☆1 あ、そう
「お前との婚約は破棄するから」
勇者は私に向かってさらりとそう言った。
旅の途中、立ち寄った町で宿をとり一人部屋でくつろいでいたら、パーティーメンバーの魔法使いの女に顎をくいっとやられた。ついて来いということらしい。彼女が私に対して態度が悪いのはいつものことなので、内心辟易しながらも従った。断ると後が面倒くさいから。
彼女に連れてこられたのは勇者の部屋だった。宿の一番広くて、一番豪華で、一番値段の高い部屋だ。彼が我儘を言って無理にとった部屋。予約のお客さんがいたっていうのに……。
部屋の扉を開けると、勇者が椅子に座って待っていた。
ご丁寧に周囲に美女をはべらせて。
パーティーメンバーの子もいるし、そのあたりでひっかけてきたんだろう子もいる。
ああ、頭痛い。
勇者は私を見るとご満悦に開口一番、冒頭の台詞を吐いた。
「勇者は聖女と結婚すべきっていう風習は悪だよなぁ。お前みたいな地味な女と婚約させられてこっちは迷惑だったんだ」
聖女は、私だ。
黒い髪のおさげにこげ茶の瞳、平々凡々な容姿の薄い貧相な体型。
言われるまでもなく自分が一番良く知っている、地味だということを。
でも私は聖女と判定され、同じく勇者と認められたこの男と婚約させられた。確かに彼の言う通り、勇者は聖女と結婚すべきという風習は悪だと思う。私だってこんな男、さらさらごめんだ。
吐き捨てたい唾を必死に奥にとどまらせていることなど知らないのか、勇者は続ける。
「けど、見ろ。俺は沢山の美女を手に入れた。女はより取り見取り、お前みたいなちんけな女、俺には必要ないんだ」
ふう、っと勇者が困った顔で深々と溜息を吐く。
その顔、ぶん殴りたい。
「それにお前が聖女だなんてかなり疑わしい話じゃないか。確かに聖魔法は扱えるが、奇跡なんてみたことないし。よっぽどこっちにいるエイラの方が、聖女らしい」
銀色の長い髪に青い瞳の可憐な美少女が、そっと勇者に寄り添いこちらを見てくすくす笑う。
まあ、見た目はそっちの方が聖女っぽいよね。清楚な見た目して中身はどうなのかは知りませんが。
奇跡?
使ってるよ、いつも。
勇者と取り巻きの花畑みたいな頭と戦闘力で魔王軍と戦って勝ち越してるの奇跡だからね?
私の、奇跡だからね?
まさかそんなことにも気づいていなかったなんて残念過ぎて眩暈がする。
私がなにも言わない事を、ショックでも受けているのかと思っているのか勇者は楽しそうだ。
「悪いがお前とは婚約破棄して俺は自由にハーレムを楽しむ! お前は聖女業からもこのパーティーからも解雇だ! 国王には俺から言っておくよ、やはりお前……シア・リフィーノは偽物聖女でしたってな」
取り巻きの美女達が勇者と共に高らかに笑う。
ぷちん。
もう、付き合ってられんわ。こちとら義務感で付き合ってただけなんだから。
「あ、そう。じゃあ、私は荷物まとめて出ていくから。さよなら勇者様」
「おう! 二度とその地味な顔を見せるなよ!」
背を向けて部屋を出る。
完全勝利の笑い声が、背から聞こえるがそのまま扉を閉めた。
よっしゃあぁぁぁぁ! 自由じゃああぁぁぁ!
聖女になってからこれまであの色ボケ勇者に散々付き合わされてきたこの地獄の一年。ようやく解放された私は、うんと背伸びした。
それにしても聖女の奇跡の力なくして、どこまで魔王軍と花畑ハーレム勇者パーティーが戦えるのか見ものだな。ご自慢のエイラちゃんあたりが聖女に目覚められればいいですね、勇者様。
部屋に戻って、少ない荷物をまとめると部屋を引き払い町へ下りてすぐに馬車に乗った。
目的地は王都。
せっかく勇者パーティーを抜けられたのだから、前々からやってみたかった仕事をやってみようと思う。その為には王都に行くのが手っ取り早い。
できるだけ早い馬車に乗って、王都を目指した。
路銀?
もちろん、勇者の鞄からくすねてきた。
退職金だ。今まで働いてきた当然の報酬である。