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エイプリルフール特別編~if*もうひとつの、勇者の未来~

エイプリルフールですね。

エイプリルフールは嘘が許される日ですね。

ということで、この世界に嘘を仕込みました。


ゆっくりしていってね!


---------------------------------

*if(嘘)要素

〇シリウスさん生存ルート

〇ベルナール勇者ルート


書籍版二巻が四月十日発売、二巻は打倒勇者!ギルド大会。ということで、クレフトが勇者になれなかったif(嘘)ルート開通です。



エピソード1~出会い*とある腹ペコの浮浪青年~




 俺は、勇者にはなれなかった。


「くそっ」


 薄暗い路地を力なく歩きながら、なんともなしに小石を蹴る。

 空を見上げれば、星明かりが瞬き、半分の月が昇っている。今日は、勇者を選定する聖剣祭の最終日だった。聖女が、勇者を決め、その誉れをいただいて魔王を倒す。

 剣技大会では、優勝した。騎士以外の一般人は、この大会を勝ち抜かないと勇者の選定への資格を得られない。もしかしたら、選ばれるかもと多少期待していたものの、やはりというかなんというか……。


「結局、秀才は天才には勝てないってわけだ」


 実力も身分も容姿も……なにもかも申し分のない、騎士の男に勇者の座は奪われてしまった。悔しい気持ちはある。俺は、いつまでもみっともなく権力にばかりしがみつく、親族と思いたくもない連中を見返すためにここまで来ていたのだから。

 けれど、ぐうの音もでないとはこのことで。

 思い返せば、思い返すほど、王国騎士ベルナールという男は勇者として申し分のない男であった。


 --やっぱ、選ばれるのはああいうヤツだよなぁ。


 俺は、自分が汚れ切っていることを知っている。

 素直とか純粋とかそういうのをもうとっくの昔にどこかに置いてきてしまった。身内への反抗心と認められたい気持ちと、恨みと憎しみとわけのわからない怒りにかられて、とんだクズ野郎になった。

 わかってる。

 でも、それでまあいっかとも思う。なにせ、こんなクズじゃないとあの家でただただ淘汰されたに決まっているのだから。


 町の神父様はこう言った。

 環境は人を変える。だが、だからといってそこから生み出された罪は許されるべきものではない。

 たとえ、悲惨なできごとが人格を変えようと、作り出した罪に同情するべきじゃないってことだ。そりゃそうだ。あんたの子供は殺されたけど、犯人は昔に悲惨なできごとがあって殺人者になってしまったんだ。可哀そうだろう? んなこと言われて納得できるやつがいるか。


「やめ……ろ。かえ……」


 路地は薄暗い。表通りから少し離れたここは、街灯から遠いのだ。それよりもっと奥まった暗い裏路地から鈍い音とかすれた声が聞こえてきた。

 あーあー、栄えある王都といってもひとつ裏にはいりゃどこでもいっしょだ。

 弱いものは奪われ、強いものが勝つ。そうできてる。

 助けてやる義理もない。俺はそこで通り過ぎようとしたが、なんの因果かとばっちりで飛んできたナイフに食いかけだったリンゴを地面に落とされた腹いせに、現場に突入してやったら結果的に殴られていた弱者と対面してしまった。


「あー、お礼がいるよな。俺、ぜんぜん金持ってなくて」

「期待してねぇよ。お前、浮浪者だろ。汚ねぇーから近づくなよ」


 そいつは俺の口汚い言葉なんてあんまり気にせずに、小汚い袋から硬貨を一枚取り出した。


「とりあえず三Gでいいか?」

「パンの耳も食えねぇーじゃん」

「悪い、でもこれが俺の全財産で……」


 ぐぅーーーーーー。

 小汚い男の腹が盛大になった。


「……おごらねぇーぞ」

「い、今のはそ、そういうつもりじゃない!」


 わたわたと慌てる男。髪が前も後ろももっさりしていて目元がよく見えないが、恥ずかしいのか首まで赤くなっている。


「ちっ、ドブ野郎なんざどうでもいいんだよ。しけた金に用はねぇから、もうどっかいけ--」


 ぐぅーーーーー。


「…………」

「…………」


 ぐぅーーーーー。


「……お前、いい加減にしろよ」

「腹の虫は、なんともできない……」


 背がやたら高いだけのガリガリの男は、力なく膝をついて腹を抑えた。


「俺はなぁ、優しくねぇーの。神官様でもシスターでも神父でも、偽善者でもなんでもねぇー。飢餓に苦しむガキの前で、平気で飯が食える」


 ぐぅーーーー。


「どんだけ、可哀想な光景でも見捨てる自信がある」


 ぐぅーーーー。


「ざまぁみろ、それがお前のクソ以下の人生だ。じゃあ--」


 ぐぅーーーー。


「…………」


 ぐぅーーーー。


 こいつあぁ、俺に喧嘩を売ってんだろうか。俺の喋る先々で、腹の虫が大合唱。


 ぐぅーーーー。


「あああぁぁぁっ! もう、うるせえぇぇぇぇーーーー!」


 腹の虫にブチ切れた俺は、気が付いたらそいつに飯を奢っていた。今考えても、なんでそんなことをしたのかよく分からない。

 覚えているのは、キレて怒鳴りながらメニューを注文する俺をそいつは物珍しそうに見て、テーブルに置かれた飯を宝物のように眺めていた。

 確か、適当に頼んだその料理は、誰でも作れそうないたってシンプルなたらこパスタだった。




-------------------------------------


エピソード2~新人騎士二人ととある英雄~





「今思い返しても、ありえねぇーな」

「なにが?」


 狭い室内に成人男が二人。しかも片方は、成人男性平均身長を軽く超える高身長野郎。いやおうなしに圧迫される空間に、毎日俺はキレそうだ。だがしかたない、勇者になれなかった俺は、王都で仕事をするために、騎士を志し、ようやく入隊できたばかりの新入りだ。こいつ含め、新人は二人一部屋と決まっている。


「お前だよ、お・ま・え! なんであんときの腹ペコ野郎が一緒の部屋で騎士の新入りやってんだ!」


 こいつとは飯を奢ってそれでさよならのはずだった。だが、なんでか行く先々で遭遇するわ、巻き込まれるわで気が付いたら一緒に騎士になっていた。


「さあ? でも、これもめぐり合わせってやつだろ。俺だって浮浪者だった自分が騎士になったなんて今でも夢みたいだしな」


 アハハと笑うその横顔は、はじめて出会った頃のような小汚さも、骨のような頼りなさもない。高い背丈に見合った立派な体格と精悍な顔つきになっている。燃えるような赤い髪は短く切って、少し鋭い目元と相まってそこそこ女子に人気なのも知っている。

 だからこそ、あれがこれになったというのがまさしくありえなかった。


「クレフト! ルーク! 隊長が呼んでるぞ」


 先輩のその言葉に俺は渋い顔を。ルークは嬉しそうな顔をした。


「……お前ら、本当に対照的だな」


 先輩は苦笑しながら、面白そうに言った。


「新人デコボココンビ! しっかり、働けよー」


 --誰がコンビだ!




 俺は嫌々、ルークはウキウキと隊長室へ向かった。

 俺の実力は高い。剣技大会での優勝経験もあるし、生活と女子にモテたいがために騎士を志して訓練したので、所属先が王国騎士団の第一部隊でもまったく驚かなかった。むしろ当然だろ。

 そこにルークもいたのが完全に予想外だったが、それ以外は予想通りだったのだ。

 だがここで、もう一つ予想外が起こった。


「失礼します!」


 ルークが礼儀正しく、大きめな声でしゃきしゃきと入室した。俺はその後ろをそっと歩く。整然とした室内は、無駄なものが一つもない。本当に仕事をするための場所としてしつらえられている。使っている当人の性格なのか、仕事とプライベートはしっかり分けるタイプの人なのだろう。

 ま、男の性格とか分析するの俺には無意味だけど。


「ああ、よくきてくれた。夕飯前にすまないな」

「いえ! お気遣いなく」


 憧れの隊長を前に、ルークは少々緊張気味だ。俺は別の意味で胸の中がモヤモヤしている。不躾にも睨むようにその男を見た。完璧な外見、真っすぐとした井出立ち、穏やかそうな笑顔。

 こいつこそが、二年前に俺から勇者という未来を奪った男。


 --ベルナール・リィ・クレメンテ。


 銀色の髪も青い瞳も、なにもかもが綺麗で。この部屋みたいに無駄なんかない。人格も特に問題なく、騎士として模範的、スマートな身のこなしで恨まれやすい部分を払しょくする。世渡り上手ゆえにやはり頭が良い。

 完璧、完璧、あー完璧!

 天才と凡才の差を見せつけられる。俺にとっては鬼門でしかない男だ。勇者に選ばれ、勇者として見事に魔王を倒し、帰還した。重くのしかかる期待も涼しい顔で応え、ベルナールは名実ともに大陸の英雄となった。

 そして帰還してすぐに、騎士に復職し、功績をたたえて王宮騎士団へ入団予定だったはずだ。しかし、彼はそんな大出世を断り、騎士団としては一つランクが下になる王国騎士団へ入った。俺の上司になる第一部隊の隊長として。

 出世街道蹴るとかどういう神経してるんだ。天才の考えてることはわからない。


「数日前から第一部隊の隊長に就任した。ベルナール・リィ・クレメンテだ。よろしく頼む。これからの君達の活躍に期待しているよ」

「はい!!」

「……はい」


 ベルナールは軽い挨拶をしたかっただけなのか、用事はすぐに終わった。部屋を出ればルークはウサギみたいに飛び跳ねた。


「あー緊張した! 聞いた通り、すごいかっこいい人だったな!」

「そうだなー、イケメンだったなー」

「強そうだし!」

「魔王倒した英雄様だもんなー」

「優しそうだし!」

「正直エスコートもお上手なんだよなー」

「……クレフト、もしかしてベルナール隊長のこと嫌いなのか?」


 ここまであからさまで、もしかしてなのか。阿保ルークめ。


「嫌いとか好きとかっていうより、ただただ複雑なんだよ」

「え? なんで?」

「ちっ、脳みそスライムかよ」

「俺の脳みそにスライムはいねぇよ! 俺の脳みそザルなんだって先輩が言ってた!」


 自分の脳みそがザルだと、自信満々のキラキラした顔で言うお前に、俺はなんて言ったらいいんだ。しばらくルークのことはスライム君とあだ名で呼んでやろう。

 ばーか、ばーか!



 ---------------------



エピソード3~馬鹿につける薬はない~



「クレフト!」

「い・や・だ!!」

「まだなにも言ってないだろ!」

「言わなくても分かるわ馬鹿!」

「馬鹿だから頼もうとしてるんだろー!」


 半泣き状態で床を転げまわる図体ばかり立派な脳みそスライムなルークがうっとうしい。こいつがこうなっているのには理由がある。騎士には年に二回、能力テストというものが存在する。実力が伴っていないと判断されれば、騎士のはく奪だってありえる。騎士になれたからってずっと安泰というわけじゃないのが厳しい騎士の世界だ。

 で、ルークは剣術に関しては申し分ない。口が裂けても言いたくないが、見栄ばかりで本当はそこそこ優秀でしかない俺と比べて剣技にずば抜けた才能がある。もしかしたらベルナールにも匹敵するかもしれない末恐ろしい男だ。

 だが残念ながら、こいつは馬鹿である。

 ザルである。

 スライムである。


「一問でいいから! 教えて!」

「ったく、うるせぇな。俺も俺でテスト勉強あるんだよ! ああっ、一問だけだぞ」


 なんとか俺から一問もぎ取れたルークは安心して、用紙を差し出してきた。これは少し前にやった小テストだ。成績に直接響かないやつだが、これで本番のテストで自分がどれほどの位置にいるのかだいたい把握できる--んだが。


「……お前」

「おう」

「なんだこれ」

「この間の小テスト」

「見りゃわかる。ルーク、俺は疲れてるのか? 点数がゼロに見えるんだが?」

「そうなんだよ! なんでか全部外してたんだ! なんでだ!?」

「知るかあぁぁぁ! つーかてめぇ、今までなにを学んできたんだ!? サービス問題の掛け算間違えてるじゃねぇーか! そしてなんだっ、王国初代の国王の名前キングって! 馬鹿か!? 素直か!?」

「いやー、それほどでも」

「褒めてねぇーんだよおぉぉぉぉ!!」



 ***


 廊下を歩いていたら、床が揺れるほどの怒声が響いてきた。


「なんだ?」


 ぽかんとしていると、同僚の騎士が苦笑交じりにやってきた。


「あーあー、またやってるな」

「また?」

「ああ、お前昨日遠征から帰ってきたんだっけ。テストあるたびああだよ。新入りのデコボココンビのノッポの方が馬鹿でな。生意気な方が毎回ブチ切れんの」

「へぇー……」


『いいか! よく聞け! そしてそのザルよりたちの悪いワクみたいな脳みそに叩き込め公式を!』

『おー、クレフトわかりやすい』

『そうだろうな! お前は、ガキが一番最初に教会で教えてもらうひよこドリルからやれ! もう、寝るな! テストまで赤点ギリギリ回避地点までのぼれ! 死ぬ気で!』


 廊下まで丸聞こえの会話に耳を傾けて、二人の先輩騎士は笑った。


「なんだかんだで、生意気な方、徹夜で付き合ってんだよなー」



 ***



「クレフトーー!」「何点だ!?」


 テスト終了後、結果を発表された瞬間に同じタイミングで話しかけてしまった。ヤローを気にかけるとか俺も徹夜で疲れている。


「すごい! 点数が! とれた!」

「なんだ!? まさか、俺のおかげで赤点+一点か!?」


 超低く見積もった。


「赤点-五点だった!」

「死ね! 馬鹿!」


 数日の徹夜も無駄だったのか。いや、小テストゼロ点からよくやったと言うべきなのか。とにかく俺の疲労とやるせなさがすごい。誰か助けろ。


「げふっ! なにも殴らなくても……。そういうクレフトは何点なんだ?」

「満点に決まってんだろうがスライム! お前のせいでひよこドリルから完璧に復習したからなっ」


 ひよこからフライドチキンまで完璧にドリルを網羅した俺に死角はない。


「さすがだなぁ」

「てめぇ、なにのんびりしてんだ。赤点以上いかなかったら除隊だろ」

「んー、俺の場合、実技に加点があるからギリギリなんとかなりそう」

「あぁーそう。ったく、無駄に疲れさせやがってよぉ」

「悪い悪い。なんか奢るから」

「今は飯とかより、美女の黄色い声援が聞きたい」

「相変わらずだな、クレフトは」


 ルークは苦笑しながら、美女は無理だけどと癒しスポットとやらへ遊びに行くことになった。

 で。


「猫かよ」

「そう、猫カフェ。癒されるかと思って」


 猫で癒されるか美女の膝枕用意しろと文句を言いつつ、疲労と睡眠不足のため、猫に埋もれながら俺は爆睡した。



 ----------------------------------



エピソード4~出会い*十年後が楽しみですね~





「密売の摘発、か」


 騎士として勤めて半年以上。今回の任務は、王都に流れる密輸商品の出所の特定。それと密売人の捕縛だった。


「かなりやばいやつが混ざってるらしい。下手したら死罪もんだな」


 先輩騎士からの指示を聞きながら、俺とルークはチームを組んで行動していた。


「つーか、なんか気が付いたらお前とペアにさせられるんだけど!」

「クレフトの手綱はしっかり握っとけって言われた」

「は! 俺は、お前に知恵を授けろと言われたぞ」


 どっちもどっちなんかい。まぁ、確かに俺は頭に血が上りやすいタイプだ。ルークは逆に馬鹿だが冷静だ。手先も器用で、耳もいい。このへんは浮浪者時代に培った技能らしい。

 冷静さと器用さ、そして悪知恵。認めたくはないが、がっちりはまると気持ちいいくらい上手くいく。認めたくないけど。


 ベルナールの手際がよく、密売人の件は予想以上に早く片が付いた。首謀者の女と他仲間の男どもが数人、取引相手の商人数人が捕縛された。


「さすが隊長様、手際がいいこと」

「まーたお前は、隊長が怒らないからって……」


 仕事の早いベルナールに口を尖らせる俺を説教しようとルークが口を開いたが……。聞こえた小さな泣き声に気が付いた。二人で調べてみると、ドラム缶の中にまだ幼い少女が蹲って泣いていた。金髪の猫の髪飾りをつけた愛らしい少女だった。年の頃は七か、八くらいだろうか。

 すごく可愛い。


「お嬢さん、こんなところでどうしたんだい? 迷子かな? かっこいい騎士のお兄さんが来たからにはもう大丈夫だよ」

「クレフトがきめぇ……」

「るせぇ。こんな愛くるしい子は滅多にお目にかかれないぞ。十年後が楽しみだろうが」

「隊長ー、ここに犯罪者予備軍がー」

「隊長にチクんな!」


 その可愛い少女の名はリーナといった。どうやら捕縛された密売人の主犯である女の娘らしい。なんてこった。リーナは、母親と同じ牢屋に入ることを望んだが、そんなことはできるはずもない。大人しそうな見た目のわりに、意外に頑固で大変だったが無事司教様預かりとなったのだった。




 ---------------------------



エピソード5~今までなんかすまなかったという気持ちになった~





「わあ、可愛いね」

「まーた、ガキかよ。めんどくせぇから今回もお前の養子なシリウス」

「……兄さん、すぐに私に投げるのやめてください」

「いいだろ。目に入れてもいたくねぇと溺愛する娘が嫁にいっちまって毎晩寂しくて枕濡らしてんだろうが」

「泣いてません。義理の息子になった彼が憎くて毎晩愛用の釘バットをフルスイングはしてますが」


 --怖ぇ……。

 確か、シリウス神官の養子の娘は聖女だったはずだ。ってことは、この優しそうな顔して笑顔で凶器の釘バットを軽々とフルスイングする男の義理の息子ってのは……。

 ベルナールのことだろうなぁ。

 ある意味、この恐怖の代名詞のような二人から聖女を嫁にできるのはベルナールしかいない気がする。もしも俺が勇者だったら、真っ先に聖女との婚約は切りにかかるだろう。裸足で逃げ出したい。そもそも聖女は俺の好みじゃまったくなかった。地味だし生意気そうだし、なにより胸がない。

 なんてことをリーナを大聖堂へ送った帰り道にルークにした。


「胸ってそんな大事か?」

「大事だろ。ないよりあったほうがいいに決まってる」

「ふーん?」


 ルークはまったく興味がなさそうだ。


「胸は、ないよりあったほうがいいですよねー?」

「……なぜ今、俺に聞くんだ?」


 隊長の執務室で、片づけを手伝わされていたので少し当てつけのように聞いてみた。


「はぁ、珍しくそちらから話しかけたと思えば……」

「どーなんすかー?」

「気にしたことがない」


 あーそう。さすが聖人様のような方、品行方正とは真逆の俗物ですんませんね。


「……なんか変な勘違いをしていないか?」

「どういう意味ですかねー?」

「……まあ、君にどう思われようと仕事をしてくれるなら特に指摘したりしないが」


 そいつは助かる。どれほど複雑な相手でもそこまでさっぱりされるとかえって居心地がいい。けど、まだ完全に溜飲がおりなかった。


「隊長って好みの女性のタイプとかない人ですか?」

「……なんだ、その手の話、まだ続くのか」

「気になるんですよ少しは。隊長って完璧なのにさっさと文句も言わずに聖女と婚約してそのまま結婚しましたよね?」

「そうだな」


 正直、そこは不思議でならない。ベルナールほどの男なら選び放題だろうに。なんでまたあんな地味なぺちゃぱい選んだのか。


「……質問の答えになっているか分からないが……最初は、特に嫌いでもないし習慣に逆らう面倒をする労力を考えると、まあ別に結婚してもいいか。程度だったな」

「あー、隊長って政略結婚平気なタイプですか」

「そうだな。生理的に無理とかでない限りは」


 ベルナールは生粋の貴族だからな。そういう心構えは子供のころからしてるんだろう。そう考えると、聖女との結婚は、まあ別に不思議じゃなくなるのか。にしてもえらくドライだな。のろけられても困るが。


「とまあ、それは最初の話だな。魔王を討伐するころには、互いに色々知れたし信頼関係は結べたと思っている」

「ふーん? じゃあ、それなりに情はあるんですかね?」


 そのなにげない問いには、ベルナールは静かに笑うだけで明確な返事はなかった。

 ドライな関係にしては、えらく幸せそうだなと思った。



 ***


「隊長、結婚生活うまくいってねぇのかな」

「はあ?」


 そんなことがあって数日後、はかったようにルークが言った。


「今日、仕事で司教様のところに行ったんだが……」


 ルークは司教様と対しても耐えられる貴重な人材として、けっこう司教様に気に入られたようでよく使いっぱしりにされている。今日もその一環だったらしい。


「聖女様、司教様んとこにいたんだよな」

「ふーん。まあ、あそこって聖女の実家みたいなもんだろうし、普通じゃね?」


 興味がねぇ。


 次の日。


「今日も聖女様、司教様んとこにいた。司教様の執務室にゴザしいてゴロゴロしながら煎餅かじってた」

「主婦のほとんどの昼下がりと似たような光景だろ。普通じゃね?」


 興味がねぇ。


 次の日。


「今日も聖女様、司教様んとこにいた。なんかやらかしたらしくて、司教様に縄で吊るしあげられてた」

「イタズラした子供みたいなもんだろ。司教様は親の一人みたいなもんだし、普通……じゃね?」


 一瞬、どこが普通だと突っ込みそうになったが、これは突っ込んだ方が負けだ。

 興味ねぇから!


 次の日。


「今日も聖女様、司教様んとこにいた。なぜか司教様の愛刀持って司教様と追いかけっこしてた。死に物狂いの形相で」

「きっとかまって欲しいだけだ。あれだ、司教様は親のようなもん--っていい加減俺のセリフが苦しいわあぁぁ! どうなってんだよ聖女おぉぉぉ!」


 悔しいことに、興味が引かれてしまった。聖女(奇行種)にしてあの完璧騎士の嫁か。

 --ぜってぇ、会いたくねぇーな。

 根拠はない。ただ、聖女と面と向かって出会ったら……俺はなんとなく不幸になる気がした。



 ***



「……水もしたたるいい男っぷりですね、隊長」

「……そうだろう」


 下っ端らしく騎士団寮の入口を掃除していたら、ベルナールが帰ってきたので下っ端の仕事の一つとして出迎えようと思ったら、ベルナールがびしゃびしゃの水浸しだった。


「まさか、襲撃でもされたんですか?」


 されたとしても常日頃油断するような人じゃない。水をまともにかぶるとは思えないのだが。


「まあ、そうだな……あれは襲撃のようなもんだな」

「え!? マジで?」


 いったい、誰がこの天才騎士を襲って水をかけられるというのだ。手練れの隠密か!?


「……その……恥ずかしい限りだが……嫁が」

「…………はあ?」


 なんとも信じられない話だが、ベルナールの話によると嫁にイタズラされて盛大に水をかぶったらしい。

 聖女やべぇ。


「俺が言うことじゃないですけど、大丈夫なんですか……その嫁」

「いや、別に?」


 ベルナールはけろっとしている。

 ああ、いい男は度量も広いんか。けっ!

 狭量も甚だしい俺が胸中で悪態をついていると。


「ふふふははは。水をかぶるくらいもう慣れた。毎日サプライズトラップも攻略するのは面白い」

「へ、へぇ~?」


 なんだか不穏な雰囲気なんだが。


「一週間のうち、四日も実家に帰ろうと、寝室が別だろうと、かまわない」

「……あれ? それ夫婦……?」

「俺はね、クレフト。結構毎日楽しいんだよ。なんといっても--」


 どうやって嫁を返り討ちにしようか考える時間が、本当に本当に楽しいんだ。

 そう笑顔で語ったベルナールは、見事に俺の一時のトラウマになるほど怖かったデス。


 その日、俺は夜うなされながらも理解した。

 ベルナールは完璧でもなんでもねぇ。天才でイケメンでなんでもできるが、嫁に関してはポンコツである。


「なんか最近、隊長に対する当たりが緩くなったな? クレフト」

「人それぞれに、穴はあいてるもんだよな。それが完璧にみえるようなもんにもさ」

「どうしたクレフト!? 腐ったもん拾い食いでもしたのか!?」


 ルークじゃあるまいし、それはない。




 ------------------



エピソード6~出会い*ドジっ子は美少女だけにして欲しい~



「今回の仕事は貴族の護衛かー、正直面倒」

「だよなー」


 ルークが剣をもてあそびながらうだうだしている。本来、いつもは俺がこんな感じでルークに怒られるが、今回はルークも同じポーズだ。

 やりがいのある護衛対象ならともかく、今回の貴族はかなりきなくさい噂が多い野郎だった。会ってみてはっきりわかった、クソみたいな目の男だ。しかも騎士の護衛が数人いるのに対し、金にものをいわせて傭兵なんかも多く雇っている。貴族の身辺警護は騎士、他屋敷の見回りなんかは傭兵が担当するようだ。

 荒事が得意そうなガタイの立派な男が多いが、その中でひときわ目立つ奴がいた。体躯は立派で、太い腕は丸太みたいなのに、その体格にまるで似合わない穏やかなタレ目の男だった。荒々しい性格の奴が多い中、時折喧嘩の仲裁したり、場を治めたりしている。一歩間違えれば喧嘩の仲裁なんてとばっちりしか受けないだろうが、あの男は弁が立つのか波風立たせずに終わらせていた。


「傭兵や戦士ってよりか、教師みたいだな」

「なにが?」

「なんでもねぇ」


 巨漢のおっさんとか、この世で一番興味ねぇーし。

 さっさと暇な時間を終わらせて帰りたい。そう思って、もはや相棒といってもいいような感じになってしまったルークを探したが、さっきまでそこにいたはずなのにいない。

 ったく、ちょこまかと。

 ルークはなかなか冒険好きなので、目を離すと時々いなくなっているのだ。毎回探すこっちの身にもなって欲しい。今回は屋内なのでそれほど時間はかからないだろうが面倒だ。

 面倒に思いながらもルークを探すと、思いのほかすぐに見つけた。ルークの奴、あの巨漢のおっさんと楽しそうに話をしていたのだ。


「おいルーク、一応仕事中だぞ」

「おお、悪いな。おっさんの話、すげぇ面白くてさ」

「ふぅ~ん? なに話してたんだよ」


 おっさん、レオルドというらしい男は元教員で色々あって今はフリーの戦士らしい。元教員だけあって知識も豊富で話が面白かった。遺跡のこととかあまり興味ない話題もなかなか面白げに話してくれる。おもいがけずいい暇つぶしになってしまった。


「じゃあ、そろそろお開きかな。ここいらで止めないと怒られそうだ」


 レオルドの合図で俺達は解散することになった……のだが。


「うおっ!?」


 レオルドがなにもないところでコケた。拍子に運の悪いことに近くのツボをひっかけて落としそうになる。


「うおおおおおお!!」


 咄嗟に体が動いてツボをキャッチした。


「ナイスキャッチ、クレフト!」

「あっぶねぇ!」


 このツボいくらだよ!? 貴族の屋敷にあるものだ、下手したら多額の保険金でもかけて死なない限り返せない額になるぞ。


「わ、悪いクレフト。大丈夫--」


 カツン。

 おっさん、またなにか触って落としそうになった。


「うおおおおおお!!」


 次はルークが滑り込みでキャッチした。


「ナイスキャッチ、ルーク!」

「あっぶねぇ!」


 まったく同じセリフを言ってるな俺達。


「おわわわ、ほ、ほんとにすまな--」

「「おっさん、そこを動くなーー!!」」


 俺達は二人しかいない。これ以上の落下には対処できない。

 ドジっ子属性だったおっさんは、そこでステイである。

 まさかの冷や汗の事態だったが、なんとかツボやらなんやらをおっさんのドジから守りきった。


 まったく、世話のやけるおっさんだったぜ……。

 その後、なんの縁か再びレオルドと顔を合わせることになった俺達は、ルークの馬鹿っぷりをなんとかするため、おっさんに家庭教師をお願いすることになったりする。



 -------------------------



エピソード7~とりあえず平和なのは間違いない~




「今日もいい天気だなー」


 ぼけーっとそんなことを呟く。

 騎士になってもうすぐ一年。色々あった一年だった。三年前、王都へ聖剣祭に参加するために……あいつらを見返すために勇者へ挑戦したあのころからずいぶんたった。結局俺は勇者にはなれなかったし、復讐も完遂できなかった。でもまあ、今の暮らしが悪いかといったらまったくそうでもない。

 悔しさはわずかに残るが、それをいちいち潰しにいくほど現状に不満があるわけじゃないのだ。


「あー、まぁたグダグダしてるなクレフト」

「いいだろ、今日は俺非番」


 馬鹿なのに真面目なルークは、非番でもあんまりグダグダしない。

 仰向けになってごろんと空を見る。空は青くて澄んでいて、とても平和だ。


「……なあ、ルーク」

「なんだ」

「もしも、もしもさぁ、俺が勇者になれてたら俺は幸せになれたかな?」

「……なんで?」


 勇者になれれば、復讐ができたはずだった。見返して、あいつらを地獄に落として、それはきっとすっと心が落ち着いただろう。本懐を遂げれば、また別の未来があったのではないかと思えた。

 今ではもうそれも想像の域をでないが。


「違う未来の話したって、意味がないと思うが」

「そうだけどなぁ、でもやっぱり気になるじゃん? 俺、間違ってなかったのかなって」

「つーか、クレフトが勇者になる未来とかてんでおかしいじゃん。隊長が勇者で正解だ」


 呆れた様子で断言するルークに、俺も『そうだなぁ』と思った。


「俺が勇者だったら、まあそれはそれは酷いことになったかもな」

「そうだよ。ってか、お前が魔王を倒せるわけない」

「ああ!? 言うじゃねぇーか、俺だってなそれなりに訓練すりゃルークや隊長にだって追いすがるくらいはできんだぞ!?」

「そうだろうけど、勇者になっていい気になったクレフトが一生懸命努力するようには思えない」


 あーー……それは同感。

 根本的に俺、クズ気質だからな。


「クレフトは、この未来が不満か?」


 ルークの問いに、少し考えて、少し悩んで。


「まー、これはこれで? って感じかな」


 結局のところ、訪れなかった未来なんてどんなもんかわからない。今ここにあるものが、そのすべてである。


「クレフト! ルーク! おーい、デコボココンビー!」

「「誰がデコボココンビだ!」」


 誰にも言わないが、実は心のどこかでこの未来で良かったと思っている自分がいる。俺はどうしようもないクソ野郎だが、俺の周囲の人間はどうもオカシナ連中ばかり集まった。



 昔、町の神父様はこう言った。

 環境は人を変えると。

 ねじ曲がったどうしようもない俺を、今の環境がまた再び形を変えていく。

 人は人に影響されずに生きることはできない生き物らしい。

 俺は死ぬまで真人間にはなれないだろう。

 けれど、ほんの少し、以前の自分とは違う形になるだろう。

 それは幸せなのか、不幸なのか、訪れるまでわかりゃしないが。


 まあ、いっか。





 ~if(嘘)もうひとつの、勇者の未来~(完)

書籍版一巻発売中。二巻が四月十日に発売予定です。

コミカライズ企画進行中! 続報をお待ちください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 楽しく読ませて頂いています。 クレフトが勇者にならなかったifのお話ですが、 これはこれで正道なのでは?と思ってしまいました。 ルーククレフトコンビがとても良い感じですね。 ただ、こちらの…
[良い点] 番外編ね番外編かー ifストーリーだしギャグでいく感じかなー軽く読めそう楽しみ〜♪ →からの、、 えっ?何これ泣けるじゃん泣けるんだけどマジかよここでまさかの幸福なif endかよこういう…
[一言] 今回の番外編好きです。
感想一覧
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