〇21 唯一のチャームポイント
村のあちこちから火の手があがり、焦げた嫌な臭いも充満し始めている。住人の悲鳴も聞こえ、暴れている人形は私達の前にいる数十体以外にもいることがうかがえた。
だが、私達は村の火消しも救助もしに行くことが叶わない。
なぜなら……。
「ラミリス卿の命により、アレハンドル村を粛正する。逆らうな。逆らわなければ命はとらん」
……それは粛正か? 粛清の間違いじゃないか。
ってか、なんでそんなことになってるの!?
「ちょ、ヴェルス! あんた、腐れ伯爵の犬になったことは知ってたけど、なにしでかしてくれちゃってんの!?」
青ざめた顔のままだが、果敢にもキャリーさんが食ってかかった。だが、幼馴染であるはずのヴェルスさんはとても冷ややかな視線で、まるで威圧するかのように彼女を睨み返した。
「気安く呼ぶな。これでも一応、卿の信頼を得てこのあたり一帯を管轄する管理官長になっている。貴様らより身分は上だ」
キャリーさんは悔しそうに歯を食いしばった。
貴族が治める地方領土は、広い土地の場合に信頼する部下を管理官として区画分けして配置することがある。どうやら彼は、その管理官の中でもまとめ役になっているらしい。
「……ヴェルス、これは一体なんのマネだ?」
黙るしかなくなったキャリーさんの代わりに次に口を開いたのはレオルドだった。喉の奥から唸るような低い声だ。
「言っただろう、粛正だと」
「村の人達がなにをしたんだって聞いてるんだ!」
珍しく怒気を孕んだ叫びが、レオルドの口から発せられた。こうしている間にも、とぎれとぎれに悲鳴が聞こえている。
「……さあ?」
「……さあって……お前」
「卿が村を粛正しろと仰った。俺はそれに従うだけだ」
理由などどうでもいい。そう言いたげな、ごっそりと感情の抜け落ちた顔でヴェルスさんは言った。
……なんだろう。あのとき、あの場所で出会った子供のヴェルス君とはまるで別人だ。いや、本当に別人なのかもしれない。よく考えてみれば、あれが時を越えた出会いだったとして、今のレオルドに私の記憶がないのがおかしいのだ。おそらくはいわゆる並行世界といわれるやつで、ありえたかもしれないもしもが同じ時間軸で横の軸に広がっている。
もしかしたらの世界。
ありえたかもしれない世界。
その一つに触れた、ただそれだけのことだったのだろう。だからこそ、多くの魔導士が行方知れずになった時間遡行の反動を受けなかったのではないだろうか。
でも、そうだとしても……あまりにもあの子と彼は違い過ぎた。
耳の奥に残る。彼が最後に訴えた言葉。
『俺が未来で、狂気におかされていたのなら大切な友達を殺す前に、殺してくれ』
もしも、もしもその言葉が今の彼と関係があるのなら、私は。
「粛正対象は、貴様らだ。大人しく従うなら村への無差別な攻撃を止めてやろう。どうする?」
「くっ!」
レオルドがきつく拳を握りしめていた。あまり強く握り込み過ぎると爪で手のひらを傷つけるかもしれない。私はレオルドの前に進み出た。自然とヴェルスさんの視線に晒される。冷たい濁った目。あのときの彼は、意地悪で口が悪くて素直じゃない子だったけど真っすぐで綺麗な赤紫色の目をしていた。
「大人しく従いましょう。なので、村への攻撃を今すぐやめていただきたい」
「マスター!」
レオルド達から戸惑いの視線を感じるが、私は視線をヴェルスさんからそらさず真正面から対峙する。彼はそんな私をじっと見つめると。
「賢明な判断だな」
すっと右手をあげると、人形達は一斉に動きを止めた。その後、彼の指示でレオルド、ルーク、リーナ、アギ君、キャリーさん、ベックさんは村長の家に一か所に集められることになった。私も途中までは一緒だったんだけど。
「おい、そこの黒髪の小娘、貴様はこっちだ」
なぜか私だけ別行動させられることになった。ルーク達に心配そうな顔をされたが、大丈夫よ! スキあらば強化版キックで股間の急所狙って一泡吹かせ、村を襲撃したこと後悔させてくるからね! というメッセージを込めた視線を返したら、『そういうことじゃねぇ……』的な感情の揺らぎを感じたけど、まあ気にすることはない。
私がヴェルスさんに連れられて来たのは、ラミリス伯爵私兵が集まる野営地だった。ちょっと教えてくれた情報によるとここの兵士は全員ヴェルスさんの部下らしい。管理官長を任され、兵の一部隊も率いているとは、かなりラミリス伯爵からの信頼は厚い様子だ。
「ここで借りてきた猫のように大人しくしていろ。暴れたり、逃げ出そうとすれば村がどうなっても俺は知らん」
と、ぽいっと放り込まれたのは野営地の中央付近にある一時的に捕虜を入れておくような簡易的な牢屋だった。貧しい出自なので、今更地べたで寝るのはそれほど苦痛じゃないし、なんなら快適に寝られる自信があるけど問題はそこじゃない。
私を別にした理由が不明瞭だ。なにかさせられるのかと思ったら、そうでもないようで見張りが交代でついてはいるけどなにかを指示されることはなかった。
少し身構えていたが、こうあっさりしていると逆に暇で暇で仕方がない。
「兵士のおにいさーん、暇なんでしりとりしません?」
「おーう、おにいさんも嬢ちゃんがいい子で暇だから、しりとり付き合っちゃうぜ」
すっかり見張り番の兵士のお兄さん方と仲良くなってしまった。ラミリス伯爵の私兵というから嫌な連中なのかと勝手な先入観を持っていたけど、ここの多くの兵士は貧しさから家族のために兵士にならざるをえなかった人達がほとんどなんだそうだ。
「みー、みー、みみず」
「ず……ず……ずって難しくないか?」
「おにーさん、異世界にはずんだという緑色の豆から作るおいしいスイーツがあるそうですよ」
仙台においしいずんだスイーツがあるとか。異世界知識はだいたいがソラさんが勝手に喋った内容を覚えている形なんだけど、なんでもソラさんの父親であるアオバさんの故郷が『トウホク』という地方だったらしく『センダイ駅においしいずんだスイーツがある』んだとか。甘いもの情報だったからしっかり覚えている。
『あ、でも父さんに間違ってもセンダイのスイーツって言っちゃダメだからね』
『え? なんでですか?』
『センダイって地域名で、領の名前はミヤギだからだよ。首都らへんではミヤギ? ミヤザキじゃなくて? って言われて通りが悪いからセンダイって通称されてるだけで、本当はミヤギと言わないといけないらしいよ。間違えるとすごい怖い顔されるから注意ね』
なにやら繊細な理由があるそうなので、よくわからないが頷いておいた。ソラさんがさらに『フクオカ出身異世界人には、ひよこ型のスイーツの話題も厳禁らしいよー』という情報もあるが、異世界人と頻繁に会うこともないので一生使わない知識かもしれない。
ひよこ型のスイーツってなんぞ?
「スイーツかぁ、俺ら貧乏人には手の届かない贅沢品だよなぁ」
呟くように兵士の一人が言った。
そうだな。今ではスイーツにありつけている私だが、孤児時代は街角のスイーツ屋さんの近くで良い匂いを嗅ぐしかできなかった身の上だ。スイーツ買うお金があったらパンを買う。
兵士達の体つきを粗末な鎧の間から観察したが、王都にいる騎士達とはまるで違う。細くて、骨が浮かんでいる人も多く、栄養不足を感じられた。これで剣を持っても武器に遊ばれるだけではなかろうか。はっきり言って出会った頃のルークと大差ない。
領主城のあるアメルへスタでは、それほど貧しい人を見なかったけど、もっと離れると貧しい人が多いのかもしれない。アレハンドル村も平民にしては生活がキツそうだったが、それ以下の村も多いのだと断片的に兵士達から聞いた。
「ラミリス伯爵、もう少し俺ら民のことも考えてくれたらなぁ。ダミアン様も再婚なのにすごい気合入った豪勢な式にするみたいだし--」
「おい! 滅多なことを言うな。兵士長に聞かれたらどうするっ」
ぽろりと本音を言ってしまったのだろう兵士を隣の兵士が叱り飛ばすと、ささっと周囲を確認した。ヴェルスさんがいないか警戒したんだろう。
「えーっと、やっぱりヴェルスさんは伯爵派なんですか?」
「ああ、あの方の忠誠心はどこからくるのかわからないくらい高くてな。うっかり伯爵の陰口でも叩こうもんなら兵士長にどんな体罰をくらうかわからん」
「そうそう。お嬢ちゃんも気をつけろよ。鬼だぜあの人。前なんか口滑らせた兵士が死んだからな……」
そう言って震えあがる兵士達が嘘をついているとは思えない。
……レオルドも子供のころの面影がない! とか思ったけど、性格的な部分はほとんど変わってないだろう。ヴェルスさんは、あのときの姿から順調に大人になった姿だが中身の方は入れ替えたのかといわんばかりだ。
「今回もわけのわかんない出兵だしさ。俺達かりだされたけど、兵士長はわざわざ得体の知れない人形使ってるし、なんで俺達ここにいんだろ……」
同郷の民であるアレハンドル村の人達に害成す片棒を担がされている兵士達の憂鬱は、かなりたまっている。彼らも私と同じで暇だ。ヴェルスさんは人形しか今のところ使ってない。連れてきた兵士達は村の近くで野営させるだけでなんの指示もない。村人を襲えと命じられるよりマシだが、さっさと帰りたいと思う人達が大半だ。
うーん、ここに来て三日くらいだけどヴェルスさんの行動、不可解なところがちょこちょこあるんだよな。
お情け程度の藁ベッドで考え事をしながら豪快にゴロゴロしていると。
「……おい、とんでもない寝相するな。段差から落ちて怪我しても知らんぞ」
「大丈夫です。結構頑丈なんで。頭なんて岩を割れるくらい石頭でして、なにを隠そう私の唯一のチャームポイントなんですよ」
「貴様の悲惨なチャームポイントを突っ込むほど暇じゃない。出ろ」
仲良くなった兵士達に心配な顔をされたが、大丈夫! 兵士長さんに怖い事されそうになっても先手必勝でチャームポイント頭突きを繰り出し笑いを誘うから! という視線を送ったら『違う、そうじゃない』というメッセージの視線を返された気がするが、気にすることはない。
ヴェルスさんに再び連れられてやって来たのは。
「おねーさあぁぁぁん!!」
「マスタあぁぁぁぁ!!」
「うわあああああ!?」
天使で可愛いリーナのタックルはまだしも、レオルドは無理だからね!? ということで、リーナをキャッチしてすぐにレオルドを交わすと、レオルドはゴロゴロと転がって綺麗に立ち上がった。百点満点。
「大丈夫! おっさん、こうなると分かってたから!」
「じゃあ、なんでやったんだよおっさん……」
冷静なルークの突っ込み。
そう、私はみんなが集められている村長の家に放り込まれた。ヴェルスさんはまたみんなに大人しくしているようにと釘をしっかりとさして去って行った。軟禁状態は続くらしい。
ふむ……本当にヴェルスさんの行動は不可解だ。
なんでわざわざ数日だけ私を野営地に置いたんだろう。ヴェルスさんになにか得があっただろうか?
「シアちゃん、ヴェルスになにもされなかった?」
キャリーさんが心配そうに聞いてきた。
「いえ、特に。かなり快適な藁ベッド牢屋でした」
「そ、そう……」
「あはは~、シアちゃんって実はキャリー以上に野生児なの~?」
べしんとベックさんがキャリーさんに後頭部を叩かれた。和ませのつもりだったのだろうが、ルーク達の顔から心配の色は消えない。
「もう心配しないで! ほーら、得意の聖魔法も絶好ちょ……」
ルークにテンションの魔法でもかけようかと思ったのだが……あれ? 発動しない。
「あれ? おかしいな」
それから何度も試して、いつもは省略する呪文もしっかり唱えたのだけど。
「ま、魔法が使えなくなってるーー!?」
非常事態になった。