無敵装甲の秘密 ~原子間縮小金属(RM/リダクション・メタル)装甲~
『ロールアウトは済んでいるわ。明後日にでもテストできればいいわ! うん、この調子なら行けそうね!』
菜々香の弾んだ声に、遠矢の額から一筋の汗が流れた落ちた。もう、嫌な予感しかしない。
「あ、あの……ターボザックリフターってなんですか?』
『飛行ユニットよ! 二機の大出力ターボファンエンジンに燃料タンク! 増強型外部電源ユニット! 多連装レールガンに加えて二千発の給弾装置がセットになった、空中機動戦闘ユニットよ!』
「凄い! トーヤ! 空も飛べるんだってよ!?」
「ちょっ……! まてまて!?」
『試作品だから飛行時間はせいぜい五分ほどしかないの。でもね、三次元空中機動と超高速連射による、上空からの圧倒的な制圧火力は……物凄いわよ!』
ぐふふと不敵に眼鏡を光らせる姿は、マッドサイエンティストのそれだ。
『凄い! 楽しみねトーヤ』
「え、えぇ……!?」
珠希はコックピットの中で瞳を輝かせるが、遠矢は唖然とする。戦闘の真似事だけでも一杯一杯なのに、空を飛ぶなんて冗談じゃない。
『それだけじゃないわ! これが上手く行って予算が認可されれば……トーヤ君の巨神装機は、更なる進化を遂げるの! 砲撃戦に特化した火力増強B型! 水中戦闘に特化したM型! 敵陣単独強襲用のS型……! 以下、続々特殊戦仕様装備の開発が目白押しよ!』
「勘弁してよぉおおおおっ!?」
遠矢の絶叫がクレーター盆地の内壁に響き渡った。
◇
午前中の射撃訓練は、射撃手たる珠希の独擅場だった。
遠矢が走り、所定の位置で銃を身構えれば、あとは珠希が目標物に対して狙いをつけて、射撃を行う。
ジャンプしながら撃つ、寝そべって撃つ、などいろいろな状況を繰り返しながら、身体に叩き込んでゆく。まるで新兵さながらの過酷な訓練だ。
『トーヤ、今よ右旋回!』
「はぁ、はぁ……とうっ!」
苦しいながらも、二人の息が段々と合ってきた、という実感はある。
しかし、流石に疲労感が蓄積してきた。巨神装機が全身の動きをアシストしているとはいえ、全身が締め付けられて息苦しいし、身体が重い。炎天下でも快適な温度が保たれている事が救いといえば救いだ。
「うー、疲れてきた。何だか全身が重いし……」
≪内部電源残量:39%≫
『お腹が空いて来たのかしらね。がんばれトーヤ。もう少しでお昼休みだし!』
「わ、わかったよ」
軍のお偉いさんや研究者たちは、大満足の様子で遠矢を見て褒めちぎっていた。
「素晴らしい! 圧倒的な性能じゃないか菜々香博士!」
「巨神を手懐け……いや、協力を得て戦力化出来た事は画期的だ」
「これならばヤマト皇国との膠着した戦況を打破できる!」
けれど、それらの言葉は慰めにはならなかった。
『トーヤくん 素晴らしかったわ。午前の部はこれでおしまい。休憩にしましょう。フェイスガードは外してもいいわよ』
やがて短い昼食の時間となり、遠矢は鉄面を外し素顔で一息つくことが出来るようだ。
「よかった……はぁ」
『加圧蓄電池の残量が30%……か。予想よりも電源を損耗したわね。予備電源で急速充電を。整備車輌班、急行して。午後の訓練に備えなきゃ』
菜々香博士が遠く離れた陣地から、テキパキと指示を出している。
「そういえばこの巨神装機って……電気で動いてるんですか?」
『そうよ。内蔵された加圧蓄電池からの電力供給による電磁モータ駆動なの。身につけている装甲の内側に分散して配置した、薄型の加圧蓄電池の電力を使っているわ。まぁ、蓄電池みたいなものが仕込まれてるんだけど、装甲の補助緩衝材としても機能するわ』
『そうそう! ランドセル背負ったゴキブリ顔のゾマットとは違うのよ、ゾマットとはね』
胸のコックピットに座っている珠希が、何故か得意気に説明してくれた。
「なるほどね。えーと、ゾマットは確かハイブリッド式で内燃機関でナントカ……だったよね……?」
『ゾマットは背中の部分、ランドセルみたいなユニットが内燃式エンジンと燃料タンクになっているの。背中のエンジンで発電して機体に内蔵した蓄電池に電気を蓄えて動く方式よ。言い換えれば、大容量の燃料タンクを背負えば、丸一日でも稼働し続けられるらしいわ』
「丸一日!?」
『だけど、背中のランドセルが故障したりすると、内蔵電池だけで動ける時間は30分程度らしいわよ』
敵の機動兵器、ゾマットについての研究もかなり行われているのだろう。菜々香博士は軍事機密かと思われるような内容も、スラスラと教えてくれた。
それは、遠矢が巨神装機という兵器システムの一部であり、珠希がパイロットであるから、という事なのだろう。
『ちなみに巨神装機は、今朝の訓練開始から3時間で、バッテリーが3割しか残って無いけれど、レールガンを使いすぎたみたいねぇ。うーん』
菜々香博士が悩んだような声を出す。
『……レールガンを使いすぎると、電池切れになるのね』
「動かなくなったらヤダなぁ」
珠希と遠矢はウィンドゥのモニター越しに会話を交わす。
『あ、でもでも! その時は巨神装機を脱ぎ捨てて、トーヤが生身で逃げればいいじゃない!? 私を連れていくことを忘れないでね!』
珠希がビシッと天に向けて指をさす。
なるほど、その手があったか。
「ははは、わかったよ」
とはいえ、バッテリー切れになるような戦場で、鎧を脱いで無事に帰って来れるのだろうか……?
◇
太陽は天頂にかかり、透ける様な青空が広がっている。乾いた大地を吹き抜ける風が心地よかった。
トラックが三台やってきて遠矢の前で停止する。
ランチメニューは昨日と同じ肉とパン、そして給水車の水だ。遠矢は、荒れ地の真ん中に胡坐をかき、もぐもぐと小粒なランチを食べ始めた。
珠希はキャノピーを開け放し、差し入れのお弁当を食べている。
『射撃はもう完璧ね。息もピッタリだし。なかなお似合いだわ』
菜々香の声がスピーカから聞こえてきた。
「えへへ。お似合いだなんて」
『それにトーヤ君、こうしてみる素顔は結構かっこいいわよね』
「うん……これでサイズが同じなら……て! ち、違っ!」
菜々香博士が茶化すと、珠希がご飯粒を飛ばした。
弾んだ菜々香と珠希の会話にも、遠矢はどこか浮かない顔だった。
「あの……菜々香さん」
胸のつかえをどうすることも出来ず、切り出す。
『なあに、トーヤ君?』
「僕は……この世界に来る前、一人じゃなかったんです」
『あぁ、昨夜言っていた……探したい人のことね。まだ記憶が混乱して、時々忘れているみたいね。こっちに来るとき一緒に居たっていう……巨神族の?』
「そうです。大切な僕の……友達と一緒だったんです。探したいんです! この世界のどこかに居るはずなんだ」
遠矢が声に力をこめる。握りしめていた手の感触が今も残っている気がした。
――今度こそ思い出した。名前は……千穂。
幼馴染で自分をとても頼りにしている。クラスでは目立たない地味な女の子。
『……残念ながら見つかったのはトーヤくんだけ。周りに落ちていたのは幾つかの遺物。教科書とカバン、それだけね』
「トーヤの……友達……」
珠希がぽつりとつぶやく。
『転移門はね、不思議な事が起こるの。巨神世界のサイズで転移してくる物ばかりじゃないわ。縮小……リダクション現象が起きている事例もあるのよ。例えば、トーヤくんが身につけている巨神装機の表面装甲は、原子間縮小金属……リダクション・メタル装甲なの。ブラックホールのような超重力環境下で原子間の素粒子間隔が超圧縮されて、特殊な結合状態となった物質の形態よ。簡単にいえば、圧縮されて強度を増した希少素材なの』
――原子間縮小金属装甲……リダクション・メタル(RM)装甲。
それが弾丸を弾き返す「無敵装甲」の正体だったのだ。
『金属だけじゃないわ。研究によると、私たちと同じサイズに縮小され、この世界にたどり着いた人間の事例もあるみたいなのよね』
菜々香博士が、ふぅ……と、一息に喋って疲れたのか、ウィンドゥの向こうでお茶をすする。
「縮小? つまり小さくなってこの世界に来ることも、あるの?」
「可能性よ。少なくとも聖地周辺で、金属材料はかなり見つかっているわ。巨神装機を組み立てられるほどには……ね。ヤマト皇国の研究機関によると、生物が同じように縮小されたケースも無いわけじゃない……らしいけれど」
「それじゃ、僕みたいなサイズじゃなく、小人の世界に紛れていることも……!?」
目の前に希望の光がさした。
自分と同じサイズでなくても、どこかで生きてさえいてくれたら……。
『トーヤ君でさえ無事なんだから、生きている可能性は無いとは言えないわ』
「大きくても小さくても構わないです。俺は、どうしても探し出したいんです」
遠矢は真剣な様子で菜々香に懇願した。
『わかったわ。既に、情報機関にも協力を依頼しているわ。念のために聞くけれど、その友達の名前は?』
遠矢はその声に静かに頷いた。今は菜々香に頼るほかなかった。
「チホ、香具山千穂です」
『カグヤマ、チホ……?』
菜々香が、一瞬声を潜める。逡巡するような間があった。
「何か知っているんですか?」
『い、いいえ。残念ながら、思い当たらないわ』
「そうですか……」
遠矢が落胆の色を浮かべる。コックピットの中では珠希が複雑な表情を浮かべていた。
『それとね。トーヤ君とチホさんが一緒にこの世界に来たのであれば、二人揃ってゲートを潜らない限り、元の世界の時間軸には戻れないわ』
「え!?」
思わず眼を見開く。
『二人の質量と状態が世界への扉を開いたの。わかり易く言えば、トーヤくんとチホさんは時空転移の為の「鍵」そのもの。ふたつの鍵が揃わなければゲートは開かないわ』
「そ……そんな」
絶句する。難解に聞こえても納得のいく理論だった。
――けれど。
千穂を置き去りにして元の世界に帰るつもりなんて、毛頭無い。
「俺は……絶対に千穂を見つけ出して、帰ります」
遠矢は強い意思をこめた声色で言い切る。珠希が少し驚いたように、複雑な顔で巨神を見上げていた。
『もしかして……彼女?』
菜々香が悪戯っぽい声で囁く。
「え? いや、あの違います。友達っていうか、幼なじみで……」
『た、大変よタマちゃん! ライバル出現よ!?』
「べ、別に私はそんなの、菜々香さんっ!」
ドタバタと騒がしい声に遠矢は嘆息しつつ、青空を見上げつぶやいた。
――必ず見つけてやるからな、千穂。
◇