巨神のお食事タイム ~『巨神同棲計画』
◇
通路の奥には『部屋』があった。
遠矢が驚く様子に、菜々香博士は自信満々の顔だ。
「どうかしら?」
「こ、これって……和室!?」
遠矢の感覚ではおよそ六畳ほどの広さの部屋は、昭和を感じさせる古いアパートの一室のようだった。
床は擦り切れた畳敷き、天井は木目調、壁はラメ入りの漆喰のようなものが塗られている。窓は一つで、木枠に挟まれたすりガラス。天井からは丸い蛍光灯がぶらさがり、部屋全体を照らしている。
窓からは黒々とした森の木々と、日の暮れた暗い山影が見えた。どうやらクレーター盆地の内側に位置する、内壁側まで貫通した施設の一部らしい。
「す、すごい……小人の国に……どうして、こんなものが?」
「ふふ、驚いた? 巨神の為に、過去に回収されていた遺物を集めたの。そして、総力を結集して構築した『普通の部屋』なのよ」
菜々香が遠矢の手のひらの上でふんぞり返る。
「てか、昭和っぽいけど、すごい」
部屋を眺めてみると、畳まれた布団と、傷だらけの勉強机まで置かれている。真ん中には丸い「ちゃぶ台」が置いてあり、周りにはデザインの違う座布団が置いてあった。
机の上には鉛筆や定規、ノートに教科書、昔のマンガ……と、廃屋で拾い集めてきたかのような品々が並んでいた。
違和感を感じるのは、部屋の隅におかれたドールハウスと、壊れた幼児玩具などが置いてある事だろうか。
支離滅裂な品ぞろえで、古いものもあれば新しいものもある。
全て遠矢が使える『巨神』サイズの品々だが、珠希や菜々香にとっては使いようの無い超巨大な日用品ばかりだ。
「いったいどうして………?」
「博物館と軍の保管倉庫からよ。一応それらしく並べてみたんだけど、どれもこれも大きくて。重機や機動デクゥまで動員したわ」
菜々香が遠矢を見上げて、やれやれと肩をすくめて見せた。
「これ全部、僕の世界の品物ですよね? 何処からか、拾ってきた……ってことですか?」
遠矢は驚きの表情を浮かべながら尋ねた。
「ここにあるものは全部、トーヤ君と同じ。『ゲート』を通過してきた物たちと推測されているわ」
「ゲート?」
「トーヤくんはね、異世界とこの世界を繋ぐ扉がある……聖地と呼ばれる場所で見つかったの」
異世界と通じるゲート。世界を繋ぐトンネル。
これでようやく遠矢も合点がいく。
「僕は……そこを通ってこの世界に来たってことなんだ。じゃ、そのゲートをくぐれば……?」
「元の世界に戻れるかも、でしょ?」
遠矢は菜々香の言葉にコクリと頷く。
「その可能性は高いわ。だけど……その肝心の場所、つまりゲートのある聖地をめぐって、ヤマト皇国と蝦夷洲は戦争状態に突入したの」
菜々香が瞳を細め、声色は暗く沈む。
燃え上がる町、襲ってきた巨大な黒い機械人形。先刻の激しい戦闘がフラッシュバックする。
「今はヤマト皇国が実効支配していて、私たちは近づけないわ」
「そ、そんな……」
「ゲートの周りからは巨神族の遺物や、特殊な金属鉱石が拾えるの。以前からそこはヤマト皇国が領有権を主張していてね、トーヤ君が発見された事をきっかけに……本格的な軍事衝突に発展したわ」
「そんな……戦争の原因が、僕?」
遠矢は蒼白な顔で黙り込んだ。この戦争は自分が原因で引き起こされたものなのだろうか?
問題はそれだけではない。
戻る為には、聖地……すなわち「ゲート」を奪還しなければならないのだ。
「トーヤくんのせいじゃないわ。愚かなのは私たち。本当は協力して研究して、来るべき巨神族の脅威に備えなければならない時なのに……」
「……!」
この世界に住む小人達にとって、未知の『巨神族』の存在がどれほどの脅威かは想像に難くないものだった。
――僕はこの世界に迷い込んだ未知の「敵」なんだ。
暗澹たる思いが遠矢の心を支配してゆく。
「トーヤ……てのひらが冷たいわ」
珠希が眉をまげて心配そうに見つめていた。
「あ、ごめん……平気」
遠矢は気を取り直し、机に歩み寄ると菜々香と珠希を机の上にゆっくりと降ろした。
「うっわでかっ! 本に文房具? これ全部……巨神世界の物?」
珠希が駆け寄って、それらを珍しそうに眺める。どれもこれも珠希の目から見れば十倍以上のサイズの品物ばかりだ。珠希が鉛筆を槍のように構え振り回す。
「歴史の教科書に生物図鑑。本は開くのも一苦労だったけど、向こうの世界のいろいろな情報を得られたわ。巨神の世界とは文字や言葉だけじゃなく、文化もかなり近いようね」
「文字も言葉も……同じ? なんだか不思議ね」
珠希が目を丸くする横で、遠矢はそれらの本を手に取ってパラパラとめくる。それは懐かしい小学校の教科書だった。
「お金の単位も大きさ以外は同じなの。流石に歴史や国は違うみたいだけれどね」
「巨神って神話の存在だと思ってたのに、意外に庶民的なのね」
「ロマンを壊してわるかったな」
「雲の上の光輝く宮殿に住んでて欲しかったのになぁ……」
がっかり感を顔に浮かべる珠希に思わず苦笑する。
「残念ながら普通の家で暮らしてたよ」
――あれ? 何か、大事なことを忘れて――
「そうだ! 千穂……! も、もう一人、僕と同い年の巨神はいませんでしたか!?」
「ど、どうしたの急に? 巨神が見つかったのはトーヤくんだけよ」
「そんな……!」
「知り合い……お友達?」
「そうなんです! 探さなきゃ……」
「今は我慢なさい。見つかっていれば、私が知らないはずないわ」
「………そんな」
「お願いだから、今は大人しい物わかりのいい子でいてほしいの」
菜々香博士にも事情があるのだろう。国語辞典の上に腰を下ろした。
艶やかな黒髪を耳にちょいとかきあげて、赤いフレームのメガネを直す。そして、何かを待っているように腕時計にちらりと視線を落とした。
好奇心の塊のように机の上を走り回っていた珠希が、ある一冊の本を指さす。
「ね、トーヤ、あの本何? 『経済読本』とかいうタイトルの間に挟まっているカラーの背表紙のやつ」
「え? あぁ、なんだろな」
トーヤは気を取り直し、『経済読本』の間から本を引っ張り出した。
「ゲッ!? こ、これ……」
「なになに!?」
「わっ、まて! ばか!」
珠希がその本に飛びついたせいで、思わず机の上に落としてしまう。全開になった誌面には、えっちな写真がデカデカと写っていた。カラーが鮮明で肌色の多い本だ。
「い、いやぁああああああああああ!?」
珠希がしゃがみこみながら悲鳴を上げる。菜々香はやれやれと眉間を指で押える。
遠矢は慌てて本を閉じ、元に戻した。
「変なもの見せないでよ変態巨神! 視界いっぱいで見ちゃったじゃない!」
「見たいって言ったのはお前じゃないか! それにこれ、僕の物じゃないし」
「同じことよ! 巨神の持ち物でしょ!」
「まぁまぁ。珠希ちゃん、巨神も私たちと同じ、生き物ってことなのよ」
巨神と珠希の痴話喧嘩を菜々香が止めに入る。
その時、壁面の一部が左右に開きトラックの一団が入ってきた。遠矢から見れば大型の遊具のような大きさで、運転席では作業服を着た小人が運転している。
エンジン音がしないところを見るとモーター駆動なのだろう。
「おまちかね。やっと来たわよトーヤくん!」
菜々香が自信ありげに目を輝かせた。
「何ですか……うぉあ!?」
トーヤは思わず声を上げた。
トラックの荷台には食べ物が満載されていた。
こんがりと焼けた骨付きの肉、指先ほどのパンに、ピンポン玉ほどのスイカ。それらがこれでもかとトラックの荷台に山盛りにされている。
食料だけでトラック一台、給水車が更に二台。
大きさからして、本来はここで働く小人たちの食糧なのだろう。
「三百人分の兵站と食料をかき集めてきたの。けど、トーヤくんには爪楊枝で食べてもらわなくちゃダメかしらね」
菜々香が剣でも抜くように爪楊枝を差し出した。
「うれしいです! 喉も乾いてたし、お腹すいてたんですよ!」
兎に角、腹ぺこだった。
何も飲み食いしていないので、実のところフラフラだ。
遠矢は心底嬉しそうに爪楊枝をうけとると、車群の中央であぐらをかいた。
ずしん、という地響きにトラックが揺れ、運転していた小人が目を丸くする。
「食べていいんですか?」
「えぇ! どうぞ召し上がれっ」
遠矢は、鳥の手羽先のような骨付き肉を摘み上げ、ぱくりとかぶりついた。
「美味い! 鳥じゃない……牛肉? てか、これ牛の後ろ足じゃ!?」
口から骨を抜き、プラプラと目の前で揺らす。小骨はどうやら大腿骨のようだ。
「うわ、あっという間に百人分食べちゃいそうね……」
菜々香は呆れたように眼鏡をくいっと直すと、ノートパソコンを広げ何やら計算し始めた。
香ばしく焼かれた肉は、肉汁たっぷりで美味だった。続けざまに二本、三本と平らげると、トラックの荷台の半分は瞬く間に空になった。
「旨ッ! 菜々香さん、全部食べちゃっていいんですか?」
「もちろんよ。気に入ってもらえてよかったわ。それで牛一頭分。巨神への供物ね」
「そう言われると生贄を食っている気分……」
遠矢は牛の骨を眺めながら複雑な表情を浮かべる。
「焼くのにも苦労したのよ? まぁ溶鉱炉の一部を改装して、予熱のオーブンを造ったんだから」
「な、なんだかスミマセン」
「トーヤ、私にも食べさせてよ!」
珠希が不満げに声を上げる。机の上でぴょんぴょんと跳ねている。
「忘れてた。では、こちらへ」
机のへりに手のひらを寄せると、珠希は待ちきれないといった風に飛び乗った。
遠矢は珠希をリフトのように移動させ、トラックの荷台のパンの山に落とす。
「もぎゃっ!?」
悲鳴と共にパンの山に埋没する。脚をばたつかせ、パンの中から顔を出す。
「ちょっと! 扱いは丁寧にしなさいよバカ巨神!」
「あはは、パンに埋まるなんて童話みたいじゃん」
遠矢は給水車のホースを伸ばし、ごくごくと水を吸い込んだ。トラック一台で、おそらく2リットルのペットボトルぐらいの感覚だろうか?
次はパン。爪楊枝でパンを何個も串刺しにしては口に放り込む。
コッペパンは遠矢にとっては小指の先ぐらいのサイズなので、ぷすぷすと刺しては食べ、刺しては食べを繰り返す。
三百人分の食料が、巨大な胃袋に瞬く間に消えてゆく。その様は壮観だ。
「珠希ちゃんにも、ちゃーんとお食事セット準備してあるわ。トーヤ君に食べられちゃう前に食べてね」
「わたしの分も? よかった……実は私もお腹が……」
きゅーと鳴く珠希のお腹。
珠希はパンの荷台から脱出し菜々香が指差す方を見た。
机と対角線上の部屋の隅に『ドールハウス』が置かれていた。
「あれ……おもちゃじゃなかったの?」
珠希も遠矢も目を瞬かせた。
ドールハウスというのは遠矢から見た場合で、珠希からは小屋ほどの大きさだ。
小さな一戸建ての形をしていて、ピンクの外壁と赤い屋根が可愛らしい。ドアは上品な木製でウェルカムボードなんかもぶら下がっていて、窓にはひらひらとしたフリル付きのカーテンが揺れていた。
「あれね、珠希ちゃん専用宿舎だから。中に入ってみてよ、快適よー。食事も用意されているはずだから」
「ちょ……ちょっと待って下さい菜々香さん! わたし、ここに住むんですか!?」
珠希があたふたと手を振りながら叫んだ。
「もちろんよ。あなた、トーヤ君御指名の専属パイロットなのよ。戦闘のたびにいちいち家から通ってたら大変でしょ? これが巨神同棲計画の全貌よ」
菜々香が眼鏡を光らせて、にやりとした笑みをこぼす。
「えええ!?」
珠希が素っ頓狂な声を上げた。
「あら、珠希ちゃん……嫌なの?」
「い、嫌です! エロ巨神と一緒なんて! 何かされたらどーするんですかっ!?」
「何かって……お前に何をするんだよ……」
遠矢は呆れ顔のままパンを頬張った。十個ほど一気に詰め込むと一口分だ。
「トーヤ君はいいかしら? 珠希ちゃんも親交を深めるチャンスよー」
菜々香がビシ、と親指を立ててみせた。
「し、親交ってそんな!」
「俺は別に構いませんよ。昔、部屋でハムスター飼ってましたし」
「誰がハムスターよ!?」
珠希が顔を真っ赤にし、ぷんすかと腕を振り上げた。
遠矢はさほど気にした様子もなく、もぐもぐと食事を続ける。
「珠希ちゃん。あなたはトーヤ君のパイロットなんでしょ? それと、電話は通じるから自由に使ってね」
「電話!? 連絡しなきゃ」
珠希は弾かれたようにドールハウス目がけて駆けだした。可愛い装飾の施されたドアを乱暴に開け、中をドタドタと走り回るのが見えた。
「連絡……そうか、珠希の暮らしてるっていう孤児院?」
遠矢は僅かに目を細めた。
「あの子はそこで育ったの。危なくゾマットに破壊されるところだったけどね」
「だから、あんなに必死で叩き起こしたんだ」
あの必死の叫びは、そういうことだったのか。
誰かを守りたい。その本気で真っ直ぐな気持ちが、覚醒させてくれたのだろう。
「施設の子達には、ちゃんと珠希ちゃんのおかげで助かったって伝えてあるわ」
「……マッドサイエンティストなのに、いい人なんですね、菜々香さんは」
「マッドは余計よ」
「俺を寝てる間に兵器にしたじゃないですか……」
この世界が異世界だという事は理解した。
けれど、どうして自分が巨神装機を着て戦わねばならないのかを知りたかった。
菜々香は一呼吸おいて、世界の姿と、真実を語りはじめた――。
◇
<つづく>
※次回
敵サイドに場面展開します。(視点移動です)