エゾスのエース轟 VS 『紅蓮の鬼』
◇
「会敵する! 全兵装開放!」
ゆるやかな丘の稜線に隠れて移動していた敵のゾマットを視認した轟中尉は、躊躇いもなく、最大戦速で接近する。不意を突かれ一瞬遅れて接近に気が付いたゾマットが、突撃銃で応戦する。
ダ、ダダンッ! というセミオートの発砲音と同時に、真っ赤に焼けた弾丸が空中を滑るように飛翔。両機の距離は僅かに100メートル。本来ならば、必中の距離だ。
しかし――。
轟中尉の操るデグゥ改・宵闇桜の予想外な機動性に、ゾマットの放った90ミリ徹甲弾は全て空を切った。
お返しにとばかり、デグゥが手に持っていたショットガンに似た中距離用の散弾砲が火を噴く。
脇に抱えて放つ一発打ち捨ての簡易兵装の弾頭は、敵の直前で炸裂し広範囲に散らばる小口径の散弾の雨を降らす。
装甲を貫通する力はないが、ゴキブリヘッドと呼ばれるゾマットの複合センサーを衝撃と光で飽和し、一瞬の隙きを生む。
『(ザザッ)センサーをやられた! デグゥごときが……!』
『(ザザッ)アロー3! 援護に回る!』
迫りくる射線をサイドステップの機動でかわし、地形効果を利用して懐に飛び込んだデグゥ・改の手に握られたダガーナイフが、真横から深々とゾマットの脇腹をえぐる。
『(ザザッ)な、なにぃ!? 近接……戦だと』
ギリッ! という短い悲鳴のような金属音と火花を散らすと、ゾマットの四肢がダラリと力を失い、地に膝をついた。
それはまさに暗殺者のごとき、一瞬の早業だった。
「まず、一機」
轟中尉の駆るデグゥが、鈍色に光るタングステン合金製のダガーをゾマットの脇腹から抜き去った。機械人形の急所である電源ユニット部を貫かれたゾマットは、糸の切れた操り人形のように地面に崩れ落ちた。
「小僧と小娘に、出番などくれてやらぬ」
轟中尉は暗く狭苦しいコックピットの中で呟いた。
足元に転がる残骸を一瞥すると、弾丸を撃ち尽くした散弾砲を捨て、すぐさま次の敵めがけて機動へと移る。
周囲の状況を知らせる戦術表示用のディスプレーには、既に三機の赤い輝点が接近しつつあることを警告する表示が警告するかのように明滅していた。
デグゥ・改は剥き出しの岩肌を滑るように駆け下り、遠矢たちの居る演習場を背に、敵の目に確実に捉えられる位置へ、クレーター盆地のほぼ中央、内側に広がる遮蔽物のない荒野に向けて疾駆する。
案の定、二機の敵が急接近してくることを戦術情報システムが告げる。
「……そうだ、こっちだ」
デグゥ・改のコックピットは、遠矢のような網膜照射表示式のヘッドアップディスプレイ方式ではない。旧式の固定式ディスプレイ装置がいくつも並んでいる。
接近する敵は≪ゾマット・突撃戦仕様≫と識別された。重火器を携行する厄介な相手だ。
土煙を上げながら、軽快な機動で斜面を走破する姿をデグゥ・改の光学モニターが捉える。それは黒い甲冑に身を包んだゴキブリ頭の忍者のように見えた。
右手に装備しているのは90ミリ突撃銃、左手には小型の盾を装備している。
味方が撃破された事に激高したのか、無茶な機動で轟中尉の操るデグゥ・改を追う。
運動性能で劣るデグゥとの間合いはすぐに縮まった。距離は僅か二百メートル。至近距離で両側から挟み撃ちにして、確実に仕留めるつもりなのだ。
デグゥは巡航速度での走行を諦め、くるりと二機の方に向き直った。そして両肩のウェポンマウントから二丁の重火器を取り外すと、両腕で抱えるように腰の位置に固定し水平に構えた。
黒光りする装弾チェーンが銃のマガジン部へと直結された、対・機械人形用50㎜弾頭機関砲。圧倒的な弾数で制圧することを目的とした重機関砲だ。背中にはおよそ四千発の弾丸が詰め込まれたバックパックを背負っている。
≪(ザザッ)バカめ! 遮蔽物のないここで撃ちあうつもりか!≫
≪(ザ……)油断するな、桃色の機体……! エース用のカスタム機だ……! 装甲も厚い! 成形炸薬(HEAT)弾を使え、一撃で仕留めるぞ!≫
≪(ザザッ)了解、アロー4!≫
同型の無線機を搭載し、暗号解読可能なデグゥ・改の通信機から、ゾマットを操縦する兵士の通信が漏れ聞こえる。
「それでいい、勇敢なヤマトの兵よ」
轟が不敵な笑みを浮かべ、舌先で唇を湿す。
百五十メートルの至近距離でゾマットの突撃銃が火を噴いた。左右に散開した二機が、同時にデグゥ改への容赦ない十字砲火を浴びせかける。
凄まじい連射音と弾丸の光跡がデグゥを襲う。着弾するたびにデグゥの機体が震える。
動きを止めたデグゥなど、ただの的のはずだった――が、
≪(ザザッ)な、なにぃ!?≫
≪(ザザッ)こいつ! 成形炸薬(HEAT)弾が、効か――な!?≫
ブゥォオオオオオオオオオオオ! という重低音が響き渡った。
対・機械人形用50㎜弾頭機関砲が火を噴いた。
デグゥ・改の放った対MD機関砲の斉射をうけ、ゾマットの装甲は削れ、穴が穿たれる。そして内部から吹き出した炎に包まれる直前に、座席射出し空中へと離脱したヤマト兵の眼下で、ゾマットが爆発四散した。
黒い装甲に、桜吹雪の模様が描かれたデグゥ・改は、もう一機へと銃口を向ける。
弾丸を浴び続けても尚、デグゥ・改の装甲には傷一つ見当たらない。残ったゾマットの一機が狂ったように射撃を繰り返すが、装甲がゾマットの放った銃弾をすべて弾き返す。
≪(ザッ)なんて装甲だ!? 話と違うぞ……! エゾスのデグゥは……≫
「あぁ、木偶だが……ゴキブリ頭よりはいい」
轟がゆっくりと、腰に抱えた重機関砲の引き金を引いた。
デグゥ改の足元に薬莢がバラバラと降り注ぐ、目の眩むような射線を浴びたマットの装甲は文字通りハチの巣のように穴が開き、凄まじい弾丸の嵐の圧力に一歩、二歩とよろけ後ずさる。
ゾマット頭部の複合センサーが砕け散ると、スローモーションのように後ろに倒れ、爆発炎上。黒煙の中からベイルアウトした座席が空で落下傘を開く。
「原子間縮小金属装甲……RM装甲の対弾性アドバンテージは想定以上だ」
轟中尉が軽く口元を緩めた。
デグゥ改の驚異的な防御力は、遠矢の巨神装機に使われているものと同じ、「RM装甲」によるものだった。巨神装機を開発する為のテストベッド機とはいえ、既存のデグゥの機体性能を軽く凌駕している。
≪警報:敵性熱源、急速接近!≫
「……新手か」
轟が鋭い視線をめぐらすと、サブディスプレイに映った真っ赤な輝点が、急速に肉薄していた。
その速度は尋常ではない。通常のゾマットの優に三倍の速度は出ている。
≪識別コード:不明≫
――なに!?
総毛だつような殺気に、思わずその場からサイドステップで跳んだ。
直後、デグゥの立っていた地面が爆発する。
「ッ!?」
爆風で、よろけるように着地し片膝をつく。デグゥ改の半埋め込み式の複合センサーが、その爆炎の向こうに揺らぐ敵の姿を捉える。
それは、ゾマットでありながら、ゾマットでは無かった。
全身が燃えるように赤い装甲で覆われた、異形の機体が姿を現す。
戦術情報システムが機種不明とする程に換装された装甲。肩、肘、手甲と全身から突き出た打突用のトゲ、頭部から突き出たカブトムシのようなブレードアンテナが禍々しい威圧感を放っている。
エースパイロット用に特別に改修されたカスタム機であることは明白だった。
「こいつは……! ヤマト皇国のエースパイロット専用機か……!」
轟中尉の頬を冷たい汗が流れ落ちる。次の機動に移りながら、間合いをとる。
赤い機体の脚部の駆動装置はかなり強化されているらしく、装甲が異様なボリュームで膨らんでいる。
異彩を放っていたのは、その手に握られた「戦斧」だった。取り回し可能な限界のサイズまで大型化された刃先が、ギラリと陽光を不気味に照り返している。
昆虫頭の忍者を連想する、細身のゾマット量産機と比較すれば、まるで無骨な野武士のような佇まいだ。
『(ザッ!)貴様がエゾスの新型か? いや……違うな、その悪趣味な、桃色の装甲、噂に聞くエゾスのエースパイロット……桜吹雪か?』
スピーカから漏れ聞こえたのはうら若い女の声だった。冷たく、刺すような響き。それでいてどこか愉快そうに嗤う。
「私は轟中尉。愛機は宵闇桜。言っておくが……桜吹雪ではない」
『ほぅ……この演習場でエゾスのエースに邂逅できるとは光栄だ。だが! 最前線の陽動にも引っかからず、ここで貴様は一体何をしている? いや……何を守っている!?』
女の声が鋭さを増す。
「――我らの希望、と言っておこうか」
我ながらクサい台詞だ、と轟は笑いを押し殺す。
『クッ……ハハハ、面白い。我が名は四式王牙、押し通るぞ!』
「オウガ――『紅蓮の鬼』か! 通すわけにはゆかぬな!」
轟はペダルを踏み、最大戦速で機体を立て直す。デグゥ・改こと愛機、宵闇桜がその図体に似合わない軽快な機動で身をひるがえし、重機関砲を広範囲に撃ち撒いた。
次の瞬間、照準に捉えたはずの赤いゾマットがモニターから消えた。
それは轟にとっては想定内の動きだった。紅蓮の鬼と恐れられる敵国のエースが狙うのは、近接格闘戦だと聞いていた。
当然のように放たれた敵の弾丸をかわし、死角から接近戦を挑んでくる。と予想はつく。
瞬時に両腕に抱えていた重機関砲を放り投げる。
腰部のマウントラックから、タングステンダガーを引き抜くよりも早く、ガギィ! という衝撃が、デグゥを襲う。
デグゥの左腕に付けられた小型の盾が辛うじてその一撃をさばく。それは、紅い機体が振り下ろした巨大な戦斧の斬撃だった。
「くっ……!」
計器類が一斉に赤く明滅し、近接戦闘モードに切り替わった事を告げる、全身の稼働部位が過負荷に悲鳴を上げながら、瞬時に最大出力を絞り出す。
デグゥ改を覆う強固なRM(圧縮金属)装甲は、弾丸はおろかゾマットが装備する、コンバットナイフの打突も受け付けない。格闘戦であれば改造ゾマットが相手であっても後れを取るはずはなかった。
だが次の瞬間、デグゥ改の左腕が装甲ごと易々と両断された。
「バカな!?」
視界の隅で黒と桜色に塗り分けられた腕と盾が宙を舞う。腕を切り落とした戦斧の勢いは衰えず、そのままデグゥの胸部にグシャリと食い込んだ。
轟が衝撃に呻く。コックピット内の計器が火花を散らし、一斉に警報をがなり立てる。
≪警報:機体に深刻な損傷……!≫
圧縮金属装甲をいともたやすく切り裂く戦斧。考えられるものは一つしかなかった。
――原子間縮小金属……RM兵装!?
原子間力圧縮により生成された圧縮金属の武器を、ヤマトは実戦投入したのだ。
よろめきながらも間合いを取ろうと轟の宵闇桜がバックジャンプする。だが、機動性で圧倒的に上回る紅いエース機を振り切れない。
ゾマットの赤く光る装甲が、デグゥの視界を覆い尽くした。轟は咄嗟にレバーを引き回転する拳を放つ。
『はは! 遅いな!』
拳を易々とかわし、嘲笑う四式の声。
轟は舌打ちし、封鎖していた無線のスイッチを入れ、
「トーヤ! 小娘ッ! 敵を絶対に近づけるな! こいつは――」
再び襲った凄まじい衝撃に、轟の視界は闇に閉ざされた。
◇
<つづく>




