がある。ちなみに間違ってもレオルド単独に任せてはいけない。はりきって全力でペンキをぶちまけてくれる。

 絵も--まあまあ上手いし? センスは私の方が上だけどね。


 アギ君の仕事の横で女神像を眺めていると、村の人達が女神像に祈りを捧げていくのが見えるし一定の効果と需要はありそうだ。


「でも、ヴェルスがなんか言わなかったの? 一応見張られてるでしょここ。アギ君の仕事もスピード勝負中なのよ?」


 アギ君が横で大人が使い物にならないと憤慨している。リーナは即戦力らしく、アギ君に怒られずに手伝えていた。アギ君のわけわからん指示を正確に把握するリーナの頭の良さが光る。リーナはアギ君のところに勉強に行っているし、魔法オタクの彼のことだから一般的な教養以外の魔法系雑談もしてるんだろう。私も魔導士ではあるが、魔道具関連知識は疎いからなぁ。専門用語で話されても困る。

 一番の戦力であるはずのレオルドは別行動ですぐに分かれて作戦を開始できるようにしている。


「ヴェルスには見つかったぜ。でも女神像褒めたたえて戻ってった」

「……そんなバカな」


 いやぁ……確かにすごい女神像だけどね。しっかり時間かけて作り込んだらきっと大聖堂のものに匹敵するんじゃないかという神秘さや神々しさまである。

 兄ちゃんは剣士じゃなくて職人になった方がいいんじゃ--。

 アギ君がそう言おうとしていると察した私は、アギ君に魚を降らせた。


「なまぐさっ!」


 秘儀、『親方! 空から生魚が!』の魔法。

 異世界人考案のびっくり魔法である。その効果はひとつ、生臭い。


 私だって薄々気づいている。細かい才能をみたことはないが、明らかに職人になれる才能が高い。最高ランクである可能性すらある。でも待って、それは魔王倒して平和になってからにして。わりとルークいないと詰むから!


「完成した」

「さすがアギ君仕事が早い!」


 私とルークが女神像でがちゃがちゃしている間に、アギ君は仕事を終わらせた。だが、口が不機嫌そうに尖っている。そして生臭い。


「えらく性格の悪い聖女様に変な妨害されなかったら、もっと早かったよ?」

「いやだぁ、どこの性格の悪い聖女様だろー」


 アギ君に生魚をぶつけられた。


「いい、起動は一瞬だけどそっからは作戦は迅速行われないとダメだ。俺がこれを今まで村に使えなかったのは、この装置を起動させると範囲内にいる人間が外に出られなくなる。強力な結界だけど不自由になるんだ。先にレオおじさん達を出発させて、起動と同時に俺は空間転移でおじさん達と合流する。姉ちゃん達はできるだけ閉鎖される前に村を出て」

「了解、超短距離ならギリギリ三人転移可能かな」


 術の完成に時間がそこそこかかるので、私の準備ができたらアギ君が装置を起動させることになった。転移魔法は私には難しいので、全神経を集中して魔法を練り上げはじめたのだが……。


「!? 全員伏せて!」


 背筋がぞわりとするほどの異様な感覚が襲って、無意識に私はそう叫んでいた。反応の早いルークがアギ君とリーナをかばって地面に伏せる。私も同時に伏せた。

 それと同時に空から雷が放たれ、まぶしい光と轟音が襲う。

 近くにいた村人達の悲鳴が聞こえた。

 雷は一回だけだったようで、おそるおそる顔をあげれば……。


「なんで……女神像が……」


 ルークが一日半で作り上げた、見事な木彫りの女神像--その顔、首部分だけが破壊され、バラバラになった炭の木くずがあたりに散っていた。

 首無し女神になってしまった像に、顔をあげた人々は顔を真っ青にして座り込んでしまった。偶然にしては出来過ぎている。あの瞬間に感じた悪寒はなんだったのか。

 空を見れば、綺麗に晴れ、雷が降ってくるような天候でもない。

 ……明確な悪意が感じられた。正確に、女神の首を狙っていたのだ。


「まさか……あの話は本当だったのか……?」


 愕然とする村長が零した呟きを私は聞き逃さなかった。


「村長、あの話って?」

「う、うむ……。村に教会がないのは知っているな?」

「ええ……」


 単にお金の余裕がなくて建てられていないのだとばかり思ってたけど。


「どんなに金のない集落でも、女神を祀る祠くらいはあるものだ。ラディス王国は敬虔なラメラスの女神を信仰する土地だからね。だからこの村にも小さな祠くらいあってもいいものだ。私も不思議に思って前の村長である父に聞いたことがあるのだが……」


 村長の話を要約すると、どうも先代も先々代も、その前の世代の村長も一度は女神を祀るなにかを作ろうとしたらしい。しかしなぜか、建設途中で事故があったり、完成しても天災で失われたりしたそうだ。あまりにも頻繁に起こるので、不吉に思いこのあたりでは女神信仰はあってもそれを象徴するものがないのだそう。


「実は領主城のある地方都市アメルへスタにも女神像がないんだよ」

「それは知らなかった……」


 地方都市なのでそれなりの規模の街になる。当然、教会もあるはずだ。教会の鐘の音は領主城にいた時に聞いているので確かだろう。なのに女神像がないのか。


「だから言っただろう。この土地ははるか昔から呪われていると」


 ぽろろーんとのんびりとリュートを鳴らしながら歩いてきたのは、ソラさんだった。なんだかすごく面倒くさそうな顔をしている。


「ソラさん? 北北東に呼ばれたのでは?」

「途中でキャンセルになってしまったよ、まな板ちゃん」


 べろんべろんとソラさんにしては適当過ぎる弾き方で壊れた女神像を観察しはじめた。その間に、ふと思い出してルークに聞いてみる。


「そういえば、私達についてた監視ってどうなったの?」

「ああ、そういやそうだった。いつの間にかいなくなってたな……」


 それはソラさんがなんかやったんだろうか。色々謎の人ではあるからなぁ。


「まな板ちゃん、この土地の呪いを少しでも緩和させたいかな?」

「まな板ではありませんが、方法があるのであれば」

「方法は一つ、これはまな板ちゃんにしかできないとっておきだ」

「まな板ではありませんが、協力は惜しみませんよ。まな板ではありませんが」

「そこ繰り返す必要あったか?」


 何回言っても聞かないんだから、私の気のすむまで繰り返したっていいじゃないか。


「呪いと言うのは概念であり、思念であり、記憶である。その者になにか一つでも暗く淀むものがあれば、強く作用し狂気に陥れる。それはずるずると精神を蝕み、本人が気づかぬうちに取り返しがつかなくなるものだ」


 それは怖い。

 でもあれ? 私って実はけっこうハードな過去持ちだし、暗く淀むものがないわけじゃないのに影響がないような?


「まな板ちゃん、言ったでしょう本人は気づかないって。いつの間にか狂気はその身に沁みついて不定に陥るんだよ。定まらない狂気は、どの部分でその者を狂気に変えているか分からない。一緒に暮らす家族ですら見過ごされる。しかしその者の中で確実に狂気は器を破壊している。気がつくのだとしたら、誰にでもわかるほどイカレタ後だ」


 それはとんでもなく怖い。そういえばヴェルス君も似たようなことを言っていた。やはりあの時出会った彼はこの土地に根付く呪いについて確信までいっていたのではないだろうか。

 私も気づいてないだけなのだろうか? どこかで狂っているのだろうか?

 張りぼての見栄?

 聖女らしからぬ言動?

 イタズラ衝動?


 --やべぇ、心当たりが多すぎてどれだか分からないパターン!


「まな板ちゃんは、どれだと思う?」

「心の中を読まないでください! まな板ちゃんじゃないです。そして一番今なにが怖いかって、まともにソラさんと会話していることです!」


 いつも会話にならないのに。


「そうだね、それはとても怖いことだよ。僕がまともな時にまともにことが進んだことがない」

「嫌な予言しないでください」

「大丈夫、だからこその打開策。まな板ちゃんには必殺技があるといったでしょう?」

「まな板ちゃんじゃありませんが、なんです? まな板ちゃんじゃないですけど、浄化の力なら今なぜか使えなくなってるんで無理です」


 ふむ、とソラさんがじっと私を--正確にはちょっと後ろを見てから。


「まあ、さすがというか。良かったね、気の利く人で」

「はい?」

「そもそもまな板ちゃんが無事にこの土地に来れたのは、その人のおかげだし、その人がいなければとっくの昔にそこの女神像と同じ運命だったよ」

「まさか……」

「あとはそうだね。まな板ちゃんが、まったく聖女様じゃないから呪いの効果が薄いってのもあるね」

「え? それはどういう……」

「そもそもまな板ちゃん、聖女様っぽくないという尖った特徴があるじゃないか。呪いの方がスルーするんだよ。気がつかないんだよ。感知しないんだよ」

「なるほど」


 納得だわ。


「納得するんか……」


 ルーク以下、その場の人達が密かに突っ込みいれてくる。


「幸か不幸か、なんらかの意図あってのことかまでは知らないけどね。今代の勇者--元勇者と聖女様が特殊な例なのは確かなんだよね」

「引っ掛かりは若干ありますけど、時間ないんでもうちょっと巻きでお願いします」

「じゃあ、まな板ちゃん--彫刻ってできる?」


 詳しく話を聞いて、私は目を輝かせ----ルーク達が一斉に青ざめた。






 *************



「もうなぁ……言うまでもないんだが、あえて言いたい。アレに勝てるのは、もはや魔王しかいない」

「同感」

「みゅーこわいですぅ」

「のー……」


 私は実力を出し切った。一時間という短い制限の中、私はすべてを出し切ったのだ。ソラさんがなにかしたのかはわからないが、作業の間ヴェルスに見つかることなく私は仕事を終えた。


「ふぅー、さすが私。ハイセンスなでき!」


 きらりと光る汗が散る。

 彫刻はほとんどやったことがなかったが、自分の中に眠る才能が怖い。学校に入れていたら、絶対美術は五段階評価の五だったに違いない。やや私のセンスに時代が追い付いていない感は否めないが、見る人が見れば稼げるほどの価値があると思う。


「いやーさすがまな板ちゃん。理想通りのすばらしいできだよ!」

「ふふふ! もっと褒めてください。まな板ちゃんじゃありませんが、美術に関しては誉め言葉に飢えてるんで」

「うんうん、褒めちぎってあげよう。理想の邪神像作ってくれてありがとうね!」

「--え? なに言ってるんです? 私が作ったのはラメラスの女神--」

「さあ、皆! 問題は解決した。さくっと伯爵締め上げてきてね!」


 あれぇ?

 ソラさんからの依頼は、雷で失われた女神の頭部を作り直すことだった。ルークじゃなくて、この私への直々の依頼だ。気合を入れて作った。誰もがうっとりとするほどのオーラを放つ女神の頭部ができたはずなのに。

 どこが邪神だ、どこが。


「とんでもなく禍々しいオーラを感じるな。リーナじゃなくても」


 ルークが数歩、像から離れる。


「これはこれで別の呪いにかかりそうなんだけど」


 アギ君がぷるぷる子猫のように震えるリーナとのんをまとめて一緒に後ろに下がった。


「皆! 逆の発想だよ。むしろ、この魔王にしか倒せなさそうな邪神像は他の魔を寄せ付けない! つまり魔除け! 一時間で魔除け効果のあるものを作るなんて、さすが聖女様だね」


 褒められている気がしないのはなんでだろう。


「姉ちゃん、時間かかり過ぎてる。もう作戦はじめてもいい?」

「そうね。私のハイセンス女神様がこのあたりの土地の呪いを緩和してくれるらしいし!」


 ね! と不安そうな顔の村長達に笑顔を向けると。


「る、ルーク殿! 少しでいいので手直しを!」

「すまない、村長。そうしたいのは山々だが、時間がない。もう、アレを魔除けと信じるしか俺達にできることはないかと。あと正直なところアレに手を加えるのが怖い。呪われる。手遅れ」


 おい、なんでその最後の綱みたいにルークにすがるんですか。そしてルークの珍しいよどみのない罵倒。

 私のハイセンスな女神像に文句があるのか!

 色々と言いたいことはあったが、アギ君が装置を起動させ、移動したことで私達も転移した。私の負担緩和の為、ソラさんが転移させてくれた。

 そして案の定、ソラさんはこの作戦に参加する気はないようで、転移先に彼の姿はない。


「まったく、あの人はふらっとなにしてるんだか……」


 しかし考えるだけ無駄な人でもある。頭を切り替えよう。


「……ちょっと心配も増えたしなぁ」

「心配?」


 ルークが、隣で最終チェックをしながら首を傾げた。


「ソラさんの話、実は一番引っ掛かったのってベルナール様のことなのよ」

「なんでだ? あの人、呪いにかかる部分ないように見えるが」

「見た目だけね。初対面の時から思ってたけど、ベルナール様って私以上に外面作るの上手いのよ。今は前ほどじゃないように思うけど……あの手紙、ソラさんからの話を聞いた後だと不安しかないのよね……」


 --その者になにか一つでも暗く淀むものがあれば、強く作用し狂気に陥れる。それはずるずると精神を蝕み、本人が気づかぬうちに取り返しがつかなくなるものだ。

 そしてその狂気に本人は気づけない。



 っぽくない。とは思った。でもそれは、状況が状況だからだと思った。

 でも万が一、そうではない要素が少しでもあったとしたら?


「……いや、たぶん大丈夫。ミレディアさんもいるし……こっちが警戒しなきゃいけないのはむしろヴェルスさんと呪いに確実にかかってるだろうラミリス伯爵家だ」


 私は少なくなってしまった魔力を使い、攪乱作戦の為の魔法を展開する。


「んじゃ、はじめるわよ! 気がそがれたけどこっからが私の本領発揮なんだから」




みんなの絵のうまさ設定。


ルーク→美術5 本当に美術っぽい絵を描く。素人にしてはすごく上手い。

リーナ→美術2 典型的な子供の絵という感じ。伸びしろはある。将来に期待。

レオルド→美術3 そこそこ。絵をあまり描かない一般人レベル。なにを描こうとしたか分かるレベル。


シア→美術-100 未知の生命体製造機。見た者に宇宙的恐怖同等のSANチェックを求められる。1D100のSANチェックお願いします。

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[一言] ま、まあ、鬼瓦とかあるからね。どんまいシアさん。 そしてまな板ちゃんの生魚魔法よ…
2020/04/14 20:43 退会済み
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