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小人の少女、珠希(たまき)との出会い


『動け、動け! お願いだから……目を覚まして!』


 激しい感情をぶつけるような、少女の声が頭の中で鳴り響いた。

 それは祈りと悲鳴を混ぜたような、必死の叫びに思えた。


 ――誰だよ? 眠いのに……。もう少し寝かせて。


 遠矢(トーヤ)は、ぼやけた頭を巡らせる。


 途端に頭の奥がズキリと痛み、首が動かない事に気が付く。それどころか脚も指先も、まるで鎖でも巻きつけられているかのように、冷たく重い感覚に囚われている。

 金縛り!? と焦っても身体は一向に動いてはくれない。


『起きてよ、ねぇ……! 動いてよッ!』


 再びの声。今度は脳幹を蹴飛ばすように、ジンジンと鳴り響いた。


 ――うるさいな、さっきから誰……だよ!?


 けれど視界はひたすらに暗い。時間の感覚も曖昧な夢と覚醒の狭間だろうか。ぼんやりと働かない頭の片隅で、遠矢は浮かんだ疑問を整理してゆく。


 ――そうだ! 地震(・・)か何かに巻き込まれたんだ……!


 思い出した。


 いつもと同じ朝が来て、幼馴染の千穂(ちほ)と通学路を歩いていた。

 高校までの見慣れた道のりは、広い空と青い田んぼと山並みと、家々と自動販売機と。そんな何の変哲もない退屈な朝だったはずだ。

 高校生だというのに寝癖の残る黒髪、発育しない小柄な身体。いつも眠そうな、とろんとした瞳で遠矢を見上げるあどけない顔。女子力とは無縁の――けれど放ってはおけない幼馴染、千穂(ちほ)


 小高い山の上に建つ神社の入り口に差し掛かった時、千穂(ちほ)が不意に足を止めた。


 空を見上げ、「鳥が……居ないね」とつぶやいた。


 次の瞬間。


 暗雲と地鳴り、そして激しい揺れに襲われた。


 立っていられないほどの揺れに視界が突如暗転し、地面が消えた。

 二人は暗闇へと落ちていった。

 あの時、確かに傍らの千穂(ちほ)の手を掴んだ……つもりだった。


 ――千穂(ちほ)! どこだ!? 千穂(ちほ)……!


 千穂を失ったのではないか、という恐怖がこみ上げる。

 声が聞こえた。今度はかなりハッキリと。必死に乞い願うような声が。


『お願い。君は巨神(きょしん)なんでしょう!? お願い……私を……助けてよ』


 ――きょしん?


 キョシンという不思議な言葉と、助けてと祈るように紡がれた少女の声に、心臓がトクン、と強く脈打った。しかし、期待に反してそれは千穂(ちほ)の声ではなかった。


 けれど、暗闇に一条の光が差し込んだ。暗闇のただ一点が、眩しいほどの輝きを放ってゆく。

 光に向かって腕を伸ばす。揺れる意識の底で、纏わりつくような粘液質の暗闇をかきわけて、必死に指先で届かない光を捕まえようと、足掻く。


「うあぁ、あああああ――――っ!」


 鼓膜を揺さぶる咆哮が、自分の叫び声だと気づくのに僅かの時間を要した。

 夢から覚醒すると、冷たい空気が喉を通り抜けてゆく。


「かはあっ、はあっ……はぁっ?」


 次第に、頭の中がはっきりとしてくる。

 けれど目の前は相変わらず闇に閉ざされたまま、目を凝らしても何も見えない。自分の手も、場所も分からない漆黒の闇に恐怖と不安が込み上げる。


「ここ……どこだよ?」


 ――キュポン


 聞きなれない電子音と共に、眼前に四角い光が灯った。


「お!?」


 遠矢は上ずった声を上げた。


 目の前に、闇を四角く切り取った様な明るい『小窓(ウィンドゥ)』が浮かんでいた。


 空中に浮かぶように現れたウィンドゥは、二つ、三つと増殖し、やがて視界一面へと広がった。


 数え切れない程のウィンドゥの上で、文字と記号が猛烈な勢いで流れてゆく。


 ≪巨神意識レベル:開眼領域到達……!≫

 ≪生体反応確認:装機、自動起動フェーズ、開始……10%……15%……85%……全サブシステム起動≫

 ≪筋電位測定値リンク……システム、双方向同調接続……オンライン!≫


 幾つものウィンドゥが重なって、次々と謎の表示が流れてゆく。

 文字は読み取れても、内容はまったく理解できない。何かの軍事用語か、SFめいた言葉の羅列が流れてゆく。


「ちょ!? なんだよこれ……!」


 視線の正面下に浮かぶウィンドウには、、人の形を模した図形が表示され、頭、胸、腕と順に色が青く変化してゆくのが見えた。


「これ、ゲームの画面……!? いや、でも、そんなわけ……」


 夢から覚めて目の前に広がるのは、理解不能なゲームじみた画面の群れだった。視界一面を埋め尽くす光景に、遠矢はただ目を白黒させる。


 ≪内臓電源キャパシスタ:加圧充電率:95%≫


 ≪戦術情報管制システム:データリンク開始……オンライン≫


 ≪統合制御基幹システム同調、メインカメラ……オンライン≫


 ≪全システム正常:オールグリーン!≫


 視界全体にホワイトノイズがザッ……! と走ったかと思うと、ウィンドゥが一斉に左右に分かれ、視界が開けた。

 そこは――薄暗い無機質な整備工場のような場所だった。


 金属の壁と鉄骨で組まれた天井、作業用の足場やクレーン装置、用途不明の工作機械が所狭しと並べられている。部屋自体は十メートル四方ほどだが、妙に狭く感じるのは何故だろう?

 部屋も並べられた機械も、違和感を覚える程に小さい。

 例えるなら特撮用のミニチュアセットの中に迷い込んだような感じなのだ。


「ここは何処だよってか、身体が……動かない……!」


 視界は開けた。けれど全身が縛られたような圧迫感は続いていて、手足はおろか、指先すらも動かせない。


「なんなんだよ、これっ!」


 焦りと恐怖。途端に、嫌な汗が噴き出した。


 自分は怪しげな倉庫に拉致されて監禁されているんじゃ? という疑念が湧き上がる。何よりもこの状況に至る記憶が、完全に抜け落ちている。


「そうだ……千穂(ちほ)、どこだ!?」


 なんとか首を動かそうと足掻いた時、目の前で『白線』が揺れ動いた。

 空間に浮かんでいるように見える白線は、視界に重なるように映っているらしく、目線の僅かな動きにも敏感に反応した。


 白線の上下には数字が並んでいて、視線の移動に伴って数字が増減する。それは、戦闘機のコクピットや、ゲームで見かけるHUDヘッドアップディスプレイの表示に似ている。


 見えている線や数字は、距離や角度水平・垂直を表しているらしかった。


「……これ、もしかしてAR系のゲーム画面?」


 置かれた状況が飲み込めない。と、その時。


 ――きゅぽん! 


 電子音と同時に、視界の左側に小さなウィンドゥがポップアップした。


 遠矢は思わず、はっと目を見開いた。

 倉庫の映像を切り取って映し出されたのは、同い年ぐらいの少女だった。


 小さく整った顔だちに、きりりとした目元。燃えるような茜色の瞳は、強い意志を感じさせる、美少女。赤毛のツインテールは、見るからに活発そうな印象をうける。


 焦りと困惑を混ぜたような表情で、手元で何かを必死に操作している。

 と、ウィンドゥの端に小さな文字が浮かんだ。


 ≪内部通話設定:有効≫


『――巨神との直接通話? これ……使える?』


 澄んだ声が聞こえてきた。鈴を鳴らすような声は、さっきの夢の中で遠矢を呼んでいた「声」だった。


「あの! ちょっとすみません」


 遠矢は実に間抜けな声をかけた。


 少女がきょとんと動きを止める。ぱちくりと目を何度か瞬かせると口をぽかんと開き、


『……うそ! まさか、言葉を……しゃべれるの!?』


 瞳を大きくして、本気で驚いている。


「さっきから俺を呼んでいたのって、もしかして君?」


 遠矢は少女の答えを待つ。

 身動き一つとれない状況から、脱出できるかもしれないのだ。


『そっ、そうよ! 巨神の起動フェーズは、どれもダメ、でも必死に呼び続ければ起きるかもしれないって、奈々香(ななか)博士が言っていたから、それで』


「えっ? あの……?」

 

 ヤバイ子に声をかけちゃったのかもしれない。


『本当に目覚めてくれるなんて……』

 感嘆の声で、瞳をきらきらと輝かせている。


 一体何を言っているのか遠矢は理解できなかった。けれど、遠矢に起きろと叫んでいたのはこの女の子で間違いは無さそうだ。


「あれだけ耳元で叫ばれちゃ、寝てられないよ」


『凄い……! 巨神きょしんとこうして話せるなんて』

「きょしん?」


 ――また、キョシン。一体、何のことを言って……


『あ、自己紹介するね。私は……珠希たまき籠乃目珠希かごのめ たまき。三陸北高の一年。って、えと、何から説明すればいいんだろ……と、とにかく今は非常事態で、敵軍がすぐそこまで!』


「三陸北高? 敵軍……?」


 それは遠矢の通っている高校の名前だった。

 しかし奇妙な事に制服のデザインが違っていた。それに一年なら同じ学年のはずなのに「珠希たまき」という名前には聞き覚えは無かった。


 溌剌とした印象の赤毛のツインテール美少女。こんな子が同じ学年にいたら、絶対に知らないはずはないけれど……遠矢は首を傾げる。


「一体ここは何処で、何がどうなってるんだ? 目を覚ませ、って叫んでたよね?」

 遠矢の問いかけに、珠希は困ったように口元を僅かにほころばせた。


『なんだか……巨神なのに、普通の男の子みたいに話すんだね』


 くすりと、蕾が綻ぶような笑みに、鼓動が少し速くなる。


「巨神って、俺が?」

『そう。キミは巨神(きょしん)でしょ? 私の身長の20倍もあるんだよ。それ……自覚してる?』


 ウィンドゥの向こうで、珠希(たまき)は困ったような笑み浮かべて、小首をかしげた。


 ――身長20倍!? それじゃまるで珠希は「小人」……じゃないか?


<つづく>





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