〇24 それは罠だっ
どうも、ミレディアです。
え? 誰だって?
酷いですねぇ、私もちょこちょこ話には登場してるじゃないですかぁ。私がメインの回があったっていいじゃないですかぁ。
それでは改めまして。わたくし、ミレディア・シー・アルフォンテと申します。ラディス王国でそれなりに地位と権力のある伯爵家のお嬢様ですよぉ。もう少しで二十五歳になっちゃうんで、結婚を焦っているお年頃でございます。貴族の結婚もだいぶ緩くなってきているとはいえ、十八から二十歳の間に結婚する貴族が多いから、私ってば完全に行き遅れなんですよねぇ。
といってもパパとママがやたら推すベル君は、世界が滅んで男がベル君一人になったとしても、絶対に嫌ですけどね!
「……反省は?」
「してますぅー、ごめんなさぁい」
可愛いメイドさんをナンパしていただけで、後頭部鷲掴みして美女の顔面を壁にめり込ませる男なんて、願い下げだよねぇ!
「痛いぃ、痛いぃよぉ、これはもはやでぃーぶいだよぉー、いじめだよぉ」
「なにを言ってる。本気でお前をいじめようと思ったら、拷問道具を揃えないといけないだろうが」
ベル君が真顔である。
そうだねぇ、私って痛みに強いタイプだし、好みの女の子からなら喜んで自分からいく変態性は認めます。
「断固拒否ですぅ。隊長とか、この世で一番好みから遠い男だしぃ!」
「そうだな、俺も嫌だな。無駄な労力使いそうだ」
「ふんだ! ふんだ! こんな魅力的な巨乳美女が幼馴染だというのに、君ってやつはさぁ!」
ベル君とは、生まれた瞬間から一緒、といっても過言ではない。実は誕生日が一緒なんですよぉ! そして私が幼少期に過ごした屋敷がベル君の家の隣だったんですよぉ! そりゃあ、そのままの流れで顔を合わせますよね。親的には、家柄も申し分ないし、同い年だし、できればそのまま上手くやって欲しいと思いますよね。
でも私は忘れない、あの瞬間を。
「ねぇ、パパ! あのきれいなこ、だれ!?」
「ああ、お隣のクレメンテ子爵の息子さんだなぁ。あのこは、たぶん二番目の子だろう」
「かわいい! ようせいさんみたい!」
「はは、そうだね」
小さい時から、私の女好きは始まっていた。幼いとはいえ、周囲にいた男とは一線を画すほど美しく、この世のものとは思えない存在だった。そこに立っているだけで神秘的に見える。本当にあの頃のベル君は、それこそ性別不詳の妖精さんのようだったのだ。
「こ、こんにちは! わたし、みれでぃあです!」
ものすごく緊張しながらも、私はベル君に初対面の挨拶をした。この時、四つくらいだったはず。伯爵家の令嬢として教育はもうはじまっていたけど、まだ四歳くらいだ。礼儀作法はまだまだだったかもしれないが。
「…………」
美しい妖精さんは、冷たい眼差しを向けただけで無言で去ってしまったのだ。
「……ふぅえ?」
しばらく呆然と突っ立っていた私だけど、しだいに妖精さんに冷たくあしらわれたのだと知り、号泣してしまった。私は生まれた瞬間から、甘やかされて育てられた。パパもママも娘に溺愛メロメロだった。こんなに可愛い子はいないと、使用人達からも評判で、四歳にして縁談の申し込みまであったくらいだ。さすがに、その辺のやつはパパが蹴っ飛ばしてたけどねぇ。
というわけで、激甘に育てられた私は、他人からすげなくされたのがはじめてだったわけですよぉ。今でもベル君ってわりと私には冷たいんですけど、あの幼少期を知っている身からすると別人みたいに優しくなったなぁと思う。
二十年以上、幼馴染やってるからベル君が変わったきっかけもなんとなく分かってる。幼馴染といっても結局は他人だから、詳しく知っているわけじゃないけども。
「仕事をしろ、仕事を」
ばさっと大量の書類を頭から被せられて現実に引き戻された。
私は今、ベル君……いや、ベルナール隊長と共に騎士として極秘任務を遂行中である。原因不明の流行り病の原因を探り、それを取り除くことが目的……ではあるが、実質騎士団にとって目の上のたんこぶになっているラミリス伯爵の悪事のしっぽを掴むことが騎士団の本当の狙いである。その二つがおそらくイコールになるので、騎士団が動いているに過ぎない。本来なら流行り病の調査と解決は聖教会の管轄になるのだ。
雨のように降ってくる書類をなんとなく見て。
「改ざんを数か所発見しましたぁ」
「そうか、じゃあ適当に処理しておけ」
「了解~」
私、いつも適当に動くんでお飾り副隊長って思う人も多いんですけど、意外に有能なんですよ。特に書類系はお任せあれ。計算ミスから改ざん、隠蔽すべてを見抜いてご覧にいれましょう。ベル君もできるけど、私の方が早いから時短である。ベル君が気になったものを適当に持ってきて、私が選別する。ハイスピード処理機関のできあがり。
「やだやだ、黒ですわぁ。奥さん、真っ黒ですわよぉ」
「黒以外ありえんことは知ってる。その黒を証明できるものはあるか?」
「白と言えば全部白。ぽん吉伯爵様は、化かすのがお得意ですねぇ奥さん」
「見つけろ、後0.5秒で見つけろ」
「無理ぃ、無理ぃ~奥さん、美人だからってパワハラ過ぎですよぉ~--ああぁぁ! いだっ! いだだだ! 私のセクシィボディを支える背骨が折れるぅーー!」
潜入捜査中のはずなのに、私がふざけるからかベル君が無言で技を決めにかかってくる。なかなかに容赦ない力でやられるので、下手をすると本当に骨が砕けかねない。まあ、私のセクシィボディは見た目以上に頑丈なのでそうそう折れないけど。
「ディルヴェ殿? なにかございましたか?」
さすがに音が漏れたのか、不思議そうにラミリス伯爵の屋敷に務める使用人が現れた。
「いえ、可愛い妹がじゃれるので相手をしていただけですよ」
「うわぁーい、お兄様楽しいぃ~」
「そ、そうですか?」
ディルヴェとはベル君の潜入用偽名である。私の従兄の名前で、すぐにばれないように工作してある。使用人が去ると、ベル君は隊長の顔で私が選別した書類を見つめた。
「もう少し突っ込んだ情報も欲しいところだが……」
「最近、動きがあやしいですよねぇ。私達の警戒も若干緩めになってますし」
「泳がせる気なのが透けて見えるが、一つのチャンスでもあるな」
「こういうときほど、アルフォンテ家の権力の使いどころですよぉ。パパも許可してますし、ここは貴族同士の牽制も有利に働かせるべきですねぇ」
「……そうだな。残念なことにクレメンテ家はこういうことに名が使えない。アルフォンテ伯爵には、きっちり礼をしないとな」
「パパなら大抵許しますよぉ。私との縁談はしつこくしてきそうですけどぉ」
「面倒だが、お前が頷かない以上あの人は無茶はしないさ。……羨ましい限りだ」
そういうベル君の横顔は、昔みたいに冷たい。クレメンテ家のお家騒動は、貴族の間ではそこそこ有名である。あの優しいスィード兄様が鬼のような態度で両親を叩き出して追い落とさなければ、ベル君はきっとあの人間味のない残酷な性格のままだっただろう。
いや、本当を言えばその性格は変わっていないのだろうと思う。ただ、人と接するための優しさを不格好にも手作りできるようになった……。それだけでもベル君は、変わったと言えるのだ。私からすれば。
「ふふふ~♪」
「なんだ?」
「いやぁ、私は嬉しいんですよ。一番最初に私との縁談が持ち上がった時、すんごくどうでもいいって顔してたじゃないですかぁ。なんにもなければ、そのまま私とゴールインしても気にしなかったですよねぇ?」
ベル君はこっちを見ない。そうだろうねぇ、昔のベル君はそれこそ政略結婚だって『どうでもいい』と感じる人だった。感じるというのは違うか。まったく感じないが正解だ。はっきり言って、あの頃の彼に人の心があったのかあやしいのだから。
ずっと昔に、スィード兄様が言っていたことを思い出す。
「ベル君はね、なんていうか……おそらくなんだけど、人の判別ができていないようなんだ」
「あぁ、ベル君って人の顔と名前ぜんぜん覚えてくれないですよねぇ」
「……うーん、そういう単純なことじゃなくてね。覚えられない、じゃなくて本当に分からないんじゃないかと思うんだ」
「え? そんなことありえるんですか?」
「ごくまれにいるらしいよ、人の顔が分からない人。さすがに兄のぼくのことは判別してるみたいだけど。ほら、ミレディアも最初無視されただろう?」
「あれはとても残酷で悲しかったですぅ」
「初対面の人にはみんなああだよ。たぶん、人と判別できなかったんだろう。判別できないと人は等しく石ころみたいなものになるんだろうね」
それを聞いた時はかなり衝撃的だった。人と判別できないとはどういう感覚なのか、まったく分からなかったから。成長するにつれて、人と接する機会が増えるにつれてベル君は、人を人として判別することが可能になったようだった。でも、今でも名残のように人の姿を全く覚えない。パーツや単語で記憶して、パズルのように当てはめて、人を確認する。親しい人なら、気配とか声で判断する。
そう、だから……ベル君は私がいくら魅力あふれる美女であろうとも、巨乳だろうとも、露出が多かろうとも、なんとも思わない。だって、そうであると理解していないんだから。
「気にしたことがない」
ベル君は、人の特徴を聞く時、多くこう言う。気にしたことがない、というのは少々違う。他人が分かりやすいようにそう言っているだけだ。率直に言えば、気にすることができないのである。
「難儀だなぁ」
「……お前はさっきから独り言が多いぞ」
「そうさせてるのは誰のせいですかねぇ」
ベル君に睨まれる。扱いは酷いけど、石ころみたいな存在だったころと比べればはるかにましだ。
「もう少し気を引き締めろ。今から行くところは」
「超美少女が囚われているという塔の牢獄ですよねぇ! 騎士のお姉さんが今から救出にいきますよぉ」
「塔の化け物。シアから貰った情報だとリーゼロッテという少女がいるらしい。しかも、彼女を見た相手に一番恐ろしい存在の姿を見せるとか」
「不思議ですよねぇ。私にはなにが見えるのかなぁ」
「タコだろ」
「タコですかねぇ」
だってあれ、気持ち悪いじゃないですか。小さい時から苦手なんですよ。海の魔物のクラーケンとか相手にしたくないです。ラディス王国に海がなくて助かってます。
シアちゃん達がいた時は、慎重に行動する必要があったので塔の化け物のことは置いておいたんですけど、泳がされている現状、飛び込むのもいいかなってことで重要な情報を握っていそうなリーゼロッテちゃんに会いに来たわけです。
長い長い螺旋階段を上がり、塔の頂上へと近づく。近づくにつれて、息苦しさが増していく。背筋に這い上る恐怖感と圧迫感に押しつぶされそうだ。ちらりとベル君を見たけど、彼は涼しい顔をしている。さすがとしか言いようがない。
頂上に辿り着くと、奥の方に鉄格子が見えた。鉄格子には隙間なく呪が書かれたお札が貼ってあって不気味だ。私は心臓を握り潰されそうな感覚に襲われながらも鉄格子に近づいて----。
「うぐっ」
鉄格子の中にいるものを見た。シアちゃんの話だと、その中にいるのはリーゼロッテという美しい少女のはずだ。でも、アギ君が見たのは恐ろしいゴースト。私にはなにが見えるのだろうと思ったが、なかなかおぞましい光景が待っていた。
うねうねとした吸盤のついた触手が蠢く。ねっとりとした磯の香りも漂う。視覚だけでなく嗅覚まで影響させるのか。そして聴覚もおかしくなる。そこにタコの化け物がいる。ぐちゅぐちゅという触手の這う音までがかなりリアルだ。
落ち着け私、これは幻覚だ。シアちゃんからちゃんと聞いている。でもこれ、話に聞いていなかったら相当怖いやつだ。それくらいに全身の五感をもっていかれている。
「た、隊長」
ベル君なら大丈夫だろう。彼になにが見えていたとしても幻覚であることは分かりきっている。それに彼は目に見えるものに対して鈍感だ。ゆえに幻覚耐性が高い。だから私はすっかり油断していた。
「? ベル君?」
うっかり仕事中にいつもの呼び方をしてしまうくらいに、私は混乱した。
「--あ、あぁぁ」
鉄格子の中を凝視する彼の瞳は、恐れるように震えていた。顔色は、私などより真っ青で……長い付き合いの中でも一度も見たことのない顔をしている。
「お、俺--は、違う--もう--」
「隊長!? しっかりしてください隊長! --ベル君!!」
私は思いっきりベル君の頬をぶん殴った。平手じゃない拳でいった。鈍い音が響いて、ベル君が床に転がる。非常事態だ。いつものベル君、隊長なら私に殴られるわけがないし、無様に床を転がったりしない。最悪だ。たぶん私の思った以上に、リーゼロッテの見せる幻覚は彼と相性が悪い。
「……誰にでも、幻覚と分かっていても、抗いがたい恐怖はあるものね」
どこからか少女の声がする。おそらくは、鉄格子の中にいるはずの本物のリーゼロッテ。
「教えてあげる。ここにあなた達の欲しいものはなにもない。私はただの化け物。兵器として使われて、死ぬだけの存在よ」
私がその声に応える前に、私達の体は別の場所に移動していた。おそらく、なんらかの魔法が発動したのだろう。私達が借りている部屋にいつの間にか、座り込んでいた。
「……ベル君」
「隊長って呼べ、仕事中だ」
私達はリーゼロッテの言葉を信じて、再び塔に行くことはしなかった。なにも言わなかったが、シアちゃんがいない以上、彼女を助ける手立ても思いつかない。そしてベル君が今度こそ耐えられない気がした。
あれから普通にこの人、仕事してるけど知っている、しばらく眠れていないだろうと。
でもこちらも悠長にはしていられない。なにせサラさんと伯爵のバカ息子の結婚式の日取が決まってしまったのだから。隊長は急いで手紙をシアちゃんに送った。こうなったらもう、ギリギリまでしっぽを探して正面から叩くしかない。ちらほらそれなりの情報はある。ただし、お金と権力で潰せそうなものばかりで収穫はかなりしょっぱい。塔の化け物の件も立ち入り調査するには貴族に対してそれなりの理由がいるしで面倒なのだ。一定期間隠されれば、見つからなかった時の騎士団に対する不利益が大きすぎる。
しっぽを隠せている手段のルートを意地でも見つけないと今回の潜入がまったく意味をなさなくなってしまう。
最後は、大暴れしてくれるであろうシアちゃん達の影に隠れてやるしかない。
懸念材料は色々あるが、私が一番気になるのはやはり隊長の体調である。……ダジャレではない。
「隊長、ここに快眠できそうな、素敵な太ももがあるじゃろ?」
「……贅肉」
「酷いんですけどぉ!?」
「……分かっている。大事な作戦前に寝不足で全力出せないとか、愚かにもほどがある」
「でしょ!? さあさあ、寝ましょう。膝枕はサービスですよぉ、そしてもれなくここから見上げると絶景の巨乳が!」
「……贅肉」
「酷いんですけどぉ!?」
出血大サービスなのに、この野郎。
「悪いな……分かっていても……どうしても眠れないんだ」
「そう……ですか」
これはかなり深刻だ。いったい、ベル君はなにを見たんだろうか。スィード兄様なら分かったのかな。幼馴染なのに肝心なところがいつも分からないのが悔しい。
こうなったら荒療治でも睡眠薬仕込むか、それとも手刀で落とすか。どちらもベル君相手だと成功率が低そうだが。
色々と作戦を練っていると。
「隊長?」
ようやく寝てくれたのかな、そう思った。でも床に転がっているのがおかしい。
「隊長ー? ……寝てるというより気絶したなこれは」
寝不足と疲れでセルフで落ちたらしい。しかたがないので引きずってベッドに運んであげようと思った。
「ふごぉぉぉ、重いぃ! 乙女の細腕で筋肉ある高身長の男を運べとか無理過ぎるぅ!」
断念した。私の素晴らしい膝枕と絶景で我慢しとけやぁ!
健やかに寝ているとは言えない、険しい表情で気絶しているベル君を労わろうと額を撫でた。銀色の髪が指の間を滑る。羨ましいくらいの絹のような髪質だ。閉じた瞳のまつ毛も長いし、肌も綺麗だ。思わず腹がたってぺちぺちしたくなる。
だけど。
「リク……リク、すまない……」
うめき声とともにその名前をもらす痛々しい幼馴染に、今は突いてやるなと思いとどまった。
忘れられない、記憶にこびりつく昔の記憶。それは貴族の間ではよくある話で、よくある事態で、しかし異様な家族の結末だった。
スィード兄様を犠牲にする形で終わった、その物語は……きっと今もこの幼馴染を蝕んでいるんだろう。この悪夢から救い出す手を、私は持たない。私は貴族で、その結末を理解できてしまうからだ。そして幸福すぎる人生を歩んできた私には、遠すぎる。
私ができる唯一といえば。
「隊長、大丈夫ですよ。きっと、上手くいきます。妄想です。必要なのはこうなれっていう幸せの妄想です。後ろ向きは悪いモノしかみえないもんです。さあ、妄想しましょう」
語りかけてみたが、ベル君は険しい表情でうめくだけだ。
「妄想力が足りないですねぇ。じゃあ、お手伝いしてあげます。あなたの前に今、シアちゃんがいます」
「……」
「シアちゃんは、とっても可愛い顔でニコニコ笑ってます」
「……うっ」
「ベル君とおでかけもすごく楽しそうです」
「……うぐっ」
あれ? なんで苦しそうなんだろう?
「シアちゃんが、甘えてきてくれます。おいしいご飯も作ってくれます」
「げほっ、げほっ!」
「シアちゃんが手を引いて絶景スポットに--」
「そっ、馬鹿っ、それは罠だっ--その先は落とし穴だっ--もしくは空から水が降ってくるっ--シアが笑顔で上機嫌のときは、一番危ないっ」
ベル君が床をのたうち回りはじめてしまった。
最悪の悪夢からは脱することができたようだが、別の悪夢に引っ掛かったのか?
他人に興味を示しづらい我が幼馴染の珍しく仲のいい女の子だったから、幸せの妄想もしやすいと思ったのに……。
私はそっとベル君に毛布をかけて、合掌した。
--ベル君の、幸せが遠い!!




