二章
中央の待合室はコートを着ているのが暑いくらいに暖房がよく効いていた。
何列も並んだ長椅子には自分の名前を呼ばれるのを辛抱強く待っている人たちが無表情に座っている。
「西沢さんの病室がどこか聞いてくるから、ここで待っていて」
若宮さんはスクールコートを脱いで小脇に挟むと、受付に向かった。
私は近くの椅子に腰掛けた。大きなテレビがクリスマスの準備に追われる商店街の様子を映しだしている。
ジュンは今何をしているのだろう。彼女のことだ、きっと退屈で暇を持て余しているに違いない。私が病室のドアを開けたら口を尖らせて「レイ! もっと早く来てよ」と拗ねるジュンの姿が目に浮かぶ。
そして私たちは一週間後には去年までと同じように、映画を観たあと、食事に出かけ、あれこれと感想を語り合う。恒例の行事に今年はちょっとしたアクシデントが加わっただけだ。来年の今頃にはそれだって、笑い話の一つになるに違いない。
それにしても暑い。暖房を効かせすぎているのだ。脇の下に汗がにじむのを感じた。
私は受付のカウンターのほうに目を向けた。若宮さんは中年の女性職員の説明に相づちを打っていた。背筋をきちんと伸ばし、遠目にも彼女が丁寧に礼儀正しく受け答えしていることが伺えた。私は彼女が一緒に来てくれたことに感謝した。一人でバスに乗ってこの病院に来るのはあまりにも心細い。
私にはジュン以外に親しい友達は居ない。子供の頃からずっとそうだったし、それを特別不自由に感じたこともなかった。遠い恒星を目指して旅する宇宙船に押し込まれた双子のように、私たちはいつも二人きりで、互いの存在を意識することもなく、鼓動や呼吸を当然のように共有して育った。
学校というところは二人だけの閉じた関係を許さない局面が生じることがある。たとえば、グループ学習や修学旅行での班分け、遠足でのお弁当といった時だ。
しかしそういう時でも、ジュンのお陰で私は表面的には孤立することを免れた。ジュンは私と違い、誰からも好かれる愛らしさがあった。人を無防備にさせてしまう彼女の笑顔はいつも彼女の周辺を華やかなものにした。
その騒々しさにうんざりして、私はよくジュンを囲む輪から抜けだした。自分の独占欲が満たされないことに嫉妬したわけではない。私とジュンは心の根っこの部分で繋がっており、その絆は他の誰にも断ち切ることはできないという確信があったから、嫉妬などする必要はなかった。
その中にいるのが耐えられなかったのは、輪の中の誰とも馴染めない、いや馴染もうともしない閉じられた心の鍵を開けることのできないことがもどかしかったからだ。
ジュンはそんな私に気づくと、皆の気分を害すことなく輪を離れて、私のもとに来た。
「私はレイの出島みたいなものなのよ」
「出島?」
「歴史の時間に習ったでしょ。江戸時代、長崎にあったあの出島」
突飛ではあるが、なかなかうまい喩えだった。私はジュンという存在を通じて、外の世界と繋がっていたのだから。
「じゃあ、私は鎖国してるってわけね」
「うん、でもね。鎖国しているときの日本はとても平和だったのよ。他所の国と争うことも、競うこともなく、のんびりとマイペースで生きていたの」
「それは十七歳の高校生としては健全なことかしら?」
「いずれあなたも世界に目を向けるときが来るわ。でも今はまだその時ではないのよ」
ジュンは時々未来のことを見知っているかのように話すことがあった。印象的な黒い瞳で、どこか遠くを愛おしむように、そして幾分寂寥の思いを込めたように、見つめながら話すのだ。
若宮さんは職員に丁寧にお辞儀をするとこちらに戻ってきた。表情が硬く歩みは少し躊躇いがちだった。私の前に立つと、意を決したように頷き、言葉を選び取るように言った。
「西沢さんは今、集中治療室にいるらしいの。面会はできないけれど、場所は聞いてきたから、行ってあげましょう」そう言うと、彼女は震えている私の手を取った。