「涙」 vol.1
悲鳴を、彼女は聞かなかった。
ベータ粒子か、あるいはイプシロン光線機銃の掃射で少年が絶命し、倒れながらなお筋肉の痙攣でバタバタと跳ね続けるのを、彼女は見た。
数光年の彼方から狙われた原生人類に、なす術などない。
助けられると思っていたのに。
逃げ切れると思っていたのに。
救えると、己惚れていたことに彼女は気付いた。
彼女は、ふらふらと震えて後ずさった。
そこではすべてがもう終わっていた。
残った少年の身体に、彼女は触れることができなかった。
何か、飲みたかった。この時間に開いているのはバーだけだが、いまバーの重々しいカウンターの前に立つことに彼女は耐えられなかった。
でも、もう、常に酔っていなければならない。
それこそは一切、それこそ唯一の問題だった。
生きることに簡潔で、明るい感触がほしかった。
「お、やすみ……おや、すみ?」
彼女は言った。
意味のない呟きだった。
すべては虚無であり、無と涙ゆえにそして涙ゆえに。
しかして我らを無にしたもうなかれ。
ただ涙より救いたまえ。
涙ゆえに。
涙に満ちた無を褒め称えよ。
無は御身とともにある。
銀色に光る高圧蒸気式のコーヒー・マシンがあるカウンターの前に、彼女は微笑みを浮かべて立った。
「注文は?」バーテンダーは尋ねた。
「涙」
「頭のおかしいのがまたひとりきやがった」バーテンダーはそう言って、背中を向けた。
「ささやかな愛を小さいので」と彼女は言った。
Remixed titles
1. Ernest Hemingway "A Clean, Well-Lighted Place"
2. Masao Yamakawa "Natsu no souretsu"
3. Charles-Pierre Baudelaire "Enivrez-vous"
I pay my respects to these literary works.