交わす言葉、違う二人
――身長20倍!? それじゃまるで珠希は「小人」みたいじゃないか?
「そんなバカな話、信じられないよ。身長20倍って……それじゃ君は小人だって言うの?」
遠矢は呆れたように、鼻で笑う。
するとポップアップウインドゥの向こうで、ツインテールの少女、珠希も鼻で笑い返す。
『違うっての! 私が普通の人間で、あなたが大きいの! 巨神って呼ばれている、バカでっかい巨人族でしょ!』
「うーん? ダメだこりゃ」
『もう! それはこっちのセリフよ』
ウィンドゥ越しの珠希が、ため息をつく。
とはいえ、こんなワケのわからない状況で、唯一の頼りになりそうな相手と、ケンカしていても始まらない。
遠矢はひとまず、自分が名乗っていないことに気がつく。
「コホン……。ま、まぁその、珠希……さんだっけ? 少なくとも僕は君の言う『巨神』君じゃないよ。遠矢。東雲遠矢っていう名前もあるんだけど」
『トーヤ……? トーヤ!? 名前があるの!? 凄い!』
珠希が本気で驚いて、目をぱちくりさせる。
「凄くねーよ、名前ぐらいあるだろ普通!」
『だって、G機関の研究報告によると、巨神族は私達とは思考も、文化も……何もかも違うだろうって』
「今こうして話しているけど、納得だね」
『身体だけじゃなくて、使っている物も大きいっていうのは、発掘された遺物から証明されてたわ。けれど、生きた標本を回収できたのはトーヤ、あなたが初めてなのよ』
「標本とか言うなよ。生きてるよ。そもそも、ここはどこなのさ?」
会話がまるでかみ合わない。珠希は、電波を絶賛受信中のお年頃で、ちょっと危ない子なのだろうか?
浮かんだ小窓の向うでは、珠希も同じように困惑の表情を浮かべている。
「うーん? それなら自分の目で確かめてよ。トーヤの胸のところ、見える?」
そう言うと珠希はウィンドゥの向こうで、ひらひらと手を振りはじめた。
遠矢は言われた通り視線を落とす。首は動きにくいが、なんとかギリギリギリ……と下を向く。
そこで、遠矢は信じられないものを見た。
「う、嘘だろ!?」
トーヤは素っ頓狂な叫び声をあげた。
動けないはずだった。遠矢は知らぬ間に全身に『甲冑』を装着させられていた。
それも、特撮のヒーローとアニメに出てくるパワードスーツ、あるいは装甲服のような、全身を包むものを 。
全身を締め付ける感覚の正体はこれだった。あるいは何か特殊なアンダーウェアでも着せられているのかもしれない。圧迫感は続いているので、減圧スーツのように「エア抜き」でもされているのかもしれない。
首をめぐらせて見える範囲のデザインは、まさにアニメに出てくる『ロボット兵器』のよう。
分厚く突き出た胸の装甲部分や、腕や脚の流麗な装甲の曲面。全身を守るように装甲が取り付けられている。
表面は不思議な金属光沢を放っていて、全体的に淡いブルー。随所に濃紺と白のラインが配色されている。いわゆる『試作機』的な色合いだろうか。
胸の装甲は心臓の真上あたりで一段と高く突き出ていて、上部には半透明のガラス製コックピットがあるのが見えた。
それは、戦闘機のコックピットのような風防そのものだった。
「僕の胸に……操縦席!?」
遠矢は驚き、もはや言葉もない。
『――そう! ここよ、ここ! こっち』
珠希の声に導かれるように、遠矢は自分の胸に設えられたキャノピーの中に視線を向けた。
「た……珠希?」
中で小さな人影が、ひらひらと手を振っているのが見えた。
遠矢は驚愕に眼を見開く。
見たものが俄かには信じられず、目線を恐る恐るウィンドゥに戻してみる。
そこに映る珠希は、相変わらず空に向けて手を振り続けていた。
遠矢は油の切れた機械のような動きで、もう一度、胸のコックピットを覗きこむ。今度こそ視線がばっちりぶつかった。
「見えた? 私だよ、珠希だよっ!」
キャノピーの中では手のひらサイズの少女、珠希が、手を上に向かって振っていた。
「う、うそぉおおおっ!?」
フタタビ驚き叫ぶ。自分の胸に据え付けられた操縦席に『小人』の少女が座っている。
信じられなかった。
信じろ、という方が無理だ。
先ほどから会話を交わしていた少女――珠希は、本当に「小人」だった。胸のコクピットに乗り込んだ、手のひらサイズの小人なのだから。
「声大きいよっ! でも……これでわかったでしょ」
精巧なフィギュアのような珠希が、顔をしかめ耳を塞ぐ。
夢から覚めたと思えば、薄暗い倉庫の中でロボットの着ぐるみを着せられて、おまけに胸のコックピット」には、精巧に動く「小人の少女」が乗っていたのだ。
「こ、こ、こっ、小人ッ!? おまっ、本当に小人なのか!?」
トーヤの混乱、ここに極まる。
「だから! さっきから言っているように、私が普通で、トーヤがバカみたいに大きいの! 私の20倍以上もある巨神、それがトーヤなの。わかった!?」
珠希が眉を吊り上げて、ビシリと遠矢を指さし言い切った。
「ま、まてまて! 俺だって普通の人間だぞ!? 背もクラスの中じゃ普通だし……て、お前が小人なんて信じられるか! わかったぞ、アレだ、モニタリングびっくり映像なんだろ? カメラがそこらに隠れてるんだよな!?」
「あーもう! ごちゃごちゃうるさいっ!」
一喝された。
「うっ!?」
「兎に角! 私たちの世界基準じゃ、トーヤが常識はずれに大きいのよ。蝦夷洲の天ヶ原で回収された伝説の巨神族! 世界でただ一人の生きた巨神、それがトーヤなの」
珠希が腕組みをしたまま、ふんぞり返って真上の遠矢を睨みつけた。
「世界基準って……何処の?」
「ここよ! 何度も言わせないで。バカなの?」
思わず眩暈を覚える。っていうか段々遠慮が無くなってきたような……。
あまりにも突拍子のない状況に、思考回路が麻痺しているみたいだ。
自分を巨神と呼ぶ小人の少女との会話。いくらなんでもシュールすぎる。頭がおかしくなったのか、あるいは悪夢の続きだろうか。
しかし、身体が動かない原因はこの『鎧』ということで間違いなさそうだ。
「あ、あのさ……身体が動かないんだけど、これ……外れないの?」
遠矢はなんとか、引きつった口元に乾いた笑みを浮かべながら言葉を絞り出す。
口元に、冷たく新鮮な空気が供給されていることに気が付いた。顔にはフルフェイス状のヘルメットを被せられているようだ。
首と視線を転じるだけで、色々な情報が視界に浮かんでゆく。今見ているものは全てHUD装置で、目に直接投射された映像らしかった。
「……ごめん、言い過ぎたみたい」
「あ、いや平気。僕も混乱してるし」
「トーヤだって、目が覚めていきなりこれじゃ、混乱するのも無理ないよね」
「うん……」
珠希は同情したような表情を浮かべて、形の良い顎の先を指で押さえた。
「とりあえずこれ、外してほしいんですけど」
「無理ね、特殊工廠じゃないと。トーヤが着ているのは巨神用・強化外骨格装甲兵装。通称『巨神装機』って菜々香博士が開発したものよ」
「巨神装機? 博士? まさか、その博士ってのも小人なのか?」
「トーヤから見れば……そうなるのかな」
「ちょ、ちょっとまってよ! この世界の人間は……全部、君と同じ大きさなのか!?」
「そりゃそうよ。あ、でも私はクラスの中じゃ、背は真ん中ぐらいよ」
「いや問題はそこじゃなくて! この世界の人間全部が……小さい?」
ごくり、とと唾液を嚥下する。
まさかとは思うけれど、ここが夢の中やゲームの世界じゃないのなら。
――ここは小人たちの住む、異世界?
俄かには信じられない。信じられるわけがない。
「どうして、こうなったんだよ!」
「それは……」
珠希は『巨神』の剣幕に気圧されたように口を閉ざし、視線を外した。
遠矢の胸の奥がちくりと痛んだ。
気丈に会話はしていても、自分の20倍もの大きさの相手と話をするというのは、恐怖ではないのだろうか?
一度深呼吸し、落ち着いてゆっくりと、コクピットの珠希に話しかける。
「……大声出して、ごめん。えと……珠希。順を追って説明して欲しいんだ。どうして俺はここにいるんだ?」
「それは……その」
赤毛のツインテールを振り払って、すん、と鼻を鳴らす。
と――その時。
警報が鳴り響いた。
眼前に赤いポップアップウィンドウが表示され、明滅する。
≪戦術統合情報:敵勢力、防衛ラインを突破! 施設外壁を破壊、内部に侵入――≫
『嘘でしょ……突破されたの!? 警備隊が……全滅!?』
珠希の顔に、一気に緊張の色が走る。
「ど、どうしたんだよ!?」
『敵が来るわ』
「敵!? 敵って……敵ってなんだよ!?」
『ごめんトーヤ。あなたがここに来た経緯とか装着している経緯の説明は後でするわ! 今は緊急時……敵が、来ているの。どこか外部監視映像、生きているカメラは……』
珠希が慌てて指先を操作すると、遠矢の正面に別のウィンドウが浮かびあがった。
≪外部映像:市街地沿岸部第23番地区防衛線、ライブカメラ:オンライン≫
「あ……あぁ!?」
そこは――戦場だった。
映像の中では家々が燃え、火の粉の舞う中を、人々が必死で逃げ惑っていた。
聞こえるのはTVニュースでしか聞いたことのない、機関銃の連続した発砲音と、それに続く爆発音。激しく噴き上がる炎が、垂れこめた黒い雲を不気味に照らしている。
映し出された非現実的な光景に、遠矢は言葉を失った。
「これ……戦争?」
『かもね。私が住んでいる街のライブ映像よ。……酷い……!』
珠希が唇をかむ。
と――ノイズ交じりの映像が映す建物の向こうに、巨大な黒い影が現れた。
「な、なんだ……あれ!?」
それは巨大な巨人のような怪物だった。
家々の屋根を遥かに超える、巨大な黒い怪物が建物をなぎ倒した。
その足元では車がグシャリと潰れ、爆炎が吹き上がる。炎が巨大な怪物の姿を赤銅色に照らし、黒光りする異様な姿を浮かびあがらせた。
ヴォォオオン……! という法螺貝の音のような機動音と共に、二本足で歩く、機動兵器。
作り物とは思えない、映像の臨場感がそこにはあった。
『機械人形……ゾマット!』
それは鎧武者と忍者を混ぜたようなデザインの、人型二足歩行機動兵器だった。
家々の屋根を見下ろすほどに巨大な怪物の正体は、人型ロボットだった。
映像は暗くて仔細までは見えないが、装甲に覆われた四肢がある。銃のような武器を構える肩や腕の関節の隙間から、駆動装置らしい銀色の機械が見えた。
「……こいつ! ロボットなのか!?」
『ヤマト皇国の機械人形。量産型の巨大人型機動兵器よ』
「りょ、量産……!?」
確かに一機ではなかった。暗闇に灯る「センサーアレイ」の不気味な赤い光が、二機、三機と並行して進みながら街を破壊している。
「うそ……だろ!?」
<つづく!>