書籍版二巻&コミカライズ決定記念特別ストーリー*エリー姫、コ〇ケに行く
本日、書籍版二巻発売! そしてコミカライズ決定ということで記念の特別ストーリーです。今回はコミカライズにちなんでヲタクのエリー姫様がメイン。王家の人達はまだあまり出ていないので、書くのが楽しい。
*注意! エリー姫様は地雷の少ないヲタクです。腐ったものも平気ですので敏感な方はご注意ください。
ラディス王国には、美しい三つ子のお姫様がいる。
長女、マリー姫は黄金の長い髪にルビーのような赤の瞳。
次女、リリー姫は黄金の長い髪にサファイアのような青い瞳。
三女、エリー姫は黄金の長い髪に赤と青のオッドアイの瞳。
マリー姫は、艶やかな色気と豪胆な肝の据わった姫君で少々強引な部分もありながら、そのカリスマの高さで周囲の人間を虜にする。
リリー姫は、多少控えめながらも聡明で知力に富む姫君。歴史書を好み、日のほとんどを本に囲まれて過ごす。彼女の持つ知識はさまざまな専門家がそろって舌を巻くほどである。
王家には秘匿された諜報機関がある。その名も『黄金の星姫』。大陸各地に散らばるエージェントが日夜、王国を守る為に働いているのだが、その長はこの三姫なのである。
マリー姫が、主に先頭に立ち旗頭として統率し、リリー姫が指針や作戦行動を立案するなどの補佐役。
裏ではこの有能な姫達によって、絶妙なバランスが保たれているなどということを知るのは、ほんの一握りだ。
--え? 三女のエリー姫はどうしたって?
えー……エリー姫様はぁ。
**********
わたくしだって、頑張っている。
見た目は同じな、三つ子の二人のお姉様。でもいくら三つ子だからといって中身までそろって同じというわけではない。三人いれば、一人は凡人が生まれるだろう。
それが、わたくしエリーである。
優秀な姉の影に隠れてはいるが、わたくしはいたって普通の人間である。圧倒的な魅力もカリスマ性もなく、聡明さも頭の良さもない。
同じ日に同じ両親から生まれ、同じような教育を受けてきたのに、なぜこのように差が開いたのか……わからないが、もとから持って生まれたものがぜんぜん違ったのかもしれない。三つ子なのだから、女神様もケチらず均等に分けてくださればよかったのに。それは叶わず、姉達と自分の間には埋められない差ができてしまった。
だからといって拗ねてもいられない。
ないものは、ない。それを認めて、今自分になにができるのか模索するのが重要である。ということは、頭では分かっているけれどなかなか気持ちに整理はつけられないものだ。
わたくしの家族はみんな優しい。ひとりだけ凡人なわたくしを責めたりしない。貶めたりしない。でもだからこそ、わたくしだって家族や国の為になりたいのである。慈善事業に力を入れたり、孤児院や教会、災害地などに足を運んでの慰問など。精力的に行っている。
けれど、わたくしはわたくしであることを覚えてもらえない。
顔が同じだから、わたくしがマリー姉様なのか、リリー姉様なのかはっきりしないのだ。だからまとめてお姫様が来て下さったで終わる。しかも知名度は姉様達の方が高いので気がつくとわたくしは民達の記憶からフェードアウトしている。
結局民に定着したわたくしの評価は、異世界好きの引きこもり姫である。
わたくし! ヲタクですが! 引きこもりでは! ありません!
もう、なにをやったらエリー姫は民達の記憶の端にでも残ってくれるのか、分からない。いや、国の為になっているのなら、わたくしの名など国にも本にも後世に残らずともよい、くらいの気持ちでいるべきなのでしょう。
けれど、けれど……わたくしは精神も凡人!
「モチベが、モチベがあがりませんわ……」
褒めてのびるタイプなんです。わたくしという存在を無視され続けながら、国の為に精力的に働き続けるなんて途中で『なんの為に、働いているのか?』と一瞬でも疑問に感じたら途端に鬱になりそうだ。
今実際になりかけている。ナイーブである。
こういう時は、自分の好きなもので気分を向上させるしかない。ということで。
「わたくしに元気をお分けください、リーク様!」
わたくしをヲタク沼に落とした推しの、英雄記シリーズ主人公リーク。お話は至ってシンプルで勇者でもなんでもないただの平凡な少年が、恋するお姫様を救いに旅立つ英雄譚である。小さなころ、それでもすでに姉様達や他の兄弟達と自分の差をなんとなくわかっていた。失敗ばかりで落ち込む私に、フェルディナンド兄様がプレゼントしてくださったのが、英雄記だった。
主人公リークは平凡な少年。容姿も能力もぱっとしない。病気の母親の為に、若くして過酷な労働もしていた。とある事件をきっかけに王国の姫君と出会い、救われたことでお姫様に恋をするが身分違いで諦めていた。そんな中、お姫様が魔王に攫われてしまったのだ。王国では勇者が選出された。リークは勇者になろうと儀式に挑戦するもあえなく敗退。別の人間が勇者となって旅立ったが、リークは友人達の後押しもあって今度は諦めずお姫様を助けるべく旅立つ……。
旅は困難を極めた。なにせリークは平凡な少年、特別な力なんてなにもない。何度も何度も打ちのめされながらも立ち上がり、旅を続けた。
懸命に立ち向かい続けるその姿に、わたくしは子供ながら感動したものだ。爽快な活劇譚では決してない。たくさん負けて、泣いて、痛みに歯を食いしばる。そんな重苦しい話も多い。だからか、英雄記シリーズは、長く刊行してはいるがそれほど知名度は高くないようだ。けれどわたくしは、このお話が一番好き。わたくしに勇気と元気をくれるから。
もう、ボロボロね……。
何度も読み返しすぎて、本はボロボロだ。修繕はしているけれど、それ以上に摩耗が早い。
『もう、夢を見る時期は過ぎたのでは?』
顔がおぼろげな男が言う。
そうね、とっくの昔に終わってなければおかしい夢見る時期。恋に恋する少女は、いつしか現実を見始める。理想の王子様なんかいないと知っていく。そして現実の人と恋をして結婚するのだ。
頭が痛い。
耳も痛い。
「「エリー、あなたまたフラれたんですの?」」
マリー姉様とリリー姉様が呆れたようにため息とともに同時に言った。忙しいはずの姉様達がわたくしの私室になんの用事だろうと思ったが、まあやはりあのことだった。
「今回はうまくいったと思ったんですけどね……」
ずずーっとわたくし専属のメイド、アニーに淹れてもらったお茶を飲む。姉様達は、眇めた目でわたくしの部屋をぐるりと見渡した。
「いつ見ても圧巻ね」
「そして酷いわね」
なんも言えない。
わたくしの部屋は、いわゆるヲタ部屋である。数少ないリーク様グッズや、手作りしたリーク様関連の品々が所狭しと置かれている。一番多いのは人形とフィギュアだろうか。これはリーク様以外のものもあって、ラディス王国では異世界人、特に日本人の召喚率が高いのだが彼らの知識により布製の人形よりも精巧に作れるフィギュアだったり、漫画だったりがそれなりに普及している。異世界人に伝授されたスキルにより、漫画家も増えて数多の乙女達を沼に落としているのである。
わたくしはリーク様が最推しであるが、他にも推しキャラがいる。なので個人の部屋としては大きいこの部屋もヲタグッズだらけで酷いことになっている。
「ヲタバレさえなければ!」
強めに机を叩いたが、姉様達は呆れるばかりだ。
わたくしのようなヲタ女子は、総称して腐女子とも呼ばれる。異世界の定義とは少し違う意味のようなのだが漫画などのキャラクターが大好きな二次元好き女子をそう呼んでいる。腐女子はBL(男性同士の恋愛)ものを好む傾向があるので、全員が全員じゃないが男性には嫌われることが多い。
ただでさえ、わたくしは重度のヲタである。この部屋に住む女子と結婚できます? 答えはノーだ。これでも一国の姫君なので政略結婚は覚悟しているけれど、ヲタ心を捨てる決心はいまだできない。
でもいつかは捨てなくちゃいけない。妄想で三次元と結婚できない。姫としての役割は果たすべきだ。
「エリー姉様、フェルディナンド兄様から手紙が--」
びゅんっ!
「ひぃっ!?」
可愛い弟をビビらせる勢いで、リンスの持っていた手紙を奪い取った。
「ああ、兄様! さすがフェルディナンド兄様ですわ!」
手紙の内容と同封されたチケットを見て、わたくしは歓喜した。
「まーたなんですの?」
「フェルディナンド兄様を使いっ走りにするなんて、あなたという子は……」
リリー姉様のお説教がはじまりそうだったので、わたくしは部屋を飛び出した。
準備を急いではじめなくては!
わたくしは----コ〇ケへ参ります!
****
異世界には大規模なヲタクの祭典があるそうだ。それがコ〇ケというものらしい。大きな会場を貸し切ってたくさんの漫画やグッズが販売される。作家同士の交流も盛んで、大いに盛り上がるという。ラディス王国でも漫画がそれなりに普及すると、漫画市というイベントが開催されるようになった。しかし、王都は頭の固い貴族が多く、大規模な漫画市イベントが開けない。なので地方都市であるここ、メルティアで行われるのだ。
混乱を防ぐことと安全の確保の為に、身分証とチケットが必要になる。なかなか激戦なので、コネのあるフェルディナンド兄様にチケットを頼んでいたのだ。フェルディナンド兄様は、ほとんどを外国で過ごし外交の勉強をなさっている。フェルディナンド兄様の手腕のおかげで危機を回避できた例も多く、やはりかなり有能なのである。あと優しい。すごく優しい。腐女子のわたくしを差別的な目で見ない。国外のグッズ関連もフェルディナンド兄様が代わりに購入してくださるくらいだ。
……ノーマルなフェルディナンド兄様が一部で腐男子扱いされていることは、本当に申し訳なく思う。
BL本頼んで、ごめんなさい兄様! 反省はしているけど後悔はしてない。すごくいいBL本でした。
わたくしは今、メイドのアニーを連れて馬車でメルティアに来ている。もちろん漫画市に参加する為だ。馬車の中は箱だらけで、人が座るスペースを奪い取っている。
「よくもまぁ、こんなに持ってきましたね……」
アニーが呆れている。
「今回は、目指せ販売数千冊ですもの! 手作りのグッズもありますし、狭いけどちょっと我慢して」
箱の中身は、わたくしが誠心誠意込めて描いた薄い本各種とリーク様関連の手作りグッズである。一応、ノーマルな漫画も入っている。
「……これ、事故で箱が粉砕してばら撒かれたら……」
「社会的に死んでしまいますわね!」
わたくしが!
不吉なこと言うなとアニーに文句を言おうとした瞬間、馬車が激しく揺れた。
「うえっ!?」
「姫様!」
あまりにも揺れたので端に追いやられていたわたくしは、衝撃で開いた扉から外に投げ出されそうになった。寸前で、アニーに引っ張られ彼女のお膝に座ることに。
「あ、ありがとうアニー。助かりましたわ」
「お忍びの多い姫様のメイドですもの、これくらい鍛えております。しかし、どうしたのでしょう?」
アニーが御者を確認する為、扉から外に出ると。
「襲撃です!」
途端に激しい剣戟の音が聞こえた。
「アニー!?」
「動かないで! 外に出てはいけません!」
窓から見えるのは、黒いローブをすっぽりと頭から目深に被った集団。彼らは刃物を持っており、馬車を襲っていた。御者の姿は見えないが、アニーがナイフを両手に持って応戦している。アニーはメイド兼護衛だ。そして黄金の星姫のエージェントでもある。総合能力は高いし、戦闘訓練も受けている……が騎士ほど専門的に鍛練しているわけではないし、アニーはどちらかといえば奇襲戦や暗殺術の方に長ける。これはアニーが暗殺者として育てられたからとかそういう後ろ暗いものではなく、王家の護衛として必要な能力だからだ。
人数が多い。アニーが不利になるのは目に見えている。かといって、わたくしは戦えない。魔法も聖魔法がちょろっと使えるくらいだ。シアとは比べ物にならないほど、しょっぼい魔法だが。
「--ぐっ!」
アニーの体が揺らぐ。黒ローブ集団の一人に肩を斬られた。真っ赤な鮮血が飛び散る。
怖かった。体がガタガタと震えて、歯もうまく噛み合わない。でも、無謀だろうと王家の人間として問題行動だと非難されても、わたくしは無意識に馬車から飛び出していた。
「フラッシュ!」
ただ眩しいだけの魔法。だが、一瞬相手をひるませるくらいならできるだろう。わたくしはアニーの元へ駆け寄り肩をかした。
「も、申し訳ございません……」
「いいの! 逃げますわっ」
ちらりと馬車を見る。御者はいない。どうやら逃げてくれたようだ。歯を食いしばってアニーを引きずりながら逃げる。
なぜ、わたくし達が狙われたのだろう。それほど目立つ馬車ではなかった。いつも通りの、お忍び用のスタイルだった。それで問題が起きたことはない。
お忍びの回数を減らせと、ライオネル兄様には口を酸っぱくして言われていた。でも、わたくしはできなかった。慰問で出会った子供達との交流を続けたり、作った絵本を披露したり……贈ったり。それは、きっとわたくしにしかできないと思った。その笑顔が忘れられなかった。必要とされている気になれた。
けれどこれは自己満足だったんだろうか。
こういうリスクは常にあったはずだ。だからこそライオネル兄様は心配していたんだから。
泣きながら走った。だが、力のない女がもう一人担いでいるのだ、あっという間に襲撃者に追い付かれる。殺される。絶望がよぎった。けれど、本当に絶望的な状態に陥ったのは襲撃者の方だった。
鈍い音と剣の鳴る音。男達の悲鳴、そして遠ざかる足音。
それらが近いのに遠く感じた。
わたくしの目に映ったのは、炎よりも鮮烈な赤。高い背にたくましい背中。
手に立派な剣を持ったその青年は、あっという間に襲撃者を撃退してしまった。
「大丈夫か!?」
物語の一幕のように綺麗にはまったその背が振り返ると、途端に現実に戻った。赤い髪と黄金の瞳を持つ青年は、物語の主人公というにはいささか華やかさが足りない。
普通の青年だった。
だけどわたくしは、目を見開くほど驚いた。
--ルーク様!?
なんでここに!?
*****
ルーク様に助けられたわたくし達は、メルティアの病院へ駆け込んだ。わたくしは大した怪我はないが、アニーが心配だ。アニーは歩くこともままならず、ルーク様にお姫様抱っこで運ばれた。
う、うらやまし--じゃない! だいたい、わたくしのせい!
アニーは傷口を縫うことになったが、命に別状はなさそうでひとまず安心した。
どうもあの襲撃者は、最近このあたりを騒がせている裏ギルドの連中らしい。裏ギルドっていうのは正規のギルドじゃなくて、後ろ暗いところありまくりの違法ギルドだ。彼らは節操なく、金を持ってそうなら手あたり次第襲撃しているらしい。なので、わたくしが狙われたというわけではなさそうだ。
「手傷は負わせたんで、駐在の地方騎士に連絡すればすぐ捕まえられると思います」
ルーク様は、そう医院長に話して地方騎士に連絡をいれるように言っていた。彼がギルド大会の決勝で白馬で乗り込んできたことを思い出す。以前より、彼はずいぶんと成長したように思えた。直接的に会ったことはなかったが、こっそりとうさ--ごほん、調査をしていたのである程度は知っている。シアに救われ、シアのギルドの最初のメンバーとなった剣士の青年ルーク。彼はどことなく以前はシアに遠慮している部分があったというか、自分から前にいくタイプじゃないようだった。けれど今は、しっかりと自分の足で立ち回り、時には我を通し、シアのストッパーにすらなっている。
彼の三ヵ月間の修行の旅は、よほど実りあるものだったのだろう。
三次元での最推しともいえるルーク様を目の前にして、はしゃぎたいのは山々だがそこまで空気読めない女じゃないし、そんな気分にもなれない。
「ひめ--お、お嬢様……」
「アニー! ごめんなさい、ごめんなさいっ」
「お嬢様、泣かないでください。私は平気でございます。それよりも、漫画市がはじまってしまいますよ。会場へ行かなければ」
「そんな怪我で行けるわけないでしょうっ」
アニー放って漫画市なんて行けるわけがない。
「……お嬢様、お嬢様が今日の為に頑張って来たことを私は知っております。周囲からどのような声があろうともお嬢様が漫画やグッズにかける熱意は本物でございます。お嬢様の描く物語を多くの方が楽しみにしているのも知っているのです」
そう言って、アニーがポケットから取り出したのは手紙だった。
「ファンレター、これだけではございません。お嬢様は、なにも自分勝手にお忍びをしているわけではないのです。強い思いに応え、笑顔を届ける為に。私は誇りたい、お嬢様のその人を笑顔にする物語の才能を」
ファンレターをわたくしの手に握らせると、アニーは笑って……気絶してしまった。
「アニー!」
「お嬢さん、大丈夫ですよ。薬が効いているだけです。安静にしていれば問題ないですから」
医院長になだめられた。
鼻をすすりながらも、手にあるファンレターの感触に震える。行くべきか、行かざるべきか。
「え、えっと……医院長、メイドさんのこと見ていてもらうことは?」
「ええ、大丈夫ですよ」
ルーク様が医院長に確認をとると、わたくしに遠慮がちに言った。
「なんか大事な用事があるんだろ--ですよね? 俺、護衛くらいならできる--ますよ」
変な敬語だった。わたくしの身分が高そうなので、慣れない敬語を無理に使おうとしているようだ。
萌え--間違えた、燃え--これも違う。
わたくしは、ティッシュで鼻をかんでからルーク様に向き直った。
「よろしくお願いしますわ!」
腹は決まった。
アニーにあそこまで言われて、このまま帰れない。
「じゃあこれ、荷物っすよね? すごい量だが……荷物持ちもやろうか--りますか?」
ルーク様が例の箱に手をかけようとしたので。
「ルーク様あぁぁぁそれは爆弾です! 触れたら爆発する危険物です! 社会的に吹き飛ばされて死にます! わたくしが!」
「ええ!?」
わたくしは、ヲタクのヲの字も知らないであろうルーク様の純真を守ろうと必死になった。
たとえわたくしの命が吹き飛ぼうとも、推しの瞳を汚してはならない。byエリー
*********
ルーク様には、子供向けの冒険譚が入った箱をお願いした。
「あのー、お嬢」
「いいのです。わたくしは大丈夫なのです。というよりこれはわたくしか、わたくしの同志しか触れぬものなのです。ルーク様が触ったら爆発します、わたくしが」
「そ……そうっすか……」
わたくしの目は据わっている。取り乱したら爆発する(わたくしが)危険物を運んでいるので。
ルーク様は、律義にわたくしを手伝ってくれた。わたくしは名を明かすわけにはいかないので、ルーク様はお嬢と呼んでくる。変な敬語も結構ですと断った。
ルーク様がなんでこんなところにいるかというと、あのギルド大会の一件で知名度が上がり過ぎて一時避難として王都を少しだけ離れているのだとか。数日で戻る予定らしい。その話はわたくしも聞いていて、密かにルーク様をお守りする為に、人を使っていたのだがやはりそれだけでは足りなかったようだ。
王都から離れれば、知名度はそれほどないから比較的安全らしい。
漫画市ははじめてなのか、ルーク様は物珍しそうに露店を眺めている。わたくしは売り子として本とグッズを並べようとして……特殊な薄い本とBL本をどうしようかと頭を抱えた。
うーん、今回はこれはなしでいいかな……。ルーク様を乙女の園コーナーに連れて行くわけにはいかん。一般ベースで売ろう、うん。
「お嬢は、漫画家なのか?」
「さすがに本職ではありませんわ。趣味です」
「ふーん、すげぇ上手いのにな」
「そ、そうですか?」
他の方に比べたらまだまだの画力だと思うのだが。ルーク様は面白そうにわたくしの作品を眺めている。
「あの、お読みになられます?」
「いいのか?」
「ええ、売り子をしている間は暇でしょう?」
ルーク様はあくまでお手伝いで護衛だ。お客さんやファンとの交流はわたくしがやるので暇だろう。ルーク様に数秒で頭をフル回転させて一番無難な本を渡した。
売り子をやっている間、ルーク様は熱心に漫画を読んでいた。そう、熱心に。そんなに読み込むようなもんでもないのだが。それに読み終わる時間が異様に長い。彼が一冊読み終わるころには、昼も回っていた。薄い本一冊で三時間もかけたことになる。
「あの、読みにくかったですか?」
「んなことない。小説なんかよりよっぽどわかりやすいし。ただ、ところどころ読めない字があって格闘してただけっす。俺、学ないんっすよ」
そうだった。ルーク様は浮浪者で、まともな教育を受けていない。字もあまり読めなかったはずだ。最近は、レオルドさんに教えてもらっているおかげでそれなりに読めるようにはなっているようだが。
「どこがわからなかったんですか?」
「え? えっとここと、ここかな」
…………。
「すみません、ルーク様。それは、分からなくてもいいやつです」
「え?」
腐女子と腐男子。
こんな単語は、一生読めなくていいやつです。
すみませんルーク様!! 土下座。
*******
「お昼も回りましたし、ご飯にしましょうか」
ルーク様を連れて、わたくしは食事スペースを回った。本当はアニーと一緒にコラボカフェへ入る予定だった。漫画市限定の、推しのグッズがあるのだがさすがにルーク様と一緒は無理だ。無難にご飯を食べることにした。
う……ぐ……でも、推しが……先生の限定特別コースターがっ!
ああああああああああああああ。
でもルーク様が一緒。
ああああああああああああああ。
漫画を描いていることは知られたけど、重度のヲタクであることはバレてない。
ああああああああああああああ。
腐女子がバレたら、絶対に引かれる。
ああああああああああああああ。
三次元の最推しに嫌われたら生きていけない。
ああああああああああああああ。
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa。
「変わった店だな?」
「……そうですわね」
わたくしは誘惑に負けた。
ルーク様を連れて、ヲタクバリバリのキャラ絵がふんだんに使われたコラボカフェでご飯を食べている。
「俺、オムライス頼んだんっすけど……なんか、こんなのがついてきて」
「……バルクラム戦記のオーガスタン様ですね」
「誰?」
「二次元の眼鏡責め王子」
「?」
ルーク様の頭の上にたくさんの疑問符が見える。
ちなみにわたくしが引いたのは、受けの騎士オーダー。責め? 受け? って人は調べないでください。ルーク様のように純粋でいてください。知っている人は、ルーク様に教えないでください。
し、しかし!
こんな非難轟轟されそうな状態にまでなったのに、わたくしの推しがこない!
「あー! ユーリス様きたー!」
がたんっ!
「お嬢?」
「い、いえ! なんでも!」
くっ、隣の女子の方へいってしまったか!
口惜しい。
「店員さん! お料理追加で!」
「……え、お嬢まだ食べるのか?」
わたくしの前には、すでに空になった皿が積まれている。だが、わたくしはまだ推しを引いていない!
もぐもぐもぐ……。
うごぉ……さすがに食べ過ぎである。
でも、推しが! ユーリス様が! 先生の特別仕様が!
「お嬢……大丈夫か?」
「だいじょうぶれす!」
もぐもぐもぐ!
さあ! どうだ!
「……」
「あ、俺と同じのだな」
おのれオーガスタン! 鬼畜眼鏡ーー!
もう今回は運がない。すべてに恵まれない。ルーク様がいることだけが救いでピンチ。
ぐすん、ご縁がなかったと思って今回は諦めよう。お腹が限界。
「……店員さん、料理追加で」
「ルーク様?」
「俺、まだ入るからお嬢が欲しいの当たるといいな」
ルーク様あぁぁぁぁ神ぃぃぃ!!
********
「……さすがに、ちょい食い過ぎた」
「申し訳ないです! でもありがとうございましたぁ!!」
わたくしの手には、欲しくて仕方がなかった推しのコースターが。
ほくほくるんるんである。
「本当に好きなんすね」
「ええ、とても--はっ!」
こ、これはマズイのでは!?
さすがに漫画の二次元のイケメンを必死こいて手に入れようとする女とか、すでにヲタバレでは!? 腐女子確定では!?
冷や汗が流れる。
わたくしはこれまでも、多くの男性にヲタバレで振られている。白い目で見られている。時にはゴミのように見られた。男性は、乙女の園を嫌う。同性だって嫌う人もいる。だからマナーとして腐ったヲタ発言は公共の場で垂れ流してはいけない。住み分けなくてはいけない。
自業自得とはいえ、ルーク様に嫌われたら明日を生きる活力がなくなる!
「えーっとえーっと、こ、これは友達がっ」
「友達?」
「い、いえ……ちがいますね。わたくしが大好きなのです……そういうのが……」
ルーク様の黄金の瞳は、切れ長で鋭いが怖い人じゃない。でもその目で見られると全部見透かされたような気になる。嘘がつけない。
「そっか。俺、そういうのよくわかんねぇ」
「で、ですよねぇ……」
最推しに引かれる三秒前。
「でもお嬢がすげぇ好きそうなんは分かった」
「うほぉう……そうですわねぇ」
「幸せそうすぎて、俺も顔が緩みそうだった。メイドさんが言ってた通りだ」
「……へ?」
ルーク様は、懐からもう一枚のコースターを取り出した。
「こ、これは!!」
「お嬢、こっちも欲しかったろ? めっちゃ顔にでてた」
「なんと!」
恥ずかしい。これは、推しの別バージョンではないか!
「他の客の女子が俺の引いたのを欲しそうにしてたから、交換した」
ルーク様ぁぁぁぁ! やはり神ぃぃぃ!
「……んー、ぜんぜん似てねぇのに女子はやっぱりどっか似てるところはあるんだなぁ」
「え? なにか?」
「いや、知り合いの……イタズラ好きな奴が、同じ顔してたなぁーと」
……わたくしは、シアのイタズラする時と同じ顔をしていたらしい。
穴に入って埋まりたい。
******
結局、特にルーク様から白い目で見られるとかそういうことはなかった。
彼の中でイタズラ時のシアと同じに並べられたのは不本意だが自業自得ですね、はい。シア以上にぶっとんだことをしない限りは許容範囲のようだ。さすが懐が広いルーク様。
「今日はお手伝いくださってありがとうございました。コースターも」
「乗り掛かった舟だしな。俺も普段経験できないようなことできたし、楽しかったっすよ」
ううん……ノーマル男性をコラボカフェで振り回したわたくしは、正座でしばらく反省するしかない。
「じゃあ、アニーのところへ帰りま--」
「あ」
最後の最後でわたくしは、なにもないところで転んだ。手には爆弾にも等しい、今日売りさばくことができなかった例の本達。
転んだ拍子に、わたくしの体はルーク様が守ってくださったが……。
ガゴン! バサバサ!
見事に、箱の中身がぶちまけられた。
それは表紙からすでに、BL本だということがモロバレの----。
「ぎゃああああああああーーーー!!」
わたくしの断末魔が響き渡り、しっかりとおてんとうさまに裁きを下された。
意識が遠くなる。
もう……\(^o^)/オワタ!!
******
酷くうなされて目が覚めた。
夢の中で、ルーク様がすぅーっと引いて去っていく姿が見えた。
せっかく会えたのに、最悪な印象を残してしまったわ。
「姫様? 大丈夫ですか?」
「はっ! アニー!」
「はい、アニーでございます」
そこには、すっかり元気になったアニーがいた。どうやらわたくしは病院に運ばれたようだ。
「あ、あのあとどうなったの!? わたくし爆発するの!? 社会的に死ぬの!?」
「落ち着いてください姫様。大丈夫です。爆発しませんし、死にませんから」
そう言って、メモ用紙を一つ渡した。
「これは?」
「読んでみればわかるかと」
読んでみた。
『お嬢へ。
お別れがいえなくてすまない。もう王都に戻らないといけないのでメモを残す。体調は大丈夫か? 突然倒れたから驚いたが、色々あったし疲れてたんだろう。しっかり休め。箱の中身は、ちゃんと回収した。爆弾じゃなかったみたいだが、お嬢が見せたくなさそうにしてたし、すぐに誰にも見られないように片付けたから安心してくれ。また会えるかわかんねぇーけど、縁があったらまたな。
ルークより』
ルーク様!
字がとてつもなく汚くて読みにくいうえ、色々と字が間違ってるけどきっとおおむねこういう内容だった。
なんでだろう、例の中身については言及がない。ただ、わたくしへの心配と配慮のみだ。ルーク様はどう思ったんだろうか。
心配になりつつも、もう少し下になにか書いてあったので目で追った。
『あ、もうひとつ。お嬢の漫画面白かったから何冊か買った。ファンレターってどこに出せばいい?』
わたくしは、ベッドに顔を突っ込んだ。
「ふふ、どうしたんです? 姫様」
「おおおぉぉぉ……」
くぐもった声しか出ない。
ルーク様は、アレを見ても一切、わたくしを非難しない。そんなことはやめろと言わない。
震える心と、泣きそうな顔をベッドでばふばふしてから顔をあげた。
わたくしは凡人だけれど、アニーやファンの人、そしてルーク様が望んでくれる。
このままでいいかは、まだ迷うけれど。
わたくしは、描こう。わたくしだけの物語を。
**************
「で、なぜエリーの部屋の中にルーク様の祭壇が爆誕しているの?」
「というかエリーの中でルーク様はどうなっているのかしら?」
遠い眼差しの姉様達に、わたくしは笑顔で言った。
「わたくしの、神様ですわ!」
姉様達は、残念そうに天を仰いだ。




