映写機
コンコン。
「おう、K、おるか」
親父が俺の部屋をノックする。
「んー、もうちょい後でにして、今忙しいわ」
いつもの返答。
特に忙しくも無いのにいつもの癖で部屋から出るのを拒む。
「ええもん見せたるわ、ちょっときぃや」
「おー?」
いつもより1トーン高い機嫌のよさそうな声、何となく気になってPC画面に表示されているゲームをセーブして椅子から立ち上がり、部屋のドアノブを回した。
部屋からでて居間を通り過ぎた先にある仏間の引き戸を開けて中を覗き込むといつもと違うニコニコとした(ちょっとキモい)親父があぐらをかいていた。
「何?」
「久しぶりに納戸を整理してたらこんなんでてきてな、つい見たくなって買ってしもたわ」
親父の指差す先にはダンボールの中に詰まった8mmフィルムがあり、その横には映写機がコンセントに繋がれていた。
「またそんなしょーもないもん買ぉて、おかんにはちゃんと言うたん?」
「いや、内緒で買った」
「……別にえーけど、見せたいもんってそれ?」
「そうや、俺の中学校の頃とか見たいやろ?」
(うわ、めっちゃ見て欲しそう)
何となく押し付けがましい喋り方に軽くイラッときたが、映写機という知ってはいたが見たことのない物に興味があったし、親父の若かりし頃も見たくないといえば嘘だった。
「まぁ、見たいかな」
「そーかそーか、んじゃ見せたるわ」
そういうと親父はダンボールの中の8mmフィルムを1つ取り出して、映写機の前頭部分にフィルムをはめ込んだ。
「あれ?これどうやってはめるんや?」
「知ってるわけないやん」
「おい、そこ、ちょいもっといてくれ」
「ん」
磁気テープがうまくはまらずに悪戦苦闘する。何度かテープを右に左に回転させながらようやく映写機がカタカタという音と共に引き戸に映像を映し始めた。
最初に映ったのは中学生の頃の親父ではなく、20代だろうか?思っていたよりもずっと大きい時のフィルムで意外にもカラーだった。
「全然中学とかちゃうやん」
「そうやな、これ俺がスペイン行く前の時やつや、皆で見送りにきてくれてたわそーやそーや」
フィルムに映った若い頃の親父は黒のサングラスにまだら模様のTシャツ、その上に白の革ジャンという昔はやってたのかもね?という服装をしていた。
新幹線を待つ周りの人たちは一様にサラリーマン姿で明らかに浮いていた。
「浮いてない?昔ってこんな服装が流行ってたん?」
「そうや、俺は昔チャラチャラやったんや」
「……ッフw」
いつも見てる親父とのギャップか、チャラチャラという言葉の古さか、あるいは両方か。
ツボった俺を他所に親父は懐かしそうだった、そーやそーやとか言いながら昔を振り返っているようだった。
映像の中の親父は暑いのか、白の革ジャンを掴みパタパタと仰いでいた。
「夏?」
「そうや、確か7月ぐらいやったなぁ」
「ふーん」
この時代は8mmカメラが珍しいのかレンズを向けられた人たちは、顔をドアップで近づけたり、恥ずかしがったり、映るのを拒み逃げたり、革ジャンを掴み仰いだりしていた。
でも、皆笑顔で何となく幸せな雰囲気が漂ってて、何かいいなぁとか思ったりしてしまった。
「声はでぇへんの?」
「まだ音声録音はできへん時やったし、声は全部ないやろな」
その瞬間シーンが急に変化して、映像がモノクロになり4人の少年少女を映し出していた。
「あれ?急に変わったで?」
「8mmテープってのは短くてな、色々繋げて編集するんや」
「へー」
「おばーちゃんがやってくれてたんやけど、間違えて繋げたんやろなぁ」
映像の中の3人の少女と1人の少年は楽しそうにボールを蹴って遊んでいる。
「あぁ……今でも覚えてるわ、この時おとーさん約束の時間に寝ててなぁ、こいつが家まできてくれて俺を起こしてくれたんや」
映像の中の少年を指差しながら懐かしむ様な優しい声で昔の出来事を俺に説明してくれる。
「……そか、んじゃ撮ってるのは親父?」
「そやなぁ、あぁ、思い出した、こいつ森口って言う奴や、肌黒かったもんなぁこいつ」
モノクロなので分かりづらいが何となく色黒な感じの少年が滑り台に乗ってふんぞり返っていた。
また予兆無くシーンが切り替わる、今度はどこかの学校の運動場を撮ったシーンだった。
前触れが無いシーンの切り替えが中々飽きを感じさせないが、運動会だろうか、このシーンだけはピンボケが酷く顔がまったくわからなかった。
「新しいカメラに買い換えたばかりやったんや、使い方がわからんかったんやろなぁ、もったいないなぁ」
「…………」
映写機のカタカタと鳴る音、カラーとモノクロの映像が何度も移り変わる様は、何となく走馬灯を連想させた。
(死ぬ瞬間のフラッシュバックってこんな感じなんやろか)
思ったが、口には出さなかった。出せなかった。
死期が近い人間は、昔を思い返したり、古い友人に手紙を送ったり普段しない行動をとるらしい。
別にこれがそれに当てはまる何て思ってないし、昔を懐かしむ娯楽の1つとして親父は映写機を買っただけでそれ以上の意味合いは無いと思う。
でも、少し怖くなった。寝て朝になったら、一生親父は喋らなくなってしまうんじゃないかって。
親父だっていつまでも生きてるわけじゃない、いつかは死ぬ。
俺も死ぬ。
目を逸らして気付かないフリをする。まだ自分には関係ない、気にする時じゃない。
そう言い聞かせて。
でも、親父は、何となく、俺にはよくわかんねーけど、上手く伝えられないけど、そいつと向き合ってもいいかな?って感じになってる気がした。
「そうそう、この子、俺が付き合ってた子や、可愛かったんやで」
「へー、美人やん」
「せやろ?……この子、今どうしてるんやろか?……生きとるんかなぁ。ここに映ってるやつ、どんくらい残ってるんやろな」
怖いことを言う。止めて欲しい。
「全然余裕やろ、事故ったやつとかもおるやろから、8……9割くらいちゃう?」
「……そうか、まぁ、昔と比べて寿命長くなったもんなぁ」
「そうやで、平均寿命とか80とか90とかちゃうん?」
歳を少し重ねて本心を隠すのが上手くなったと思う、俺は、今の気持ちを上手に隠せてるだろうか。
自然な感じで、親父を納得させられているのだろうか。
それともやっぱり、俺が気を使ってそういう事言ってるって、バレてるんやろか。
死んで欲しくない。
相変わらず映写機はカタカタと無機質に次のシーンを映し出していた。