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ふたりの戦い ~強襲の機械人形(マシンドール)~ 

 ――まるで自分の身体じゃないみたいだ……!


 一歩踏み出した右足から、ズゥンという重々しい衝撃が伝わる。コンクリート製の床が砕け、沈み込む感触までもがわかる。

 視界の隅では作業ハシゴが吹き飛び、床面に向けてスローモーションのように落下してゆく。バランスを取るために振り出した右腕が、今度は真横にあった作業クレーンをへし折り、火花が散る。


 脚や腕がそれぞれ勝手に、ちぐはぐに動いている感じなのだ。


珠希(たまき)……! 僕の身体が……勝手に動いてる!」


『巨神装機がトーヤの能力を引き出すはずなの……! 歩いたわ……いけるっ!』


「引き出す? いや、なんか違うぞ……痛っ」

『違わないわ! ここから連中を追い払うわよ!』


 珠希がコックピットの中で、敵を睨み付けながら吠えた。

 あらためて見ると、コックピットは戦闘機や戦闘ヘリの操縦席に似ていた。遠矢の胸の装甲の中央部に配置され、分厚い強化ガラス製の風防(キャノピー)で覆われているだけだ。遠距離での射撃戦ならともかく、こんな場所で接近戦に持ち込まれたら叩き割られそうだ。


「い、いきなり挑発するなよ! まず友好的に……両腕を挙げて、抵抗の意思が無いことを示してみてさ……!」

『ちょっ!? なに勝手なことやってるのよトーヤ!』

 遠矢が両腕を上げようとすると、珠希が慌てて別の操縦桿を引く。グギ……ギギギ! と両肩から嫌な音がした。


「痛ッ!? 痛い! 関節が逆に曲がってるってば!?」


『だぁれぇが降伏しろって言ったのよ! 勝手に動かないでよ! バカなの!?』


「動けって言ったり、動くなって言ったり……どっちなんだよ!?」


『あぁ、もう! 制圧前進! 進め! 歩け!』


「うわわ!?」


 ゴゥン……! と更に一歩前進。

 一歩足を踏み出すたびに全身が締め付けられ、ギシギシと関節が痛んだ。

 手足は完全に遠矢の意思とは無関係に動かされている。身体の動きと、脳が感じる感覚は乖離(かいり)し、目眩のような不快感に苛まれる。


 珠希が操縦する『巨神装機(きょしんそうき)』が、遠矢の肉体を強制的に、ギプスのように動かしているらしい。まさに出来の悪い「ロボット」のようなギクシャクした足取りで、敵を目指して進んでゆく。


「こ、これが巨神装機……? こんなんじゃ……戦えないだろッ!」

 動きはぎこちなく、かろうじて歩いている、といったほうがいい状態だ。

 

 こちらの動きを察知し、ゾマットの機関砲が火を噴いた。


 ≪敵兵装:ゾマット内臓式、30ミリ重機関砲 発砲!≫


 ゾマットの腕にマウントされた内蔵式の機関砲が唸りを上げ、大量の薬莢を一面に撒き散らしはじめた。

 ズガガガガ! という機関砲弾の連射音とほぼ同時に、遠矢の全身で激しい火花が散った。それはまるでパチンコ玉を、超連続で叩きつけられたかのような衝撃だ。


「痛ッ! 痛ててて!?」

 次々と着弾し衝撃が走る。


『トーヤ! 避けて! はやく動いて!』


 警報装置が明滅する中、珠希が必死に回避を試みる。しかし遠矢自身は身体を動かせるわけではない。亀の様な愚鈍な歩みでは、激しい弾丸の雨から逃れられるはずもなかった。


「くっそ! これじゃ、ただの的じゃないか!」


『わかってるわよ! けど、動きが重いの……! どうして? これで、秘密兵器なの!?』


「だから僕はそんなものになった覚えなんてないよ!」


 ≪警報! 弾着多数! 回避推奨!≫


 視界には真っ赤な警告ウィンドゥが浮かび、警報が鳴り続ける。全身でバチバチと火花が散って衝撃で機体が揺れる。

 戦術情報を表示するポップアップが、自動的に次の行動を判断している。戦闘時は、サポート用の支援機能を兼ねた、ディスプレイ機能らしい。


『この距離じゃ避けられないわ!』

「さっきから全弾命中してるんだ……って、あれ?」


 ――けど……あまり痛くない?


 遠矢は気がついた。

 ウィンドゥ内の「30ミリ弾」という表現に。全身に感じる衝撃の「小ささ」という、違和感(・・・)に。


 もし遠矢の世界で使われている「30ミリ」という弾丸なら、直径3センチの金属の弾丸が超音速で飛んでくるはずだ。それは装甲車の装甲でさえブチ抜く重機関砲弾。人間の身体など跡形もないだろう。

 けれど今、身体に命中している弾丸は、衝撃こそ感じるがまるで豆粒。いや麦つぶだ。

 火花も手に持った小さな花火が、飛ばす火の粉のよう。火線は細く、全て装甲表面で弾かれて、跳弾(ちょうだん)している。

 床に落下してゆく赤熱した弾丸を見ると、まるで爪楊枝(つまようじ)の先、そんなサイズに見えた。


「ちっちゃ!? 30ミリ? 弾丸、3ミリもないじゃん!?」


『トーヤの身体は、私たちの20倍だって言ったでしょ! 30ミリ機関砲だから……トーヤから見ればゴマ粒みたいなもんでしょ!』

「そうか! この世界……小人の世界の30ミリは、僕の感じる20分の1……! つまり1.5ミリの弾丸ってことか!」


 音と火花は派手ではあっても、平気な理由も納得がいく。警報は相変わらず鳴りっぱなしだが、遠矢も珠希も冷静さをとりどした。


「割と平気だぞ、これ?」

『凄い……ホントだ!』

 激しい音と衝撃の割には、遠矢の肉体に直接弾がめり込んだ様子は無い。着弾の衝撃を確かに感じてはいるが、肉を引き裂くような痛みは感じない。


 装甲が全ての弾丸を弾き返している事にようやく気付き、遠矢と珠希はウィンドゥ越しに顔を見合わせる。


 ゾマットの撃ち出す高速徹甲弾は、装甲の表面で火花を派手に散らしている。だが、弾丸は跳ね返り、格納庫の壁に穴を開けるだけだ。


『すごい! トーヤってすごく硬いんだね!』

「お……おまっ」

 遠矢はなぜか赤面し、珠希の声を遮る。


 全てのモニター表示は緑色。機体の損傷は、無し。


 もちろん生身で食らえば怪我をするかもしれない。目に当たれば失明だ。けれど全身を覆う『巨神装機』の装甲が防いでいる。

 装甲の防御性能も、装甲車はもとより、主力戦車の装甲をも軽く凌駕する防御力があるらしい。


 敵――機械人形(マシンドール)・ゾマットの射撃が止まった。連続発砲で砲身が過熱し、射撃が停止したのだろう。


 攻撃の効果が無いことを悟り、動揺したようにさえ見えた。


 画面の端にポップアップされた表示が、敵の通信を傍受したことを告げる。


 ≪敵使用周波数帯:暗号解読……通話、再生≫


『(ザッ)なんて装甲だ!? 高速徹甲弾だぞ、(ザザザッ)この距離からの斉射でダメージ……ゼロだと!?』

『極秘の(ザザッ)エゾスの新型か……! だが、動きは鈍いぞ! 小尉! 貴様は援護しろ、俺が近接殺傷するッ(ザッ)』

『了解、小隊長!(ザッ)』


『いくら装甲が厚かろうと……、剥き出しの操縦席を狙えば!(ザザッ)』


 野太い男達の声が、出来の悪いラジオのように雑音混じりに聞こえてきた。


「これって、連中の会話?」

『そうみたいね! って、来るわ! 武器! 何か武器は――!?』

「ぶ、武器!? あ、あるの?」

 珠希が必死でパネル操作して武器を探す。


『トーヤ! 目からビームとか出せないの!?』

「そんなもん出るわけないだろ! た、珠希! 前ッ!」

『くっ!』


 最大戦速、本気モードのゾマットが、機械とは思えないスムーズな動をみせて、真正面から突っ込んできた。ギシュッ、ギシュッ! と駆動音も軽やかに急速に迫ってくる。


 珠希が慌てて操縦桿を引くが、遠矢の左足はあらぬ方向に動き、ガチョンと言う間抜けな音を立てて右足に引っかかった。


「――うわ!?」

『うそっ!?』

 遠矢は足がもつれグシャリと前のめりに倒れ込んだ。遠矢の下敷きになった整備用の機材や手すり付のタラップが、音を立てて砕けた。


『な、な、何やってんのよトーヤのバカ!』

「バカも何も、操縦してるのはお前だろ! 下手くそ!」


『(ザザッ)こいつ、怯えてやがる!? 訓練兵か? 殺れるぞ、エゾスの新型ぁッ(ザッ)』


 斜めになった視界の隅で、ゾマット隊長機が一気に距離を縮めて来た。機械の手の先には、ギラリと輝く白刃を握っている。

 それは軍人が持つような形状の近接戦用のコンバットナイフ。刃渡り20センチはありそうな鋭い刃だ。もちろん、珠希の目から見た場合の長は4メートルにも達する刃、ということになるだろう。


 ≪敵兵装:近接戦闘用、超硬質タングステン合金・コンバットナイフ≫


「やばいって! 立てよ! 珠希(たまき)、はやく!」

『やってるわよ! トーヤは黙ってて!』

「う、わぁああ!?」


 完全にパニック状態の遠矢と珠希の悲鳴と怒号が交錯する。だが、遠矢の手足は僅かに動いただけで、立ち上がる事ができない。


 視界に迫る鎧武者のようなゾマットは、完全に「殺る」つもりの殺気を放っている。赤い双眸がゴキブリのような形状の頭部で光り、手にはコンバットナイフを水平に構えている。

 力を込める脚部を狙って、別のゾマットが発砲し、着弾した衝撃で足が痺れる。

「痛ててて! くっそぉおおこいつら!」


『なんで立てないの!?』

 珠希が悲痛な声で、操縦桿を引く。

「お、落ち着け珠希!」


『機械のくせに……どうして……言う事を聞かないのよ!?』

「僕は機械じゃないぞ!」

『トーヤ……ご、ごめん……』


 何かが変だ。珠希は本当にパイロットなのだろうか?

 僅かに浮かんだ疑問を掻き消すように、ゾマット隊長機が遠矢の眼前を塞いだ。ブゥンという不気味な駆動音を響かせ、真っ赤な複合センサーアレイが輝く。


 ≪警報:近接戦闘!≫


 ゾマットがコンバットナイフを振り下ろした。刃先はトーヤの肩をめがけ、突き立てられた。

 ガギィィン! という金属音と叩きつけられるような衝撃に、遠矢はしたたかに頭を地面に打ち付けた。

「うぐっ!?」

『きゃぁあああああ!』

 

 再び倒れこんだ遠矢――巨神装機めがけて、ゾマットが、再び凶刃を振り下ろす。狙っているのは――珠希のいるコックピットだ。


「や、やめろおッ!」


 遠矢が叫ぶ。珠希は必死に操縦桿を操るが、遠矢の腕はむなしく空を切る。いくら装甲が厚くても、コックピット部分は剥き出しだ。


『ど……どうして? 動かないの』

 強気だった珠希の声色は一変し、絶望の色を帯びはじめる。


 ゾマット隊長機は遠矢の身体をガッ! と片足で踏みつけ起き上がれないようにすると、コンバットナイフを両手持ちに変えた。まるで斧を振り下ろすかのような構えをとり、振り下ろした。


『(ザザ……)小娘!? やはりテストパイロットか訓練生か……! ならば、手土産だ、オウガ様に……この機体ごと鹵獲(ろかく)すれば(ザッ)……』


『きゃあっ!』

「珠希!」


 ビシ! と、音を立ててコックピットの強化ガラスに亀裂が走った。防弾の風防(キャノピー)とはいえ、重量を加えた超硬質コンバットナイフの打撃には耐えきれないのだ。


 ≪警告:胸部装甲・風防に破損――! 緊急座席射出・パイロット離脱推奨≫


 モニターが瞬時に赤く染まり、警告音が一斉に喚きだす。


 機械人形(マシンドール)、ゾマットが三度(みたび)コンバットナイフを振り上げた。(アーム)の可動域最大まで持ち上げて、突き立てるつもりなのだ。


『逃げるなんて……できないの。ここが……巨神装機が……わたしの、最後の……だから……』


 珠希は操縦桿を握りしめたまま、震え、うわ言のように繰り返すばかりだ。瞳の光は、失われている。

「逃げろ珠希(たまき)――――――ッ!」


<……つづく!>


いきなり大ピンチの二人

次回、「覚醒」


5/8 19:00 ぐらいに公開です!

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