起動! 巨神装機トーヤ
建物に比べてかなり巨大な人型兵器が、街を破壊していく映像に遠矢は息をのむ。
これは――本当に起こっていることなのだろうか?
黒い甲冑を纏ったようなロボットの巨体が、ゆっくりとカメラの方を振り向いた。その顔は昆虫を正面から見たように扁平で、両眼のあるべきところには不気味なセンサーアレイの赤い光がある。
機械的な動きで歩く二足歩行の人型兵器は、手に持った銃器をこちらに向けた。途端に轟音と閃光が炸裂すると、カメラの映像はそこでブツリと途切れた。
視界に浮かんでいたウィンドゥは、ホワイトノイズと砂嵐を映すだけとなった。
『監視カメラがやられたわ!』
「珠希、今のは……?」
ウィンドゥが閉じると、遠矢の目の前には、元の薄暗い格納庫だけが見える。
『ヤマト皇国の機動兵器。わたしたちの蝦夷洲共和国は……昔から聖地を巡って、ずっと紛争を繰り返してきたわ』
「あの黒いロボットの中にも、僕みたいな『巨神』が入っているのか?」
珠希が、ポップアップウィンドゥの向こうで、首を横に振る。
『違うわ。私と同じ、普通の人間が乗って操縦している、大きな機動兵器なの。MD……機械人形って呼称されているわ』
「機械人形……!」
『あれが戦場に実戦投入されたのは、つい2年前ほどからなの。ヤマト公国があんな兵器を開発していたなんて、私たち蝦夷洲は思いもよらなかったわ。蝦夷洲共和国の国防軍は、あちこちで負けて、後退する一方だって……』
「ちょ、ちょっとまってくれよ。さっきから珠希が言っている……ヤマト皇国やエゾス共和国ってなんだよ? ここは日本なんだろ!?」
『ニホン……? それがトーヤの国の名前? ここは蝦夷州共和国よ』
珠希は呆れたように、聞き慣れない国名を口にした。
ヤマト皇国に蝦夷洲、どちらも聞いたことのない名前だった。けれど珠希は日本語を話している。蝦夷といえば確か、歴史で習った北海道や東北地方の古い呼び名だった気もする。
――本当に、ここは異世界だっていうのか……!?
自分を『巨神』と呼ぶ小人の少女。見たことも無い人型兵器が闊歩する戦場。それでも、この異常な状況を説明するには不十分だ。
『トーヤ、お願い。一緒に……あいつらと戦ってほしいの』
珠希は決意を秘めた瞳で遠矢を見つめている。
「戦うって……僕が!? あの、ロボ……機械人形と!? 冗談だろ!」
胸の上に設けられたコックピットでは、珠希が見上げている。ウィンドゥに映る珠希の表情を見ても真剣そのものだ。
『お願い。私の声が届いたんでしょう?』
「それはそうだけど……」
『一緒に、戦って』
茜色の瞳と、赤っぽい栗毛の美しい髪。手のひらに乗りそうな大きさの少女。それはまるで精巧なフィギュアのようにさえ見える。
けれど、そんな可憐な少女の口から零れたのは、戦って欲しい、という言葉だった。
「戦うも何も、僕は今……動けないんだよ」
身体が鎧で締め付けられ戦うどころか、身動きひとつ取れない。
『大丈夫。私がトーヤを上手く操縦してみせるから!』
「操縦? 僕を?」
「そう、トーヤを生体制御核とする巨神装機さえ起動すれば……! トーヤが目覚めてくれた今なら、あいつらなんて追い払えるはずなの!」
「な……何を言ってるんだよ、無理だよ」
「無理じゃない、やるしかないの」
自信に満ちた表情で珠希が言う。
ようやく事情が飲み込めてきた。珠希は何か特別に訓練された軍人のような、パイロットとしての存在なのだ。そして、国の危機に高校の制服姿のまま、慌ててここに駆けつけた……。といったところなのだろうか?
そして自分は強化外骨格装甲兵装、『巨神装機』を強制的に装着された巨神。
つまり……兵器として機械人形と戦え、ということなのだ。
遠矢は理解し、動かない拳を握りしめた。
「嫌だよ、僕は……スポーツだって得意じゃない。ケンカだってした事無いんだ。それなのに戦うなんて、戦争なんて……無理だよ」
『トーヤ……』
「ごめん、帰りたいんだ。探さなきゃない人もいる」
珠希は瞳を大きくして、驚いた表情を見せる。けれどやがて短く息を吐き、そして……吹き出した。
『ぷっ……!』
「な、なんで笑うんだよ」
『だって、おかしいの。トーヤってば、本当に普通の……クラスにいるヘタレ男子みたいなんだもん。巨神って、もっと神々しい存在かと思ってたのに、普通すぎるわよ……!』
「ふ、普通で悪かったな!」
『あははっ、普通のツッコミ』
「くそ! ……ははは」
最初は不満げに頬をふくらませていた遠矢。けれど、笑いがこみ上げてくる。珠希が白い歯を見せて二人が一緒に笑った、その時――
目も眩むような閃光と共に、倉庫の壁が激しく爆発し吹き飛んだ。
◇
衝撃と破片混じりの爆風が全身を揺さぶった。
「きゃっ!」
「うわっ!?」
≪警報:接敵!≫
遠矢の眼前、正面のモニターが赤色に染まり、けたたましく警報が鳴り響く
格納庫の扉が激しい爆炎を噴出し、砕けて周囲に降り注いだ。充満する粉塵と黒煙で視界が遮られる。
≪警報:接敵! 動的熱源感知――:数2≫
激しく鳴り続ける警告音と共に、赤い三角形のカーソルが二つ、正面を指し示した。
「爆発!? 一体、今度は何だよ!?」
爆発の衝撃で、格納庫のような建物内部はメチャクチャだ。生身なら怪我どころでは済まなかっただろう。
激しい爆発の中でも無傷なのは 、やはり身に付けた『巨神装機』のおかげだろう。
『来た……早すぎるわよ!』
「来たって、何が?」
『敵よ!』
珠希が短く答え、険しい視線を送る先。黒煙の向こう側に赤い双眸が輝いた。
ギシュン……! という機械的な音と共に『機械人形』としか形容できない人型の機械が踏み込んできた。
「こ……こいつらさっきの!?」
遠矢の感じる距離感で僅か十メートル先、爆発で開いた穴の向こうに出現したのは、二体の人型の機械だった。
それは、先ほどのライブ映像に映っていた『機械人形』と同じものだった。
黒かと思っていた機体は、メタリックな紺色。格納庫内で燃える炎に照らされてギラギラと不気味な輝きを放っている。
ぎこちなく動くその四肢のバランスは人間を模倣した出来の悪い人形のよう。頭部はゴキブリを正面から見た様なデザインで、それに「ガスマスク」を取り付けたような不気味な形状だ。
全身は武士の鎧を思わせる、鋭角的な金属の甲冑で覆われている。関節からはメカニカルな駆動装置が見え隠れしている。
「敵ってことは、僕らは今ヤバイ状況……?」
『あたり前でしょ! あれはヤマト皇国の量産型ゾマット、強行偵察型………!』
珠希が唇を噛みしめ、正面の二体の機械の人形を睨みつけた。
機械人形の頭部に集約されたセンサーが赤く輝き、遠矢をまるで嘗め回すようにアクティブ走査を繰り返している。
「魔法で動くブリキ人形みたいだけど……」
『違うわ。あれは、私みたいなパイロットが中で操縦しているの。動力は内燃機関と電力のハイブリッド駆動、兎に角、大きな戦闘用の人型兵器よ』
「小人が作った、巨大な戦闘兵器……!」
『あ……でも、トーヤから見たら同じ大きさ、なのよね?』
珠希は、すこし冗談めいた口調でちらりとモニター越しに遠矢に視線をむけてくる。その口調とは裏腹に、焦りと動揺の色が見てとれた。
「言われてみれば、そんなに巨大ではない、かな?」
『それで十分よ、頼もしい限りね』
「はは……?」
乾いた笑いしか出ないけれど、確かによく見ると、敵だと言う人型戦闘ロボットは、拍子抜けするほど小さかった。
遠矢の目からは、同じような身長に思えた。
珠希は巨大人型兵器と言ってはいるが、それは「小人」目線だからだろう。見た感じ、某大手自動車メーカーが作った人型ロボットの「アツモ君」と大差ない。
赤く明滅するカーソルに視線を合わせると、瞬時に情報が表示された。
≪敵性機種:YMD01 Z-MAT≫
敵味方識別により前方の二体を『敵』と認識し、システムが警告を発する。
「Z-MAT……ゾマット?」
遠矢の目線に応えるように、淡々と表示される情報はメルヘンさとは無縁の、純然たる『兵器』だと告げていた。
――ヤマト皇国:二脚式機動戦闘モジュール:YMD01 Z-MAT
チタン・セラミック複合装甲、モノコック外骨格。
内燃機関及び電源キャパシスタによる、ハイブリッド駆動型。
固定武装は内蔵30ミリ機関砲、近接戦闘用コンバットナイフ。
他、多種多様な武装を換装・携行可能。
遠矢は目線を外さないように、その姿を詳しく観察する。
威圧感のある鋭角的な装甲で覆われた金属の外観。それは正面投射面積を減らし、弾丸を跳弾させるように計算された装甲形状なのだろうか。
暗い紺色は有視界でのステルス性を確保する為の低彩度迷彩。全てが純然たる兵器としての合理的な姿。
「珠希、どうする気だよ?」
『私たちを、見逃してくれるわけないでしょ』
珠希が小さく口角を上げ、瞳に燃えるような色を浮かべる。おもむろに操縦桿を握りしめると、正面を、キッと見据えて叫ぶ。
『起動するわ……! 巨神装機を!』
徐々に高まる機械音と共に、珠希のいるコクピットの計器が輝きを増す。それに同調するかのように遠矢の心臓の鼓動も早まってゆく。
「嘘だろ! こいつらと戦うつもりなのか!?」
『ぐだぐだ考えてる時間はないわ』
破壊した扉を乗り越え、一機がゆっくりと接近してくる。スムーズな歩行制御は、思わず感心するほどのものだった。障害物でつまずく事もなく、しなやかな動作で、堅牢そうな金属製の脚部を自然に踏み出す。
ギシュン――という歩行音と共に二機目が室内に侵入してきた。二機は左右に散開し遠矢を挟むように距離を取る。
まるでテロリストを制圧する特殊部隊員の動きみたいだ、と遠矢は思った。訓練された無駄のない動作で散開すると、ゾマットの腕にマウントされた機関砲を水平に構るのが見えた。
≪ロックオン警報!≫
真っ赤な、より一層の急を告げる警報が鳴った。
「珠希! これ、ヤバくないか!?」
『トーヤ! 拘束具を解除するから、動いて!』
「って、拘束されてたんかい!?」
『だって暴れたり、逃げたりするかもしれないでしょ!』
「逃げたくもなるよ!」
珠希がパネルを幾つも操作した。
『指令所からの命令電文は……無し。ならば、独断での稼働を申請……認可! 緊急時対処マニュアル、4条の2項を適用!』
全身の機動音が高まり、遠矢の心臓が鼓動するリズムと同調してゆく。次々と眼前に浮かび上がる戦術情報ウィンドゥが青い光で染まり、システムの正常稼働を告げてゆく。
≪メインマニューバ:射撃手側固定。巨神筋電位測位・同調システム、定格領域を維持!≫
『――巨神装機・トーヤ、リフト・オフ!』
珠希は叫ぶと 足元のペダルを踏み込んだ。そして操縦桿を両手で思いきり引き絞ると、ぐわん、と遠矢の身体が動き始めた。
「う、わぁああッ!?」
全身の関節からギュインギュインとモーターのような甲高い音が響き、背中で、ビギ! バギン! と何か金属の拘束具が弾け飛ぶ音がする。遠矢を格納庫の壁面に縛りつけていた金属製の金具が開放、排除されたのだろう。
背後の足元にゆっくりと金属部品が落下してゆくのが見えた。
遠矢は、全身が動き始めたのを感じていた。
『あ、る、け、ぇえっ!』
「うわ、わ、わわわわ!? 痛い……なんだ……これっ!?」
遠矢はおもわず悲鳴を上げた。全身の筋肉に電気のような刺激が伝わると、その度に自分の意思とは無関係に筋肉が収縮する。痛みと、不快感が全身を駆け巡る。
――まるで、自分の身体じゃないみたいだ……!?
<つづく!>