模擬戦をしよう!
短い昼休みが終わり、太陽は天頂で輝いている。
強く照りつける日差しの中、遠矢の蒼い巨体が訓練場に短い影を落としている。
『午後の訓練始めるわ。二人とも準備はいい?』
「はい」
『今度は何をするんですか?』
珠希がコックピットで前髪を整えて、きりりとした表情に変わる。珠希はジャンプスーツのような身体にフィットしたデザインの、専用パイロットスーツを身に着けている。胸や肩、腰回りにプロテクターの付いたカッコイイデザインで羨ましい。
『近接格闘戦の訓練よ。機械人形と一対一の模擬戦ね。――轟中尉、お願い!』
『「轟中尉!?」』
遠矢と珠希は同時に声を上げた。
ドルン! ドルルンン! と重々しいエンジン音が響いたかと思うと、壁面に近い格納庫から一機の機械人形が姿を現した。
それは地下基地に並んでいた機体、『デグゥ』だった。
全体的にゴツゴツとした低重心なフォルム。直線的で角ばった分厚い装甲、どこをとっても武骨で、鈍重な戦車という感じの二足歩行機械だ。
人間で言う顔にあたる部分――複合センサー部分は肩に半分埋め込まれるような形で低くマウントされている。前傾姿勢と相まって、まるでゴリラのような印象を受ける。
ゆっくりとした動きで現れたその機体は、地下で見たミリタリーカラーの機体とは異なり、全身が黒を基調に、胸や肩などの一部の装甲は派手な蛍光ピンク色に塗られていた。
「うわ、なんつーカラーリング」
『あのセンス……確かに轟中尉?』
操縦者が誰なのか、確認するまでもなかった。
巨神装機トーヤの元正規パイロット――轟中尉。ピンクのドールハウスの主。
『十二式装脚戦闘機動歩兵、デクゥ。ヤマト皇国のゾマットに対抗する為、急造された蝦夷洲製の機械人形。まぁ、さっきも言ったとおり機動性では劣るわね』
「あれと格闘戦をやれっていうんですか?」
遠矢は眉をひそめた。
午前中の射撃訓練で、遠矢の運動能力は十分確認できたはずだ。何よりも初陣でゾマットを二機粉砕している。それよりも性能が劣るという機体相手に負けるはずがない。そう思えた。
『でもあの機体は舐めないほうがいいわよ。トーヤ君の『巨神装機』を開発する為の技術検証用、テストベッドも兼ねていたの。つまり見た目とは別物。結構あちこちに新造部品を組み込んで、カスタムチューンしてあるわよ。言わばデクゥ・改ね』
通信ウィンドゥの向こうで、菜々香博士の瞳が鋭さを増した。
『ふん! あんなのトーヤの敵じゃないわ』
珠希が自信満々という顔でカメラ顔を近づける。鼻息が荒い。
『うふふタマちゃん、侮らないでよー。パイロットの轟中尉は手練れよ』
『わかってます。だけど負けません! って、格闘戦ってことは……銃は使わないのよね? 私の出番、ないじゃん!?』
珠希が頭を抱えて叫ぶ。
『タマちゃんは大事な役割があるの。まぁそれは、実戦の中で学びましょうか』
「……役割?」
珠希は小首を傾げた。射撃手である珠希は出番が無いのでは……? と遠矢も考えていた。
ゴゥンゴゥンと、ゆっくりとした歩みで、試験場の中央へと進むデグゥ。
周囲の整備車輌が退避してゆく。
荒れ果てたクレーター盆地の真ん中で、遠矢の巨神装機と十二式装脚戦闘機動歩兵――デグゥ・改が睨みあう。
遠矢の目から見れば、互いの距離は15メートルほどだろうか。
ドルン! という重低音を響かせ、武骨な機械人形の背中から黒煙が立ち昇った。
デグゥはディーゼル式の内燃機関による発電を行い、加圧蓄電池に電力を貯めて駆動する。仕組みはゾマットと同じ「ハイブリッド発電」型の電動機械人形だ。
格闘戦になれば瞬時にキャパシスタからの大電力が供給され、短時間ではあるが軽快な電動アクチュエータ駆動も行える。という仕様らしい。
『用意はいいかしら? 轟中尉』
『(ザザッ)――デグゥカスタム、宵闇桜、準備完了』
雑音の向こうからは、短く鋭い声が返ってきた。
宵闇桜。粋な判別名を持つ轟のカスタム機。音声の向こうには、鋭く冷たい眼光を放つあの軍人がいるのだ。遠矢の首筋に汗が伝いじわりと緊張が高まってゆく。
『ルールは簡単。相手を地面に倒したら勝ち。多少壊れても構わないわ。本気でね』
「ほ……本気で? 模擬戦なのに?」
『トーヤ君が勝ったらご褒美に今日の訓練は終了。お休みにしましょ』
ウィンドゥの中の菜々香がぴっ、と人差し指を立てる。
『トーヤ! 瞬殺よ! 負けたら承知しないから!』
「お、おぅ!」
――暗闇だか宵闇だか知らないけど、すぐに終わらせてやる……!
遠矢は身を屈め、スタートダッシュの姿勢で構える。一方の宵闇桜は軸足を動かしただけで、両手を下げてノーガードの構えだ。
土ぼこりを舞い上げていた熱風が、凪ぐ。
『はじめ!』
菜々香の声と同時に、遠矢は地面を蹴った。瞬時に間合いをつめる。
――決めるッ!
真正面に捉えた黒い機体のボルトさえも見える距離にまで走り込むと、遠矢は右腕をフック気味に放った。
だが――。
拳がヒットする直前、視界からデグゥが消えた。桃色の残像を相手に拳が空を切る。
「消え――!?」
『トーヤ、下ッ!』
ぐわん、と全身を持ち上げられる衝撃と浮遊感。遠矢は何が起こったかわからないまま、背中から激しく地面に叩き付けられた。
≪耐衝撃防御――!≫
「ぐあッ!?」
『きゃぁああ!』
視界が砂煙で覆われる。全身が軋み音を立て、腰から背中に激痛が走る。
ビービーと警報が激しく鳴り喚き、視界のあちこちで赤い警告表示が灯る。視界が天地逆転し地面が頭上に見えていた。
『――実戦なら、これで撃墜だ』
冷たく短い轟中尉の言葉が響く。逆さまの視界に背を向ける桃色の機体が映る。
一瞬の出来事に何が起きたか判らなかった。
「な……? うそ……だろ」
『い……痛たた。ちょっ……!? トーヤ! ひっくり返えってるわよ!』
遠矢はしばし呆然と上下逆さまになった空を見上げていた。
左側のウィンドゥの向こうでは、珠希の髪が天に向かってぶらぶらと揺れていた。
「大丈夫か、珠希!?」
『え、えぇ……。トーヤこそ立てる?』
鉄面の下で、遠矢は信じられない、と言う表情で首を振る。めり込んだ地面から身体を引きはがすと、先ほど踏み込んだ位置の反対側に遠矢は投げとばされていた。
システムはオールグリーン。全身の駆動装置に異常はない。
想像以上に堅牢な鎧だ。視界内の警告灯が鎮まる。
『口ほどにもないな小娘、そして、巨神よ』
小娘、という言葉に、珠希はぎりりと歯を食いしばる。
「くそ……もう一度」
『気を付けて、あいつ、ゾマット、いえ、それ以上に速い!』
『怖気づいたか? 胸の操縦席を守ることだ。脆弱なコックピットごと叩き割られぬようにな』
挑発の混じった言葉に、ゾマット戦の悪夢が蘇る。珠希が表情を曇らせる。
巨神装機トーヤの弱点を轟中尉は知り尽くしているのだ。
ガラス張りのコックピットである銃撃手席は、装甲に護られた遠矢とは違い、危険な場所に身を晒しているに等しいのだ
珠希の席への直撃。その場面を想像し遠矢は冷静さを失う。
「くそっ、やらせるかよ!」
『トーヤ! 落ち着いて、脚を使って!』
珠希が言い終わらぬうちに、巨神装機は地面を蹴り猛進した。
身構える黒いデグゥの直前でステップを踏み、右の腕で思いきり殴りつける。
木偶、とあだ名される鈍重な機械人形は、まるでその攻撃を予測していたかのように易々と左腕で遠矢のパンチを防ぐ。
ギィン! と金属がぶつかり擦れあう音、火花が散る。
デグゥ・カスタムの腕には防御と打突、両方を目的とした小型の盾が取り付けられていた。先端にはツメ状の突起があり、近接戦における攻防を考えた形状をしている。
『甘いぞ!』
轟の呟きが聞こえるのと同時に、デグの上半身がぐるりと回転した。下半身は固定したまま腰を軸にして上半身だけが高速で九十度旋回する。その動きは、まるで戦車の砲塔だ。
――人型なのに、動きが……!?
遠心力を加えた鉄腕は強烈な質量兵器と化し、遠矢の左肩を激しく殴打した。
「ぐあっ!」
『トーヤっ!』
<つづく!>