南方戦線、進軍のヤマト皇国機甲師団
◆
『(ザッ)こちら、アルファリーダー。デグゥ各機。予定交戦地域へ到着。現時刻17:00をもって散開し、待ち伏せせよ。地の利と地形効果を最大限に活かせ。繰り返す――』
機械の巨人――機械人形デグゥ部隊が、エゾス南西部の森林地帯を進んでいた。
指示に沿って歩みを止めた各機体は、森の中へと分け入り尾根筋に沿って登坂。小高い山地の谷筋に機体を滑り込ませる。
17メートルに達する二足歩行の機動兵器は、緑色の迷彩に塗られている。機体の装甲にくくりつけられた木の枝葉やススキの葉が、カモフラージュの役に立っているかは甚だ疑問だが。
部隊の機体数は18。2機で1組、3組で1個小隊。更に小隊が3つ集まって「デグゥ機動中隊」を形成している。
どの機体の肩にも桜の花びらを象った、エゾス陸軍南方国境防衛隊の部隊マークが描かれている。
『(ザッ…‥ザザッ)電波障害が酷い。圧縮金属(RM)粒子によるもの……か? それにしても僚機の位置もわからん程とは……』
アルファリーダと名乗った分隊長は、デグゥの狭いコックピットの中で舌打ちをする。
聖地『天ヶ原』を中心として吹き出される圧縮金属――原子間縮小金属の微粒子が、電子機器やターボファンエンジンなどに影響を及ぼし、航空機は飛ぶことができない。
特殊な防塵対策を施した航空機ならば飛べるものの、それでも空間磁気の乱れにより計器が異常をきたす。つまり、飛行するのは自殺行為と言える。
この特殊性ゆえ、エゾス共和国とヤマト皇国の国境線沿いでは、両軍とも陸軍の機動兵器に頼らざるを得なかった。
主力戦車同士の争いで両国は互角だった。拮抗した戦局を打破するため、戦車などの装甲が薄い上部を狙う、高い位置からの射線を確保し撃破する兵器が産み出された。それこそが従来の兵器体系の常識を覆す機動兵器、ヤマト皇国の機械人形「ゾマット」だ。
陸上兵器としては異例の、高い位置からの射撃。それは対人戦、対戦車戦、対陣地戦において 上部攻撃の可能な兵器として、絶大なアドバンテージを発揮した。加えて二足歩行の機動性は、塹壕や河川などの阻止線も役に立たない。
エゾスではこうした新兵器の脅威に対抗すべく、急遽「同等」の機動人型兵器、デグゥを開発した。しかし性能は、要求仕様を満たせず、オリジナルのゾマットには遠く及ばなかった。
その代わりにと、デグゥに与えられたのが重装甲。そして大火力だ。
機動性を犠牲にしたことで、敵の動きを事前に察知しての「待ち伏せ攻撃」が最良の戦術とされている。
――新型の噂もあるが……。こんな最前線に配備されるのはいつになるやら。
デグゥの中で分隊長はため息をつく。
『(ザ……)しかし、分隊長。こんなタイミングで(ザザ)ヤマトの奴ら、仕掛けてくるんですかねぇ?(ザザ)』
『(ザザッ)大規模な部隊の移動を確認している。侵攻目的が不明だが……気を抜くな(ザッ)』
一瞬、パッシヴレーダーに赤い輝点が映った。
『(ザザザ……)各機! 警戒を密に……!』
『(ザ……)う、うぁああああ! 敵! 敵襲―――』
『(ザ!)各機、迎撃! 撃て! 敵の位置をデータリンクにて通……』
赤い輝点が一斉に輝いた。一つや二つではない。その数はおよそ、倍。
「な、なにぃっ!?」
待ち伏せ!? 先手を打たれた……!
ブォンン……! というゾマットの機動音が背後から響いたかと思うと、銀色の対MD用のコンバットナイフが、隊長機の背後から電源バックパックを貫いた。
ギシュッ! という鋭い音が機体を揺るがし、金属の刃が機体ごと分隊長を刺し貫いた。
激しい放電と火花が散ると、デグゥの機体はまるで糸の切れた操り人形のようにグシャリと倒れ、谷間を滑り落ちてゆく。
――皇国軍、陸軍機甲第三師団、ゾマット各機へ。報告を。
――損害なし。抵抗は軽微。
――装甲は厚いが正面だけだ。
――敵の機体は噂通り、ただの木偶人形……だ!
◆
ザー、というノイズが酷い。
つい三十分ほど前からだろうか。
「なぁ珠希、なんか音が変じゃない?」
『そうね、ノイズが酷い。模擬戦でブレードアンテナが壊れたのかしら?』
胸のコックピットに座る珠希が、計器を操作しながら首をひねった。
「点検は終わったって、博士は言ってたよね」
『そうよね。ってことは早速トーヤは、ポンコツなの?』
「うるさいな」
さほど気にもとめず遠矢と珠希は軽口を交わす。
太陽は傾き、クレーター盆地の半分が影で覆われつつあった。今日の訓練はもう終わりという菜々香博士の言葉に、内心すっかり気を抜いていた。
菜々香博士はクレーター盆地の内側にある指令所から、遠矢に向けて撤収の指令を出したばかりだ。
轟中尉との模擬戦を終え、修理と補給を終えた巨神装機は、地下基地へと帰投する準備に入っていた。
と、その時。
ヴォォオオオオン……!
突如警報がクレーター盆地の内側の演習場に響き渡った。
それは獣の唸り声のような低い音で、肌が粟立つような不気味な音だった。
「なんだ?」
遠矢が巨神装機の機体の動きを止めた。
HUDを通じ、眼前にポップアップのウィンドゥが浮かび上がった。途端に、菜々香博士が血相を変えて告げた。
『(ザザッ……)トーヤくん、タマちゃん! 敵襲よ!』
陣地は、ハチの巣を突いたような騒ぎになった。警報と同時に、兵士たちの動きが慌ただしくなる。兵舎や格納庫から飛び出してきて、次々と停車していた戦闘車両へ向かってゆく。
遠矢と珠希はどうしてよいかわからず、その場に座ったまま、ウィンドゥ越しに顔を見合わせた。
情報表示のディスプレィには次々と戦局の情報が表示され始めた。
地図や自分たちの現在位置は元々表示されていたが、黄色い『防衛線』と内側に青い友軍を示す輝点。粗背に接近し、突破する敵の赤い輝点が映し出された。
どうやら、時刻の経過を早めながら、敵の動きをリプレイしているらしい。
――第2守備隊が全滅……第一次防衛線が突破された!
――南西より同時侵攻を確認ヤマト皇国陸軍、ゾマット主力部隊、総数58機! 大隊規模で進軍中! 現在、友軍の防衛陣地と交戦中!
――本部に援軍の要請! 繰り返す、援軍を要請!
兵士たちは機動戦闘車、あるいは、対MDロケットランチャー担ぎ次々と装甲車に飛び乗ってゆく。
とりあえず出せる装備と、戦力を応援に回すつもりらしい。
車列は、南側の山麓へむけて走り去っていく。土煙を上げながら向かうその先は、ヤマト皇国陸軍ゾマット主力部隊と、エゾスの防衛軍が熾烈な戦いを繰り広げているのだ。
情報表示ウィンドゥの中で、青い点で示された友軍と、敵を示す赤い点が接近しては離れ、その数を減らしてゆく。
だが、明らかに友軍が劣勢だった。
一機のゾマットに二機、あるいは三機がかりで挑んでも、友軍は一機、ないしは二機が『ロスト』と表示され、損耗してゆく。これではジリ貧だ。
『押されているわ……! エゾス軍の防衛隊じゃ、主力のゾマット部隊に対抗できないのよ……』
「助けに行く、ってことは出来るの?」
『ここから38キロも離れているわ。徒歩の移動じゃ無理。トレーラーでも一時間……』
珠希が焦りの色を浮かべている。
『タマちゃん、トーヤくん! 援軍に向かう予定だったけれど、予定が変わったわ』
「どうしたんですか?」
菜々香博士に尋ねた瞬間、ウィンドゥにその理由が表示された。
――敵、分隊と思われる別働隊を警戒監視班が視認!
――沿岸部より河川を北上し内陸部へと浸透中。数は不明! 大型の機動兵器……ゾマット系と思われる。
――進行方向からして、技本射撃実験場に向かっていると推測される。
『まさか! 敵が直接ここを狙って侵攻してくるなんて……!?』
珠希が、菜々香博士に叫ぶ。
「珠希! ここに……敵が来るっていうの!?」
『敵の狙いは……私達かもしれないわ』
『よく聞いて。今、ここに居る守備隊は出払ったばかりよ。あとはトーヤくんの巨神装機、それと……轟中尉のカスタムデグゥだけ。まともに戦える機体は全て最前線。これは、謀られたかもしれないわね。こうなったらトーヤ君、キミだけが頼りよ、私達だけで……なんとかするしか無いわ」
「そ、そんな……!?」
『初めての陣地防衛戦……ってわけね』
「気軽に言うなよ、敵の数もわからないんだぞ!?」
『施設管理責任者の私が、作戦指揮を執ります。まず、轟中尉のデグゥが突出して会敵。轟中尉の機体に遠距離砲撃戦装備は無いわ。囮として敵をおびき寄せ、敵が姿を見せたところを、トーヤくんタマちゃんがレールガン狙撃で仕留める。これがベストの戦術ね』
『はいっ!』
珠希は素直に頷くが、奈々香博士のこれまでにない緊迫した声に思わずたじろぐ。
確かに、辺りを見回しても機械人形と呼べるものは轟中尉のデグゥだけだ。
「でも、それじゃ轟さんが一人で敵の正面に!?」
『彼なら大丈夫よ。それより充電の用意を』
首筋をぎゅっと冷たい手で掴まれたような、ざわついた感覚が纏わりついた。
ここをゾマットの部隊が襲撃してくる。菜々香博士や研究スタッフ、他の兵士たちを守りきれるだろうか……。
『今から巨神装機を急速充電するわ、少しでも回復させないと!』
菜々香は、無造作に髪を後ろで束ね、陣地に合図を送る。すると荷台に発電機らしいものを載せたトラックが遠矢の足元に土ぼこりを上げて走り寄り、急停車した。
しゃがんで! という菜々香の指示に従い、遠矢はその場で片膝をつく。
ゾマットやデグゥは機体に内燃機関を搭載しているので、燃料の続く限り駆動用の電源を発電することができる。通常はエンジンで発電し、その電力で全身のアクチュエータを動かすというハイブリット駆動形式だ。
それと比べ、体内に発電用エンジンを積めない巨神装機の「外骨格兵装」は、蓄電池である加圧電源キャパシスタのみを搭載した完全な電動システム。どうしても充電が欠かせない。
菜々香が険しい表情で、電源ケーブルが接続されてゆくのを見守っている。兵士たち数名が、一抱えもあるような電源コネクターを、遠矢の腰にある充電コンセントへと差し込んだ。
合図を送るとトラックの荷台の発電機が唸りを上げ、送電が始まった。珠希のコックピットのパネルにポップアップで電源残量が表示された。
≪内部電源残量:46%≫
訓練を終えたばかりの巨神装機の内蔵電源の残量は、半分を切っていた。
「充電って……どれくらいかかるんですか?」
珠希がやきもきした様子で菜々香に尋ねた。
『フル充電までは三十分は必要よ。短時間の格闘戦だけなら今のままでも十分だけど……レールガンを使用するならせめて、80%無いと厳しいわ』
「80%……。それなら二十分ぐらい……ってことか」
「轟中尉! 聞こえる? お願い、時間を稼いで!」
菜々香博士が通信機のむこうで指示を出す。少女のような佇まいの博士も、こういうときは判断力に優れた、頼りになる大人なのだと認識を改める。
『(ザッ)こちら轟中尉、遊撃に向かう――』
轟中尉の短い応答が聞こえた。
<つづく>