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覚醒

『――エゾスの秘密工廠(・・・・)の一つと聞いていたが……まさか新型に小娘の土産付きとはな! へへ……俺達にもツキが回ってきたか?(ザッ)』


 黒い鎧武者のような機械人形――ゾマット隊長機が、手に持ったコンバットナイフを高く持ち上げて、今にも振り下ろさんとしている。

 下卑た声は、舌なめずりをしているようで虫唾(むしず)が走る。


 ≪警告:胸部装甲・風防破損! 緊急座席射出(イジェクション)、パイロット離脱推奨≫


 眼前ではウィンドゥが警告を繰り返すが、もはやこの地面に倒れ、踏みつけられた体勢からでの脱出は無理だ。


『嫌、逃げるなんて……逃げるなんて……できないのよ!』

 再び珠希(たまき)が、操縦桿を握りしめ、敵を()めつけた。その顔は鬼気迫るものがあった。


「珠希、だめだ、逃げろ……!」

 ギギ……ギギギと仰向けに倒れた巨神装機の全身から、悲鳴じみた音がする。黒い機械人形(マシンドール)が全重量を乗せ、踏みつけているので容易には動けない。


『(ザザッ)抵抗は無駄だ。降伏しなければ、操縦席を叩き割る(ザザッ)』


「ぐはっ!」

『きゃ、あっ!』


 ガギィン! とゾマット隊長機が激しく足を踏みつけた。ストンピング攻撃で、遠矢は背中を激しく地面に叩きつけられた。

 黒い機械人形により、遠矢と珠希は一方的に蹂躙されようとしていた。


 ――これは、現実なのか……?


 目の前の敵、ゾマットというヤマト皇国の機械人形(マシンドール)。ガスマスクを付けたようなゴキブリフェイスの機械の人形。それは、珠希と同じ「小人」が乗り込んで操っているという。

 何故、こんなことになったのだろう、と遠矢は逡巡する。


 ――僕には……戦う理由なんて無いはずだ。


 二度、三度と踏みつけ攻撃を食らう衝撃で、意識が飛びそうになる。もう一度目を閉じれば、この悪夢から覚めるんじゃないだろうか? そんなことさえ脳裏に浮かぶ。


『……トーヤ』


 その時。囁くような珠希の声が聞こえた。


珠希(たまき)……?」


 ハッと遠矢は目を開く。


 ノイズの入るウィンドゥの向こうで、少女が儚げに揺れていた。赤い警告ウィンドゥは増え続け、機体にダメージが生じていることを意味していた。


『……私、結局何も……できない……みたい』


 瞳からぽろり、と、一粒の涙が零れた。


 打撃音に掻き消されてしまう「ごめんね」、という微かな声。


 ――戦う、理由?


「ある……! あるじゃないか……バカか僕は!」


 遠矢は忌々しげに、つぶやく。眉根にぐっと力を籠め、奥歯を強く噛み締める。


 ワケもわからぬまま突然、放り込まれた異世界。そしていきなり戦いに巻き込まれている。けれど一つだけ、間違いなく、確かなことがあった。


 今、目の前で女の子が泣いている。


 小さな、小人の女の子を助けなきゃいけない。


 戦う理由なんて、僕にはこれで十分じゃないのか?


 ケンカもしたことはない。いつも、逃げて笑って、誤魔化してきた。


 けれど、そんな僕だけど……本当は、いつも……変わりたいと、本当は強くなりたいと、心の底で思っていたはずだ。


 そして今、このただ一人の小さな恩人(・・)を守れるのは僕なのだ。 と、遠矢は決意を新たにする。


 そして、強い意思を秘めた視線を珠希に向ける。


『珠希! お願いだ。僕に……戦わせて!』


「トーヤ? 何を……言って」


『僕に、身体を返してほしいんだ。上手く言えないけど……自分で動きたいんだ! 出来るはずだろ!? せめて、動ければ……こんな奴ら……!』


 ()背丈(・・)のロボットになんて負けるものか……!


 それまでとは違う、力強い遠矢の言葉に、珠希が目を丸くする。


操縦(マニューバ)を……巨神、トーヤに切り替える……? そんなこと……できるはずが!』


「できないなら! せめて巨神装機を外して! 頼む! 身体さえ動けば……戦える!」


 視界を塞ぐゾマットが、勝利を確信したようにゆっくりとダガーを振り上げる。鉄面の赤い眼が、ニヤリと……厭らしく嗤ったように見えた。


「僕は――ッ伝説の『巨神(きょしん)』なんだろッ!? このままじゃ、嫌なんだよ!」


『トーヤ!』


 遠矢の腹の底から響く声。強い決意を秘めた声に呼応するかのように、ウィゥンドゥの中央部に、一つのメッセージが表示された。


 ≪巨神意識レベル:覚醒領域超過。操作系・反転可能≫


『これって……!?』


 珠希はハッ! と瞳を大きくすると、弾かれたように涙を振り払う。そして、力任せに操縦席脇にあった黄色いレバー掴み、ぐるりと反転させた。


 瞬時に、真っ赤な警告表示が全視界を埋め尽くす。


 ≪警告:巨神装機システムマニューバ強制――切替≫


 ≪メインマニューバ:『巨神』自律駆動≫


 ≪巨神拘束制御リミッター・解除≫


 僅かそれは1秒にも満たない時間だった。膨大な数のウィンドゥが猛烈に展開しメッセージを表示、操縦席のモニターを埋め尽くしてゆく。


『(ザッ)――電源部を破壊するッ!』


 ゾマット隊長機が超硬質コンバットナイフを振り下ろした。遠矢(たまき)珠希(たまき)、二人の瞳の中で、刃が凶悪な光を放つ。

 遠矢――巨神装機の胸部をめがけて白刃が迫る。


 刹那、赤一色で埋まっていた遠矢の目の前で、青い光が全視界を埋め尽くした。


 そして最期に、眼前に浮かび上がった文字。それは――


 ≪覚醒:巨神装機、トーヤ≫


 ビシュンッ! と、巨神装機トーヤの双眸から蒼い光が迸った。


「うぉおおお――――ッ!」


 遠矢は、叫んでいた。

 腹の底からの絶叫、鉄面を通して、その声が全身の駆動装置(アクチュエータ)と連動して、ヴォォオオオオッ! と格納庫全体を震わせた。


『(ザザッ)な、何だ!?』


 ガッギィイイインン! と激しく金属が激突する音に、珠希は思わず身体を硬直させ、目をぎゅっと閉じた。


 だが――。


 振り下ろされたコンバットナイフの刃先が、風防(キャノピー)を突き破ることはなかった。恐る恐る目を開けたとき、珠希は驚きに大きな瞳を更に見開いた。


「ト……トーヤ!?」


 コクピットの直上で、刃の切っ先が止まっていた。

 遠矢が右腕で、振り下ろされた敵のコンバットナイフを持つ(アーム)ごと受け止めているのだ。


 ギギ……ギ、と金属同士が擦れあう音を響かせながら、遠矢はゆっくりとゾマットの腕を押し返し始めた。


『(ザザ……)なッ……なにィ!?(ザザッ)』


 ゾマット隊長機から、驚愕の声が漏れ聞こえた。


「こん……のぉおおおおおおおおお!」


 遠矢は自らの意思で腕と体を動かす。自分の腕、という当たり前の感触を確かめる。


 ――動く、動くぞ!


 手が、指が、身体が……動く!


 次の瞬間。

 

 ≪外部装甲転換。巨神装機・トーヤ、コントロールド・ジャケット≫


 胸の装甲がせりあがると、左右から珠希の乗るコックピットを包み込んだ。そして形状変化は、青い光を伴いながら、肩、腕、そして脚部へと展開してゆく。装甲がスライドし、回転。弾丸を避ける位置から、動きを妨げない形状へと変形してゆく。


 鎧の騎士がのような姿が、まるで戦うための戦士のような姿へ。より洗練された格闘戦モードへと移行してゆく。


「変わった……! 僕が……いや、巨神装機が!」

『トーヤ! 私の方からは操縦できないわ!』


 珠希がモニター越しに叫んだ。胸の内側の厚い装甲に珠希を包んだという、安心感にホッとする。

「うん。もう……大丈夫」



『(ザザッ)小隊長! エゾスの機械人形、外部装甲が変化ました! 危険です! 一度下がってください! 援護します!』

『(ザザッ!)エゾスの新型ごときがああああッ!』


 ギギ……ギリィ! とゾマット隊長機がコンバットナイフを持つ両腕に、全キャパシスタのパワーを集中、最大のトルクをひねり出し、推し潰しにかかる。


「さっきから……好き放題やりやがって!」


 遠矢はその力を、静かに押し返した。

 もう、こんな「ブリキ人形」相手に一方的にボコられる理由なんて無かった。


 遠矢が力をこめると、自然と巨神装機の腕が動く。しなやかに、自分の身体の一部のように。

『こいつッ! パワーが、ゾマットを……上回るのか!?(ザザツ)』


 メリメリという音をたて、ゾマットの手首がまるでアルミ缶をつぶすようにあっけなく潰れた。バチッと放電の火花が手首から噴き出した。遠矢は腕をつかんだまま立ち上がり、更にゾマットの機体ごと押し返す。


『(ザッ)ばかな!? ありえんっ! こんなこんなぁッ(ザザッ)』

『小隊長殿!(ザザッ)』


 パイロットの上ずった声と共に、過剰な負荷のかかったゾマットの関節の駆動装置アクチュエータが、ギュギギ……と耳障りな唸りを上げはじめた。


 ゾマットを軽々と押し返し、傲然と立ち上がった遠矢の動きは、まるで『人間』本来の自然な動きそのものだった。

 珠希が巨神装機操っていたときとは違う、巨神自身による、滑らかな挙動。


『ト……トーヤが、立った!』

「クララじゃないんだから、自分で立てるし……歩けるんだよッ」


 遠矢は鉄面の下で不敵に笑う。


 遠矢と一心同体となった巨神装機は完全に立ち上がった。逆に、ゾマット隊長機を見下ろす格好となる。

 そのまま腕をへし折るように全身で押し込むと、ゾマットの駆動装置が限界の悲鳴を上げ、腕と肩の関節から火花が散り、炎と黒煙が吹き出した。


「おりゃぁっ!」

 遠矢はそのまま手首を外側にねじる。設計の限界を超えるほど異常な方向に捻じ曲げられたゾマット隊長機の右腕は火花を散らし、あっけなく引き千切れた。


『(ザッ)ばかな! こんなっ!?』


<つづく>


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