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「通過儀礼の少女」

 真ん中から潰された頭蓋骨は柔らかそうなほどに扁平になり、杭によって地面に繋ぎとめられた彼の顔は、知らない群れのドラゴン(ガ・ラギア)みたいに見えた。生えかけのツノはつぼみのように濡れて、白く花開く明日を今も夢みているように可憐だった。

 可愛そうな小さな私のドラゴン(シシニア・メケス)

 君のために、私は泣こう。

 涙を堪えたりはしないでおく。

 でなければ、もう君たちのために泣ける明日など、来そうにはないから。



 でもその前に、私は(おさ)へと振り向く。

 そのときは強い目を、していなくてはならない。

 両手で重く扱いにくい打杭器(ガ・トガラク)を返し、そして大人になった己を誇示しようとしなければならない。私は大人で、ドラゴン族(デム・ガ・ラギア)は敵であり、私たちの道具(セセ)でしかない。

 彼はもう幼馴染ではなく、ただ動物(デム・ガ・ムゥカ)の死骸なのだ。

 

 私は今夜から大人になる。

 この試練を越えた者はもう、既に無垢な少女ではいられないから。

 村の皆が帰っていくのが見えた。

 儀式場(シェンセム)の掃除は明日になるだろう。

 私はまだ帰らずに、私の殺した彼を跪いて眺めた。


 

 長い時間眺めていた。

 生まれた頃から一緒だったのに。

 知らず知らず、涙が零れていた。

 もう、泣いてもいい。

 今だけは、いいのだ。

 誰も見ていない今だけなら。


 私は彼の砕け、潰れた頭蓋に触れた。

 透明な液体が私の指先を濡らした。

 彼の眼は虚ろに空に――あるいは三つ子の月に向けられ、何が起こったのか分かっていないように見えた。実際はそんなことありはしない。

 彼は裏切られて死んだと、わかっていなかったはずはないのだ。


 私は指先に粘りついたその透明な液体を月の光にかざした。

 てらてらと青い光を反射して、艶めかしく輝いた。

 指を包む冷たさ、私はその指を、口に入れた。

 粘つく液体を嘗め、舌に絡めた。

 血の何十倍も生臭く、苦かった。

 涙の何十倍も渋く、腐ったような臭いが鼻腔に抜けた。

 引きつった喉が、短い嗚咽のような声を出していた。


 私は大人になったのだ、と感じた。

 それまで感じていた"大人"なんて、この一瞬に比べたらなんでもなかった。

 指先にあるのは裏切りと、それを越えるもっと大きな何かだ。

 口の中に感じる彼は、いつまで私の心で青い月を、虚ろな目で探してくれるだろうか。

 

 

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