登場、トーヤの正規パイロット
「全員動くな!」
氷のように冷たい声に、作業員たちや兵士がビクリと動きを止めた。
菜々香と珠希の立っていた足場の両側から、黒スーツ姿の男達が一斉に現れ逃げ場を塞ぐ。
「――共和国軍特務憲兵!? いえ……情報部の実力コマンドかしら? いずれにせよ、ここで好き勝手な真似は許さないわよ!」
猛然と抗議する菜々香の声を遮るように、黒服が珠希の両脇を押さえ込んだ。
「きゃ……やめて!」
「珠希ちゃんを離しなさい!」
「この娘は、許可なく我が軍の秘密区画に侵入、独断で共和国の軍事機密である巨神装機を私的占有し使用した重大な罪を犯した嫌疑がかけられている。連行させてもらう」
「……そんな!」
黒服が感情を感じさせない機械のような声で珠希に告げる。
周囲で作業に取り掛かっていた作業員たちが作業の手を止め、何事かと様子を窺う。
「私がセキュリティ権限を附与したからよ! ……私の独断でね。責任者は私。彼女に与えた行動権限内での活動であり、軍規違反にはあたらないわ!」
菜々香は一歩も引かずに抗議する。
「フン……詭弁を。この娘、博士にとっては使い捨ての実験素体の一つに過ぎぬのだろう? 未知の巨神に対する危険な人道に反した精神感応覚醒実験を行う為の」
サングラスで表情は窺い知れないが、口は嘲るように吊り上っている。
「そんなことないわ! 離しなさい!」
菜々香が噛みつかんばかりの勢いで挑みかかるが、両脇から別の二人に押さえつけられ、ジタバタと身をよじる。大人と子供の体格差はで成す術など無い。
「今回は、博士にも事情を伺うことになります。巨神装機計画は凍結され、現在、二次改修プランへと移行したはずだ。それが何故……このような状態で起動しているのですか?」
菜々香の表情がさっと曇った。
「頭の固い軍の連中に何がわかるのよ! 巨神、いえ、トーヤ君は私達人間と同じよ。それを脳改造するなんて、私は絶対に許さないわ!」
菜々香が両脇を抱え上げられながらも吠える。
「脳改造……! って、僕を……」
遠矢はおぼろげながら事情が分かり始めた。
つまり、目を覚まさない自分を起こす為に、何か、極秘の実験が行われていたのだ。
「元老院の後ろ楯があるとて、実証技術開発本部も軍の意向に従ってもらわねば困りますな」
黒服は嫌な笑みを浮かべると、珠希と菜々香をズルズルと引きずり始めた。
「やだっ、離してよっ!」
「珠希ちゃん!」
珠希は抵抗するが黒服は表情一つ変えずに強引に引き摺りはじめた。
珠希の悲鳴に作業員たちは互いに顔を見合わせるが、黒服が銃に手をかけて睨みつけると、おずおずと道を開けるしかなかった。
――その時
「やめろおぁあああっ!」
爆音のような遠矢の怒号が、基地内に響き渡った。鼓膜が破れそうな大音量に今度は黒服たちが凍りついた。
「なっ!? 巨神が……!? しゃべっ……」
「トーヤ君!」
「トーヤ!」
菜々香と珠希が同時に顔を向ける。人造の鎧を纏いし『巨神』は、眉と唇を不機嫌そうにまげて、黒服を睨みつけていた。
「アンタら……何様のつもりだよ!? 珠希は必死で戦ったんだぞ! それなのに、なんで……こんなっ!」
その張り詰めた声に施設内全ての視線が遠矢に集まった。
「きょっ、巨神!? きっ、貴様は……わ、我がエゾス軍の所有物であり、兵器システムに過ぎんのだ。ぐ、軍というのは、規律と命令系統で動く組織であり、きっ……貴様もそれに従わねばならないのだ」
黒服のリーダが上ずった声で、巨大な顔を向ける遠矢に理屈を捏ねる。
「所属……? 僕は、軍に所属した覚えなんてないですけどね」
遠矢は憮然と言い放った。
詳しい事情は分からない。けれど、これだけははっきりと言えた。
「珠希は僕の友達だ! だから、離せよ……!」
「な!? とっ、兎に角、この娘は施設への不法侵入と軍事機密占有、菜々香博士にも命令違反の嫌疑がかけられているのだ!」
黒服たちは動揺しつつも、目くばせをすると珠希を再び入口に向けて連れ去ろうと両腕を引っ張リはじめた。
「やめろって言ってんだろうがぁっ!」
耳をつんざくような叫びと金属がぶつかる音が響き渡り、巨大な鉄腕が黒服たちの行く手を遮った。
「うわぁ!?」「ヒイッ!?」
遠矢が振りあげた巨大な腕を振り下ろすち、金属の腕の下で手すりがグシャリと潰れ、足場が捻じ曲がった。
衝撃で黒服達が悲鳴を上げながら逃げ惑う。
珠希を押さえていた黒服の背中を遠矢は指先で器用に摘みあげる。
「ひっ!? ひえぇあ!?」
そのままゴミでも投げ捨てるようにビッと指先で弾いた。
「ジタバタして、虫みたい……」
黒服は整備用の足場の上をゴロゴロと転がりながら無様な悲鳴を上げた。
「博士も離せ」
中指と親指でデコピンの形を作り、菜々香を掴んでいる黒服を威嚇する。
小人が遠矢の指でデコピンを食らったら、ザクロのように頭ごと割れるだろう。
「ひぃいいいい!?」
黒服が転がるように逃げ去ってゆく。
遠矢は自由になった珠希と菜々香を、手のひらでそっと掬い上げると、胸のコックピットへと押し込んだ。
「ちょっ! トーヤ!?」「きゃんっ!」
どすんと尻から落下した二人が小さな悲鳴を上げる。
「貴様! 反抗するか!」
黒服のリーダが冷たい銃口を遠矢に向けた。が、遠矢は怯むことなく睨み返す。
「そんなもの、効くかよ! それ以上手を出すなら……暴れるぞ!」
遠矢はそう言い終わらないうちに、ガシガシと身体を揺さぶった。
背中を固定していた拘束具がギシギシと悲鳴を上げ、基地の壁が揺さぶられる。リベットが弾丸のような勢いで次々と弾け飛び、足場全体が崩壊しかねない。
遠矢が本気で暴れれば足場はおろか、基地だって破壊しかねなかった。
「ぐぉおお!? これが……巨神の意思だというのか!? 兵器の分際で、意思など、そんなもの認めるわけにはッ……!」
黒服のリーダーが引き金に指をかけた。
剥き出しの眼に狙いを定めた、瞬間――ギィン! という金属音が轟いた。
「くッ! な、何者だ!?」
黒服の手から拳銃が弾け飛び、斜めになった足場の上をガラガラと転がってゆく。
黒服が驚いて視線を向ける先に、遠矢も目を向けた。
そこには、硝煙の立ちのぼる銃を水平に構えた、一人の軍人が立っていた。
軍服の上からでもわかる筋肉の塊のような体躯。短く刈り込まれた髪に、彫りの深い顔立ち。相手を視殺せんばかりの鋭い眼光。屈強な軍人を絵に描いたような男だった。
「轟中尉!」
菜々香がコックピットから顔を出して叫んだ。中尉とは、階級の事らしかった。
痺れる手を押さえた黒服のリーダ―格が舌打ちをしながら、部下たちに退却の指示を出すと、黒服たちは我先にと逃げ出した。
直立不動で銃を構えていた轟が、僅かに構えを崩す。
相変わらず視線は鋭いが、遠矢を見上げると、僅かに口の端を持ち上げた。それは筋肉だけで笑顔を作ってみた、という感じの表情だった。
珠希がコックピットから恐る恐る顔をのぞかせる。遠矢のとった思わぬ行動に対する戸惑いと嬉しさが溢れていた。
「トーヤ……無茶し過ぎよ」
「意外とやるわね、トーヤ君。でも素敵よ」
菜々香がグッと親指を立てた。
「べ、別に……アイツら、ちょっとムカついたから……」
遠矢は口をへの字に曲げながら、鉄の指先で鼻の先を掻いた。
その時、ガツガツと軍靴の底を鳴らしながら轟が歩み寄った。
背丈は珠希よりも頭三つ分も高い大男だ。
遠矢から見れば小人であるにもかかわらず、威圧されるような凄味があった。
その巨漢の軍人が背筋を伸ばす。そして、
「実証技術開発本部所属! 巨神装機兵装、正規パイロット轟剛造中尉であります!」
ビシッ! と音が聞こえそうなほどの敬礼をトーヤに向けた。
菜々香が溜息交じりに敬礼に応える。
「せ、正規パイロット!?」
一体どういう事だ? じゃぁ……珠希は?
<つづく>