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いつか、海への約束を

 ◇


 遠矢は、巨神装機を身に付けたまま地面に座っていた。


 模擬戦で辛くも勝利したが、機体は僅かにダメージを受け、駐機姿勢でメンテナンスと調整をうけている最中だ。

 駐機姿勢と言えば聞こえはよいが、実際は胡坐(あぐら)をかいて座り込んでいる。


 巨大なロボットが座り込むという珍妙な光景を、警備兵達は物珍しそうに眺めている。遠矢の眼からは、まるで兵隊の人形がちょこまかと歩き回っているように見えるので、奇異の視線はお互い様だ。


「逆転勝利、お見事だったわ。ちょっと両機ともダメージがあるけれど、まぁこれは想定内。圧縮金属装甲(RM装甲)のタフさも想像以上ね」


「はぁ、まぁよかったです」

 大丈夫と言われても、遠矢は、疲労と地面に投げられた時のダメージで足腰がガクガクしていた。

 菜々香博士が手元の端末のコンソールを操作しているが、顔には満足げなホクホクとした笑みが浮かんでいる。


「RM……装甲ってそんなに凄いんだ」


 遠矢は、眼下の菜々香を見下ろし尋ねる。


「原子間縮小金属を転用した装甲は、私達エゾスの独占技術だからね!」

「何だかよくわからないけど、無敵っぽい?」


 遠矢は自分の手を包む、不思議な色をした装甲をしげしげと眺めた。


「でも、聖地であるゲートをヤマト皇国が実効支配している以上、やがて同じ圧縮金属を転用した兵器が現れるわ。せめて新型量産機が間に合えば……」


 菜々香は、僅かに眉根を寄せた。


「新型量産機……?」


 遠矢は聞き返すが、菜々香は聞こえなかったかのように答えなかった。


 おそらくトーヤの実戦データを基にして、『デグゥ』を上回る兵器を造るつもりなのだろう。


 それよりも、ゲートと呼ばれている場所が気にかかる。そこに行けば元の世界に帰れるのだから。


 ――千穂を探し出せば、一緒に帰れるんだ。


 新たなる想いを胸に秘めた時、聞こえてきたのは珠希の情けない声だった。


「トーヤ、たすけてー!」

 赤毛のツインテールをなびかせて、パイロットスーツ姿の小人が、遠矢の方に駆け寄ってくる。


 後ろからは轟が追ってくるのが見えた。珠希は何度も転びそうになりながら、はぁはぁと息も絶え絶えに逃げまわっている。


「トイレに行ってたんじゃなかったの?」

「行ってたわよ! そしたらあの人に絡まれて、訓練だ走れ! とかいわれて」


「そりゃ難儀な」

「のんきな事言ってないで助けてよ! 上にあげて!」


「ふんぬ!? 逃がさんぞ小娘ッ! 日が暮れるまでたっぷり鍛え上げてやる!」


「じょ、冗談じゃないわよっ!」


 轟中尉が軍用ブーツの靴底で、硬い地面を蹴り跳びかかる。けれど珠希はするりと素早く身をひるがえし、遠矢の所にたどり着いた。

「それだけ走れれば十分だと思うけどなぁ……」

 呆れ顔で腕を伸ばし、珠希の前に差し出す。


「ほら、乗って」

 珠希が手に飛び乗るのを見計らい、リフトのように空中に持ち上げる。万が一にも落とさないように片方の手のひらで包むようにして、ゆっくりと操縦席の高さまで持ち上げた。


「さんきゅ、トーヤ!」


「小娘……貴様っ! 降りてこんか!」

「やーよ、べーだ!」


 まるで子供のように眼下の轟中尉に向かって舌を出すと、そのままぴょんとコックピットに飛び込んでシートに身を隠す。


「はぁ、やっぱりここが一番落ち着くわ」


 下では轟中尉が、遠矢に向かって何やら叫んでいた。


 悪い人ではないのだが、とにかく頭の固い軍人という感じがする。


「轟さん、菜々香さんから訓練はこれで終りだって言われてますけど……」


 遠矢は落ち着き払った声で言った。

「ぬぅ? ……菜々香博士がそう言うのであれば仕方あるまい。だが巨神よ、今日は不覚を取ったが次はこうは行かぬぞ」


 その声色は怒気を孕み、しかめ面。相変わらずの筋肉軍人そのものの顔つきだ。だけどその瞳はどこか楽しそうな色が浮かんでいる。


「負けませんよ」

「その言葉、忘れるなよ」

 ビシッと音がしそうなほどの敬礼をして轟中尉は踵を返した。


 その先では愛機のデグゥがメンテナンスを受けていた。胸部ハッチが開け放たれ、数人の整備員が作業を行っている。轟は心なしか軽い足取りで愛機へと駆けて行った。


 遠矢は両手を後ろにつき両足を地面に投げ出すように座り込んだ。ヘルメットは外しているので、乾いた風が顔を撫でてゆく。


 珠希もシートに寝そべりながら、開け放したキャノピー越しに雲を眺める。


「珠希、ひとつ訊いていいか」

「なぁに?」

「僕が最初に目覚めた場所、あそこに居たのは珠希だけだったんだよな?」


「え……えぇ。うん、そうね」

 珠希がしどろもどろと答え、シートの上で身を丸くした。

 珠希は黙り込んだ。ごつ、と額を膝小僧にぶつける。

「あそこは……今思い出すとまるで不用品の倉庫だった。廃棄物置き場みたいな」

 珠希がハッと顔を上げた。戸惑いに口元を歪めている。

「な、何言って……」


「莫大な研究費をつぎ込んで、『動きません』じゃ兵器としては失格だったんだろ」

「……トーヤ」

「僕だってバカじゃないよ。それぐらい判るさ」


 必要なときに動かせない兵器に価値は無い。


 ――脳改造するなんて、私は許さない!

 黒服と対峙した時、菜々香はそう叫んでいた。

 あの時は珠希のおかげで目覚め、辛うじて勝利を収めた。だが、今日の訓練はおそらく遠矢は必要な戦力だと上層部に印象付けたかったのだろう。


 使えないと判断されれば、あの黒服の言っていた「二次改修プラン」つまり脳改造により、扱いやすい兵器として利用するつもりだったのだ。


 元の世界に帰れなければ、ゾッとするような世界で、兵器として戦いつづけることになるのだ。

 暗澹たる闇が心を支配してゆく。まるで深い淵に沈んでいくような、気持ち。


「ね、海を……見に行かない?」


「海……?」


 不意に発せられた声に視線を下げる。

 コックピットの上で振り返って、遠矢の顔を見上げている小人の少女――。

 

 珠希の大きな紅色の瞳が遠矢をじっと見つめている。見知らぬ異国の血が混じるという赤い髪をふわりとはらう。


「もうすぐ、夏だし」

「海か……。いいなぁ行きたい。うん……行こう」

 自分の気持ちを確かめるようにトーヤが言う。


 海が見たいと思った。世界は違っても同じ海。どこまでも広く青い海を見ればきっと、嫌な事も忘れられるはずだ。


「ね! 行こ!」


 珠希が温かな笑みをこぼす。

 遠矢は沈みそうな気持を吹っ切るように、勢いよく立ち上がった。

 勢い、珠希がシートにどすんと尻もちをつき短い悲鳴を上げる。


「山を越えれば海がある?」

「もう、いきなり立たないでよ。そうね、海はここから東に車で一時間ぐらい先よ」


「だけど、僕なら?」

 遠矢はむふんと口角を上げる。


「走れば……十分?」

 コックピットの座席から珠希が腕を振り上げ、そのまま東の方角をビシリと指す。


「よし、行こう」

「必ずよ」

 空中に小指を差し出すと、巨神の少年と小人の少女は小さくエア指切りを交わす。


「あぁ、いつか……きっと」


<つづく>


第二章、完結です。


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