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「対話」 vol.1
網膜スキャンは1秒と掛からない.
エヌ氏は新型のアプリを起動する.
それには何でも相談に乗ってくれる, 対話可能なAIが組み込まれている.
彼はスマホに向かって, 悩みを打ち明ける.
「本当の自分が, 中々みつからなくてな……」
エヌ氏は今までにしてきた「自分探しの旅」を, 数々思い出して話した.
死ぬかと思ったのも一度や二度ではなかった.
武装組織の拉致から命からがら逃げ伸びたこともある.
秘境で不可思議な生物を目撃したこともある.
南極で在るはずのない場所に, 遺跡を発見したことさえあった.
だが, …….
「……なあ, AIよ. 本当の自分って, どこにいるんだろうな?」
エヌ氏は自嘲気味に笑う.
すると, 相槌をうっていたAIは少し, 黙った.
困っているのかもしれなかった.
スマホの通信量が刹那増した.
世界中の施設に張り巡らされたネットワークを介し, 適した受け答えでも探しているのだろう, とエヌ氏は思った.
すこし経って, スマホが答えた.
<<――こちらでいま, お目覚めですよ.>>