デグゥ・カスタム 対 巨神装機トーヤ
遠心力を加えた鉄腕は強烈な質量兵器と化し、遠矢の左肩を激しく殴打した。
「ぐあっ!」
『きゃあっ!?』
金属塊のような拳の直撃で激しく脳が揺さぶられ、一瞬意識が揺らぐ。
デグはその気になれば三百六十度、上半身を回転できる。戦車の砲塔部分と同じ構造は、固定砲台として運用するのに適した設計でもある。
それは、中に生きた巨神が入っている『巨神装機』、トーヤには到底真似のできない動きだった。
轟中尉は続けざまに、機体を大きく左右に回転させ、左右から回転打撃を連続して叩きこんだ。
ブォン! グォン! と大ぶりではあるが、破壊力の高い打撃が遠矢を襲う。
「くっそ! 痛ッ!」
遠矢は両腕でガードする構えをとり、左右から繰り出されるパンチに辛うじて耐えながら、ジリジリと後退するので精いっぱいだ。
地響きのような重い打音が射撃場に響く。デグ改の超重量パンチが、二度、三度と遠矢のボディにヒットする。
「――ぐっ!?」
『トーヤ! 後ろに逃げて! 間合いを取りなさいよ!』
「かわって……るけど、うわ、ああっ!?」
ゴガン! と真正面からの一撃で、巨神装機の蒼い機体が遂にぐらりと姿勢を崩した。
山裾に築かれた簡易陣地では、菜々香と研究班が、固唾をのんでその様子を見守っていた。性能では圧倒的に優位なはずの巨神装機の思わぬ苦戦に、菜々香博士と周囲の技術将校たちの間に不穏な空気が流れ始める。
『(ザッ)巨神よ! 貴様の力はその程度か? それでは――貴様も小娘も、確実に死ぬぞ』
通信回線を経由した、轟中尉の野太い声が遠矢の耳朶を揺さぶる。
「くっそ……おぁ!」
遠矢は後ろによろめきながらも、大きくバックジャンプし間合いを取る。感覚で三メートル程の後方に着地したものの、ぐらりと片膝をついた。
一方的に打ち込まれた打撃のダメージが遠矢に蓄積していた。
目がかすみ、息が上がっていた。
――くそ……! こんなロボット同士のバトルで痛いとか、苦しいとか……こんなのアリかよ?
遠矢はガードが精一杯で、轟のデグに対し有効な打撃をただの一度も繰り出せていないのだ。
『トーヤ! どうして殴り返さないのよ!』
珠希がたまらず叫ぶ。激しく揺れる射撃手席で、珠希もしたたかに身体をぶつけていた。顔をしかめながら遠矢に向かって叱咤する。
「わかってる、だけど……」
手が、出せない。
ガードを崩せば珠希のコックピットが狙われる。明らかに轟中尉のデグ改が放つ拳はそこを狙っている。遠矢の顔に焦りが滲む。
『巨神よ、貴様は何を守ろうとしている?』
「な?」
轟中尉の声にハッとする。
無意識のうちの遠矢の視線の先に、ウィンドゥに浮かぶ珠希の横顔があった。
『気持ちだけで、一体何が守れるというのだ? 敵を倒さねば死ぬ。希望も、明日も、全て絶たれる。貴様の胸にいる小娘も……死ぬだけだ』
轟の感情を押し殺したような声が、遠矢の心に突き刺さった。
そうだ、僕は――
「生きて……生き抜いて」
帰るんだ。
千穂を見つけ出して、元の世界に帰る!
平凡だけど楽しくて、懐かしい日常へ。
誰かが傷つくのや、死ぬのも見たくない。けれど、ここでは戦わなければ生き残れない。
珠希は遠矢の視線に気づいたかのように小さく微笑むと、こくりと頷いた。
強い決意に満ちた瞳に、恐れや迷いは無い。ただ真っ直ぐに、遠矢を信じ戦う、という意志が感じられた。
遠矢は息を呑んだ。
珠希は小さくてか弱い女の子なんかじゃない。信頼し共に戦う仲間なんだ。
「戦う覚悟が出来てないのは……僕ってことか」
『――トーヤ君、タマちゃん。よく聞いて。君達は今、二人で一人なのよ』
菜々香博士の声が遠矢と珠希の耳に届いた。
「ふたり……で」
『ひとり?』
『そう、巨神と人間。大きさも何もかも違うけれど、今は二つの魂が、同じ肉体を共有していると考えてみて。二人でトーヤ君の身体を……巨神装機を動かすの。そうしなければ轟中尉には勝てないわ』
通信ウィンドゥ越しに互いの視線を交す。何かが、腑に落ちた気がした。
巨神装機の特性。それは本来、機械人形を操縦するためにパイロットが行なわなければならない複雑な操縦を遠矢自身が肩代わりすることにある。
攻撃用の武器を操る「射撃手」は、そこで攻撃だけに専念できる。そういった戦術運用の発想がある。
初戦での珠希は、遠矢の意志を無視し、身体を外側から全て操ろうと悪戦苦闘し、結果ピンチに陥った。あれは緊急時の暫定的な運用方法でしかない、と菜々香博士は言っていた。
巨神装機への強制介入モードは、使い方次第では遠矢の動きをアシストしたり、妨害することが出来るはずだ。通常では使い切れない肉体の潜在能力さえも開放し、使うことだって可能なのだ。
『トーヤ君は、戦闘中に意識を失うかもしれないし、全方位から、認識の限界を超える攻撃を受けて避けられないかもしれない。だから、タマちゃん! あなたがそれを補うの。できる?』
「私がトーヤを、補う……!」
『珠希ちゃんなら出来るわ』
「――はい!」
何かを掴んだ、という表情で珠希が力強く頷く。
手元のパネルを操作し、強制介入モードをスタンバイに切り替える。珠希は操縦桿を握りペダルに足を乗せ、いつでも遠矢を操れるよう身構える。
目の前の表示がいくつか切り替わるのがわかった。
≪メインマニューバ:巨神、コントロール≫
≪サブマニューバ:射撃手、スタンバイ≫
『巨神よ、力とやらを――見せてみろ!』
ドゥン! と背中のエンジンが黒煙を吹き上げて、最大出力で轟中尉ののデグゥ・改が動き出した。脚部が激しく地面を抉り、土煙が舞う。
急速に機体が接近してくる。
「珠希! くるぞ!」
遠矢との間合いは瞬時に詰まる。振りかぶったデグの両腕の、肘から先がギュルルル、とドリルのように回転する。
『近接戦闘、ドリルパンチッ!』
「拳が、回転した!?」
遠矢は繰り出されたデグゥの右腕の初撃を辛うじて避けた。だが、その動きを見越した左腕回転パンチが、アッパー気味に遠矢のボディを狙い、唸りをあげる。
避けられない死角からの一撃は、高速回転を加味したことで、ガードをはじき飛ばし確実に敵を捉える必殺の一撃と化していた。
しかし――
『ここだあっ!』
珠希が叫び、全力で操縦桿を引くと同時に、ペダルを勢いよく踏み抜いた。次の瞬間、眼にも留まらぬ速度で繰り出した遠矢の左足のキックが、デグゥの脇腹にめり込んだ。
『――ぬぐッ!?』
至近距離からのミドルキック。それは体勢も重心も、タイミングすら無視した強引な「蹴り」だ。
それは本来なら不可能な挙動だった。
轟中尉のうめき声とともに、デグゥが数歩よろめきグラリと体勢を崩した。必殺の超回転パンチは遠矢の下腹をかすめ、火花を散らしながら空を切った。
「ナイスキック、珠希!」
『今のどう!? これよね! これ!』
「あぁ! ちょっと足が痛いけど……」
珠希が得意げに、ふふんと唇の端を持ち上げる。
確かに、さっき遠矢はドリルパンチに気を取られ、全体の動きが見えていなかった。
パンチを避けようと、遠矢は無意識のうちに身体を後ろに仰け反らせていた。その軸足と身体の重心を、珠希は瞬時に見極め「蹴り」を繰り出したのだ。
――なんて戦闘センスだ。
射撃の腕だけではなかった。格闘戦に対する抜群の適応力と判断力。遠矢は珠希の優れた素質に心の中で感嘆する。
『タマちゃん! その調子で――ガンガンいっちゃえ』
菜々香博士がこぶしを振り上げた。
「と、いうわけだから、トーヤ!」
視界の隅に浮かぶウィンドゥの向こうで、珠希がニッと笑う。
「おう!」
『全力でダッシュ! 突撃、よろしく!』
「まかせとけ!」
遠矢は頷くと、猛然と駆け出した。その動きに躊躇いはもう無かった。
自分は戦いの素人だが、足りない部分は珠希が補ってくれる。その安心感と信頼は、遠矢の動きから迷いを消し去った。
『いいだろう……格闘戦とは何か、教えてやる!』
轟中尉の鋭く、だがどこか楽しげな声が響く。
デグゥ改が勢いよく回転パンチを放つ。遠矢はそれをぎりぎりで避ける。ギャリリリ、と顔の真横をドリルパンチが掠め火花が散る。
その瞬間、回転する腕を遠矢は真下からガッシリと掴まえた。
『なにィ!?』
轟が驚愕する。
通常ならあり得ない反応速度。それは珠希が遠矢の左腕を操ることで実現した動きだった。
ギャリリリ、と五指の隙間から激しい火花が散る。遠矢がその拳に力を籠めると、デグの回転パンチは、ギギギと異音を立てながら停止した。
『トーヤッ! 今よ!』
「うおおおおお……おおッ!」
押さえつけた腕を離さずに、遠矢はデグの懐にぐるんと身を沈め、一本背負いの要領で背中に担ぎ上げる。想像を越えた重量に、流石の巨神装機の関節から火花が散る。だが、そんな事などお構いなしに、遠矢はデグゥの巨体を強引に背負いあげた。
「どぉりゃあああああああ!」
『いっけぇえええええええ!』
二人は同時に吠えた。
全身をバネのようにしならせ、黒と桃色の巨躯をそのまま前方に投げ飛ばす。
『ぐぉぉお――――――ッ!?』
轟のデグゥは空中で弧を描き、綺麗に背中から地面へと落下した。
ズゴォオオオン……! と、地面に巨体が叩きつけられる衝撃と、地面の砕ける音が、試合終了を告げるゴングのように演習場に響き渡った。
<つづく>
★作者よりのお知らせ。
明日、5月24日はお休みです