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圧倒の巨神装機と縮小世界(リダクション・ワールド)

 遠矢が腕に力を込めると、巨神装機が瞬時に同調し、力を何倍にも増幅。耐久限界を超えるほど捻じ曲げられたゾマット隊長機の右腕は火花を散らし、肩の付け根部分から引き千切れた。


『(ザザッ)右腕ごと損壊だと!? バカなッ!』


 右腕を失ったゾマット隊長機は、反動で後ろに倒れるようによろけバランスを崩す。壁際まで後退しながらも、かろうじて踏みとどまる。

 ゾマットの右腕は接合部分から破断し、放電の火花をバチバチと散らしている。


「こいつら、本当に機械なんだ!」


 遠矢は改めて機械人形(マシンドール)という兵器の存在に驚きの声を漏らす。

 力を失い、動かなくなったゾマットの右腕だった金属の塊を、遠矢は真横に投げ捨てた。

 ズゴォオン……と破片と共に重々しい音が格納庫内部に響き渡る。破片や塵の細かさは、特撮(・・)とは違う。小人たちの世界基準の微細なものだ。


『(ザザザッ)こいつ……! 動きがさっきまでと違う!(ザザ……)破壊するぞ少尉!』

『(ザッ)隊長ッ、射撃しますッ!(ザッ)』


 敵兵達の緊迫した声が漏れ聞こえた。

 遠矢の眼前には≪巨神:自律稼働モード≫の文字が浮かんでいる。


「これが……巨神装機の、本当の力……!?」

 遠矢は驚きのあまり、装甲に覆われた自分の両手を見た。


 ――動くだけじゃない! 力が増幅されているんだ!


 自分の四肢を自由に動かせる、本来は当たり前の感触を確かめる。(てのひら)を開くと、甲冑に覆われた指先がその通りに開く。

 動作の度にキュィン……という駆動装置(アクチュエータ)の動作音が全身から聞こえてくる。


 腕を上げ、自分の顔をそっとなぞる。金属のこすれ合う音と、ゴツゴツとしたフルフェイスヘルメットを被った頭部の感触が伝わってきた。デュアルセンサーらしい双眸を備え、ブレードアンテナが二本、後ろに伸びているのがわかる。


『巨神装機とトーヤの力が完全にシンクロ、一つになったんだわ……!』


 珠希が操縦席の中で瞳を大きくする。

 手も足も出なかった敵のゾマットを易々と押し返したそのパワーこそが、この世界において巨神(・・)と呼ばれる遠矢の力を、何倍にも拡張する『巨神装機』本来の性能なのだろう。

 

「わかる……! これは……僕の力を増幅させる機械(マシーン)なんだ」


 ≪警告:ロックオン警報!≫


 警報が鳴るのと殆ど同時に、ゾマットの腕に内蔵されている機関砲が火を噴いた。


 ――そんなもの!


 遠矢は軽くステップを踏み、赤い火線をかわす。背後では着弾した弾丸が壁面でバリバリという小爆発を繰り返している。

 信じられない反応速度だった。巨神装機が、動く意思を感知し瞬時に増幅している。遠矢は一瞬で格納庫内の端までジャンプしていた。


『(ザッ)かわしただと!?』

『なんて機動性だッ!』

 ズシャアッ! と、着地した遠矢の足下で床が砕け散る。だが、着地の衝撃や重みを感じない。

 遠矢はそのまま身を屈め、再び地面を蹴った。脚全体が柔らかいバネのようで、脚の反発力だけで軽々と跳べる。


「凄っ、うおぉおおおっ!」

『むきゃぁああ!?』

 遠矢と珠希は、その強烈な重力加速に悲鳴を上げる。


 遠矢を狙う弾丸は全て空を切り、背後の壁に穴を開ける。敵のセンサーには、まるで巨神装機が消えたように見えたであろう、あまりにも高速な、飛翔。

 遠矢はゾマットの懐に飛び込んでいた。


『――はッ! 速いッッ!?』


 ゾマットの操縦席で兵士が驚愕する。

「うぉおおおおおおっ!」

 遠矢はゾマットのゴキブリマスクのような顔面を、真正面から鷲掴みにする。そして、そのまま力任せに頭ごと振りかぶるように投げ飛ばした。

『(ザッ)ぐはぁあっ!』

 ガゴンッ! と、ゾマットの頭部が地面で跳ね返り、顔のパーツが砕け散る。

 それでも勢いは止まらず一回転。背後の格納庫の壁に激突したゾマットは、壁をぶち破り、衝撃音を響かせながら地面に叩きつけられた。

 黒い機械人形は、動こうと一瞬身じろぐが、全身の関節から派手に火花を散らし、そのままグシャリと崩れ落ちるように動かなくなった。


『す、凄い! 一撃で倒した!』

「ごめん、ついカッとなって……」

『トーヤ、後悔なんてしなくていいわよ』


 珠希が操縦席で呆れたように言う。僅か数秒前まで激しい機銃掃射を繰り返していた敵は、ただのスクラップと化し、無残にも地面に転がっていた。


 遠矢は自分の足の感覚を確かめるように、今まで居た格納庫の外に歩を進める。ズキュシュズキュシュ……という軽い機動音が耳に心地よい。


 見上げると空が見えた。ライブカメラで見えていた朱色に燃える、悲しげな夕暮れの空。


「これが……」

『うん、私たちの、世界』


 目の前に広がっているのは、珠希が暮らす「世界」だった。


 見回すと、この場所は小高い山の麓らしく、周囲は、遠矢の背丈よりも低い木々に覆われている森だ。森の向こうには小さな家々が並んでいるのが見えた。

 それは小人の家なのだろうが、童話にでてくるメルヘン調なわけでもなく、拍子抜けするほど普通の家々だった。川も橋も、遠矢なら一跨ぎにできそうな大きさだ。

 近くには大型のラジコンカーぐらいの装甲車が横転し、煙を上げていた。先ほどの戦闘で破壊されたものだろう。


「ここが珠希の……世界」


 遠矢は息をのむ。自分が巨神と呼ばれる理由。珠希だけが小人なのではなく、この世界のすべての物が小さいのだ。


 それはまるで「縮小世界(リダクション・ワールド)」だ。


 ≪警報:接敵≫


 警報音が遠矢の感慨を吹き飛ばした。赤い警告表示と矢印が背後を指し示す。


『(ザザッ)よくも少尉をぉおおおッ!』


 遠矢が格納庫のほうに向き直ると、最初に腕を引きちぎった機体が、残った腕で、腰のホルダーから別のコンバットナイフを引き抜く。そのまま構えると、猛然と突進してきた。


「珠希! 使える武器は?」

 遠矢は叫びながら身構えた。

『これが使えるみたい!』

 珠希が、指先の操縦レバーのトリガーを操作する。

 遠矢の腰を覆う装甲の一部がバクンと開き、ナイフの柄がせり出した。

「こっちも、コンバットナイフ!?」


 遠矢は右手でナイフ状の武器を引き抜くと、低く構えた。遠矢の感覚で刃渡り20センチほどのシンプルなコンバットナイフだ。しかし、切っ先からはキュィイイイ、という高周波のような振動音が響く。


 ――相手は人じゃない! 動けなくできれば……。


『(ザザッ)おのれエゾスの新型ぁあッ!』


 ゾマット隊長機が、全重量を刃先に預け遠矢めがけてタックルを敢行する。


 ≪警報:近接戦闘!≫


 遠矢は紙一重で突進をかわし、すり抜けざまにナイフを振り抜いた。手に軽い衝撃を伴いながら、斬撃が赤い炎をのような軌道を描く。

 ギィン! と敵のコンバットナイフの刃先が宙を舞い、地面に突き刺さった。その手ごたえの無さに、遠矢は拍子抜けし思わず振り返った。

「な――!?」

 遠矢の背後では、交錯したゾマット隊長機が既に勢いを失い、二歩、三歩とよろめき片膝をつくところだった。

『(ザッ……ザザ)装甲が紙切れ同然……だと(ザッ)』

 すれ違いざまに薙ぎ払った腰から腹部にかけて、バックリと装甲が赤く溶断されていた。


「このナイフ……ヤバイじゃん!?」

 ゾマットはグラリと傾いたかと思うと激しい放電を放ち、その場に崩れ落ちた。


 敵の複合装甲を容易く切り裂いたそれは、超高周波振動と高温プラズマを同時に刃先に励起させ、対象物を原子間結合レベルで切断する近接戦闘武装――プラズマダガーという装備らしい。


『二機目もやっつけた!』

 珠希がコックピットで感嘆の声を上げる。

「や、やったのか?」


 ≪警報:接近警報≫


 遠矢が荒い息を整える間もなく、またもや警報が唸りを上げた。


「あ、新手!? まだ……くるのか?」

 遠矢は巨神装機の中で渋面を浮かべた。

 奇跡的な勝利の余韻に浸る間もなく接近する敵影をカーソルが指し示す。前方の鬱蒼とした森に目を凝らしてみても既に暗くなりかけた空の下、視界は悪い。

「どこだ? 見えない……そっちからは何か見えるか?」

『見えないわ! こっちの情報表示には何も』


 と、正面の木々が薙ぎ倒され、新手の黒いゾマットが飛び出した。

 頭部のセンサーはアクテイブモードなのか、赤く爛々と輝いている。左の肩にシールドを装着していて、手には大きな突撃銃のような重火器を構えている。

 先ほど倒した二体が威力偵察用の軽武装タイプなら、これは強襲型(・・・)だろうか。


「くそ! どうする?」

 遠矢はとっさにナイフを突き出すように構え、目線を外さず声だけで珠希に尋ねる。


『まって……ロックオンしてこない? 撃つ気が、無い?』

 その時、先ほど倒した二体のゾマットの残骸の一部が弾け飛んだ。


「なんだ!?」


 遠矢が背後を振り返ると、先ほど破壊した二体のゾマットの胸部装甲がそれぞれ吹き飛び、ぽっかりと空いた胸の中から、小さな何かが這い出てくるのが見えた。

 現れたのは、全身が鈍く光る小さな人影だった。目を凝らすと、それは黒いパイロットスーツを身に纏い、顔全体を覆うガラス状のバイザーヘルメットを被った小人の兵士だ。


「あれがパイロット!? 本当に小人なんだ」


 遠矢はあらためて驚く。この時点で遠矢だけが大きい、という珠希の言葉は更に裏付けられた。


 機体からパイロットが飛び降りると、新手のゾマット目指して駆けだした。


『トーヤ、踏み潰しちゃって』

「え!? バカ言うな! 出来るかそんなこと」

『……冗談よ』

「戦場で言うなよ!」


 踏み潰すなんて無理だよ、と遠矢は首を横に振る。どうみても彼らは小さいだけで生身の人間そのものだ。虫もろくに殺したこともないのに、それは無理な話だった。


 遠矢と珠希を横目に、壊れた機体から脱出した二人の兵士は新手のゾマットめがけて全力で走っていく。

 やがて、二人の兵士を回収したゾマットがゆっくりと立ち上がった。頭部の赤いセンサー消えると、肩の部分からポシュンと何かを射出するのが見えた。

 それは空中で爆散し、白と銀色の煙を猛烈にまき散らした。


「煙幕!?」

 巨神装機のセンサーが乱れ、白煙で視界が封じられた。

 発煙弾発射機スモーク ディスチャージャーから射出されたそれは、視界と電磁波情報かく乱の為の金属片チャフ交じりのものらしかった。


 緊張が走り、攻撃に備え身構える。だが、霞む視界の向こうでゾマットの機動音が徐々に遠ざかって行くのが判った。敵を示す赤いマーカの距離が拡大してゆく。


 視界が晴れたときは既に、ゾマットの姿は消えていた。

 残されたのは大破した二機のゾマットの残骸だけだった。遠矢が眠っていた格納庫のような施設には大穴が開き、戦闘の激しさを物語っていた。


「終わった……のか?」

 遠矢は、全身の力が抜けるのを感じた。

 起き掛けの激しい運動に、今にもバタリと倒れ込みそうだったが、巨神装機が全身を締め上げて起立の姿勢を強いている。


『たぶん……』

 珠希がコックピットのシートにドサリと身を預けた。

 目をつぶり、息を吐き、ゆっくりと呼吸を繰り返す。

 珠希がキャノピーの上を見上げ、白い歯を見せて微笑みながら、遠矢に向けて親指を、びし、と立てて見せた。


『ありがとね、トーヤ!』

「お、おぅ……!」

 遠矢は鉄面の下で困ったような、照れたような笑みを浮かべた。


<つづく>


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